INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第3章 死者の都

神は来たりて 3

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<アマテラス>ブリッジからの通信は、多元量子マーカーの効果により、なんとか保たれている。IMC、<イワクラ>ブリッジに集うスタッフと各国IN-PSID代表団らは、この世ならざる圧倒的な存在に、みな硬直しきっていた。

「しょ……所長……何なんです、これは……」

堪らず東が藤川に答えを求めた。

「わからん……『エレメンタル』の変種、いや数多の魂を取り込んだ変異体なのか……」

モニター越しに<アマテラス>の死闘が繰り広げられている。

「よりにもよって……慰霊祭の日に」東が苦々しく口を歪める。

「いや……おそらく、その慰霊祭だ」

藤川のその一言は、皆を振り向かせる。藤川は続けた。

「慰霊祭による、多くの人の意識集中。それがトリガーになったのだろう」

「ど……どういう事ですか?」東が口を強張らせながら問う。

「発端は、やはり半年前に侵入した、何者かの呪術と見ていい。呪術とは、強力な意識集中場を作り、この世へインナースペース情報を現象化させようとする行為……だが状況からすると、おそらく彼らの術は失敗したのだ……術もそのままに意識集中場だけが残ったようだ」藤川は自説を展開する。

「そうか、そこに慰霊祭によって多くの人の意識が再び集中して……」マークが藤川の言葉を繋いだ。

「そう……それに引かれてきた……何らかの想念集合体……それが、あの『レギオン』だ」

カミラの言葉を借り、藤川は"それ"に一時的な名を与える。

「レギオン……」ハンナは噛み締めるように呟いた。そう、ここはとんでもない悪霊の住処なのだと、誰しもが胸に刻み込む。

「あれが……異変の元凶?」貴美子が恐る恐る問う。

「間違いなかろう。あれを鎮めさえすれば、現象界の騒ぎもひとまずおさまるはずだ……」

「けど、あんな化けモン、どうやって!?<アマテラス>で勝てんすか!?」

如月が声を荒げる。

「わからん……だがこちらも出来る限りのサポートをするまでだ」

「サポートったて……どうすりゃあ……」

「とにかく避難している慰霊祭の来場者を可能な限り、水織川から遠ざけるよう、レスキューへ依頼しよう。いざという時に備えた、避難目的もあるが、距離がもたらす心理的効果で意識集中も幾分、緩和されるはずだ。それと結界への電力供給を増幅。この辺りの電力の一時的な供給ダウンを招くが、止むを得ん。電力プラントに協力を要請」

「よし、それは俺たちの仕事だ。IMSみんな、早速かかってくれ!」如月の指示にIMSのメンバーらは即座に動き出した。

「アイリーンはIMCへ、<アマテラス>からの『レギオン』の情報を転送。本部の解析システムをフル稼働させて、攻略の糸口を見つけるんだ」「はい!」

ひととおりの指示を出し終えると、藤川はモニターに視線を戻す。

「インナーノーツ……」藤川は左手の補助杖を固く握りしめる。


「右舷、15度!『レギオン』接近!巻き付かれます!!」「下降角いっぱい!蛇体の下をすり抜ける!」

「やってやるさ!!」ティムは操縦桿を目一杯押し倒し、蠢く蛇体と淵の間スレスレに<アマテラス>を通す。

「PSIブラスターセット角上方90度!」
「ゼロ距離射撃になるぞ!」「構わん!テェ!!」

直人は変性意識下で、蛇体の一部となっている死者達のつなぎ目を見切る。

「そこ!!」一瞬で照準を合わせこむと、渾身のブラスターを叩き込んだ。ブラスターは、一枚岩ではない『レギオン』の蛇体を分断していく。着弾の衝撃波と同時に反作用となって逆流してくる死霊らの怨嗟が、直人の体を駆け巡る。

「……くっぅ……」

……ごめん、だけど今は!!……オレは……

堪らないのは直人だけではない。崩れた身体を淵の水面に打ちつけ、咆哮を上げる『レギオン』。そのまま淵の中へと潜り込んでいく。

ゼロ距離射撃の衝撃で<アマテラス>も淵へと押し込まれそうになるが、ティムは何とか踏ん張りを効かせ、<アマテラス>を持ち上げる。


『レギオン』から崩れ落ちた死霊達は、寄る方をなくし、空間を漂っている。


……ふふ……異界船め……やりおるわ……

……だが、その程度では、神は死なん!!……

法師らは、手にした金剛杵こんごうしょを振りかざし、空間に満ちたままになっている言霊に呪文の言葉を重ねていく。

神主風の男が、取り出した護符へと念を送り込むと、それを淵へと投げ入れ始めた。

……金剛杵?……

林武衆は、日本古来からある密教、神道、修験道等を極め、それらの最奥に秘められた力を御所の秘儀により引き出された、インナースペースの知覚に目覚めた能力者、「サイキッカー」集団である。その技の発露には、彼らが極めし各々の「道」をベースに独自に編み出されたものである。

金剛杵は密教系の法具であり、謎の多い道具だ。用途は、その道を極めたもののみが知るというが、彼らはその本来の使い道を習得していた。即ち、この法具は、インナースペースを知覚できて初めて、己の法力を高めたり、現世にその力を「現象化」させる為の道具なのだ。

彼らは、身につけていた金剛杵を霊体と共にこのインナースペース内に復元している。いや、むしろ金剛杵のインナースペースの情報こそが実在とも言える。

インナースペースでその法具を使う意味を、神取と神子は己の霊体で味わう事となる。

……うぅぅ……くっ……

……締め付けが……其方達の法力が……この呪縛を……

這い回る蛇のような霊体の色彩が色味を増し、液体状の様相となって、神取と神子を一層締め上げる。

……左様……

……この辺りは古来、水害の多いところであった……

……水害で命を失いし者たち……

……そう、あの地震でも多くのものは河川の氾濫で亡くなったのう……

……それだけではない……水の猛威を治めるため人柱とされた者も、また多かった……

……悲しみ……怨み……無念……

……我らが神の大御心は、そういった数多の想念を飲み込んでくださったのだ……

……うぬらの戒めは、その神の御力……即ち水の霊みずちじゃ……

……水……だと?……

神取は、林武衆の勝ち誇ったかのような言葉に顔を上げた。

彼らの手にする金剛杵が妖しげに輝きを放っている。隣で、戒めから逃れようと神子は身を捩らせているが、その度に、戒めは霊体へとめり込んでいく。

……水……金剛杵……

何か引っかかる。その感覚を手繰り寄せる神取。

………神子……っ!!……

一瞬の閃きが神取の霊体の顔を上向かせる。
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