INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第4章 燔祭

龍脈航河 2

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御所の東側、質素な書院造の屋敷は、幹部組織の一つ、『風辰衆』の本部となっている。その中央に位置する閉め切った座敷で、屋敷の主、風辰宿禰ふうたつのすくねは部下の夢見頭と対面していた。

「其方の申したとおりであったな。此度の地震。林武。諏訪の神子……全てが繋がった。相変わらず畏れ入る、お主らの夢にはのう」

「勿体なきお言葉。我らとて、今朝の地震がなければ夢の確かめは難しゅうございました……されど、まさか諏訪に神子が生まれていようとは……」

「いや……本来、今世の神子はこちらであったのやもしれぬ……神子が生まれくる時勢……いよいよ時は無いのだ」

「心得ておりまする……」

尼僧姿の夢見頭は、恭しく三つ指をつく。風辰翁は、尼僧の畏まった振る舞いに「ふん」と一つ、鼻笑で応えた。

「して、万事、抜かりあるまいな?」

「はい。あの『刈り場』、思いの外、功を奏しました。あれで得た情報で、『三宝神器』の完成も目前……来月には、『禍ツ神子まがつのみこ』を検体に、試しも可能でしょう。ですが……」

「『間引き』だな?」「はい。依然にも増して、『禍ツ神子』らの霊気の高まりを感じます。我が夢見子ゆめみごらにも障りが……」

「案ずるな。既に次の対策は講じている」「左様にございますか……」尼僧は、微笑んでみせるも、今一つ顔が晴れない。

「ん?まだ何かあるか?申してみよ」

「は……例の『異界船』にございます」

尼僧は、ついと風辰翁の方へ身を突き出す。

「昨晩、水織川の一件……あの船が解き放ったもの……夢見子に追わせました」

「ムサーイドの報告にもあったな。かの『奴奈川姫』であったとか……それがどうした?」

尼僧は、正座の姿勢を正すと静かに口を開いた。

「『奴奈川姫』は、『禍ツ神子』でありました……そして、あの地は地脈の節……」

「『禍ツ神子』!?……そうか!『人柱』か?」「いかにも……」

「ふぅむ……」風辰翁は徐に立ち上がり、尼僧に背を向ける。

「あの動乱期の風辰の記憶は、錯綜しておってな……奴奈川姫の記録も曖昧なのだ……なるほど、我ら先達は、かつて出雲を使って国造を進めたが……彼等が『奴奈川姫』をあの地の要石としたのも、然るべき……と」

「はい。『異界船』は、事もあろうに、その要の"封印"を解いてしまったのです。此度の地震がその何よりの証……この先も古の封印を荒らすような事があれば、計画に狂いを生じさせるどころか、全てが無駄に……」

「捨てはおけぬか……」「危うき芽にございます」

風辰翁は、暫し瞑目し、再び静かに目を開ける。

「だが、彼奴きゃつの報告からすると、あの船、どうやら"我らの"神子の加護を得ているようだ。下手に危害は加えられん……今は神取を待つ他あるまい」

「神子の加護?……まさか、そのような……」

「"具現者"がおったのだ。あの船に。『異界船』……全く、厄介なものよ……」

「……神子の導きしえにし……」尼僧は、人智の向こうへと想いを馳せずにはいられない。

しかし、そのような惑いは一時の事。尼僧はすぐに起伏のない真顔を取り戻す。

「されど……」言いかけて、尼僧は不意に音も無く立ち上がる。気づいた風辰翁が怪訝に口を開きかけるが、尼僧はそれを制した。

そのまま後退り、後ろ手で障子を開け放つと、身を翻し外縁に躍り出る。

誰の姿も無い。

既に高く昇り始めた日に、枯山水の庭園は明るく照らし出されている。尼僧は目を凝らし、庭を見渡す。その目は、樹木の影の僅かな揺れを見逃さなかった。

「影か……」

「如何した?」

「いえ……」

尼僧は、訝しむ風辰翁に背を向け、障子を開け放ったまま続ける。

「諏訪もまた、古より封じられし神のおわす地……神子と『異界船』……皆この地にて相、まみえる事は必定かと……」

風辰翁は、尼僧の隣へと並び立つ。

「わかった。手は打とう」「そうなされませ……」

目を伏せ、一礼を残し、尼僧はその場を後にした。風辰翁は、彼女を見送ることもなく、暫し庭園を見詰めていた。



「次元深度、LV4へ到達!波動収束フィールド展開!」

サニが波動収束フィールドを展開すると、途端に<アマテラス>は、急流に投げ出された小船のように弄ばれる。

「量子スタビライザー起動!流れに沿って船を立てて!」「了解!」

ティムは、スタビライザーを駆使して流れに逆らわず、時折制動を加えながら、次第に船を安定させていく。

「波動収束フィールド、空間構成率72%!ビジュアル投影します!」

モニターが、次第に時空間のビジュアルイメージを作り出していく。地下水脈のトンネルのような世界が、インナーノーツの眼前に広がった。

「これが……龍脈?」

カミラは、その圧倒的な光景に息を呑む。

地下の大空洞を流れる大河。空洞は幾筋にも枝分かれし、更にそれらの空洞の位置や大きさは、幾つものパターンに延々と変化し続けている。現象世界ではあり得ない光景だ。

「アラン、現象界側の観測データとリンクさせて、可能な限り現時間軸に寄せて」「了解!」

アランは、早速作業にかかる。幾つかの空洞の像が描き出されるが、形状は安定しない。時空の揺らぎ幅が大きい事は、明らかだった。

「これで限界だ。現象界換算では、地下50キロ相当の余剰次元……地上からは地殻に遮断され、精密な観測は難しい。自己観測でもオレたちが感じ取れる範囲程度だ。到底、この空間の全体像は把握できない」

カミラは、奥歯を噛み締め、解決策を思案する。

『我が導きましょう……』

澄声が、インナーノーツの焦燥する心を優しく撫でる。
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