3 / 293
第1章 誘い
胎動 2
しおりを挟むPSI文明が隆盛を誇る一方で、文明の闇ともいうべきPSID(PSI DISASTER)、PSI シンドロームもまたその脅威を増していた。人類は未だこの脅威に対処する有効な手段を持たない。IN-PSIDは、この脅威に対処すべく、ニ十年の歳月をかけ、余剰次元有人探索活動艇PSI クラフト<アマテラス>を開発。インナーノーツは、そのクルーとして<アマテラス>を駆り、インナースペースに潜航し、脅威の解消に臨む。その『インナーミッション(INNER MISSION)』を擬似再現した有人稼働試験も最終局面に入る。
「LV6! パラメータ転送完了!」
「<アマテラス>活動限界領域……『集合無意識』界面ですね」
「うむ……"神仏"の領域の入り口じゃ……はたして御仏は我らに微笑みをくださるかの……」静かな微笑みの中で発せられた藤川の言葉の意味するところ……ニ十年来、彼の元で片腕を務めてきた東には良くわかる。それが心に重石のようにのしかかる。
「信じましょう……あの船と彼らを……」東は自身に言い聞かせるようにつぶやいていた。
「時空間レベル6へ到達! 現在PSIバリア出力最大!」ブリッジを揺さぶる激しい振動が、インナーノーツを弄ぶ。
「ティム! 機体制御! 機関最大!」
「やってます! が、舵が安定しません!」
悲鳴のような軋みをあげる船体。
「直人! ブラスター一番から三番のエネルギー供給カット。スラスタ制御に回す!」「は……はい!」
「ナオ、すまん! 早く頼む!」
「PSI-Link コントロール! ブラスター一番から三番供給カット! ……いいよ、ティム!」
「両舷スラスタ全開!」スラスタの反動でさらに大きく揺れるブリッジ。サニの目の前の時空間モニターは空間表示曲線が蛇のようにうねっていた。
「あたしゃ酔ってきたよぉ~~」サニは既に根をあげた。
しばらくすると、船体の振動が徐々におちついてくる。
「なんとか、うまくいったようね。直人、ティム。引き続き船体維持を優先!」乱れたブロンドの髪を整えながら、指示を出すカミラ。
「試験終了まで船内時間であと一〇分。それまで二人で持たせてちょうだい。アラン! データの方は?」
「レコーディング機能に支障は出ていない」アランは冷静に答える。
「くっそ、エネルギー供給バランス滅茶苦茶。戻ったらたんまり文句言ってやろーぜ」微妙なコントロールを続けながら悪態を吐くティムに苦笑するしかない直人。
「何事も初めて尽くし。想定しきれないこともあるわ」「それを明らかにするためのテストだ」カミラとアランの釘刺しに「冗談っすよ」とばかり、ティムが手振で答えたその時……
ブリッジが再度ガクンと揺れたかと思うと、けたたましい警告音が鳴り響き、ブリッジの各モニターをいくつもの真紅のアラート表示が埋め尽くしていった。
「な……なんなのよぉ~今度は⁉︎」
"船酔い"に自席のコンソールに打っ伏していたサニは驚きのあまりシートへ仰け反り返る。そこにシート両肩部のホールドアームが下がり、サニの身体をガッチリと固定した。(緊急時の対ショックホールド機能が作動)
「アラン!」カミラの指示より先に状況解析に取り掛かっているアラン。
「時空間計測がオーバーフローしている……まずいぞ!」
「IMCへ連絡! 至急、テストの中断を要……」
船体がさらに大きく揺れたかと思うと、クルーらの意識に強力な衝撃が走った。
「<アマテラス>応答せよ! <アマテラス>! カミラ!」IMCも同様のアラートに包まれている。先程まで<アマテラス>のブリッジを映していたモニターのウィドンドウには
——NO SIGNAL——
とだけ表示され、東の呼びかけに応答はない。
「緊急停止コード送信! 急げ!」東がアイリーンへ口早に命ずる。
「コード送信……ダメです! 受け付けません‼︎」
何も映らないモニターを黙って見つめていた藤川が口を開く。
「エントリーポートへの全エネルギー供給を物理遮断」「……そ……それではデータが……」
「構わん!」
「はっ! ……メカニック‼︎」東は緊急時に待機していた技術員の回線をつなぎ呼びかける。
「落とすぞ! せぇーの‼︎」東の呼びかけに、それが意味するところを即座に理解した技術員らは、六つのエネルギー供給大元を同時に落とした。
「擬似時空間エネルギー量降下します!」
<アマテラス>を包む光球は徐々に光の偏光を失っていくが、<アマテラス>の船影は確認できない。
「<アマテラス>は⁉︎」東が状況確認を求める。
「依然、反応捕捉できません!」アイリーンも動揺を隠しきれない。
藤川と東は<アマテラス>をそのうちに抱え込んだまま、生き物のように蠢く光球を固唾を飲んで見守る他なかった。
雷鳴が轟き、激しい嵐が巻き起こっている。
渦巻く波の中に呑み込まれている……いや、自分がその波の一部なのか……
ここは……どこ……皆は……
死ぬのか……そうか……死ぬんだ……
……………………
……きたい ……生きたい……
……貴方と……
……!! ……誰!?
何者かの姿が波間にフラッシュバックしたように現れたのも束の間、次々と襲いくる波間にかき消されていく。その瞬間、直人の左手に激しい痛みが走った。
「つっっ!」思わず左手を跳ね上げ、目を開ける直人。掌側の手袋の表面が焼け焦げている。先程までエネルギー供給バランスの制御の為、しきりに操作していたPSI-Linkモジュールが強烈に発光し、見た目でも高熱になっているのがわかる。オーバーヒートしているようだ……
軽く火傷を負った左手を庇いながらブリッジを見回すと、他のクルーらは皆気を失っている。モニターは、依然としてアラートの明滅を繰り返していた。
身体の中枢から湧き上がってくる自分の身体が自分のものではないような不快感が、また襲ってくる。直人は左手の痛みを頼りに、なんとか自己の身体の意識を保つ。
コンソール奥で赤い灯火を静かに守り続けていたemergencyトリガーが目に止まる。直人は、残った気力でコンソールに這いつくばると、その透明カバーの上から拳を縦にして叩きつけた。カバーの割れる鈍い音に続いて、トリガーのスイッチが押される手応えを感じると、機関の動作音が収束に向かうように切り替わり、それにともないモニターの映像もめまぐるしく変化していく。
薄れゆく意識の中、直人はモニターに映し出された映像に一瞬、目を奪われた。
巻き上がり、まぐわう蛇のような無数のエネルギーの奔流の渦。
その中心で卵のような球体の像が何重にも折り重なって振動している。
……あれは……
……地球……?
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。


【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】
一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。
しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。
ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。
以前投稿した短編
【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて
の連載版です。
連載するにあたり、短編は削除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる