INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第3章 死者の都

閉ざされた街 4

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「な……お……と……」

亜夢の両目が再び大きく見開かれる。神取は、空かさず彼女の霊的視界へと意識を同調させていく。案の定、彼女の見つめている先は、あの『異界船』だ。死霊の群れに取りつかれ、苦戦している様子が、神取にも見てとれた。

「また……あの青年か……」

神取は、亜夢の肩にそっと手を添え、更に深みへと意識を集中させる。亜夢は全く意に解さない。

亜夢が感じとっているビジョン、そして数多の想念の声が、神取の意識へと流れ込む。『異界船』の結界に阻まれるも、その内側から微かな声を掴み取る。

頑ななまでに閉じた心……悔恨の念……追い詰められながらも、死者の魂を何とか救う道を模索し、焦りに揺れ動くその心……

「青二才の茶番か。ふん……確かに見ものですね。……だが」神取は、亜夢に添えた手の指先にチリチリと突き立つ感触を見逃さない。亜夢が感じ取っている気配は、『あの青年』だけではないようだ。


「アラン、シールドは!?」

「スキャンに影響が出る。結界内に彼らは入り込めないようだ。さっさと突入する方がいい!」

「サニ、どうなの!?」「あ、あともう少し!」「早く頼むわよ!」

「もういい、ナオ!こっちでやる!!」カミラの判断に、直人は息を呑む。直人のコンソールパネルに操作ロックの表示が浮かび上がる。キャプテンシートからのコントロールに切り替えられたのだ。

「まっ……待ってください!!」立ち上がって振り向き、声を上げる直人にカミラは取り合わない。

「PSIブラスター、再照準!」キャプテンシートでコントロール出来るとはいえ、カミラは直人ほどPSI-Linkシステムによる装備系の操作に長けてはいない。カミラがコントロールする照準は大きく左へ右へと揺れ動く。

「くっ……私だって……」カミラは焦りを抑えながら、意識を集中させていく。

「やめてください!!あの人達を撃たないで!!」直人は悲痛な叫びをあげる。

「黙って!!」「隊長!!」

その時、サニが同調操作を行っていた空間模式図の波打ちが急速に収束を見せ始める。

「ラ……ラッキー!」サニはチャンスは今とばかり、同調サンプリングをスタートさせた。その刹那、レーダー盤に、警告音と共に真紅のアラームが立ち上がる。

「……じゃなあぁいい!!前方、結界表面に波動収束反応!!来ます!!」

「くっ!機関いっぱい!!急速上昇!!」「ぬぉおおお!!」ティムは全力で操縦桿を引き倒す。

死霊の群れを後尾にぶら下げたまま、彼らに抗い<アマテラス>は高度を上げる。死霊らは振り落とされまいと必死にしがみつく。

結界表面に現れた反応は、内側から結界を突き上げながら形を露わにし、結界諸共、獲物を捕食せんとする触手さながらに<アマテラス>と死霊らの一角へと襲いかかる。

<アマテラス>は底部を掠めつつも、紙一重でその"攻撃"を回避するが、触手は勢いそのままに<アマテラス>の後尾に連なる死霊の柱へと喰らいつく。

叫びとも、悲鳴とも判別できない声音が<アマテラス>と、ミッションを見守る全ての場に響き渡った。

耳を塞ぎ、目を背け、或いはただ茫然となって佇むも、犠牲者の断末魔は見る者達の心を引き裂く。

「うっ!」

カミラはPSI-Linkモジュールから逆流する衝撃に耐えかね、モジュールから手を退け、勢いのままシートに身体を打ち付ける。

「カミラ!」アランがカミラの元へと駆け寄ろうとしたのも束の間、立ち上がっていた直人が片膝を落とし蹲る。

「……がぁああ……くぅううう!……」

「ナオ!!」「センパイ!!」

全身の肉が引き裂かれ、骨が砕かれる……直人の全身を死霊らを襲う恐怖と絶望が貫いていく。モジュールから離れていながらもPSI-Linkの余波は、カミラ以上に直人へ苦痛をもたらす。

「同調感度下げ!アラン!!」「了解!」

触手は死霊らを咥えたまま、立ち所に結界内へと引き戻されていった。

「……何だ……今のは……」茫然と立ち尽くす東。

「東くん」「……」「東くん!」「は、はい!」藤川の呼びかけにようやく応じた東は、取り繕うように姿勢を正す。

「至急、インナーノーツのヘルスチェックを。特にカミラと直人が気がかりだ。それから<アマテラス>の被害状況も確認してくれ。こちらでデータ転送を中継する。アイリーン」「準備できてます。送ります」

間をおかず、IMCへと転送されたデータの受信を確認すると、東はヘルスチェックを真世に任せ、自身はアルベルト、アランと共に<アマテラス>の被害状況確認の作業に入った。

真世は、インナーノーツ各員のバイタル確認と固有PSIパルスのチェックを進める。バイタルは、緊張、興奮状態からくる脈拍、呼吸の乱れは見られるものの、特に異常はない。

固有PSIパルス検査の結果には少し時間を要している。五人のデータを同時に解析にかけているが、結果が出力されるタイミングはまばらだ。

先にティム、続いてアランに異常無しの判定が出る。やや間をおいてサニ、そしてカミラにも異常がない事を無機質な端末が語る。残るは直人のみ。先程から60%を超えたあたりで解析が停滞している。

……風間くん……

「真世、どうだ?」俯いたままコンソールのモニターを見詰める真世に、東が確認を求める。

「ティム、サニ、アラン副長、カミラ隊長……異常無し……です」真世は空かさず報告する。「直人は?」「まだ……解析中です……」「そうか。結果が出たら教えてくれ」

東は正面に向き直ると、モニター越しの藤川、アルベルト、アランと共に<アマテラス>の状況確認作業に戻った。<アマテラス>は船底、波動収束フィールドジェネレーター外殻に損傷が認められ、三人は対策を協議している。

<アマテラス>ブリッジと繋いだモニターには、自席でぐったりと横になる直人の姿が見て取れる。ティムが傍に立ち声をかけ続け、カミラとサニはオーラキャンセラーを用いた応急処置を施している。

「センパイ……」

真世の耳に、直人を心配するサニの声が届く。

……直人くんを……支えてあげなさいね……

ふと、母の声が心を過ぎる。

「あーもぅ、何でいっつもこうなっちゃうのよ!」と嫌味の一つ二つ溢しながらも、サニは直人の手をとり手当てに当たっている。その姿を見た真世は、反射的に解析モニターに視線を戻す。進捗はまだ7割ほどだ。

……そんなこと、言ったって……ママ、風間くんの側には……あたしは……

……あたしは……何だい?……ふふふふ……

突然、胸の内から湧き上がる女の声に驚いた真世は顔を上げ、あたりを見回す。声は構わず、より鮮明な声を真世の頭の中に響かせる。個人所有の通信端末も確認するが、ミッション中は、この区画での通信は遮断されているはずだ。

……いいねぇ、あの二人……お似合いじゃないかぃ……アンタにもわかってるんだろ……あの二人の仲……

……なっ……なんなの??……誰!?……誰なの!?……

……つれないねぇ……わらわはアンタ……アンタの偽り無き心……

仄かに鼻腔をくすぐる白檀の香りに、真世は目を見開いた。コンソールのモニターに反射が映し出す自分の顔は、まるで白い能面のようだ。

その能面の口角が、真世の意志とは無関係に、ゆっくりと持ち上がっていく。
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