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第3章 死者の都
底なる玉 5
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一方、<イワクラ>のブリッジ一同は、<アマテラス>のブリッジで繰り広げるインナーノーツの奮闘を見守るしかない。
その様子を映す通信パネル横、サブパネルに『レギオン』本体と思われる巨木と、その木が根を張る巨石を立体ビジュアル再構成、解析した図が描き出されていた。藤川は、黙したままそれを見上げていた。
「……ナギワ……翡翠……」思索を巡らせる藤川の脳裏に、直人が口走った言葉が引っかかる。藤川は俄に目を見開く。
「ちょっと貸してくれ」と藤原は、アイリーンの席の端末を借りると、インナースペースヴァーチャルネットへアクセスし、あるワードを検索にかける。
「これは……『出雲風土記』?」貴美子が怪訝そうにモニターに浮かび上がった文献を覗き込む。
「そうだ。"翡翠"で気づくべきだった。見てくれ、ここだ」
——奴奈宜波比売命——
藤川の指先が指し示す。
アイリーン、貴美子、齋藤、そして如月も加わってモニターを覗き込む。取り巻いて、モニターを覗く各国代表らは困惑気だ。
「これが、一体?」藤川の意図が掴めないハンナは顔を顰める。
「待って、ここ……奈宜波?」貴美子が指さし指摘した。
「そうだ。高志から出雲の大国主命に嫁いだとされる奴奈宜波比売命。『ぬなかわひめ』とされるが、本来は『なぎわひめ』だったのかもしれない。さらに高志とは、かつて北陸にあったとされる国……つまり、この『水織川』のあたりも含まれる」
「じゃあ、直人が感じ取っているのは!?」通信に反応し声をあげると、ティムは隣の直人を見やる。
「奴奈川姫……その魂の思念である可能性が高い」
藤川は頷き、結論を示した。息を呑む一同の視線が、直人に注がれる。
「その姫さんが『レギオン』になってたってことか?でも、なぜ!?」ティムは、質問を重ねる。
「イズモだ……イズモが攻めて来て、姫と彼女の故郷を滅ぼした」直人は、自分があの珠の中で受け取ったイメージを口にする。
「たくさんの……あの人の大切な人達を……巻き込んで」
PSI 波動砲発射装置のグリップを硬く握り締め、食いしばった口から搾り出される直人の言葉は、仲間たちの胸を締め付ける。
「……その原因となったことを悔やみ……この時空で自分を呪い続けていた。その想いに、この地で亡くなった沢山の人達が引き寄せられてできたのが、あの『レギオン』だ」
皆は神話が、伝承が時空を超えて目の前に『現象化』しつつある状況を、ただ茫然となって受け止めていた。
「……で……でも出雲が姫を?……どういう事?」僅かな沈黙を破って、貴美子が口を開く。民族の集合無意識の一端を形成する神話は、心理を扱う医師である貴美子にとっても、馴染み深い題材だった。
「だって奴奈川姫は、出雲の大国主命が求婚して、やっとのことで結ばれたという姫……」「古事記はそう語る。だが、この水織川近郊の地域には、むしろ真逆の伝承も残っている。それらは、直人が掴んだイメージと確かに一致しているのだ」
藤川は、かつてJPSIO水織川研究所の建設候補地を視察して歩いた際、この辺りの伝承、口伝を知る機会があり、「奴奈川姫」にまつわる伝承が、出雲風土記や古事記とは相容れないことに不思議と疑問を掻き立てられていた。当時得た知識が、ありありと蘇る。
伝承では、奴奈川姫と大国主命との結婚は破綻し、姫が出雲へと渡る事を拒んだとある。その理由は明確ではないが、大国主命の奴奈川姫との結婚の狙いは、この地域の翡翠の利権であり、姫については、黒き肌の醜き容姿であったがために、大国主命が受け入れなかったともいう。
また、この周辺には、黒姫伝承というものもある。奴奈川姫と黒姫を同一、または同族とする説もある。『黒』が何を意味するのか、諸説あるが、伝承をそのまま受け取るなら、やはり黒い肌をした人々の気配が感じられる。
近年、縄文人は、茶色の瞳を持ち、濃い肌の色をしていた事が判明して来ている。弥生時代、大陸から渡来したという弥生人らの目には、彼らは色黒く異質な存在として映ったのかもしれない。
一方、翡翠に関しては、縄文時代から弥生時代に隆盛を誇り、貨幣的な役割も担ってきたが、古墳時代中頃から奈良時代にかけて急速に衰退。この地域が国産翡翠の最大の産出拠点であった事は、昭和の初期になるまで忘れ去られていた。(翡翠が日本国内で産出されること自体、無いとされていた)
奴奈川姫は、黒き肌を持ち、縄文時代の象徴とも言える翡翠の日本最大の産出地の女王。そう、奴奈川姫は、縄文古来の血筋を引き継ぐ姫だったのではないだろうか?
奴奈川姫悲劇の伝説……
縄文から弥生を経て、日本という国が形作られていく中で、古き価値が新しき価値へと移り変わってゆく悲哀を物語っていたのやもしれないと、藤川は感じていた。
——渟名河の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜しき君が 老ゆらく惜しも——
万葉集には、奴奈川姫と、おそらく翡翠のことを指すであろう「玉」が、古び忘れ去られてゆく、世の移り変わりを嘆くかのような歌が残っている。
藤川の脳裏にその歌がふと浮かんでいた。
「底なる玉……か……」
「!?」その歌から、突き動かされるように『レギオン』、いや奴奈川姫の心象であろう『古木』を映し出しているモニターへと視線を戻した。
「……底なる玉……玉……」
「……そうか!」
藤川が張り上げた声に、一同の視線が解析モニターに注がれる。
「……この古木が姫を表しているとしたら……この根本の大岩。PSI パルス分析によると、おそらくこれは、翡翠の原石を表していると推定される」
"巨岩に根を張る古木"と、それを呑み込みつつある特異点を模式化した図が<アマテラス>とIMCにも共有される。
藤川は説明を続ける。
「木は、この岩に頑なに根を張っている。姫は何よりこの地と翡翠を愛していたのであろう。この姿は、まさにその表れだ。だが、そうした想いの強さは、執着にも変わる」
「奴奈川姫の、この世への未練が、あの塊」如月が横から理解を纏める。藤川は大きく頷いた。
「これが『レギオン』、いや『奴奈川姫』の求心部に違いない!」
藤川は、<アマテラス>との通信モニターへ向き直ると、一際声を大にして叫んだ。
「直人、この岩を、翡翠を撃つんだ!!」
その様子を映す通信パネル横、サブパネルに『レギオン』本体と思われる巨木と、その木が根を張る巨石を立体ビジュアル再構成、解析した図が描き出されていた。藤川は、黙したままそれを見上げていた。
「……ナギワ……翡翠……」思索を巡らせる藤川の脳裏に、直人が口走った言葉が引っかかる。藤川は俄に目を見開く。
「ちょっと貸してくれ」と藤原は、アイリーンの席の端末を借りると、インナースペースヴァーチャルネットへアクセスし、あるワードを検索にかける。
「これは……『出雲風土記』?」貴美子が怪訝そうにモニターに浮かび上がった文献を覗き込む。
「そうだ。"翡翠"で気づくべきだった。見てくれ、ここだ」
——奴奈宜波比売命——
藤川の指先が指し示す。
アイリーン、貴美子、齋藤、そして如月も加わってモニターを覗き込む。取り巻いて、モニターを覗く各国代表らは困惑気だ。
「これが、一体?」藤川の意図が掴めないハンナは顔を顰める。
「待って、ここ……奈宜波?」貴美子が指さし指摘した。
「そうだ。高志から出雲の大国主命に嫁いだとされる奴奈宜波比売命。『ぬなかわひめ』とされるが、本来は『なぎわひめ』だったのかもしれない。さらに高志とは、かつて北陸にあったとされる国……つまり、この『水織川』のあたりも含まれる」
「じゃあ、直人が感じ取っているのは!?」通信に反応し声をあげると、ティムは隣の直人を見やる。
「奴奈川姫……その魂の思念である可能性が高い」
藤川は頷き、結論を示した。息を呑む一同の視線が、直人に注がれる。
「その姫さんが『レギオン』になってたってことか?でも、なぜ!?」ティムは、質問を重ねる。
「イズモだ……イズモが攻めて来て、姫と彼女の故郷を滅ぼした」直人は、自分があの珠の中で受け取ったイメージを口にする。
「たくさんの……あの人の大切な人達を……巻き込んで」
PSI 波動砲発射装置のグリップを硬く握り締め、食いしばった口から搾り出される直人の言葉は、仲間たちの胸を締め付ける。
「……その原因となったことを悔やみ……この時空で自分を呪い続けていた。その想いに、この地で亡くなった沢山の人達が引き寄せられてできたのが、あの『レギオン』だ」
皆は神話が、伝承が時空を超えて目の前に『現象化』しつつある状況を、ただ茫然となって受け止めていた。
「……で……でも出雲が姫を?……どういう事?」僅かな沈黙を破って、貴美子が口を開く。民族の集合無意識の一端を形成する神話は、心理を扱う医師である貴美子にとっても、馴染み深い題材だった。
「だって奴奈川姫は、出雲の大国主命が求婚して、やっとのことで結ばれたという姫……」「古事記はそう語る。だが、この水織川近郊の地域には、むしろ真逆の伝承も残っている。それらは、直人が掴んだイメージと確かに一致しているのだ」
藤川は、かつてJPSIO水織川研究所の建設候補地を視察して歩いた際、この辺りの伝承、口伝を知る機会があり、「奴奈川姫」にまつわる伝承が、出雲風土記や古事記とは相容れないことに不思議と疑問を掻き立てられていた。当時得た知識が、ありありと蘇る。
伝承では、奴奈川姫と大国主命との結婚は破綻し、姫が出雲へと渡る事を拒んだとある。その理由は明確ではないが、大国主命の奴奈川姫との結婚の狙いは、この地域の翡翠の利権であり、姫については、黒き肌の醜き容姿であったがために、大国主命が受け入れなかったともいう。
また、この周辺には、黒姫伝承というものもある。奴奈川姫と黒姫を同一、または同族とする説もある。『黒』が何を意味するのか、諸説あるが、伝承をそのまま受け取るなら、やはり黒い肌をした人々の気配が感じられる。
近年、縄文人は、茶色の瞳を持ち、濃い肌の色をしていた事が判明して来ている。弥生時代、大陸から渡来したという弥生人らの目には、彼らは色黒く異質な存在として映ったのかもしれない。
一方、翡翠に関しては、縄文時代から弥生時代に隆盛を誇り、貨幣的な役割も担ってきたが、古墳時代中頃から奈良時代にかけて急速に衰退。この地域が国産翡翠の最大の産出拠点であった事は、昭和の初期になるまで忘れ去られていた。(翡翠が日本国内で産出されること自体、無いとされていた)
奴奈川姫は、黒き肌を持ち、縄文時代の象徴とも言える翡翠の日本最大の産出地の女王。そう、奴奈川姫は、縄文古来の血筋を引き継ぐ姫だったのではないだろうか?
奴奈川姫悲劇の伝説……
縄文から弥生を経て、日本という国が形作られていく中で、古き価値が新しき価値へと移り変わってゆく悲哀を物語っていたのやもしれないと、藤川は感じていた。
——渟名河の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜しき君が 老ゆらく惜しも——
万葉集には、奴奈川姫と、おそらく翡翠のことを指すであろう「玉」が、古び忘れ去られてゆく、世の移り変わりを嘆くかのような歌が残っている。
藤川の脳裏にその歌がふと浮かんでいた。
「底なる玉……か……」
「!?」その歌から、突き動かされるように『レギオン』、いや奴奈川姫の心象であろう『古木』を映し出しているモニターへと視線を戻した。
「……底なる玉……玉……」
「……そうか!」
藤川が張り上げた声に、一同の視線が解析モニターに注がれる。
「……この古木が姫を表しているとしたら……この根本の大岩。PSI パルス分析によると、おそらくこれは、翡翠の原石を表していると推定される」
"巨岩に根を張る古木"と、それを呑み込みつつある特異点を模式化した図が<アマテラス>とIMCにも共有される。
藤川は説明を続ける。
「木は、この岩に頑なに根を張っている。姫は何よりこの地と翡翠を愛していたのであろう。この姿は、まさにその表れだ。だが、そうした想いの強さは、執着にも変わる」
「奴奈川姫の、この世への未練が、あの塊」如月が横から理解を纏める。藤川は大きく頷いた。
「これが『レギオン』、いや『奴奈川姫』の求心部に違いない!」
藤川は、<アマテラス>との通信モニターへ向き直ると、一際声を大にして叫んだ。
「直人、この岩を、翡翠を撃つんだ!!」
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