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第1章 誘い
生と死の狭間で 5
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「ナオ! 誘導パルス放射機、格納急いで! ティム! 流れに抗っても無意味よ。上手く波に乗せてちょうだい!」「了解!」
「サニは現時空座標の特定! アラン、IMCとの通信回復は!?」
何とか表層無意識域に戻って来られた<アマテラス>ではあったが、そこは元の凪いだ海の面影はない。雷鳴が轟き、高波が荒れ狂う、嵐の海の真っ只中である。
<アマテラス>はその海面に時空間転移明けし、さながら、波に揉まれる小船の如く漂っている。海面と言えど、心象世界の現象であり、<アマテラス>は表層の第三PSIバリアを制御する事で、海面に対し浮力を得ているが、局所的な時空間変動である波の揺さぶりは、物理量となって<アマテラス>に襲いかかってくる。
「ぐぇぇ……自動ハーモナイズ、どうなってんのよ、もう!」「フツーの船に乗ったことねぇのかよ! サニ!」酔いが回り、時空間跳躍時の、精神撹乱の影響を疑うサニに、ティムは巧みに波を乗りこなしながら、荒っぽく言い捨てる。
「でも、このままでは船が危ないわね……。ティム、波を利用してそのままジャンプ。離水する!」「くっ! 無茶振り了解!」高度な操船技術の要求に、ティムは悪態を付きながらも、そのチャンスを窺う。
ティムは操縦桿のPSI-Linkモジュールに、指先の神経を集中させ、波の動きを感じ取る。何度か波を掻い潜ると、船尾の方から突き上げるようなうねりをティムは操縦桿に感じ取った。
「行くぞ!」機関の出力を上げ、タイミングを計って一気に操縦桿を引く。ググッと押し上げられる感触の後、船体が軽くなったかのような揚力を得た<アマテラス>は、嵐の海から飛翔した。
しかし大気状の空間も暴風雨が荒れ狂い、飛び立った<アマテラス>を、再び海面の波間に叩き落とそうとする。
「高度六百まで上昇! 量子スタビライザー起動!」
<アマテラス>の四枚の翼が煌めき、船体の安定を回復させると<アマテラス>はそのまま上昇を続ける。
「……ザザ……こえるか……マテラス……」
アランの操作する通信機から、聞き慣れた声音が漏れ聞こえてくる。
「IMCとのコンタクト回復! メインに投影する」アランは通信映像をブリッジのメインモニターに映し出す。
そこには、IMCスタッフらの安堵の顔が並んでいた。
「みんな、無事か!?」東が呼びかけてくる。
「はい! 船酔いが若干一名いますが……」カミラはぐったりしているサニの方へ、チラッと視線を送りながら答えた。
「船酔い? ……まあとにかく、無事で何よりだ」
「IMCの誘導に助けられました。インナーチャイルドも何とか保護しました」
カミラがインナーチャイルドのホログラム映像データをIMCに送信すると、卓状モニターの上に、同じ映像が浮かび上がる。赤ん坊の映像に真世、アイリーン、田中は思わず顔を綻ばせた。
「これが、あの『サラマンダー』なのか……」<アマテラス>の記録から『サラマンダー』の解析を行った東は、驚きの眼差しで映像を見つめる。
「かわいい……」「ええ……」アイリーンと真世から、溜め息混じりの言葉が漏れる。
「おそらく、この子が本来の『亜夢』だ」
「えっ!?」その赤児の映像をじっと見据え、静かに口を開いた藤川の意外な言葉に、IMCのスタッフのみならず、卓状モニターの通信ウィンドウに映し出されている、インナーノーツ一同も驚きを隠せない。たった一人、直人を除いて……
「どういう事です、所長!?」カミラが、皆の疑問を口に出す。
「確証はない……だが、生体パルスとの同期性の高さからみて、インナーチャイルドは、魂の一部どころか『亜夢』そのもの……いわゆる『セルフ』であろう」
「そしてこの心象風景……」
「深層の奥底にいた『セルフ』が、表層に上がったところで表層の無意識が、交わる事なく乖離している……つまり、表層無意識を支配していた存在と、深層の魂は、異質な存在……」
藤川は厳しい眼差しで、なおも渦を巻きながら蠢く、二つ巴の心象風景を睨む。一段と赤みを帯びてくる新たに生まれ出た巴。反対に、元の仄暗い水流も同様に巴を形作る。
その様相は、相剋し合う炎と水のようでもある。
「所長……それでは……表層無意識に居たのは一体……」カミラが呟くように問う。彼女の右手はまたもジャケットの上から何かを握りしめていた。
「『もう一人』いる……亜夢の中に、もう一人の魂が……」
一人呟く直人は、亜夢との感応で聞いた、『もう一人』の何者かの声を思い返していた。
……死してのみ生きる……
冷徹なあの声が、直人の脳裏をよぎる。
その刹那、サニのレーダーに、再び警告を示すアラームが立ち上がる。
「うぇ……今度は何よ……」
「!」気怠そうに身を起こしたサニは、目を丸くする。その強力な反応に、一瞬にして船酔いを忘れた。
「<アマテラス>右舷! 海面に巨大な波動収束反応!!」
サニが叫ぶや否や、ブリッジ右側面のモニターに映し出された海面が、波を押し上げながら隆起する。その盛り上がりに引き上げられるように、<アマテラス>の下方の水面も持ち上げられていく。高波が荒れ狂い滞空している<アマテラス>にも襲い来る。
「取舵九〇! 上昇反転!」
<アマテラス>は高波を避けながら回避、更に上昇する。その様子は、上空から俯瞰したようにモニタリングしている、IMCの卓状モニターにもはっきりと現れた。
二つ巴の片方、仄暗い青の巴を成す渦が、その回転を速めている。その渦の中央が、巴の尾部を巻き上げながら、渦の中央に激しい上昇水流と、急速に発達する雨雲を生み出していた。
その光景は、まさに爆弾低気圧。藤川らIMCの面々は、目を見張るばかりである。
<アマテラス>は、急速に発達する、その『低気圧』から逃れるように距離をとりながら、飛翔を続ける。それに伴って、もう片方の赤みを帯びた、ほの明るい巴が、仄暗い青の巴の生み出す、雲の中から浮かび上がってくる。ほの明るい巴の中核こそ、いまや『セルフ』と一体となった<アマテラス>なのだ。
……なぜ……生きようとする……
直人の心に『もう一人』のあの声が木霊する。
PSI-Linkモジュールを通して、<アマテラス>と一体となっている、亜夢の魂が打ち震えているのを、直人は感じた。
……お前は誰なんだ? ……お前は……
直人は、自身の心に問いかけていた。まるで、その答えを思い出そうとするかのように……
「サニは現時空座標の特定! アラン、IMCとの通信回復は!?」
何とか表層無意識域に戻って来られた<アマテラス>ではあったが、そこは元の凪いだ海の面影はない。雷鳴が轟き、高波が荒れ狂う、嵐の海の真っ只中である。
<アマテラス>はその海面に時空間転移明けし、さながら、波に揉まれる小船の如く漂っている。海面と言えど、心象世界の現象であり、<アマテラス>は表層の第三PSIバリアを制御する事で、海面に対し浮力を得ているが、局所的な時空間変動である波の揺さぶりは、物理量となって<アマテラス>に襲いかかってくる。
「ぐぇぇ……自動ハーモナイズ、どうなってんのよ、もう!」「フツーの船に乗ったことねぇのかよ! サニ!」酔いが回り、時空間跳躍時の、精神撹乱の影響を疑うサニに、ティムは巧みに波を乗りこなしながら、荒っぽく言い捨てる。
「でも、このままでは船が危ないわね……。ティム、波を利用してそのままジャンプ。離水する!」「くっ! 無茶振り了解!」高度な操船技術の要求に、ティムは悪態を付きながらも、そのチャンスを窺う。
ティムは操縦桿のPSI-Linkモジュールに、指先の神経を集中させ、波の動きを感じ取る。何度か波を掻い潜ると、船尾の方から突き上げるようなうねりをティムは操縦桿に感じ取った。
「行くぞ!」機関の出力を上げ、タイミングを計って一気に操縦桿を引く。ググッと押し上げられる感触の後、船体が軽くなったかのような揚力を得た<アマテラス>は、嵐の海から飛翔した。
しかし大気状の空間も暴風雨が荒れ狂い、飛び立った<アマテラス>を、再び海面の波間に叩き落とそうとする。
「高度六百まで上昇! 量子スタビライザー起動!」
<アマテラス>の四枚の翼が煌めき、船体の安定を回復させると<アマテラス>はそのまま上昇を続ける。
「……ザザ……こえるか……マテラス……」
アランの操作する通信機から、聞き慣れた声音が漏れ聞こえてくる。
「IMCとのコンタクト回復! メインに投影する」アランは通信映像をブリッジのメインモニターに映し出す。
そこには、IMCスタッフらの安堵の顔が並んでいた。
「みんな、無事か!?」東が呼びかけてくる。
「はい! 船酔いが若干一名いますが……」カミラはぐったりしているサニの方へ、チラッと視線を送りながら答えた。
「船酔い? ……まあとにかく、無事で何よりだ」
「IMCの誘導に助けられました。インナーチャイルドも何とか保護しました」
カミラがインナーチャイルドのホログラム映像データをIMCに送信すると、卓状モニターの上に、同じ映像が浮かび上がる。赤ん坊の映像に真世、アイリーン、田中は思わず顔を綻ばせた。
「これが、あの『サラマンダー』なのか……」<アマテラス>の記録から『サラマンダー』の解析を行った東は、驚きの眼差しで映像を見つめる。
「かわいい……」「ええ……」アイリーンと真世から、溜め息混じりの言葉が漏れる。
「おそらく、この子が本来の『亜夢』だ」
「えっ!?」その赤児の映像をじっと見据え、静かに口を開いた藤川の意外な言葉に、IMCのスタッフのみならず、卓状モニターの通信ウィンドウに映し出されている、インナーノーツ一同も驚きを隠せない。たった一人、直人を除いて……
「どういう事です、所長!?」カミラが、皆の疑問を口に出す。
「確証はない……だが、生体パルスとの同期性の高さからみて、インナーチャイルドは、魂の一部どころか『亜夢』そのもの……いわゆる『セルフ』であろう」
「そしてこの心象風景……」
「深層の奥底にいた『セルフ』が、表層に上がったところで表層の無意識が、交わる事なく乖離している……つまり、表層無意識を支配していた存在と、深層の魂は、異質な存在……」
藤川は厳しい眼差しで、なおも渦を巻きながら蠢く、二つ巴の心象風景を睨む。一段と赤みを帯びてくる新たに生まれ出た巴。反対に、元の仄暗い水流も同様に巴を形作る。
その様相は、相剋し合う炎と水のようでもある。
「所長……それでは……表層無意識に居たのは一体……」カミラが呟くように問う。彼女の右手はまたもジャケットの上から何かを握りしめていた。
「『もう一人』いる……亜夢の中に、もう一人の魂が……」
一人呟く直人は、亜夢との感応で聞いた、『もう一人』の何者かの声を思い返していた。
……死してのみ生きる……
冷徹なあの声が、直人の脳裏をよぎる。
その刹那、サニのレーダーに、再び警告を示すアラームが立ち上がる。
「うぇ……今度は何よ……」
「!」気怠そうに身を起こしたサニは、目を丸くする。その強力な反応に、一瞬にして船酔いを忘れた。
「<アマテラス>右舷! 海面に巨大な波動収束反応!!」
サニが叫ぶや否や、ブリッジ右側面のモニターに映し出された海面が、波を押し上げながら隆起する。その盛り上がりに引き上げられるように、<アマテラス>の下方の水面も持ち上げられていく。高波が荒れ狂い滞空している<アマテラス>にも襲い来る。
「取舵九〇! 上昇反転!」
<アマテラス>は高波を避けながら回避、更に上昇する。その様子は、上空から俯瞰したようにモニタリングしている、IMCの卓状モニターにもはっきりと現れた。
二つ巴の片方、仄暗い青の巴を成す渦が、その回転を速めている。その渦の中央が、巴の尾部を巻き上げながら、渦の中央に激しい上昇水流と、急速に発達する雨雲を生み出していた。
その光景は、まさに爆弾低気圧。藤川らIMCの面々は、目を見張るばかりである。
<アマテラス>は、急速に発達する、その『低気圧』から逃れるように距離をとりながら、飛翔を続ける。それに伴って、もう片方の赤みを帯びた、ほの明るい巴が、仄暗い青の巴の生み出す、雲の中から浮かび上がってくる。ほの明るい巴の中核こそ、いまや『セルフ』と一体となった<アマテラス>なのだ。
……なぜ……生きようとする……
直人の心に『もう一人』のあの声が木霊する。
PSI-Linkモジュールを通して、<アマテラス>と一体となっている、亜夢の魂が打ち震えているのを、直人は感じた。
……お前は誰なんだ? ……お前は……
直人は、自身の心に問いかけていた。まるで、その答えを思い出そうとするかのように……
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