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第3章 死者の都
神は来たりて 1
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「この護符……言霊……」
「……林武のものじゃな……間違いあるまい」
老翁は立ち上がると、モニターの前へと進み寄り、顎を摩りながら画面を見つめる。
「やはり……命運尽きておったようだの」
「くっ……」ムサーイドの青灰色の瞳を通して送られてくる映像と音声に、烏の頭目は口を歪め、拳を握り締める。
『林武衆』らしき遺体の一部をIN-PSIDが現場で発見した事は、既にムサーイドからの一報にあった。だが、ムサーイドの瞳は、今その事実を改めて突き付けてくる。
「元はうぬらの主共……その末路、しかと見届けてやれ」「はっ……」
----
「神子……ですか?」
御所の北に位置する一角に与えられた屋敷は、『林武衆』と呼ばれる4人の幹部らに与えられていた。屋敷に設けられた茶室に、彼ら4人、そして、全身を黒の簡素な衣服に身を包んだ若い男が一人。
半年ほど前、『林武衆』の下部組織、『烏衆』の頭目は、この場に居た。
「そうだ……お前達が見出した"あの童"……やはり生まれついての『神子』である可能性が高い。我らは、その証を示す」
「義兄者!? ……し、しかし、何故あのような場所へ?危険過ぎます!」
「……地脈じゃ」「地脈?」
「そう……地脈が騒ぎ出している……20年前の厄災以来、あの地は地気の最湧出点となっているのだ。地気との接触を図るに、これ以上の場所はない」
「地気と接触?……それと神子と何の関係が?」烏頭目は、困惑を顔に浮かべる。
「……地気と神子……神子の伝承を独自に纏めた、南北朝時代の林武秘伝書によれば、どうやらこの両者には、何らかの関係があるようなのだ」
「我らは、あの場に赴き、我らの術をもって地脈に働きかける。"あの童"が神子なれば、何らかの反応があるはず……」
「お戯れを!神子など、所詮はただの伝説……御所様の勅命とはいえ……そのような不確かなことに!」
「黙れ、兵!」
『林武衆』最年長の老法師が、血走った目を見開き、一喝した。
「ち……義父上……」
「………………神子はおる……」
「まさか……」
「ふっ……信じられずともよい……我らとて、神子については、伝承と、あの"封印の場"に残った霊気の痕跡しか知り得ぬ……だが、この御所は今、確実に神子を求め動いとる。いや、『神子計画』を打ち立てた、あの"風辰の宿禰"が動かしているのだ。御所様を抱き込んでな……」
「風辰の宿禰翁……」
兵と呼ばれた『烏衆』頭目は、話がみえぬまま押し黙る。『林武衆』の中で、最年少の男が、口を開く。
「兵。風辰の宿禰はな、代々、我らのような霊術を封ずる代わりに、あらゆる知識を極め、上奏を許されている……いわば、この御所の元締め。さらには御所の歴史のみならず、日の本が成り立つ遥か太古からの記憶を代々引き継いでいるそうだ。本当かどうかは、誰も知らないがな」男は、優しげな笑顔を兵に向けて見せた。「義兄者……」
神主の白衣を身に纏った初老の男が、話を繋ぐ。
「そして、奴の『風辰衆』が抱える"夢見"は無常に流転する異界を読み解く導き手……現世の歴史と来世の予言を手中に納める宿禰……代々の宿禰はその力の強大さを知る故、常に御所の奥深くに自らを封じ、御所様を支えることのみを生涯の勤めとしてきた」
「なれど、今代の宿禰はどうか!事もあろうに、堂々と御所を闊歩し、あろう事か表の世にまで幅を利かせておる……あれは危険じゃ…………あれは……」小柄な老法師の身体が小刻みに震えていた。
「御所の伝統を汚し、神子の秘儀にまで手をつけようとは……見過ごすわけにはゆかぬ」仏僧の出立ちをした坊主頭の男は、坐禅姿のまま静かに呟く。
「……御所様の勅命なれば、我らも神子の捜索に当たってきたが……」
「神子が何者なのか、何故、神子を求めるのか……宿禰の真の狙いは皆目検討もつかん」
「読心の術も試みたが、奴には無力だった。風辰衆の結界に阻まれる上、奴自身、耐霊術の心得ある。隙がないのだ」
「それに、読めたところで、虚偽と真実を見抜くは、それなりの傍証が必要になる。結局、奴の謀《はかりごと》を暴くには、神子が何者か、それを明らかにするより他、無いのだ……」
「幸い、奴は"あの童"にはまだ気付いておらん。気づかれる前に、神子の謎を解く」
「………二千と有余年……我らはこの日の本のみならず、世界をも動かしてきた……この『御所』をあれの好きにさせるわけにはいかんのだ……」
----
「……地脈の騒めきを調べに参る……などと申しておったが……よもや林武は、神子に関する何かを掴んでおったのではないか?」
「……い……いえ……そのようなことは、何も……」
「……ふん……まあ良い」老翁は烏の頭目へついと詰め寄ると、閉じた扇子で彼の頬を撫でる。身を固めたまま、頭目は立ち尽くす。
「うい奴じゃ……良い義子を持ったものよ。林武の朝臣殿は……のう、"兵"」
老翁は、兵の耳元で扇子を開閉し、乾いた音を弾き出す。老翁の眼差しが、兵の脳裏を舐めていくようだ。
兵は俯き、ただその"舌"が過ぎ去るのをじっと待つ。老翁は、にやりと口を吊り上げたかと思えば、モニターに向き直っていた。
「……兵よ、うぬの義兄弟らは安堵する……これからは儂を義父とするが良かろう」老翁は、兵に背を向けたまま乾いた笑いを一つ立てて見せた。
「UnKown力場!さらに収束!こちらのフィールドを侵食してます!」
「護符と、この呪文で『呪術結界』を創り出している……」「アラン!……それって……」
カミラは胸元を一層固く握りしめる。
「……降霊術……いわゆる『悪魔召喚』の類だろう。この力場は差し詰め、『魔法陣』と言ったところだ!」
カミラは一層、顔を強張らせ、モニターを睨めつけた。
「つうことは侵入者ってのは悪魔崇拝者?よりにもよって、こんな危なっかしいところで悪魔召喚たぁ、酔狂だねぇ」ティムは、力場の変動を避けるように回避行動をとりながら顔を顰める。
「"悪魔"は居る」カミラは言い切った。仲間の視線が一度にカミラに集う。
「悪魔は……私が必ず……」
カミラは胸の握りを解き、凛として顔を上げた。
「総員!"戦闘"態勢!!ナオ、PSIブラスタ-全門、エネルギー伝導回路開け!!」
「りょ……了解!」直人はいつにないカミラの気迫に気圧される。
「アラン、PSIバリア出力、シールド最大展開準備!」「待て、カミラ!こんな状況が読めない力場では!」アランは制止せずにはいられない。
「アランの言うとおりだ!カミラ、一度離脱して立て直せ!」モニター越しにブリッジのやり取りを見ていた東も、アランの判断を支持する。
「しかし!……」「そうしたいところだけど!……そうもいかないんっすよ!」
カミラの反論を遮り、口を開いたのはティムだった。<アマテラス>の波動収束フィールドが、もはや『呪術結界』に乗っ取られてしまったことを操縦桿にのし掛かるプレッシャーから感じとっていたのだ。
「波動収束フィールド!コントロール受け付けません!!」続けてサニが声を張り上げて報告する。同時に、辺りの空間の様相が変化していく。
鬱蒼とした茂みの影が揺れ、<アマテラス>の下方にはいつの間にか、黒々とした淵が広がっていた。その中央にはどす黒い緑の光沢を含んだ大岩、そこに根を張る枯れた巨木が浮き上がってくる。
『呪術結界』を形成する数多の護符は、創り出された空間の宙空へと溶け込むように姿を消していく。サニが気づいた時には、<アマテラス>のレーダーから全ての護符の反応が消え去っていた。
淵の中央に巨大な何かが立ち上がる。アラームが<アマテラス>ブリッジに鳴り響く。
「前方、波動収束強反応!PSIパルスパターン特定!"さっきの"です!!」サニが報告するまでもなく、モニターの解析画像にもその様子がはっきりと捉えられていた。
淵の水面をおもむろに持ち上げる「それ」に友愛のかけらは微塵も感じられない。
インナーノーツの一同は、PSI-Linkシステムの感応を待つまでもなく、力場を包み込む神々しいまでに無慈悲な気配を感じ取っていた。
カミラはモニターを睨め付ける。
「既に退路は絶たれた!私たちが斃れるか、ここで奴を止めるか!二つに一つ!」
カミラの良く通る声が、皆の丹田を奮わせる。
持ち上げられた淵の水面は、巨木に絡みつくように水柱となって<アマテラス>の眼前で徐々に形を創り出す。
「各自!死力を尽くせ!!」
「……林武のものじゃな……間違いあるまい」
老翁は立ち上がると、モニターの前へと進み寄り、顎を摩りながら画面を見つめる。
「やはり……命運尽きておったようだの」
「くっ……」ムサーイドの青灰色の瞳を通して送られてくる映像と音声に、烏の頭目は口を歪め、拳を握り締める。
『林武衆』らしき遺体の一部をIN-PSIDが現場で発見した事は、既にムサーイドからの一報にあった。だが、ムサーイドの瞳は、今その事実を改めて突き付けてくる。
「元はうぬらの主共……その末路、しかと見届けてやれ」「はっ……」
----
「神子……ですか?」
御所の北に位置する一角に与えられた屋敷は、『林武衆』と呼ばれる4人の幹部らに与えられていた。屋敷に設けられた茶室に、彼ら4人、そして、全身を黒の簡素な衣服に身を包んだ若い男が一人。
半年ほど前、『林武衆』の下部組織、『烏衆』の頭目は、この場に居た。
「そうだ……お前達が見出した"あの童"……やはり生まれついての『神子』である可能性が高い。我らは、その証を示す」
「義兄者!? ……し、しかし、何故あのような場所へ?危険過ぎます!」
「……地脈じゃ」「地脈?」
「そう……地脈が騒ぎ出している……20年前の厄災以来、あの地は地気の最湧出点となっているのだ。地気との接触を図るに、これ以上の場所はない」
「地気と接触?……それと神子と何の関係が?」烏頭目は、困惑を顔に浮かべる。
「……地気と神子……神子の伝承を独自に纏めた、南北朝時代の林武秘伝書によれば、どうやらこの両者には、何らかの関係があるようなのだ」
「我らは、あの場に赴き、我らの術をもって地脈に働きかける。"あの童"が神子なれば、何らかの反応があるはず……」
「お戯れを!神子など、所詮はただの伝説……御所様の勅命とはいえ……そのような不確かなことに!」
「黙れ、兵!」
『林武衆』最年長の老法師が、血走った目を見開き、一喝した。
「ち……義父上……」
「………………神子はおる……」
「まさか……」
「ふっ……信じられずともよい……我らとて、神子については、伝承と、あの"封印の場"に残った霊気の痕跡しか知り得ぬ……だが、この御所は今、確実に神子を求め動いとる。いや、『神子計画』を打ち立てた、あの"風辰の宿禰"が動かしているのだ。御所様を抱き込んでな……」
「風辰の宿禰翁……」
兵と呼ばれた『烏衆』頭目は、話がみえぬまま押し黙る。『林武衆』の中で、最年少の男が、口を開く。
「兵。風辰の宿禰はな、代々、我らのような霊術を封ずる代わりに、あらゆる知識を極め、上奏を許されている……いわば、この御所の元締め。さらには御所の歴史のみならず、日の本が成り立つ遥か太古からの記憶を代々引き継いでいるそうだ。本当かどうかは、誰も知らないがな」男は、優しげな笑顔を兵に向けて見せた。「義兄者……」
神主の白衣を身に纏った初老の男が、話を繋ぐ。
「そして、奴の『風辰衆』が抱える"夢見"は無常に流転する異界を読み解く導き手……現世の歴史と来世の予言を手中に納める宿禰……代々の宿禰はその力の強大さを知る故、常に御所の奥深くに自らを封じ、御所様を支えることのみを生涯の勤めとしてきた」
「なれど、今代の宿禰はどうか!事もあろうに、堂々と御所を闊歩し、あろう事か表の世にまで幅を利かせておる……あれは危険じゃ…………あれは……」小柄な老法師の身体が小刻みに震えていた。
「御所の伝統を汚し、神子の秘儀にまで手をつけようとは……見過ごすわけにはゆかぬ」仏僧の出立ちをした坊主頭の男は、坐禅姿のまま静かに呟く。
「……御所様の勅命なれば、我らも神子の捜索に当たってきたが……」
「神子が何者なのか、何故、神子を求めるのか……宿禰の真の狙いは皆目検討もつかん」
「読心の術も試みたが、奴には無力だった。風辰衆の結界に阻まれる上、奴自身、耐霊術の心得ある。隙がないのだ」
「それに、読めたところで、虚偽と真実を見抜くは、それなりの傍証が必要になる。結局、奴の謀《はかりごと》を暴くには、神子が何者か、それを明らかにするより他、無いのだ……」
「幸い、奴は"あの童"にはまだ気付いておらん。気づかれる前に、神子の謎を解く」
「………二千と有余年……我らはこの日の本のみならず、世界をも動かしてきた……この『御所』をあれの好きにさせるわけにはいかんのだ……」
----
「……地脈の騒めきを調べに参る……などと申しておったが……よもや林武は、神子に関する何かを掴んでおったのではないか?」
「……い……いえ……そのようなことは、何も……」
「……ふん……まあ良い」老翁は烏の頭目へついと詰め寄ると、閉じた扇子で彼の頬を撫でる。身を固めたまま、頭目は立ち尽くす。
「うい奴じゃ……良い義子を持ったものよ。林武の朝臣殿は……のう、"兵"」
老翁は、兵の耳元で扇子を開閉し、乾いた音を弾き出す。老翁の眼差しが、兵の脳裏を舐めていくようだ。
兵は俯き、ただその"舌"が過ぎ去るのをじっと待つ。老翁は、にやりと口を吊り上げたかと思えば、モニターに向き直っていた。
「……兵よ、うぬの義兄弟らは安堵する……これからは儂を義父とするが良かろう」老翁は、兵に背を向けたまま乾いた笑いを一つ立てて見せた。
「UnKown力場!さらに収束!こちらのフィールドを侵食してます!」
「護符と、この呪文で『呪術結界』を創り出している……」「アラン!……それって……」
カミラは胸元を一層固く握りしめる。
「……降霊術……いわゆる『悪魔召喚』の類だろう。この力場は差し詰め、『魔法陣』と言ったところだ!」
カミラは一層、顔を強張らせ、モニターを睨めつけた。
「つうことは侵入者ってのは悪魔崇拝者?よりにもよって、こんな危なっかしいところで悪魔召喚たぁ、酔狂だねぇ」ティムは、力場の変動を避けるように回避行動をとりながら顔を顰める。
「"悪魔"は居る」カミラは言い切った。仲間の視線が一度にカミラに集う。
「悪魔は……私が必ず……」
カミラは胸の握りを解き、凛として顔を上げた。
「総員!"戦闘"態勢!!ナオ、PSIブラスタ-全門、エネルギー伝導回路開け!!」
「りょ……了解!」直人はいつにないカミラの気迫に気圧される。
「アラン、PSIバリア出力、シールド最大展開準備!」「待て、カミラ!こんな状況が読めない力場では!」アランは制止せずにはいられない。
「アランの言うとおりだ!カミラ、一度離脱して立て直せ!」モニター越しにブリッジのやり取りを見ていた東も、アランの判断を支持する。
「しかし!……」「そうしたいところだけど!……そうもいかないんっすよ!」
カミラの反論を遮り、口を開いたのはティムだった。<アマテラス>の波動収束フィールドが、もはや『呪術結界』に乗っ取られてしまったことを操縦桿にのし掛かるプレッシャーから感じとっていたのだ。
「波動収束フィールド!コントロール受け付けません!!」続けてサニが声を張り上げて報告する。同時に、辺りの空間の様相が変化していく。
鬱蒼とした茂みの影が揺れ、<アマテラス>の下方にはいつの間にか、黒々とした淵が広がっていた。その中央にはどす黒い緑の光沢を含んだ大岩、そこに根を張る枯れた巨木が浮き上がってくる。
『呪術結界』を形成する数多の護符は、創り出された空間の宙空へと溶け込むように姿を消していく。サニが気づいた時には、<アマテラス>のレーダーから全ての護符の反応が消え去っていた。
淵の中央に巨大な何かが立ち上がる。アラームが<アマテラス>ブリッジに鳴り響く。
「前方、波動収束強反応!PSIパルスパターン特定!"さっきの"です!!」サニが報告するまでもなく、モニターの解析画像にもその様子がはっきりと捉えられていた。
淵の水面をおもむろに持ち上げる「それ」に友愛のかけらは微塵も感じられない。
インナーノーツの一同は、PSI-Linkシステムの感応を待つまでもなく、力場を包み込む神々しいまでに無慈悲な気配を感じ取っていた。
カミラはモニターを睨め付ける。
「既に退路は絶たれた!私たちが斃れるか、ここで奴を止めるか!二つに一つ!」
カミラの良く通る声が、皆の丹田を奮わせる。
持ち上げられた淵の水面は、巨木に絡みつくように水柱となって<アマテラス>の眼前で徐々に形を創り出す。
「各自!死力を尽くせ!!」
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