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第3章 死者の都

起死回生 4

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……センパイ!……もう、どこなの!?センパァァイ!……

……あっ!?……

サニの身体から離れた意識体は、直人らしき気配を追って、淵の中央の巨木へと近づいていた。

<アマテラス>が囮になる形になり、レギオンに気付かれることなく、ここまでは到達できた。サニは、巨木を支える大岩の上に降り立つ。

……アレに化けたと思ったけど……この木はずっとここに?……

……!!……

サニが何気なく見上げると、生い茂ったその枝先に無数の梨のような果実が実っている。いや……これらは、日本古代の宝飾具……確か、縄文だったか弥生の頃の宝飾具だ。サニは付属大学の神話学講座で資料で見た事がある。不思議と惹きつけられた記憶がある。

……うっ……まじ?……

だが、その宝玉、『大珠』の果実は、よく見れば内側に何やら人の顔やら手脚、胴のような形を作り、微かに蠢いている。獣やら、「現象界」には存在しない霊的な何かも入り混じっているようだ。

……うげっ……やっぱり"レギオン"か……

だが、どうだろう?

実りの小さい果実に浮かぶ表情は苦悶や怒り、禍々しい負の感情を否応なく感じるが、熟しつつある大きめの果実ほど、表情は穏やかに、安らぎに満ちている。

……せ、センパイ!!……

その大きめの果実の中に、直人らしき人影が捕らえられていた。サニは意識をその場に集中し、瞬時に直人の側に移動した。

果実は硬質な石のようだ。蛇紋を描く薄緑色をした、おそらく翡翠のようなものだ。この中に、直人は琥珀の虫のようになって、封じられていた。今まで見た事もない程に穏やかな寝顔のまま、身動きひとつない。

……ホンっと、閉じこもるのが好きなんだからぁ!もう!!……

そう言いながらガンガンと叩いてみる。案の定、ひび一つ入らない。

すると、隣の熟しきったらしい実が、一つ二つと枝から落ちる。枝から外れたのと同時に、閉じ込めた何らかの存在を包み込んだまま、空間に溶け込むように消えていった。

思わずサニは息を呑む。

……どうしたらいいの!?センパイ、出てきてよ、センパイ!!……

無駄と分かっていても、直人が目覚めることを信じて、さらに『大珠』の果実を叩く。だが、そのサニの意識体の手も、次第に果実と当たる、手の感触が無くなりつつあった。

……っう……もう時間が……

サニのダイレクト接続による行動限界時間が迫っていた。


「レギ……オン……の木……座標3-2-……4-3……ずっとそこにある……隠れて……」

トランス状態のまま、サニは何とか自分の意識体の座標を報告する。

「そこに……セン……パイ……も」身体の姿勢を保つのも限界なのか、サニはコンソールに俯す。

「座標3-2-4-3!アラン、解析急いで!サニ!もう時間よ。戻って!!」カミラの呼び掛けに、サニは答えない。これ以上のダイレクト接続は、PSIシンドロームに陥る危険性もある。

カミラは、キャプテンシートから飛び降りると、サニの元へ駆け寄る。モジュールからサニの手を離し、接続の解除を試みる。しかし、システム側からアクセス拒否の反応が返ってきた。サニの意識体が<アマテラス>への帰還を拒んでいる。この状態でシステムから強制切断する事は、精神破壊に繋がる恐れがあり、その安全装置が働いていた。

「サニ!」

「セン……パイ……捕まって……助け……ない……と」うなされた様にカミラに訴える。

「貴女……そこまで……」「また来た!!隊長、掴まって!」またも不意に現れたレギオンに、船を回転させて回避するティム。慣性制御された船内とはいえ、レギオンと近距離ですれ違う衝撃波が、ブリッジを襲う。カミラは、糸の切れた傀儡の様なサニを抱える形になったまま、彼女の椅子にしがみつく。


あかりが落ち、静まり返った部屋の引き戸が、その静寂を打ち破って勢いよく開け放たれる。

「……はぁ……はぁ……生きた身体を……こんなに動かしたのは……何年ぶりかのう……はぁ……南蛮から伝来したという走りには……未だ慣れんというに……」

真世に取り憑く彩女は、宿主の身体を酷使するほど走らせた。慣れない「走法」にも関わらず、IMCから徒歩で3分ほどの移動距離を1分程度で宿主を走破させた。

真世の身体は肩を大きく揺らし、呼吸に喘いでいたが知った事ではない。彼女の主は、今、何か危機的な状況に陥っている……彩女は、その事を具に感じ取っていたのだから。

真世の肉体は一時の休憩を欲していたが、彩女は構う事なく、そのまま部屋の奥へと分け入っていく。

「はぁ……はぁ……だっ……旦那様……!」

すぐに椅子に項垂れたまま、身動き一つない神取の姿を認める。

「……念体遊離の術?よもや、戻れずに?旦那様!!」

借り物の肉体に憚る事なく、神取の手をとる彩女。冷え切った神取の身体には、まだ確かな脈動が息づいている。

「……嗚呼、旦那様。おいたわしや……」言いながら、彩女は、真世の両手で神取の手を握りしめる。何年振りかの人肌同士の触れ合いに、神取の危機にも関わらず、悦びを覚え始めていた。そろそろと、彩女が神取の手を撫でまわし始めたその時。

「……い……いい加減にせよ……」「旦那様!」

微かな声で、神取は己の肉体の口を使って、彩女に語りかけた。

「……あ、彩女……その……手を……亜夢の額に……早……く」「この……手を?」

傍らのベッドには、亜夢と呼ばれている神子の身体が、呼吸も小さく生死も判然としない様子で横たわっていた。

「そう……だ、早く……せよ」「へっへぇ!!」

彩女は、言われるまま、真世の身体を神取の肩の下へと差し込むと、ぐいと腰を浮かせて彼の身体を持ち上げる。神取は、念体維持の為、自力で立ち上がる事すらままならない。彼の重みが身体にのしかかってくるも、その瞬間、彩女は少女のような胸の高鳴りを覚えていた。

明らかに真世の肉体が、彩女の情動に呼応していた。

……まっ、まったく、応ずるんじゃないよ……小娘!……

何とか、神取の身体を亜夢の傍へと運び、彼の手を亜夢の額へと運ぶ。

「……亜夢……私を……通して……神子を感じよ……起きろ、起きるんだ!!」

神取は、自らの魂を鼓舞しながら、同時に亜夢に念を送る。

御所に伝わる秘儀の一つとされる、『魂振り』の術。

魂を誘導し、奮い立たせるというその技を持って、肉体に残している己の魂と亜夢の魂両方を活性化させていく。

「くっ……力が……」

念体、つまり肉体を支える魂の外殻であり、『魄』とも呼ばれるエネルギーを放出している状態である。肉体にも負荷をかけるこの術の使用は、力を失った神取の肉体を圧迫していた。

「あ、彩女!!支えろ!」「承知!」

彩女は、真世の身体をもって、神取の背中に抱きつくような形で、彼の腕と身体を支えながら、己の霊力を神取に注ぐ。彩女は真世の表層意識に気づかれぬギリギリで、霊力をコントロールする。

「来い!……来るんだ、亜夢!其方の……生への執着、今こそ見せよ!!」

神取の声に答えるかのように、亜夢の瞼がゆっくりと持ち上がっていく。亜夢のふっくらとした唇がほのかに赤く色づき始め、微かに震えるように動き出す。

「……き……る……生き……る……」
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