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第3章 死者の都
慰霊の日 1
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快晴の続く晴れ渡った青空を、等間隔に並んだ数十台の車両が流れている。日本海上空高く、不可視(航空機からの視認の為、道の両端に設けられたガイド灯がその形を示している)の「エア・ハイウェイ」を流れ行く「車両群」は、時間と空間を完全に制御され、まるで空を渡る列車と化している。昼前の日の光に照らされた海面の照り返しが、キラキラと車両の底を撫でていく。
江戸の時代には、「北前船」と呼ばれる廻船が日本海の海運を担っていたが、これに因んで、日本海上空の幹線エア・ハイウェイは、「北前車両専用空路」と呼称されており、かつての北前船の航路をなぞるかのように、北は北海道函館から青森、能代、酒田、新潟、能登半島を経て(能登半島等は、部分的に陸路となる)、敦賀等、かつての主要港、またその近辺を経由しながら西は下関まで延びている。その歴史的な由来を穏やかな女性ガイドの声音が、車両情報端末のディスプレイの中で映像資料を交えながら解説していた。
直人は、その音声を聞きながら窓から見える水平線をぼんやりと眺めていた。
「そう……全て、知ったのね」
「うん……」
今朝、IN-PSIDを出発する少し前、直人はようやく母に電話をいれる事ができた。
母は、父が直人を救った事実を藤川から聞き、知ってはいたが、父の遺言に従ってこの20年、直人に伝えずにきたことを詫びる。
母が罪悪を感じる必要はないのに……と思いながら、その母の言葉を直人は虚に聞き流す。
しゃべり終えた母が口を閉ざすと、暫くの沈黙が生まれた。
「所長達と、今日の慰霊祭に出席する事にしたよ」
「あそこに行くの?」「うん……」
「……で、でもその後、来れるんでしょ?遅くなってもいいから……」
「……その後は、現地調査に……だから行けない……ごめん……」
「どうして?……顔を見せに来てちょうだい……沙耶も帰ってくるのよ」
「……行かなきゃ……オレ……行ってこの目で……うっうっぅ……」
「ナオ、どうしたの!?……お父さんのことは……あなたのせいじゃないのよ」
「……父さんだけじゃ……ないんだ……オレは……」
「えっ?……ナオ!……なんて?……もしもし?……」
音声だけの電話の向こうで、母が心配を露わに呼びかけている。
「……もしもし!ナオ、聞こえる!?」
「……ごめん、オレ……」
「……わかったわ……いいのよ、ナオが決めた事なら……でも、たまには顔見せに来てね……」
「……うん……」
「ん、見えてきたぞ」
助手席の藤川の声に、直人は視線を車前方へと引きつけられる。目の前に広がった光景に思わず息を呑まずにはいられない。
車窓前方に、地上から立ち上がるオーロラのように、眩い光のカーテンが広がっていた。
「あそこが水織川……」オートパイロットに設定された運転席で、アイリーンはナビのモニターで位置を確認しながら口を開いた。
「そうだ……あの20年前の災害の後、封印された街……」その光のカーテン・広域電磁結界は、直径約10kmのドーム状の天蓋となって水織川市街地一帯を囲い込んでいる。
「今でも結界内では、PSI現象化反応が街の至る所で確認されている……完全に浄化されるにはまだまだ時間がかかるだろう……」補助杖の持ち手を握る藤川の手に力が篭る。
車内の沈黙に直人は俯く。隣に座る貴美子もかける言葉が見つからない。重苦しい空気を抱えたまま、車は水織川一つ手前のハイウェイインターを降っていった。
水織川市街地を見下ろす高台に造園された、広大な水織川大震災慰霊祭園。結界に包まれた市街を一望できるこの祭園が、震災20周年慰霊祭のメイン会場となっていた。
午前11時を回る頃、平服に身を包んだ藤川らは会場入りする。
藤川夫妻らに続き、受付帳(セレモニーなどでは慣習的に紙の台帳に直筆で記入)へ、直人は不慣れな筆ペンで自分の名前を書き込んでいく。隣で記帳する英国人のアイリーンが細身の筆ペンを巧みに滑らせている。整ったカタカナが流麗に並んでいく様に見惚れながら、直人は自分の筆跡を隠すようにページをめくりかけた。しかし、その手は何者かに捕えられる。
「相変わらず、習字はダメだな」
肩越しの背後からヌッと立ち上がる、覚えのある気配に直人は咄嗟に振り向いた。
「わっ!じっ…じっちゃん!?」先日、IN-PSIDで見送った祖父、風間勇人がそこに居た。
「文字の乱れは心の乱れ……」そう口にしながら、狐に摘まれたような顔で見返す直人の手から筆ペンをとりあげると、勇人は一画一画に魂を刻み込むようにして、帳面の行間いっぱいに自らの名を書き付けていく。
「……全て……見てきたか……」直人に背を向けたまま言葉を投げかける勇人に、直人は俯き、無言で応える。
「……そうか……」勇人は短く答えて口を閉ざし、ペンを置いた。
「風間……」勇人の姿を認めた藤川が声をかけてぬる。藤川は勇人がここに来る事は、先日、勇人がIN-PSIDを訪ねてきた時に聞いていた。
「おう、コウ。貴美子。先日は世話になったな」「おはようございます、風間さん」貴美子が挨拶を返す。
「少し話がある、そちらで……」「Dr.フジカワ!」言いかけたところで言葉を遮られ、藤川は振り返った。
「おお、マーク!、ハンナ!」見知った顔がそこに並んでいた。海外のIN-PSID支部の代表者達だ。藤川の呼びかけに応え、慰霊祭に参列すべく各地から集まっていたのである。
彼らのうち何人かは、藤川の旧友でもあり、年に数回、オンラインで対面する事があるものの、直に会うのは数年来である。生身の実感を味わうように、握手とハグを交わし合う。
「おっと……どうやらお邪魔のようだな」拗ねた子供のように口を尖らせる勇人。
「すまん、また後で話そう」「ああ」
間も無く、勇人の元へも、席の確認から秘書が戻る。直人に「また後でな」と一言残すと、勇人は秘書と共に、先に会場内へと入っていった。
「お初にお目にかかります」
流暢な英語でそう口にしながら、浅黒い肌を持つ長身の男が、藤川の前に進み出る。
男の青灰色の目は、瞬きもなく藤川の瞳の奥を見つめていた。
江戸の時代には、「北前船」と呼ばれる廻船が日本海の海運を担っていたが、これに因んで、日本海上空の幹線エア・ハイウェイは、「北前車両専用空路」と呼称されており、かつての北前船の航路をなぞるかのように、北は北海道函館から青森、能代、酒田、新潟、能登半島を経て(能登半島等は、部分的に陸路となる)、敦賀等、かつての主要港、またその近辺を経由しながら西は下関まで延びている。その歴史的な由来を穏やかな女性ガイドの声音が、車両情報端末のディスプレイの中で映像資料を交えながら解説していた。
直人は、その音声を聞きながら窓から見える水平線をぼんやりと眺めていた。
「そう……全て、知ったのね」
「うん……」
今朝、IN-PSIDを出発する少し前、直人はようやく母に電話をいれる事ができた。
母は、父が直人を救った事実を藤川から聞き、知ってはいたが、父の遺言に従ってこの20年、直人に伝えずにきたことを詫びる。
母が罪悪を感じる必要はないのに……と思いながら、その母の言葉を直人は虚に聞き流す。
しゃべり終えた母が口を閉ざすと、暫くの沈黙が生まれた。
「所長達と、今日の慰霊祭に出席する事にしたよ」
「あそこに行くの?」「うん……」
「……で、でもその後、来れるんでしょ?遅くなってもいいから……」
「……その後は、現地調査に……だから行けない……ごめん……」
「どうして?……顔を見せに来てちょうだい……沙耶も帰ってくるのよ」
「……行かなきゃ……オレ……行ってこの目で……うっうっぅ……」
「ナオ、どうしたの!?……お父さんのことは……あなたのせいじゃないのよ」
「……父さんだけじゃ……ないんだ……オレは……」
「えっ?……ナオ!……なんて?……もしもし?……」
音声だけの電話の向こうで、母が心配を露わに呼びかけている。
「……もしもし!ナオ、聞こえる!?」
「……ごめん、オレ……」
「……わかったわ……いいのよ、ナオが決めた事なら……でも、たまには顔見せに来てね……」
「……うん……」
「ん、見えてきたぞ」
助手席の藤川の声に、直人は視線を車前方へと引きつけられる。目の前に広がった光景に思わず息を呑まずにはいられない。
車窓前方に、地上から立ち上がるオーロラのように、眩い光のカーテンが広がっていた。
「あそこが水織川……」オートパイロットに設定された運転席で、アイリーンはナビのモニターで位置を確認しながら口を開いた。
「そうだ……あの20年前の災害の後、封印された街……」その光のカーテン・広域電磁結界は、直径約10kmのドーム状の天蓋となって水織川市街地一帯を囲い込んでいる。
「今でも結界内では、PSI現象化反応が街の至る所で確認されている……完全に浄化されるにはまだまだ時間がかかるだろう……」補助杖の持ち手を握る藤川の手に力が篭る。
車内の沈黙に直人は俯く。隣に座る貴美子もかける言葉が見つからない。重苦しい空気を抱えたまま、車は水織川一つ手前のハイウェイインターを降っていった。
水織川市街地を見下ろす高台に造園された、広大な水織川大震災慰霊祭園。結界に包まれた市街を一望できるこの祭園が、震災20周年慰霊祭のメイン会場となっていた。
午前11時を回る頃、平服に身を包んだ藤川らは会場入りする。
藤川夫妻らに続き、受付帳(セレモニーなどでは慣習的に紙の台帳に直筆で記入)へ、直人は不慣れな筆ペンで自分の名前を書き込んでいく。隣で記帳する英国人のアイリーンが細身の筆ペンを巧みに滑らせている。整ったカタカナが流麗に並んでいく様に見惚れながら、直人は自分の筆跡を隠すようにページをめくりかけた。しかし、その手は何者かに捕えられる。
「相変わらず、習字はダメだな」
肩越しの背後からヌッと立ち上がる、覚えのある気配に直人は咄嗟に振り向いた。
「わっ!じっ…じっちゃん!?」先日、IN-PSIDで見送った祖父、風間勇人がそこに居た。
「文字の乱れは心の乱れ……」そう口にしながら、狐に摘まれたような顔で見返す直人の手から筆ペンをとりあげると、勇人は一画一画に魂を刻み込むようにして、帳面の行間いっぱいに自らの名を書き付けていく。
「……全て……見てきたか……」直人に背を向けたまま言葉を投げかける勇人に、直人は俯き、無言で応える。
「……そうか……」勇人は短く答えて口を閉ざし、ペンを置いた。
「風間……」勇人の姿を認めた藤川が声をかけてぬる。藤川は勇人がここに来る事は、先日、勇人がIN-PSIDを訪ねてきた時に聞いていた。
「おう、コウ。貴美子。先日は世話になったな」「おはようございます、風間さん」貴美子が挨拶を返す。
「少し話がある、そちらで……」「Dr.フジカワ!」言いかけたところで言葉を遮られ、藤川は振り返った。
「おお、マーク!、ハンナ!」見知った顔がそこに並んでいた。海外のIN-PSID支部の代表者達だ。藤川の呼びかけに応え、慰霊祭に参列すべく各地から集まっていたのである。
彼らのうち何人かは、藤川の旧友でもあり、年に数回、オンラインで対面する事があるものの、直に会うのは数年来である。生身の実感を味わうように、握手とハグを交わし合う。
「おっと……どうやらお邪魔のようだな」拗ねた子供のように口を尖らせる勇人。
「すまん、また後で話そう」「ああ」
間も無く、勇人の元へも、席の確認から秘書が戻る。直人に「また後でな」と一言残すと、勇人は秘書と共に、先に会場内へと入っていった。
「お初にお目にかかります」
流暢な英語でそう口にしながら、浅黒い肌を持つ長身の男が、藤川の前に進み出る。
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