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第2章 魔界幻想
幻夢は囁く 3
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東の発令を受け、アイリーンが模擬エレメンタルのメルジーネに、動作プログラムを展開させていくと、再びその身を蛇のように変容させ、螺旋の雲を描きながら上昇し、巨大な積乱雲へと成長していった。
「この間のミッションの、再現ってわけね」ティムはその光景に、先日のミッションの記憶を重ねる。
「あの雲を『PSI波動砲』で薙ぎ祓い、低気圧の中心へ侵入する」カミラはテスト目標を明示した。
「はぁ、この間、コレが間に合ってれば、あんな苦労しなくて良かったのねぇ~」
サニはわざとらしく、アルベルトに聴こえるように、嘯く。
「おいコラ! こっちもカツカツでやってんだ! それに加え、あの時の段階からも更にだな……!」「まあまあ……」憤慨するアルベルトを、藤川は制する。
「どちらにせよ、亜夢の心身への影響を考慮すれば、コレを使用出来たかわからんよ」
「えぇ~」期待外れと言わんばかりに、顔を歪めるサニ。モニターに食ってかかりそうになっているアルベルトを藤川が宥めている。
「部長、所長すみません! サニもクダ巻いてないで、さっさとターゲットへの接近進路、分析にかかって!」その場を治めるように、カミラは、サニに厳しい口調で命じた。サニは口元に笑みを滲ませながら、カミラの命に従う。
「ったく、おやっさんもすぐ、焚きつけられんだから……なぁ」
ティムが苦笑を浮かべながら、直人に同意を求めた。「はは……」直人も、苦笑で返すしかない。今のやりとりで幾分、直人の顔に、生気が戻ったように感じる。さては……と、ティムは、サニの方にチラッと目を向けた。何食わぬ顔で、レーダー分析に当たっている。ティムは、小さく笑みを漏らすと、正面のモニターに向き直った。
程なく、サニの進路分析が完了する。ティムは、『PSI 波動砲』の有効射程圏内に向け、船を走らせた。
****
IN-PSID長期療養棟には、広々としたプライベート・ガーデンが設けられている。元々、鳥海山麓の森林地帯の一角をなす森が広がっていたが、この森を活かしながら整備された庭は、PSIシンドローム長期療養者にとっては、長い療養生活のオワシスとなっていた。(IN-PSIDの職員も、結界によるセキュリティチェックを通れば、誰でも立ち入り可能であり、また療養者の家族なども、許可を得れば立ち入りできる)
6月に入った、夏真っ盛りの昼下がり。燦然と輝く太陽の光にも、この庭の木々が適度な木陰を作り、日本海から吹き付ける、べとつくような潮風にすら、清涼感を与えていた。ガーデンの中央に引き込まれた小川や、そこから分水された水のモニュメントでは、療養中の子供たち、あるいは、療養者家族の子供たちが、一緒になって水遊びを楽しんでいる。
「すっかり夏ね。ママ、暑くない?」
「大丈夫。風が心地いいわ」
真世は、ガーデンに沿って設けられた、療養棟のテラスに母、実世を連れ出していた。実世の乗った車椅子をゆっくりと押しながら、真世は、深緑の木々の囀りと、薄紫やピンクに色づいた紫陽花の色彩を、母と一緒に楽しんでいる。
「おや、これは院長先生の……?」
テラスに隣接する廊下の方から、不意に声を掛けられ、真世は顔を上げた。
「あら、神取先生?」
3週間ほど前、IN-PSID附属病院に受け入れた医師、神取。真世も彼の着任当日、案内したきりで、顔を合わせるのは二度目だ。
「えぇと……真世さん?」
「あ、はい。真世です。覚えててくださったんですね」真世は、声を弾ませて応えた。
「あぁ……よかった。間違ってなくて。そちらの方は、もしや……?」神取はやや顔を綻ばせ、柔和な表情を作りながら訊ねる。
「真世の母の、実世です。はじめまして、神取先生」実世は、静かに微笑みながら挨拶する。
「はじめまして。院長先生には大変お世話になっております」神取は軽く会釈を伴いながら挨拶を返した。彼が着用している、真新しいスタッフユニフォームの青が、日差しに映える。
「うちのユニフォーム……なかなか似合ってますよ」真世は、和かに声をかける。
「先生もこちらに?」
このユニフォームは、PSI シンドロームに対する軽防護服の機能を備えており、療養施設に勤務するスタッフは、このユニフォームの着用を義務付けられている。附属病院の方は、着用規定は無かったので、神取にユニフォームが支給されたというとは、神取の研修エリアが、この療養施設になった事を意味していた。
「えぇ。今日からで……施設内を見て回っていました。もう少し早く、こちらの研修に入れる予定だったのですが……附属病院の方も、人手が足りていないらしく……」
「先生が優秀だからですよ。祖母も、神取先生が来てくれて助かってると、よく言ってます」「いえいえ……」神取は謙遜した様子で、軽く俯いた。
「お母様との時間に、水を差してしまいましたね。……いずれまた」
神取はもう一度、軽く会釈する。真世と実世が同じく会釈で応えると、神取はその場を後にした。神取の去り際、真世の足元が、陽炎のように僅かに揺らめく。
…………引き続き、監視を怠るな……
……心得ております……旦那様……
****
「目標まで相対距離四〇! 有効射程圏内到達まであと一〇!」
インナースペースに構築された、シミュレーション空間全域は、メルジーネによって生み出された低気圧により、暴風に包まれる。ティムは、その気流に波乗りするが如く、船を滑らせる。低気圧を中心に、螺旋を描くように旋回しながら、<アマテラス>は目標へと接近する。
「これより『PSI波動砲』、発射シーケンスに入る」カミラは凛として顔を上げ、宣言した。
「ティム。機関出力低下に備えて。このまま気流の流れに乗って、目標へ接近。有効射程域で回頭よ」「了解!」
「チャージバイパス開放! PSI波動砲、エネルギーチャージ開始!」
「エネルギーチャージ開始」アランは、復唱と共に機関稼動を『PSI波動砲』発射に向け、切り替える。終息していく機関音が、ブリッジに伝わると同時に、船体が大きく揺れ始める。推進力の低下した<アマテラス>は、暴風に煽られながら、低気圧の作り出す気流の渦に、飲み込まれていく。
「この間のミッションの、再現ってわけね」ティムはその光景に、先日のミッションの記憶を重ねる。
「あの雲を『PSI波動砲』で薙ぎ祓い、低気圧の中心へ侵入する」カミラはテスト目標を明示した。
「はぁ、この間、コレが間に合ってれば、あんな苦労しなくて良かったのねぇ~」
サニはわざとらしく、アルベルトに聴こえるように、嘯く。
「おいコラ! こっちもカツカツでやってんだ! それに加え、あの時の段階からも更にだな……!」「まあまあ……」憤慨するアルベルトを、藤川は制する。
「どちらにせよ、亜夢の心身への影響を考慮すれば、コレを使用出来たかわからんよ」
「えぇ~」期待外れと言わんばかりに、顔を歪めるサニ。モニターに食ってかかりそうになっているアルベルトを藤川が宥めている。
「部長、所長すみません! サニもクダ巻いてないで、さっさとターゲットへの接近進路、分析にかかって!」その場を治めるように、カミラは、サニに厳しい口調で命じた。サニは口元に笑みを滲ませながら、カミラの命に従う。
「ったく、おやっさんもすぐ、焚きつけられんだから……なぁ」
ティムが苦笑を浮かべながら、直人に同意を求めた。「はは……」直人も、苦笑で返すしかない。今のやりとりで幾分、直人の顔に、生気が戻ったように感じる。さては……と、ティムは、サニの方にチラッと目を向けた。何食わぬ顔で、レーダー分析に当たっている。ティムは、小さく笑みを漏らすと、正面のモニターに向き直った。
程なく、サニの進路分析が完了する。ティムは、『PSI 波動砲』の有効射程圏内に向け、船を走らせた。
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IN-PSID長期療養棟には、広々としたプライベート・ガーデンが設けられている。元々、鳥海山麓の森林地帯の一角をなす森が広がっていたが、この森を活かしながら整備された庭は、PSIシンドローム長期療養者にとっては、長い療養生活のオワシスとなっていた。(IN-PSIDの職員も、結界によるセキュリティチェックを通れば、誰でも立ち入り可能であり、また療養者の家族なども、許可を得れば立ち入りできる)
6月に入った、夏真っ盛りの昼下がり。燦然と輝く太陽の光にも、この庭の木々が適度な木陰を作り、日本海から吹き付ける、べとつくような潮風にすら、清涼感を与えていた。ガーデンの中央に引き込まれた小川や、そこから分水された水のモニュメントでは、療養中の子供たち、あるいは、療養者家族の子供たちが、一緒になって水遊びを楽しんでいる。
「すっかり夏ね。ママ、暑くない?」
「大丈夫。風が心地いいわ」
真世は、ガーデンに沿って設けられた、療養棟のテラスに母、実世を連れ出していた。実世の乗った車椅子をゆっくりと押しながら、真世は、深緑の木々の囀りと、薄紫やピンクに色づいた紫陽花の色彩を、母と一緒に楽しんでいる。
「おや、これは院長先生の……?」
テラスに隣接する廊下の方から、不意に声を掛けられ、真世は顔を上げた。
「あら、神取先生?」
3週間ほど前、IN-PSID附属病院に受け入れた医師、神取。真世も彼の着任当日、案内したきりで、顔を合わせるのは二度目だ。
「えぇと……真世さん?」
「あ、はい。真世です。覚えててくださったんですね」真世は、声を弾ませて応えた。
「あぁ……よかった。間違ってなくて。そちらの方は、もしや……?」神取はやや顔を綻ばせ、柔和な表情を作りながら訊ねる。
「真世の母の、実世です。はじめまして、神取先生」実世は、静かに微笑みながら挨拶する。
「はじめまして。院長先生には大変お世話になっております」神取は軽く会釈を伴いながら挨拶を返した。彼が着用している、真新しいスタッフユニフォームの青が、日差しに映える。
「うちのユニフォーム……なかなか似合ってますよ」真世は、和かに声をかける。
「先生もこちらに?」
このユニフォームは、PSI シンドロームに対する軽防護服の機能を備えており、療養施設に勤務するスタッフは、このユニフォームの着用を義務付けられている。附属病院の方は、着用規定は無かったので、神取にユニフォームが支給されたというとは、神取の研修エリアが、この療養施設になった事を意味していた。
「えぇ。今日からで……施設内を見て回っていました。もう少し早く、こちらの研修に入れる予定だったのですが……附属病院の方も、人手が足りていないらしく……」
「先生が優秀だからですよ。祖母も、神取先生が来てくれて助かってると、よく言ってます」「いえいえ……」神取は謙遜した様子で、軽く俯いた。
「お母様との時間に、水を差してしまいましたね。……いずれまた」
神取はもう一度、軽く会釈する。真世と実世が同じく会釈で応えると、神取はその場を後にした。神取の去り際、真世の足元が、陽炎のように僅かに揺らめく。
…………引き続き、監視を怠るな……
……心得ております……旦那様……
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「目標まで相対距離四〇! 有効射程圏内到達まであと一〇!」
インナースペースに構築された、シミュレーション空間全域は、メルジーネによって生み出された低気圧により、暴風に包まれる。ティムは、その気流に波乗りするが如く、船を滑らせる。低気圧を中心に、螺旋を描くように旋回しながら、<アマテラス>は目標へと接近する。
「これより『PSI波動砲』、発射シーケンスに入る」カミラは凛として顔を上げ、宣言した。
「ティム。機関出力低下に備えて。このまま気流の流れに乗って、目標へ接近。有効射程域で回頭よ」「了解!」
「チャージバイパス開放! PSI波動砲、エネルギーチャージ開始!」
「エネルギーチャージ開始」アランは、復唱と共に機関稼動を『PSI波動砲』発射に向け、切り替える。終息していく機関音が、ブリッジに伝わると同時に、船体が大きく揺れ始める。推進力の低下した<アマテラス>は、暴風に煽られながら、低気圧の作り出す気流の渦に、飲み込まれていく。
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