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第3章 死者の都

底なる玉 4

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僅かばかりの抵抗を嘲笑うように火壁は、風に吹かれ、揺ら揺らと妖しいまでに美しく舞い踊り、腕を、脚を、頬を、髪を撫でる。

身体の彼方此方を刺す痛みに耐えながら、大珠を高くかざす。

火に照らされ、柔らかな光沢のなかに、萌ゆる若草のような、緑の紋様が波打つように見えると、次第に腹の底から湧き上がる衝動が、身から黒々としたものを滲み出させる。

……ああ、大珠よ……を導きたもう!……

呼応するように、大珠を覆う若草模様が、次第に黒ずみながら湧き上がり、狂い踊る蔦となって、身体から発する黒きものと絡み合い、同化していく。


……ああ……あああああ!!………

……なんだ……なんなのだ?……これは!?……

…………は……そうか……そういうことか……ヤチホコよ……これが、其方の狙いかぁ!!!……

……ふふふ……ふはははは!!…………

……良い、なれば望みどおり…………


不意に、PSI-Linkシステムのインターフェースモジュールに、再び左の掌を吸い付かれる感触を覚えた直人は、咄嗟に正面モニターに向き直る。

「いけない!……その想いに囚われたら……」

『なおと……』ホログラムの、直人が『アムネリア』と呼ぶ存在もその感覚を共有していた。

アムネリアの瞳がじっと直人を見つめている。

「……わかってる……このままにはしておけない」そう口にするや否や、直人はPSI波動砲の発射装置をコンソール上に展開させる。

「何をする気!?ナオ!?」カミラはキャプテンシートから身を乗り出し、声を張り上げずにはいられない。

「あの人は……呪っているんだ……自分を」

「あの人?呪ってる?」直人の発した言葉を訝しむティム。

「あの人の魂を……解放する!!」

直人は、PSI波動砲の発射装置グリップに手をかけると、発射管制システムを起動させた。

「何を言っているの!?今は帰還が……」言いかけてカミラは、モニターに映る空間構成画像が、再び様相を変え始めているのに気付く。

「……特異点……中央……波動収束再構成中……またくるよ、センパイ」

直人が声に振り向くと、さっきまで横になっていたサニが、ふらつく体を懸命に起こしながら、レーダー盤にとりついていた。

「サニ!あなた!?」「いつまでも……ゆっくり寝てらんないもんね……」サニはカミラに微笑を浮かべて答える。起き上がるのがやっとの顔つきだ。

「……あたしも……少し感じた……『レギオン』の木……似てた。センパイとあの感じ……」

正面のモニターには、特異点となっている暗黒の引力渦の中央で、僅かに頭を出したままの"レギオンの木"がモゾモゾと変容を繰り返している様子が映し出されている。何かに苦しみもがく人のようにも見える。

「センパイ、あの感じに、自分を重ねてるんだと思う……ここで退いたらセンパイは……だから……」

"レギオンの木"の変化に気づいた直人は、PSI波動砲の照準を展開し、発射準備を急ぐ。呼応するかのようにアムネリアは、再び瞳を閉じ、<アマテラス>PSI-Linkシステムとの感応を深める。

「……だから、やらせてあげて!!」

サニの具申に、カミラは閉口したまま、答えることができない。その間に、アランが声を上げた。

「どちらにしろ、リレーがやられてしまっては、アレを押さえ込まなければ、脱出も難しそうだ。カミラ!」

時空間転移が使用できないとなると、通常航行による「時空連続シフト」によって、時空間を徐々にシフトダウンするしか、帰還する方法はない。波動収束フィールド内がアムネリアの何らかの力によって正規化されたとはいえ、特異点の作り出す引力作用は健在だ。アランのシミュレーションでは、時空連続シフトでこの引力を振り切って脱出できる確率は、10%程度であった。

一旦瞑目して落ち着きを取り戻すと、カミラは不鮮明なモニターの向こうへと口を開く。

「チーフ、所長。リレーが失われた以上、この場であの特異点を制するほか、脱出の手立てもありません。PSI波動砲による特異点無力化を試みます!」

「くっ……PSI波動砲に賭けるか。所長!?」

「うむ……やるしかあるまい。田中、アル。どうだ?何か少しでも掴めたか?」

「えっ?ええと……」「解決策は、さっきと変わらん!『レギオン』を形成していた求心部を見つけ出し、PSI波動砲を叩き込む!特異点が辛うじて、その時空に留まっているってことは、『レギオン』の求心部がまだ活きてるのだろう。そこを叩く他ない!」田中の返答を待たずにアルベルトは捲し立てる。

「その求心部とは、一体どこなんですか!?」カミラの声は、焦りの色を隠せない。

<アマテラス>そっちから貰ったデータだけで特定できるか!何とか探り当てろ!」

「くっ……了解!」アルベルトの言いようにムッとなるが、今はやり合っていられる状況ではない。

「けど、この引力の中で、どうやってPSI波動砲を!?」引力に対して、ギリギリで踏ん張りを利かせているティムは、声を荒げる。PSI 波動砲のチャージを開始した途端、特異点の引力に引きづり込まれるのは明白だ。

「逆進、制動をかけながらチャージ!呑み込まれきる前に撃つ!」「無茶だぜ!」苦渋に固くアームレストを握りしめるカミラの策をティムは一蹴する。皆わかっている。危険な賭けだということは……

「大丈夫だよ、ティム」「!?」

……アムネリア……

……はい……

アムネリアのホログラムが手を広げ、念じると、<アマテラス>を包み込んでいた、水の羽衣が形を変え、<アマテラス>の4枚の安定翼に更なる力を与えてゆく。

荒波を渡る巨船の櫂の様な形状となって、波動収束フィールドの縁辺深く、時空間の壁を貫いて突き刺さり、引力の潮流を押し返しながら<アマテラス>の体勢を整える。

「ど……どうなってんだ?」その力が引力に抗い、ブリッジの振動がみるみる静寂に変わっていくと同時に、ティムは舵が軽くなっていくのを感じ取る。

「これも『メルジーネ』が……?」「カミラ!これならいけるぞ!とにかくPSI波動砲の準備だ!」

「……えっ、ええ!チャージバイパス開放!PSI波動砲エネルギーチャージ開始!」

<アマテラス>のPSIパルス反応炉の回転音が反転して、周辺時空を吸引するかのようなチャージ音へと変わっていく。

PSI 波動砲の照準に巨木の頭部が残る特異点中央が入り込む。

<アマテラス>に退けられた黒雲は、巨木に絡みつき、まるで、こちらを警戒しているかのようだ。揺ら揺らと揺めき、その中心に、人影の様な姿が見え隠れする。

「……同じだった……あの珠の中で感じていた貴女の想い…………あの地震で……死んでいった人達と……ナギワ姫!」照準の先に感じる気配に、直人は呼びかけずにはいられなかった。
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