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第2章 魔界幻想

想いは永遠に 4

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『……<セオリツ>のダメージ著しく……PSI-Linkシステム……機関部機能低下……もはや帰還は……
 
 ……絶望的です……
 
 ……ですが、このミッションのデータ……は、これからの……PSIクラフト開発に……必ず……役立つはずです……
 
 ……それと……直人……直人には……時が来るまで……
 
 ……このミッションと私のことは……どうか、明かさないでください……
 
 ……直人の……心が……幼いうちは……この事実は受け止めきれないでしょう……
 
 ……直人の深層無意識に……刻まれたこの……記憶は……はぁ……はぁ……表層の記憶には……ほとんど残らないはず……
 
 ……ですが……きっと……直人の無意識が……いつか……
 
 ……ガッはぁ‼︎ ……
 
 ……この日の記憶を求めるようになったなら……
 
 ……この記録の……全てを……ありのまま……直人に……
 
 ……はぁ……はぁ……直人に……』
 
「父……さん……」
 
 表層意識が、既に記憶の彼方へと追いやった、父と過ごした僅か四年の記憶が、無意識の底から、止め処なく汲み上げられ、直人の全身を満たし、溢れる涙となって頬を濡らす。
 
『……パパ……パパぁ‼︎ ……』
 
『……直人‼︎ ……』
 
 幼い直人の、恐怖に震える叫びが、直哉を呼ぶ。
 
 <アマテラス>のメインモニターに映る、幼い直人の足元は引き延ばされ、その先が<セオリツ>に絡みついている。
 
 航行能力を失った<セオリツ>は、その先にぽっかりと口を開ける、暗黒の奈落へとひたすら落下し続け、幼い直人の魂は、<セオリツ>に引き摺られる形になっていた。
 
 それだけではない。
 
 暗黒の奈落は、先の巨大地震で奪われた、多くの魂を<セオリツ>諸共、呑み込もうとしている。奈落に引かれる数多の魂が、<セオリツ>と、幼い直人の魂に縋り付いてくる。直人は、必死にもがき、何とかその手を払い除けるも、行動不能となっている<セオリツ>は、救いを求める魂達にとって、格好の寄る方となっていた。その魂達の"重み"が、<セオリツ>を奈落へと加速させる。
 
『……直人‼︎ ……くっ……このままでは! ……』
 
 直哉は、船体の減速を試みるも、もはや彼の制御を受け付けない。それどころか、亡者達は、<セオリツ>から漏れ出す彼女の血肉に喰らいつき、その傷口を押し広げていく。
 
 目の前で繰り広げられる、さながら地獄絵巻のような光景に、サニは目を覆い、ティムは歯を食いしばる。直人は、溢れる涙をそのままに、ただ茫然と見守るしかない。
 
 <セオリツ>との同期がほぼ解消した<アマテラス>が、亡者達の害に晒されることはなかったが、彼らには新たな危機が差し迫っていた。
 
 けたたましいアラーム音と共に、<アマテラス>の全ブリッジモニターに、警告表示が赤々と灯っていく。
 
「<アマテラス>全周、波動収束フィールド縁辺領域……座標消失⁉︎」サニが、声を張り上げる。
 
「あ……あれは⁉︎」続いてティムが、モニターを指して声を上げた。彼の指し示す方にインナーノーツの視線が集まる。
 
 まるで切り取ったかのように空間が欠落し、虫食い状の穴が次々と拡がり始めていた。それはティムが指した一角だけでなく、<アマテラス>全周を取り囲み、波動収束フィールド内に構築された時空間を、徐々に圧し狭めている。
 
「オモトワの創り出した世界が……崩壊している……」カミラは、愕然となる意識を立て直し、顔を上げる。
 
「アラン! "999"は⁉︎」
 
「いや、ダメだ! この時空間にいる以上、<セオリツ>の影響を受ける!」
 
「くっ……IMC! まだなの‼︎」
 
 <アマテラス>のメインモニターに、開かれたままになっているIMC との通信ウィンドウの中で、東が苦虫を噛み潰した表情を浮かべたまま、脱出方法を模索して、作業を続ける田中とアイリーンに視線を送る。
 
「所長、チーフ! 副所長が!」東の視線に答えるように、田中が顔を上げ、緊迫した声で告げた。
 
「よし! メインモニターに。<アマテラス>にも送ってくれ!」「メイン、出します!」
 
 IMCのメインパネルに、通信ウィンドウが立ち上がる。感情表現に乏しい片山の額にも、薄ら汗が滲み、短く刈り上げた白髪を無造作に掻きながら、部下の若いスタッフらに指示を送っている。
 
「片山さん!」東の呼びかけに、片山が通信モニターに向き直った。
 
『あ、あぁ。すみません。所長、これです、これ!』
 
 片山が、いつにもなく興奮気味に声を張り上げながら、時空間模式図を表示する。直人とサニによる、PSl-Linkダイレクト観測から得た時空間情報をもとに補完、再構成したものだ。何色かに色分けされた、時空間を示しているらしい層が、何層にも重なり合い、その中程の層に<アマテラス>と<セオリツ>を示す光点が見える。その時空間層が周期的に波打ち、それに呼応するように<セオリツ>の光点が点滅を繰り返していた。
 
「片山さん! 時間がありません! 説明を……」「いや……そうか、そういう事か!」
 
 苛立ちを隠さない、東の言葉を遮った藤川には、その図が示す意味がはっきりとわかった。
 
「片山くん、確かにこのPSIパルスなら脱出の糸口になる……だが、その為には莫大なエネルギーの……まさか!」『その通りだ、コーゾー』通信ウィンドウがもう一つ立ち上がり、アルベルトが、顔を覗かせる。
 
『トオルちゃんからシミュレートを頼まれていたが、ようやく計算結果が出た。理論上は可能だ』「だがアル、現象界への影響は?」『無いとはいえん。だが、四の五の言ってる場合か⁉︎』
 
 語気を荒げるアルベルトの言葉を、瞑目して噛み締める藤川。
 
「所長⁉︎」東は縋るように、藤川の言葉を求める。
 
 藤川は目を開き、短く告げた。
 
「カミラ。直ちに"PSI波動砲"の発射準備だ」
 
『えっ⁉︎』IMCの一同とインナーノーツの視線が一度に藤川へと注がれる。
 
「田中くん、時空間維持可能な残り時間は?」
 
「あと、九分です!」
 
「時間が無い。説明は発射準備を進めながら聞いてくれ」
 
『りょ、了解! これよりPSI 波動砲発射シーケンスに入る!』
 
「ナオ! おい!」未だ茫然としていた直人は、ティムに促され、自身の席に着席する。
 
「アイリーン、片山くんがよこしたデータを<アマテラス>に送れるな?」「は、はい!」藤川の指示に従い、アイリーンは、手早くデータを転送した。
 
「チャージバイパス開放! PSI波動砲エネルギーチャージ開始!」インナーノーツは、目的もハッキリしないまま、藤川の判断を信じ、作業を進める。
 
 メインモニターの中央に、IMCから転送されたデータが、画像となって展開された。先程、片山が見せたものと同じ画像だ。
 
『見てくれ。これは先程、<アマテラス>から送られてきたデータを基に再構成した、時空間プロット図だ。こちらの現象界と、君たちのいる時空間まで、全域に渡って波立が観測されている。わかるか?』
 
 時空間構成図は、先程と変わらず、脈打つかのように周期的な振動を繰り返している。
 
「え……ええ。所長、これは……PSlパルス? ……しかし、いったい何の?」カミラが問う。
 
『正体まではわからない……ただ、何者かが、二十年前の多発地震被災者を、このPSlパルスで検出していた形跡がある』
 
『こいつは、オモトワのシステム外から働きかける仕組みになっていて、オモトワが創り出す擬似空間の背後で通奏低音のように"鳴って"いるんだ。幸い、そいつはまだ途切れていない』アルベルトが割って入り、補足する。
 
『これをPSl波動砲で撃つんだ!』
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