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第3章 死者の都
黄泉へ 5
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水織川市の地図に街を取り囲む天蓋結界が円周で示されている。円周の内側はほぼ全域、赤からオレンジで塗り潰され、円周の外側にも、はみ出して塗られた塗り絵のようにオレンジ、ないしは黄色に色付いていた。
「天蓋結界の内外の現象化分布状況を再マッピングしてもらった。やはり結界外周にも影響が出始めている……」「所長、被害の方は?急性PSIシンドローム患者も?」やきもきした東が問いかけてくる。IMCにはまだ的確な情報が入っていない。ミッションの説明もそぞろに、バタバタとインナーノーツを送り出したところだった。
「こちらの急性患者受け入れ準備も整えていたが、レスキューに確認したところ、火災と避難による軽傷者が数名……PSIシンドロームなどの重症者は、今は出ていないようだ」如月が藤川に変わって答える。
「天蓋結界があればこそだ。これで日本政府も少しは見直すんじゃないか?」マークが得意気に口を挟む。
「確かに、結界の効果で辛うじてこの程度で済んでいる。だが、このまま結界内の現象化エネルギーが増加し続ければ、時間の問題だろう……アイリーン、結界の耐久予測は?」「およそ、1時間です!!」
一同は、身を硬くする。
「聞いたとおりだ。あと1時間以内に、原因究明と処置に当たらねばならん。一連の異常事態は、探査ドローンが消息を絶った、あの『貯水区画』に関連しているのは間違いない」藤川は、決然と言い切った。
「あと1時間……厳しいわね」カミラは奥歯を噛み締める。インナーノーツらの表情も険しい。
「では早速、動きましょう。IMS!『貯水区画』のインナースペース座標を<アマテラス>へ!時空間転移準備!」「待ちたまえ、東くん。時空間転移は使えんよ」「えっ?」
「結界だ。時空間転移で結界を飛び越えるのはリスクが大きい」
藤川は説明する。水織川の結界は、街を覆う天蓋結界、水織川研究所跡地の結界ともに、現象界だけでなく、インナースペースレベル3~4相当までをカバーしており、時空間転移時に、結界のインナースペース領域を巻き込んでしまうと、<アマテラス>、結界双方にダメージを負う可能性が高い。IN-PSID所内、及び周辺の結界を飛び越える際は、予め結界の時空間情報と同期して、回避しているが、ここではそのような情報を取得できていない。
「なるほど……そうでした」IN-PSID所外での活動経験は、まだ浅い。ましてや、特殊な結界場。勝手が違うことを東は胸に刻み込む。
「それに……結界の内から外へ、これだけ影響が出ている状況からすると、結界カバー領域限界であるLV4、つまり個体無意識レベル……いや、それ以上の何かが蠢いている可能性がある。ターゲットとの接触レベルを誤るとひとたまりもあるまい。転移は使わず、様子を窺いながら通常航行で徐々に近付く方が無難だ」「わかりました。インナーノーツ!そのまま施設跡地へ針路をとれ!」藤川が提案したプランに、東も依存はない。
「了解!ティム、航路設定!IMS、ナビゲートよろしく!」カミラの指示にティムとIMSは連携して航路マッピング作業を開始する。
「遅くなりました!」IMCに駆け込んでくる田中。作業状況を即座に把握し、自席に着くや航路設定作業に加わった。
ティムのコンソールパネルに航路が示される。
「両舷増速!発進するぞ!」発しながら、ティムは舵を引き倒す。<アマテラス>の機関音が軽妙な回転音を紡ぐ。
「上昇角20!海水域から離脱!」
<アマテラス>は海上に飛び出す。現象界には、<アマテラス>の離水に伴う波飛沫は何もない。僅かに現象化したエネルギーが、海面に細かい波紋を引き立たせる。<イワクラ>の超空間カメラの映像には、はっきりと目的地へ向け、飛び去りゆく<アマテラス>の姿が映し出されていた。
固唾を飲み、見守る一同。その中にいて、ムサーイドは微動だにせず、モニターを見守り続ける。彼の左の瞳が、青灰色の澄んだ光沢の中にモニターの映像を映しとっていた。
「……繋がりました」「よし、すぐに暗号復元、モニターに出せ」「は!」
間接照明に灯された薄暗がりの中に、不似合いな光ディスプレイがいくつも並ぶ土壁の広間。御所の情報解析室には常時、10名ほどの『烏』と呼ばれる彼らの諜報員らが詰めている。
黒づくめの『烏衆』頭目の男と共に、この部屋へと足を踏み入れた老翁は、程なく中央の大型モニターに映し出された映像に満足気な笑みを浮かべる。
「快調のようではないか。あの男の『眼』は」
モニターには、<イワクラ>のオペレーションブリッジと、ミッションへと向かう<アマテラス>の姿が映し出されていた。
「神取のヤツめ……大した報告もせんで……ようやく"異界船"の姿を拝めたな」
「は……ですが神取様の報告には、気になる事も……」烏の頭目は畏まったまま口を開く。
「アレの"大砲"の事か?」
「はい。時空を切り裂く程の威力を持つという……"刈り場"に流し込んでいたあの『言霊』、その伝播システムの全てが破壊されていました……異界から『現世(うつしよ)』にこれ程のダメージを与える代物となれば……」
「見過ごす訳にはいくまいな」老翁は準備された椅子に腰を下ろすと、おもむろに顔を上げモニターを見つめ直す。
「今度はじっくりと見定めさせてもらうぞ。この……儂がな」
水織川を覆う天蓋結界は、眩い光を湛え続けていた。しかし、<アマテラス>の行手に浮かぶその光は、時空間カメラの映像を通せば、結界は鉛色の水銀のような雲に覆われ、次第に闇へと姿を変えつつある。
何処から現れたのか、その雲は天蓋結界へと次から次へと現れ絡みつく。まるで、結界の内側から発せられる何かの気配と呼応するかのように……
「天蓋結界の内外の現象化分布状況を再マッピングしてもらった。やはり結界外周にも影響が出始めている……」「所長、被害の方は?急性PSIシンドローム患者も?」やきもきした東が問いかけてくる。IMCにはまだ的確な情報が入っていない。ミッションの説明もそぞろに、バタバタとインナーノーツを送り出したところだった。
「こちらの急性患者受け入れ準備も整えていたが、レスキューに確認したところ、火災と避難による軽傷者が数名……PSIシンドロームなどの重症者は、今は出ていないようだ」如月が藤川に変わって答える。
「天蓋結界があればこそだ。これで日本政府も少しは見直すんじゃないか?」マークが得意気に口を挟む。
「確かに、結界の効果で辛うじてこの程度で済んでいる。だが、このまま結界内の現象化エネルギーが増加し続ければ、時間の問題だろう……アイリーン、結界の耐久予測は?」「およそ、1時間です!!」
一同は、身を硬くする。
「聞いたとおりだ。あと1時間以内に、原因究明と処置に当たらねばならん。一連の異常事態は、探査ドローンが消息を絶った、あの『貯水区画』に関連しているのは間違いない」藤川は、決然と言い切った。
「あと1時間……厳しいわね」カミラは奥歯を噛み締める。インナーノーツらの表情も険しい。
「では早速、動きましょう。IMS!『貯水区画』のインナースペース座標を<アマテラス>へ!時空間転移準備!」「待ちたまえ、東くん。時空間転移は使えんよ」「えっ?」
「結界だ。時空間転移で結界を飛び越えるのはリスクが大きい」
藤川は説明する。水織川の結界は、街を覆う天蓋結界、水織川研究所跡地の結界ともに、現象界だけでなく、インナースペースレベル3~4相当までをカバーしており、時空間転移時に、結界のインナースペース領域を巻き込んでしまうと、<アマテラス>、結界双方にダメージを負う可能性が高い。IN-PSID所内、及び周辺の結界を飛び越える際は、予め結界の時空間情報と同期して、回避しているが、ここではそのような情報を取得できていない。
「なるほど……そうでした」IN-PSID所外での活動経験は、まだ浅い。ましてや、特殊な結界場。勝手が違うことを東は胸に刻み込む。
「それに……結界の内から外へ、これだけ影響が出ている状況からすると、結界カバー領域限界であるLV4、つまり個体無意識レベル……いや、それ以上の何かが蠢いている可能性がある。ターゲットとの接触レベルを誤るとひとたまりもあるまい。転移は使わず、様子を窺いながら通常航行で徐々に近付く方が無難だ」「わかりました。インナーノーツ!そのまま施設跡地へ針路をとれ!」藤川が提案したプランに、東も依存はない。
「了解!ティム、航路設定!IMS、ナビゲートよろしく!」カミラの指示にティムとIMSは連携して航路マッピング作業を開始する。
「遅くなりました!」IMCに駆け込んでくる田中。作業状況を即座に把握し、自席に着くや航路設定作業に加わった。
ティムのコンソールパネルに航路が示される。
「両舷増速!発進するぞ!」発しながら、ティムは舵を引き倒す。<アマテラス>の機関音が軽妙な回転音を紡ぐ。
「上昇角20!海水域から離脱!」
<アマテラス>は海上に飛び出す。現象界には、<アマテラス>の離水に伴う波飛沫は何もない。僅かに現象化したエネルギーが、海面に細かい波紋を引き立たせる。<イワクラ>の超空間カメラの映像には、はっきりと目的地へ向け、飛び去りゆく<アマテラス>の姿が映し出されていた。
固唾を飲み、見守る一同。その中にいて、ムサーイドは微動だにせず、モニターを見守り続ける。彼の左の瞳が、青灰色の澄んだ光沢の中にモニターの映像を映しとっていた。
「……繋がりました」「よし、すぐに暗号復元、モニターに出せ」「は!」
間接照明に灯された薄暗がりの中に、不似合いな光ディスプレイがいくつも並ぶ土壁の広間。御所の情報解析室には常時、10名ほどの『烏』と呼ばれる彼らの諜報員らが詰めている。
黒づくめの『烏衆』頭目の男と共に、この部屋へと足を踏み入れた老翁は、程なく中央の大型モニターに映し出された映像に満足気な笑みを浮かべる。
「快調のようではないか。あの男の『眼』は」
モニターには、<イワクラ>のオペレーションブリッジと、ミッションへと向かう<アマテラス>の姿が映し出されていた。
「神取のヤツめ……大した報告もせんで……ようやく"異界船"の姿を拝めたな」
「は……ですが神取様の報告には、気になる事も……」烏の頭目は畏まったまま口を開く。
「アレの"大砲"の事か?」
「はい。時空を切り裂く程の威力を持つという……"刈り場"に流し込んでいたあの『言霊』、その伝播システムの全てが破壊されていました……異界から『現世(うつしよ)』にこれ程のダメージを与える代物となれば……」
「見過ごす訳にはいくまいな」老翁は準備された椅子に腰を下ろすと、おもむろに顔を上げモニターを見つめ直す。
「今度はじっくりと見定めさせてもらうぞ。この……儂がな」
水織川を覆う天蓋結界は、眩い光を湛え続けていた。しかし、<アマテラス>の行手に浮かぶその光は、時空間カメラの映像を通せば、結界は鉛色の水銀のような雲に覆われ、次第に闇へと姿を変えつつある。
何処から現れたのか、その雲は天蓋結界へと次から次へと現れ絡みつく。まるで、結界の内側から発せられる何かの気配と呼応するかのように……
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