INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第3章 死者の都

慰霊の日 2

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「バビロニア連合支部のムサーイド・ビン・ヤズィードです」

--バビロニア連合--

中東諸国を潤してきた石油産業は、前世紀末、その枯渇とPSI文明への移行の中で、既に衰退しきっていた。既得権益層によって辛うじて保たれていた旧来の社会秩序は、徐々に崩壊しつつあったが、20年前の『世界同時多発地震』の世界的な混乱の中、失われた秩序は、中東全域を巻き込む革命と戦乱へと発展する。キリスト教とイスラム教の、宗教戦争へと飛び火しつつ、最終的にエルサレムを制した一団は、「バビロニア連合共和国」と号し、中東全域を掌握する。

『バビロンへ帰ろう』

宗教対立以前の原点に立ち返り、紀元前のバビロニアの繁栄を取り戻す、といった復古主義運動を全面に押し、中東諸国を統合したバビロニア連合共和国。次第にこれを中心としたブロック圏が中東全域に渡って形成される。その実質は、大半はイスラム教徒とイスラムに与した一部のユダヤ教徒であり、キリスト教系の旧西側陣営は、石油利権の下落も伴い、ほぼ撤退した。

一方で、PSI利用後進地域(PSI利用の主流は、水を時空間媒体とするため、温暖化により水資源の確保が一層厳しくなったこの地域は導入が難航していた。その他にも長年石油利権の恩恵に預かってきた勢力の抵抗もあったという)であり、元々PSID(PSI利用に関連した災害)は僅かであったが、戦乱下に於いてPSI先進諸国から秘密裏に手に入れた、PSIテクノロジー兵器の使用によると考えられるPSIシンドロームが、広範囲で確認されており、戦乱時の従軍者のみならず、民間人も多数、未だに苦しんでいる。

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4年前、ようやく国連加盟が認められたバビロニア連合共和国は、早急にこの『中東バビロニアブロック圏』にIN-PSIDの支部を置く事を要請、3年前より稼働していた。

国連に加盟が認められたとはいえ、建国経緯やエルサレムの実効支配などから旧西側陣営諸国からは警戒され、距離を置かれているバビロニア連合共和国。そこに置かれた支部の代表がこの男である。

同じIN-PSIDの仲間とはいえ、この支部の創設は、戦後処理の一環という形で国連常任国らの主導で進められ、IN-PSID側の意向は、あまり反映されないまま、今に至る。有耶無耶のうちに捻じ込まれた、そんな印象をIN-PSID代表らは持っていた。

「オンライン会合では何度か。初めまして」藤川は握手で応じる。男の手は、熱量の低い乾いた手だった。

「20年前、この地を襲った地震の被害は聞き及んでいます。参列に加えて頂けることを神に感謝します」イスラム教徒らしく、彼らの神への感謝を口にする。

「あの世」が垣間見えたこの時代においても、宗教、信仰が失われることはなかった。

「あの世」すなわち『インナースペース』の姿が見えてきたところで、その未知なる世界とどう向き合うべきか、という答えは見出されていない。寧ろイエス、モーゼ、マホメット、仏陀……宗教は、自らが信ずる宗教的指導者らこそが『インナースペース』を正しく知覚し得た者であり、その言葉にこそ真実があるとして、形骸化した宗教的儀礼、既存宗派を否定。各々が原理主義傾向を強めたことで、他の宗教との軋轢も溝を深めるという皮肉的な状況も世界各地で散見されていた。

キリスト教圏の旧西側諸国の大半が主導してきたIN-PSIDにおいて、宗教的背景から、この男と、彼の支部への嫌悪感を抱きがちになるのは、無理からぬ事ではあったかもしれない。本部長を日本人である藤川が務めていなかったなら、常任理事国からの要請であろうと猛反発し、この国の参加は当面差し置かれた可能性もある。

「バビロニアは未だ多くの人がPSI兵器使用の後遺症に苦しんでいる。苦しみに国も信条も関係ありません。IN-PSID一同、あなた方を支援していきますぞ」代表同士の間の淀む空気を肌に感じた藤川は、そう口にしながら握った手に力を込める。

「……感謝致します……」

ムサーイドは、目を伏せて、改めて藤川に謝意を伝えた。ほんのりとその手に、温もりが戻ってきたのを藤川は感じとりながら、握手を解く。

「よろしく。アメリカ代表のマークだ」「EUのハンナです」藤川に続いて、気遅れしていた各支部代表らもムサーイドと握手を交わしていく。IN-PSID代表らは間も無く式典会場へと足を進めた。
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