INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第1章 誘い

生と死の狭間で 6

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「真世、インナーチャイルド、いや『セルフ』の生体側の受け入れポイントは、特定できているか?」
 
「え……ええ」モニターに見入っていた真世は、藤川の不意の確認に戸惑いながら、解析結果をモニターに投影する。
 
「おばあちゃんがいうには、最初のミッションで、インナーチャイルドの反応が顕著だった、子宮のあたりに誘導するのがベストだと……」
 
「うむ……。田中くん、すぐに無意識域の該当座標を割り出してくれ」
 
「了解しました」田中は自分の席に戻ると、即座に作業を始める。
 
「おじいちゃん、もしかしてこれって……この子の生まれる前の……」臨床心理士でもある真世は、生体の反応と心象風景から推察する。
 
「胎内記憶……か?」「ええ」
 
「施設を転々とした為か、亜夢の出生の記録は散逸してますからね……」腕を組みながら東は、藤川に調べてみる価値はありそうだと私見を述べた。
 
「ま……マジ!?」不意に田中が声をあげた。
 
「どうした、田中?」
 
「該当座標特定……できましたが……」田中の顔に躊躇の色が浮かぶ。
 
 
「何ですって!?」カミラは動揺と、抵抗の入り混じった声を張り上げた。
 
「危険なのは百も承知だ。だが、生体とのコネクション座標は、『低気圧』の内部を示している。亜夢を救うにはあの、『低気圧』の中心に飛び込んでもらうほか、ない」
 
 <アマテラス>ブリッジのメインモニターに映し出されている東は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、苛酷な指令を伝えていた。
 
「簡単じゃん! 時空間転移でピョイインと……」サニが手振りでその様子を見せながら、あっけらかんとした口調で提案した。
 
「『低気圧』は、常に移動している上に、この水流と気流では、転移先座標情報が、転移中に撹乱されてしまう。それこそ危険だ」東はサニの提案を退ける。
 
「んー、じゃ同調率を落として波動フィールド内の現象化を弱めるとかぁ……?」
 
「ダメだ! そんなことしたら"この子"はまたあそこに落ちる! もう助からないよ!」
 
 最初のミッションで、カミラがとった危機回避策を思い出し、ぼんやり口にしたサニのアイディアを、今度は直人が強い口調で却下した。
 
 亜夢の『セルフ』は、<アマテラス>と一体となっていることで、かろうじてこの荒れ狂う表層無意識域に留まっていられるのだ。同時に<アマテラス>の周辺に広がる心象世界は、『セルフ』が感じ取っている世界でもあり、『セルフ』との同調によって、波動フィールド内に現象化したものである。『セルフ』との同調を抑えれば、確かに<アマテラス>が心象世界から受ける影響は少なくなるが、それは同時に、この嵐の中で、かろうじて『セルフ』を繋ぎ止めている、命綱の結び目を緩めるような行為に等しい。
 
「……だよね~」サニは溜め息混じりに呟くと、視線を宙に浮かせる。
 
「かといって正面突破? そいつも無茶な話だぜ」吹き荒れる暴風に吹き飛ばされないよう、船を懸命に維持しながら、ティムは悪態めいた口調で言い放つ。それはパイロットとしての的確な判断であった。
 
「ティムのいうとおり……正面からぶち当たったのではそもそも<アマテラス>の船体は持ちません……いったいどうすれば……」カミラが不安げに問う。
 
 沈黙に包まれるIMCと、<アマテラス>のブリッジ。その問いに皆、口を閉ざした。 その間にも爆弾低気圧状のエネルギーの渦は勢力を増し、<アマテラス>も荒れ狂う風雨に、態勢を維持するのがやっとであった。
 
 
「海へ潜るのだよ」
 
 いっ時の静寂を、藤川の言葉が打ち砕く。
 
「しょ……所長、それはどういう……」
 
 <アマテラス>は、暴風によって巻き起される荒波の海から、やっと脱出したばかりだ。東は、藤川の思惑を図りかねていた。
 
「もし、この心象世界の海が、自然の海と同等であるなら、荒波は海面のみ……海中は比較的穏やかなはずだ」
 
 暴風による、高波の影響が少ない深度まで潜航し、『低気圧』に接近。その中心で海上に出る。そのまま上昇気流に乗って、特定された生体とのコネクション座標に到達、そこで亜夢のセルフと、生体の同調確立を試みる。
 
「……しかし所長。海中の状況はまるで掴めていません。よもや海中も……」東は、リスクを指摘せずにはいられない。
 
「他に良い手があるかね?」藤川は穏やかな口調の中に、静かな覚悟を忍ばせる。
 
 東はそれ以上、言葉は出なかった。<アマテラス>のブリッジを映し出している、通信ウィンドウに向き直る。
 
「……インナーノーツ。聞いた通りだ。やってくれるか?」東が強張った表情のまま、インナーノーツに問う。
 
 海中を進む……確かにそれが、最良の策ではありそうだ。だが、かろうじて脱出できた時空間断層といい、このミッションをこのまま継続するのは、危険が大き過ぎるのではないだろうか……隊員達を無闇に危険には晒せない……カミラは、東への返答を渋る。
 
「隊長!」
 
 力強い声音にカミラは顔を上げた。
 
 カミラを促したのは、直人だった。意志の灯る、強い眼差しが、カミラを見据えている。
 
 カミラは、直人のその強い意志に圧倒された。
 
 普段はどこか、他人と距離を置き、心の内を明かすことのない直人が、必死に亜夢を救おうとしている……何がそこまで、直人を突き動かすのだろうか。カミラは不思議にすら感じた。
 
「やるも何も、やるっきゃないっしょ」
 
「ティム、上手いこと潜ってよね。波は嫌いよ」「はは、酔いたくなけりゃ、突入時の海面トレース、抜かりなく」
 
「ティム、サニ……」直人の気概に便乗したティムとサニは、着々と次の行動の準備を始めた。
 
「センパイが珍しくやる気だもんねぇ~。付き合いますって」そう口にしながらサニは、自分の方へ振り向いた直人に目配せし、彼女なりの覚悟を、直人に伝えた。すぐにレーダー盤に向き直り、海面の波のトレースを開始、突入ルートの選定に入る。
 
「『この子』だって。ふふ、なんか面白いもの見れそうだし」何を考えたのか、ひとりほくそ笑むサニ。
 
「前に使ったシールドも、改良してシステムに組み込んでいる。『セルフ』との同調さえ保てれば、 そう簡単に沈みはしないさ、カミラ」アランも、若手3人の意志を後押しする。
 
「アラン……」カミラの口元から、小さな笑みがこぼれる。
 
「まったく、こういう時だけは結束するんだから……」
 
 カミラは顔を上げ、正面のモニターに映る東を見据えた。
 
「チーフ! <アマテラス>はこれより、目標『低気圧』中心への突入を敢行します! サポートをお願いします」
 
「うむ……突入から帰還まで、全面的にバックアップする。必ず、生きて戻れ!」
 
「了解!」カミラの凛とした声が、IMCに鳴り響く。
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