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第3章 死者の都
神は来たりて 2
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……おお、なんというご霊威!……
灰色味を帯びた白い法衣をまとっているらしい、坊主頭の男の背が暗闇に浮かび上がる。
……これぞ、まさに神……
傍に、同じく修験者のような出立ちのやや若い風貌の男、さらに護符と筆を携えた神主のような初老の男が浮かび上がる。
……我らが神よ……現世への扉は開いた……御大願を成すは今!……
白髪に頭襟を乗せた小柄な老法師が浮かび上がる。
……其方たち……『林武衆』か……
……ぬぅ……門の結界に何やらかかったと思えば……
……面で顔を隠したところで……其方の気配はようわかる……
……神取……いや、うぬの念体か……
……無様よのう……
神取の念体と神子は、蛇のように蠢くものに締め付けられ、その身を何処かに吊るされている。彼らの姿に、神取が『林武衆』と呼んだ霊体らは嘲るように笑いを立てた。
神取らが捕らえられている周辺に、水織川研究所、PSI 精製水処理区画跡らしき様相が見え始める。神取と神子は区画を見下ろす、キャットウォークの欄干に縛り付けられているようだ。
その眼下は、この区画の無機質な建屋の様相とはまた異なって見える。どこか異なる時空間に繋がっているのだろう。
空間と空間が折り重なった歪みが、シームレスに連結し、深い森と、その中央には底知れぬ暗黒の水を湛えた淵が拡がる。淵の上に浮遊する白い鳥のようなものは異界船のようだ。その先に、何かを形作ろうとする水柱が立ち上がり、淵の揺れ動く水面下に、時折り微かな青緑色の煌めきが溢れていた。
……なおと……くっ……
神子が締め付けから逃れようと、霊力を発動するが、何故か呼応するように、締め付けはさらに強まる。
……神聖なる神の御前に女子連れとは……相変わらず不遜な男よ……
細身の若い顔立ちが語りかけてくる。
……その女子、何者ぞ?……
霊体の顔相を歪め、老法師が問う。
……ふん、"神"だと?……古来、神を降ろすは"巫女"と相場は決まっていようものを…………この者の霊気……忘れたか?……
……何!?其奴を"神子"と申すか?……
老法師の霊体は、宙を舞い、捕われの神子の周りを蛇が巻き付くかのようにして、観察していく。流石の神子も不快に顔を顰める。
……やめろ!……
神取は制止しながらも、老法師の魂は、生前の彼とはもはや違う存在となっている事を理解した。
……ほぅ……確かに……変わった霊気を持つようじゃが……
螺旋を描きながら再び老法師の姿を創り出す。
……お主の見当違いではあるまいか?……
……左様、神子ならば我らが既に見つけておったわ……
法師らは罵倒するような口調で語りかけてくる。
……神子を……見つけた?……馬鹿な……
……まあ良い……神子など所詮は忌子……神を見つけし今となってはどうでも良い事……
……見よ、神取!あの底なしの闇を!慈悲など微塵もない冷徹!……まさに神たる存在よ……
……お主らも贄にしてやっても良いが……元同僚の誼じゃ……我らが神に仕えよ……さすれば現世へと返してやろう……
法師らの瞳から煌々と青緑色の光が溢れている。
……林武……信義に篤き其方らが……魔境に堕ちたか……
淵の中央の巨木を核にして、水柱がゆっくりと立ち上がり、その"頭"を擡げる。巨木の像が水柱の中に溶け込み、消え去っていくのと同時に、頭らしき部位が逆三角形に近い形状をとり始める。その水柱の様相は、さながら大蛇を想起させた。
頭の両端は眼を表しているのだろうか? 丸みを帯びた突起が現れると、濃緑色に輝く宝玉のような煌めきが溢れ出す。また、その頭部からは黒く波打つ長い髪の様なものが伸び、宙空をフワフワと漂っている。
口に位置する辺りから、舌のようなものが垂れている。よく見れば、それは頭が食いちぎられたような人の上半身のようだ。その腕が何かを求めるように、<アマテラス>の方へと腕を伸ばしている。
全身を襲う悪寒に、サニは身震いを抑えきれない。
舌だけではない。夥しい人の身体のようなものが折り重なり、融合し合い、その存在の"蛇体"を創り出していた。
––『我が名はレギオン……大勢なのだから』––
「レギオン……」新約聖書にある、悪霊の言葉がカミラの脳裏を過ぎる。
頭部にさらに一つ大きな球体が浮かび上がる。球体の中央が横一文字に割れ、まさに人の眼球であろう一つ目が浮かび上がった。
悪魔の叫びか、怨嗟か、『レギオン』は咆哮を上げながら更に首を持ち上げ、開いた口らしき部位をもって<アマテラス>に襲いかかる。
「シールド船首集中展開!受け流しながら取り舵20!」
アランとティムはカミラの発令と同時に反応し、『レギオン』の攻撃を受け流す。
シールドで直撃はないものの、衝撃がブリッジを襲う。右舷のモニターを『レギオン』の蛇体が埋め尽くしながら、後方へと流れていく。
「ナオ!右舷PSIブラスター斉射!叩き込め!!」
直人は、この『レギオン』からも、震災の犠牲者らと同じような気配は感じていた。被災者だけではない。数知れぬの死者の霊がこの蛇体に取り込まれている……だが、この状況ではもはや、一瞬の躊躇が命取りだ。湧き上がる葛藤を抑え込み、直人はPSI-LinKモジュールに左手を押し付ける。
「くっ……ブラスター、発射!」
ブラスターの迸る閃光が、『レギオン』の蛇体を切り裂いていく。
灰色味を帯びた白い法衣をまとっているらしい、坊主頭の男の背が暗闇に浮かび上がる。
……これぞ、まさに神……
傍に、同じく修験者のような出立ちのやや若い風貌の男、さらに護符と筆を携えた神主のような初老の男が浮かび上がる。
……我らが神よ……現世への扉は開いた……御大願を成すは今!……
白髪に頭襟を乗せた小柄な老法師が浮かび上がる。
……其方たち……『林武衆』か……
……ぬぅ……門の結界に何やらかかったと思えば……
……面で顔を隠したところで……其方の気配はようわかる……
……神取……いや、うぬの念体か……
……無様よのう……
神取の念体と神子は、蛇のように蠢くものに締め付けられ、その身を何処かに吊るされている。彼らの姿に、神取が『林武衆』と呼んだ霊体らは嘲るように笑いを立てた。
神取らが捕らえられている周辺に、水織川研究所、PSI 精製水処理区画跡らしき様相が見え始める。神取と神子は区画を見下ろす、キャットウォークの欄干に縛り付けられているようだ。
その眼下は、この区画の無機質な建屋の様相とはまた異なって見える。どこか異なる時空間に繋がっているのだろう。
空間と空間が折り重なった歪みが、シームレスに連結し、深い森と、その中央には底知れぬ暗黒の水を湛えた淵が拡がる。淵の上に浮遊する白い鳥のようなものは異界船のようだ。その先に、何かを形作ろうとする水柱が立ち上がり、淵の揺れ動く水面下に、時折り微かな青緑色の煌めきが溢れていた。
……なおと……くっ……
神子が締め付けから逃れようと、霊力を発動するが、何故か呼応するように、締め付けはさらに強まる。
……神聖なる神の御前に女子連れとは……相変わらず不遜な男よ……
細身の若い顔立ちが語りかけてくる。
……その女子、何者ぞ?……
霊体の顔相を歪め、老法師が問う。
……ふん、"神"だと?……古来、神を降ろすは"巫女"と相場は決まっていようものを…………この者の霊気……忘れたか?……
……何!?其奴を"神子"と申すか?……
老法師の霊体は、宙を舞い、捕われの神子の周りを蛇が巻き付くかのようにして、観察していく。流石の神子も不快に顔を顰める。
……やめろ!……
神取は制止しながらも、老法師の魂は、生前の彼とはもはや違う存在となっている事を理解した。
……ほぅ……確かに……変わった霊気を持つようじゃが……
螺旋を描きながら再び老法師の姿を創り出す。
……お主の見当違いではあるまいか?……
……左様、神子ならば我らが既に見つけておったわ……
法師らは罵倒するような口調で語りかけてくる。
……神子を……見つけた?……馬鹿な……
……まあ良い……神子など所詮は忌子……神を見つけし今となってはどうでも良い事……
……見よ、神取!あの底なしの闇を!慈悲など微塵もない冷徹!……まさに神たる存在よ……
……お主らも贄にしてやっても良いが……元同僚の誼じゃ……我らが神に仕えよ……さすれば現世へと返してやろう……
法師らの瞳から煌々と青緑色の光が溢れている。
……林武……信義に篤き其方らが……魔境に堕ちたか……
淵の中央の巨木を核にして、水柱がゆっくりと立ち上がり、その"頭"を擡げる。巨木の像が水柱の中に溶け込み、消え去っていくのと同時に、頭らしき部位が逆三角形に近い形状をとり始める。その水柱の様相は、さながら大蛇を想起させた。
頭の両端は眼を表しているのだろうか? 丸みを帯びた突起が現れると、濃緑色に輝く宝玉のような煌めきが溢れ出す。また、その頭部からは黒く波打つ長い髪の様なものが伸び、宙空をフワフワと漂っている。
口に位置する辺りから、舌のようなものが垂れている。よく見れば、それは頭が食いちぎられたような人の上半身のようだ。その腕が何かを求めるように、<アマテラス>の方へと腕を伸ばしている。
全身を襲う悪寒に、サニは身震いを抑えきれない。
舌だけではない。夥しい人の身体のようなものが折り重なり、融合し合い、その存在の"蛇体"を創り出していた。
––『我が名はレギオン……大勢なのだから』––
「レギオン……」新約聖書にある、悪霊の言葉がカミラの脳裏を過ぎる。
頭部にさらに一つ大きな球体が浮かび上がる。球体の中央が横一文字に割れ、まさに人の眼球であろう一つ目が浮かび上がった。
悪魔の叫びか、怨嗟か、『レギオン』は咆哮を上げながら更に首を持ち上げ、開いた口らしき部位をもって<アマテラス>に襲いかかる。
「シールド船首集中展開!受け流しながら取り舵20!」
アランとティムはカミラの発令と同時に反応し、『レギオン』の攻撃を受け流す。
シールドで直撃はないものの、衝撃がブリッジを襲う。右舷のモニターを『レギオン』の蛇体が埋め尽くしながら、後方へと流れていく。
「ナオ!右舷PSIブラスター斉射!叩き込め!!」
直人は、この『レギオン』からも、震災の犠牲者らと同じような気配は感じていた。被災者だけではない。数知れぬの死者の霊がこの蛇体に取り込まれている……だが、この状況ではもはや、一瞬の躊躇が命取りだ。湧き上がる葛藤を抑え込み、直人はPSI-LinKモジュールに左手を押し付ける。
「くっ……ブラスター、発射!」
ブラスターの迸る閃光が、『レギオン』の蛇体を切り裂いていく。
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