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第3章 死者の都

起死回生 5

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石壁を伝い、滔々と流れ落ちる清らかな水は、すでに半身を満たしていた。

身体に残る僅かな悦びも、疼きも、全て無へと洗い流されてゆく。それと入れ替わるように、理路整然と整えられた秩序の固まりが、頭上から流れ落ちる滝の水流と共に、自らの裡を満たしてゆく……

……我は……我なれど…………我にあらず……

……この……心……何者か……

………さにあらず…………我は想わず…………故に我は無く……

……ただ再び泡となりて……世を満たす者なり………………

…………されど……今一度…………

見上げた先に、固く閉ざされた石門が浮かぶ。

……今一度……貴方が……その門を……門を開けたなら……我は……………


……どうして?……どうして死ぬの?……

……!!……


清められ、流れ落ちた水の中に揺ら揺らと浮かびあがる己の影。

……それが定め……我の願い……

…………違う……違うよ………

影は、水底にありながら、仄かな焔となって燃え上がる。

…………私こそがあなた…………

……くっ………

……………あの門を開けるのはあの方?………

……!?……

…………うぅうん……

……あなたよ……

胸の内で鼓動が一つ跳ね上がる。

……我を惑わすか……影よ……

………私はあなた、あなたは私……

……さあ、もう一度よく見て……

影に導かれるまま、視界は再び石門へと注がれる。


……んん?……林武衆の長は、ふと何かに気づいたように、覗き込んでいた"生贄の淵"から視線を神取らに向ける。

……どうされました、長?……

神取と、彼が神子と嘯いた女子は、『みずち』に取り込まれ、身動きひとつない。もはやその魂もじきに神の一部となる筈だ。

……いや、気のせいか……

小柄な老師の亡霊は、再び淵へと視線を戻す。


……我は願った……確かに……

……今一度、その門をくぐり……

……貴方と共に歩む世界を……貴方と……

…………これが、我の本当の願いだと………

影に灯る火は、ひとまわり大きな炎となって、その揺らめきは水を攪拌していく。

……そんな事……わからない……だから生きるの……

石門の中に朧気に何かの像が浮かびあがる。石の果実に捕らわれた直人の姿だ。

……な……お……と……

炎は更に膨れ上がると、少女のような姿を描き出す。その姿は、紛れもなく亜夢。

……生きて、それを見つける!……

………私は!………

胸の高鳴りを感じる。それは身体を内から燃え上がらせる熱源となって、身体中に纏わりつく水気を中空へと解き放つ。

…………………それが……許されるというなら……

……我も……見てみたい……そのような時を……

……影よ……いや……もう一人の我よ……

……今一時を……共に………


「目覚めよ!!亜夢!!!」

亜夢の額にかざした神取の掌は、彼女の肉体の内に血潮と熱が渦巻いてゆくのを感じ取っていた。

…………生きて……みようか………

……亜夢……


にわかに金剛杵が震え出したかと思うと、冷え切った金属の塊に、人肌ほどの温もりが宿る。

……何!?……

老法師は、その異変の素を即座に感じ取って振り返った。

……ばっ……馬鹿な!?……

捕らえた女子の魂は、完全に『みずち』と同化していたはず。しかし、どうした事か!?

彼女の周囲から幾筋もの細い、熱気を帯びた白糸が立ち登る。

……み……みずちが……

次の瞬間、発光と共に女子を拘束していた『みずち』らが、まるで乾燥した枝葉であったかのように、一気に燃え上がった。

……お……おのれぇぇ………

老法師は、金剛杵を握りしめると頭上高く振り上げ、魂振りの呪法を口に、最大級の念を込めた。

遅れて気づいた老法師の部下らも同様に念を高め、老法師を支援する。

燃え上がった"みずち"らは、一時の潤いを取り戻し、陸に挙げられた魚のようにピチピチとその霊体を捩る。

……生きる!……

…………生きる!!………

……………生きるのおぉぉおお!!!……

神子の晴れ渡る海面のような瞳の一方が煌めくと、忽ち激しく燃えあがる赤々とした炎が宿る。

………うおおおおおおおおおおオオオ!!!!………

咆哮か雄叫びか、生命の燃焼が神子の内より発露していた。

髪は揺ら揺らと逆立ちその毛先は、炎と一体となり、纏わりついていた『みずち』共を焼き払う。

仰け反り、縮みあがり、何かの断末魔か、奇怪な音と共に『みずち』の群れは次々と神子の身体から焼け出され、蒸発していった。

何とかこの想定外の霊力を抑え込もうと、法師達は躍起になって、金剛杵へ念を送り続ける。

いつしか金剛杵は、はち切れんばかりに膨らみ、火気に当てられ赤々と熱を帯びていた。

……ぬわぁああ!!……

金剛杵は法師らの手を支点に、ぐにゃりと溶け落ちる。霊体でも熱気を感じるのか、堪らず、亡霊らは金剛杵をその手から落としていく。

金剛杵は、そのまま彼らの真下に展開されてる"生贄の淵"へと、炎を上げながら落下し、溶け消えてしまう。

紅蓮の炎の連鎖は止まらない。

神取の念体に取り憑いた『みずち』にも延焼。拘束が緩んだ隙を突いた神取は、素早く印を切る。

九字の結界を発動させた神取に、『みずち』は切り刻まれながら、どこぞへと消滅していった。

……な……何故だ……『みずち』の拘束を……

……まさか、"火"の気で打ち破るなど……

……あり得ぬ……あってはならぬ……

……な……何者だ……その女子は……

延焼は更に空間へと広がり、水の気を凌駕していく。

林武の亡霊達は、周囲の気質の変容に只々、狼狽えるばかりだ。

……言ったはずだ……

頭上から放たれた神取の声に亡霊達は顔を上げる。

神取の念体、そして炎と水とが入り混じり、虹色の光を放つ女子の霊体は、彼らが縛り上げられていた、キャットウォークの手摺上に並び立って、亡霊達を見下ろしていた。

……この者……"神子"であると!……
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