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第1章 誘い

目覚めし者 3

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 <アマテラス>ブリッジの正面モニターに、おぼろげに姿を現わすその者。
 
「マジ……」その異様の姿に口を覆い、嫌悪感を顕にするサニ。<アマテラス>のクルー全員がその姿に目を奪われる。
 
 膨れ上がった、頭部のような球体には、半開きの眼……その先には脊椎が丸みを帯びて伸び、先端を尻尾のように丸めている。その側面から伸びる未発達の手足……水掻きが残るその手が、何かを掴み取ろうとするたび、<アマテラス>を襲ってきた熱の塊が飛び散り、またその鼓動は、時空間を震わす衝撃波を生み出していた。
 
 未成熟な胎児そのものだ……
 
 その身からは生命エネルギーのオーラとでも言うのか、自身の身をも焼き尽くすかの如き炎を纏っている。成長過程のようだがその像は安定しない。時折り、さらに未熟な両生類や爬虫類のような像も重なる。
 
「サラマンダー……」
 
 カミラはその姿に十六世紀の錬金術師、パラケルススが説いた四大精霊のうちの一つ、『火の精霊』を重ねずにはいられなかった。
 
 カミラがそう認識したのも無理はない。それは、<アマテラス>のPSI Linkシステムによって与えられた姿形ではある。だが、膨大な意識化データの集合体であり、古より人が『火の精霊』と意識するものの特性をふんだんに有しているのだから——
 
「ターゲットの解析完了! やはりあれが強制覚醒を引き起こしているとみて間違いない」アランが報告する。「あの炎は、この深層無意識がさらに高次元の集合無意識から抽出し溜め込んだエネルギーだ。やりあってもまともに太刀打ちできない」
 
「あの気色悪い赤ん坊は何なの⁉︎」サニが語気荒くアランに問う。
 
「……やはり……」カミラもアランに答えを求める。アランはカミラに軽く首を振ると、分析結果を解説する。
 
「PSI パターンの表層との類似性がある程度認められる。未熟なまま深層無意識に封じられたインナーチャイルドの類と推定されるが……」
 
「表層無意識がこのインナーチャイルドを封じ込めている理由はわからない……」カミラは続ける。「……けど、この深層無意識をそのまま表に出すわけにはいかないわね。アラン、アレを鎮めるプランは?」
 
「表層無意識のPSIパルスと最大同調させたブラスターを撃ち込む。それで表層と深層の同調を回復させ、深層無意識を再び心の配下に置く事ができるはずだ!」
 
 再び、ブリッジに衝撃が走る。熱線の束が<アマテラス>を襲い来る。先程から『赤ん坊』は<アマテラス>の気配に敏感になってきたのか、『攻撃』の手を強めてきた。
 
 衝撃波も絶えず繰り返され、回避行動も困難な状況で、紙一重の回避行動を繰り返す<アマテラス>。シールドで防ぎながらも被弾を免れない。
 
「どうでもいいけど! 早く頼むぜ!」そう言いながら次弾の回避操作をするティム。余裕ぶったティムの口調にも疲れが見え始めている。
 
「アラン、鎮静化に必要な同調率はシミュレートできてる?」「ああ、八十パーセント以上あれば何とかなる。現在七十二パーセント……残り八パーセントは直人次第だ」
 
「イケるわね。ナオ!」「やってみます!」とだけ、直人は即答した。
 
「あとはあの炎ね……」
 
 その「赤ん坊」を取り巻く炎は、あたかも回る炎の剣となって楽園を守護するが如く、一層の煌めきを増していた。
 
 
 ——処女懐胎——
 
 貴美子の脳裏にふとその言葉が浮かぶ。
 
 今、まさにその現象が目の前で起こりつつある。亜夢の肉体は反応し始め、腹部は肉眼でもわかるほど膨らみ始めている。その子は受肉こそしていないが、確かにそこにいるのだ。
 
 亜夢は自身の肉体の変化にも気付かず、不気味なほど静けさを保っていた。
 
「ちっ、タチの悪い想像妊娠かよ」水槽の補修に一区切りつけた如月は、引き続きオーバーヒートしたダミートランサーの応急処置をしながら毒突く。
 
 ……リーダー、それってセクハラ……そう語る齋藤の冷たい視線を感じる。逃げるように視線を水槽に戻すと、如月の言葉に抗議するかのように、補修した亀裂からまた水が噴き出した。
 
「ホラ、怒らせた」齋藤は冷たく言い放つ。
 
「くそっ!」如月はその箇所に再度補修剤を上塗りしていく。心なしか水槽に伝わる振動が強まっているように感じられた。
 
「PSIパルス反応値、上昇してます!」
 
「如月さん! 齋藤さん! 戻って、早く!」貴美子は、水槽の間近で作業に当たっていた如月と齋藤を、結界保護された制御エリアに呼び戻す。
 
 IMCでもインナースペースの変動はモニターしていた。
 
「深層無意識域に高波動収束エネルギー感知!」田中が即座に報告する。
 
「アイリーン! 通信はまだ回復しないか⁉︎」
 
 アイリーンは先程から懸命に通信の回復を試行していた。東が問いかけたその時。
 
『……ザザ……ちら……ンナーノーツ……ザ……』
 
 先程より幾分聴き取れるメッセージが入る。
 
「インナーノーツ、無事か⁉︎」早る東は、モニターに呼びかけた。が、応答はない。
 
「単方向の指向性時空間通信です。こちらからは通信できません!」
 
『……深層無意識……ザ……ンナーチャイルドと推定……ザ……波動収束体を捕捉……』
 
 IMCスタッフらは送られてくるメッセージに傾聴する。そのメッセージは回線を通して、亜夢のいる保護区画と<アマテラス>のメンテナンスドッグ制御室にも流れる。
 
「インナーチャイルド……」
 
 貴美子は、その言葉と目の前の亜夢に現れた現象とが符号していく感覚を覚える。
 
『ザ……れより……表層無意……高同調を確保……つつ、ブラスターによ……鎮静化……試みます。……』
 
『……同調増幅の……先程のよ……ザ……現象化反応が予想され……す。対象者の生体維持を……続き……がいします。……これより六〇カウント後、行動開始します。以上! ……』
 
「貴美子!」藤川は通信を聴き終えると、即座に妻に呼びかけた。
 
「わかってるわ! 全ダミートランサー、スタンバイ!」
 
 貴美子の指示に如月らは素早く応える。
 
「アイリーン、通信との時差を補正して、カウント同期できるか?」「はい! 補正三十七カウント、あと……二〇秒です!」
 
「よし、可能な限りそのまま同期を維持! 田中、発信元の時空間に誘導ビーコンをセット。いつでも回収できるよう準備しておけ」
「はい!」田中は早速準備にかかる。
 
「一〇秒前! カウント入ります!」
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