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第2章 魔界幻想

幻夢は囁く 5

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「ガントリーロック、固定確認。機関停止」
 
 間も無く<アマテラス>は、シミュレーション空間より帰還した。各自、決まりきったシステムたち下げのプロセスを、粛々と続ける。
 
「さて……と……。小腹も空いたし……お先に失礼しま~す」
 
 微妙な緊張が残るブリッジ。その雰囲気を嫌い、システムのたち下げを確認したサニは、いつもより歯切れの悪い軽口を呟きながら、その場を早々に立ち去ろうとする。
 
「ええ、お疲れ様」
 
 普段ならカミラが、一言二言突っ込むところだ。
 
 直人を見やると、自席でうずくまっている。サニは、その様子に後ろ髪を引かれながら、ブリッジを後にする。
 
「ティム」サニに続いたアランが、直人を心配そうに見つめる、ティムの退出を促す。
 
「あ……あぁ。……ナオ、先に上がるな」ティムはアランの促しに従い席を立つと、二人は連れ立ってブリッジを出て行く。
 
 カミラは、自席を立つと、うずくまる直人の方へ向かう。
 
「さっきは悪かったわ。ああするしか……」
 
 直人は、無言で首を振った。自分の意識を引き戻してくれたのはカミラだ。その事くらい、わきまえている。
 
「でも、いったいどうしたというの? 今日だけじゃない。このところ様子が変よ」
 
「……」「……そう。話せるようなことではないのかしら?」
 
 カミラは、PSI波動砲の発射装置が格納されたダッシュボードに、視線を落とす。
 
「変性意識下での、貴方の能力は、ズバ抜けているわ。調整がまだ不完全であったにせよ、おそらくコレを使いこなせるのも、貴方だけ……」
 
「でもね。それは同時に貴方の、顕在意識の不安定さでもある……」
 
 カミラは、うずくまったままの直人の肩に、そっと手を添える。
 
「何かあるなら、一人で抱えこまないで……」
 
「……すみません……」
 
 直人はそれ以上、口を開くことはなかった。カミラが、小さく溜息を吐くのが聞こえる。
 
「もういいわ……あがって、念のため検査を受けなさい。いいわね」
 
「はい……」直人は小さく返事をすると、自席を立ち、そのまま俯きかげんに、<アマテラス>の昇降ハッチへ向かう。カミラもそれに続いた。
 
「あっ。やっと来た~。センパ~イ!」
 
 昇降ハッチのエレベーターに、直人とカミラの姿を認めたサニが、タラップの向こう側で手を振って呼び掛けている。同じく先に降りたティム、アラン、それに藤川所長と、技術科員を数名連れた、アルベルトの姿もある。
 
「……サニ、ティム……」
 
「ふふ、ちゃんと待っててくれたじゃない」カミラは、直人の肩を軽くポンと押し出すように叩くと、直人を彼らの元へ促す。直人は、バツの悪そうな表情を浮かべながら、タラップを降りる。
 
「その顔、隊長に絞られたな」ティムが、ニヤけながら尋ねてくる。「いや……」直人は、素っ気なく返事を返した。
 
「ちょいと調整が甘かったようだ。もう少し、お前さん向けに合わせこみしとくよ」アルベルトは、直人の肩を叩きながら言葉を掛け、技術科員を引き連れて、直人と入れ替わりでタラップを渡っていく。
 
「直人……」ふと顔を上げると、じっと直人を見据える藤川の視線とぶつかる。藤川の目は、直人の心のうちを読み取っているかのようで、直人は、居た堪れず俯いた。
 
 藤川は、それ以上、声をかけることなく、アルベルトの後に続いて、<アマテラス>のハッチへと向かった。アランもそれに続く。
 
「先程の訓練データを、中で所長達と確認する」ハッチの脇に残っていたカミラに、アランが声をかける。
 
「そう、所長、では私も」「うむ……」
 
「貴方たち、ナオの検査に付き添ってあげて」カミラは、サニとティムにそう言い残し、藤川、アルベルト、アランと共に、再び船内へと降りていった。
 
「はーい! 行こう、センパイ」「……あ、うん……」直人は、サニとティムに肩を押されながら、<アマテラス>格納庫の直通エレベーターへと乗り込んでいった。
 
 
 重力、慣性制御されたエレベーターは、静かに三人をIN-PSID中央区画の地上施設へと導く。終始無言の直人に、サニとティムもかける言葉がない。
 
 静まり返ったエレベーター内に突如、無機質なコール音が鳴り響く。直人は、小型端末を内蔵したアームカバーを確認する。カバー表面に、メールの着信通知が表示されていた。(PSI-Linkシステムの誤動作防止の為、端末との脳波感応通信機能は排除されている。またインナースペース内活動中は、外部との通信には使用できない)直人はそれを確認することなく通知を消し、顔をあげた。
 
「メール……誰から?」話題を欲していたサニが、興味本位で聞く。「……母さん」直人は短く答えた。
 
「見なくていいんか? 俺たちにお構いなく……」「いい……中身……わかってるから……」
 
 直人の力ない返事に、思わずティムとサニは、顔を見合わせた。
 
 
**** 
 
「どうだ、アル……」「ちょっと待て……っと、よし来た来た」
 
 アルベルトは直人の席に座り、持ち込んだ分析用端末でPSI波動砲発射装置のメンテナンスポートから、有線でログデータを吸い上げている。トリガーコントローラに蓄積された、PSIパルスのデータが、端末のグラフィックモニターにプロットされていく。
 
「……うむ……やはりな。コーゾー、見てみろ」
 
 藤川、カミラ、アランはそこにグラフ化されたいくつかの波形パターンを覗き込んだ。
 
「……アル、キミの読みが正しかったようだな」
 
「所長、どういうことですか?」
 
 藤川は、モニターから顔を上げると、無言のまま上を見上げ、軽く目を閉じる。
 
「コーゾー。お前だって、こうなることは薄々予感していたんじゃないか? ……にも関わらず、あえてこの砲のテストに踏み切った。違うか?」
 
 アルベルトの言葉を訝しむ、カミラとアラン。アルベルトは二人をそのままに続けた。
 
「だが、今のまま、アイツにこのトリガーを握らせるのは、自殺行為だぞ」
 
 アルベルトは、嗜めるように続けた。「この砲はな、ターゲットとの高次元域での同調が要求されるため、このトリガーを握る者は、自ずと自らの意識活動を深層無意識域まで拡張する……」
 
「ということはもしや……」カミラはアルベルトの言わんとしていることを察する。
 
「そう、アイツがこの照準の先に見ていたのは、アイツ自身の影だ」
 
 そう言いながら、アルベルトは分析端末のモニターを再度カミラとアランに確認させる。ターゲットのPSIパルスとしてプロットされた波形は、直人のPSIパルスと、ほぼ相似形を成していた。
 
「コーゾー……」
 
 アルベルトは、席を立つと藤川を真っ直ぐに見つめた。
 
「おそらく、アイツの無意識は、全てを覚えているんだ……あの時のことを。それがこの結果だ」アルベルトは語気を荒げた。
 
 藤川は、静かに目を見開く。

「……向かい合う時なのだ……直人も……我々も」
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