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第3章 死者の都

神は来たりて 4

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『レギオン』が潜り込んだ淵は、静けさを保ったままだ。

「各部、チェック!」この隙にカミラはゼロ距離射撃の船体への影響確認を急がせる。

「操縦系統……右舷後部スタビライザー動作不具合あり。ちっ、ひん曲がったな」

「レーダー、PSIパルス検出機能にノイズ多発。調整中です!」

「機関部は問題ない。だがシールド、バリア、ともに半分ほど損耗した。それとメインマスト破損。通信をサブに切り替える」「ええ、やってちょうだい。ナオ、そっちは?」

 直人は自コンソールで、チェック、アンド、トライを繰り返しているようだ。

「……右舷PSIブラスター1番、2番……システム復旧できません」「何、アラン?」

 アランは船体全モニターを起動し確認する。PSI-Linkシステムから完全に切断されている。船外監視カメラを切り替え、右舷のブラスターを捉えるカメラ映像をモニターに出す。

「あっちゃ~~逝っちまったか……」ティムが言葉を漏らすまでもなく、被害は一目瞭然だ。

 元の半球レンズ状の形状は失われ、押し潰され圧壊していた。ゼロ距離射撃の結果だ。

「船内へのダメージは?」「それは問題ない、が、残りの火力では……」

 アランの返答にカミラは無言のまま、前方モニターに視線を戻す。

 淵の様子に動きはない。

「大方、やっつけちゃたんでない?」ブリッジの緊張した空気を嫌ってティムが軽口を叩く。

「いや……まだだ」直人はPSI-LinKモジュールが掌に吸い付くような感触を覚えていた。油断すれば生気を吸い取られ、たちまちあの蛇体へと呑み込まれるかのようだ。

 ……どこだ……ヤツは……

 PSI-Linkモジュールの感覚を頼りに、直人は『レギオン』の気配を追う。


 ……甦れ、神よ!!……

 ……オーン!!……

 法師らの金剛杵が一層、光り輝き、そのエネルギーが淵に投げ込まれた護符へと注ぎ込まれる。


「淵が……何かに反応してます!」サニの張り上げた声に一同、モニターを覗き込む。

 水面は鈍い黄金色に発光しながら、波のように盛り上がると、一つ、また一つと形の崩れた人の手や顔のような形を作り出す。この淵自体が、多くの魂を呑み込んだ『レギオン』の蛇体そのものだったのだ。

 もがれた手脚、胴、頭部……死してなおも魂を喰い荒らされたかの光景が顕になってゆく。金色の光が、ありし日の彼らの姿形を中途半端に再生させると、彼らは、<アマテラス>に救いを求めているのか、或いは食らいつこうというのか、仕切りにその中途半端な霊体で向かってくる。

 インナーノーツ、そして彼らを見守る皆が戦慄する。だが、事はそれで終わらない。

 淵の中央に残っていた、枯れた巨木の根が、淵の変化に反応し、その触手を何本も伸ばしていく。すると、今度は急激に骸の死霊諸共、淵の水を吸収し始めた。

 音声変換された声にならない声が、助けを求めながら断末魔をあげる。霊体に微かに戻った、生への希望は無慈悲に搾取され、代わりに巨木の枯れた枝葉は、しなやかに、たおやかに中空へと伸びてゆく。その枝先に梨のような形をした果実が実る。

 PSI-Linkシステムとより深く接合した直人の意識は、彼らの呻き、苦しみを具に感じ取り、痛みとなって肉体を駆け巡る。

 ……くぅっ!!……

 直人は痛みに耐えながら、その光景を睨みつける。

 ……みんな……ただ生きたいと願っていただけなのに……

 ……それを、お前は……

 直人の身体を震わせる痛みと戦慄は、畏れから徐々に胸の内から燃え上がる衝動に変わっていく。

「レギオン……」

 根は、大岩をも砕き、キラキラと白や青緑の輝きを見せる岩の生気をも吸い尽くす。巨木を軸にして、青緑の大蛇の姿が再び浮かび上がってくる。

 先程より二回りほど巨大化し、再生した『レギオン』。まるで青緑の宝玉のような輝きに包まれた蛇体の表面には、人か獣か、何かの生命の残滓が、そこから逃れようと蠢いているのが見てとれる。

「……許せない……」衝動に震える身体。畏れを怒りの炎が焼き尽くしていく。

「レギオン……お前は、お前だけは!」

 前面モニターにPSIブラスターの照準が浮き上がる。

「待ちなさい!ナオ!」

 カミラの制止は直人に届かない。

「お前だけは!オレが!!」

 レギオンの十数箇所を一度にターゲティングしていく様子がモニターに示される。残り4基のPSIブラスターによる各個、目標追尾、及び連射による飽和射撃。PSI-Linkシステムとの高同調をもって初めて為せる"離れ技"だ。

 PSIブラスターから放たれた十数の光の矢がレギオン目掛けて一斉に射かけられる。

「次!!」

 着弾を待たず、第二、第三射を射掛ける直人。

 インナーノーツも、見守るスタッフらも、圧巻の光景を呆然と見守る。

「す……すげぇ……」ティムは口を戦慄かせて呟いた。

 みるみるうちに光の渦へと飲み込まれていくレギオン。

 だが次の瞬間、直人は、急にハッとなり攻撃の手を止める。

 ……なんだっ……

 放ったPSIブラスターにまるで手応えを感じない。レギオンに飲まれ、踠き苦しむ魂らの感触さえも、消え去っていた。

 ……まただ……

 PSIブラスターの霧散したエネルギーが生み出した光のベールが晴れていく。

「いない!?」直人は目を凝らすが、レギオンの影も形もない。

「……消し飛んだのか?」ティムもモニターを覗き込んで、レギオンの痕跡を探る。

「サニ、レーダーは!?」「何も……反応消失……」

 まるで最初からこの時空間に何も存在しなかったかのように、静寂が拡がっていた。だが……

 ……!!上!?……

 直人は、頭上から自身を見下ろす、『レギオン』の隻眼の気配を感じ取っていた。

「まずい!!」
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