INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第1章 誘い

胎動 2

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 PSI文明が隆盛を誇る一方で、文明の闇ともいうべきPSID(PSI DISASTER)、PSI シンドロームもまたその脅威を増していた。人類は未だこの脅威に対処する有効な手段を持たない。IN-PSIDは、この脅威に対処すべく、ニ十年の歳月をかけ、余剰次元有人探索活動艇PSI クラフト<アマテラス>を開発。インナーノーツは、そのクルーとして<アマテラス>を駆り、インナースペースに潜航し、脅威の解消に臨む。その『インナーミッション(INNER MISSION)』を擬似再現した有人稼働試験も最終局面に入る。
 
 
「LV6! パラメータ転送完了!」
 
「<アマテラス>活動限界領域……『集合無意識』界面ですね」
 
「うむ……"神仏"の領域の入り口じゃ……はたして御仏は我らに微笑みをくださるかの……」静かな微笑みの中で発せられた藤川の言葉の意味するところ……ニ十年来、彼の元で片腕を務めてきた東には良くわかる。それが心に重石のようにのしかかる。
 
「信じましょう……あの船と彼らを……」東は自身に言い聞かせるようにつぶやいていた。
 
 
「時空間レベル6へ到達! 現在PSIバリア出力最大!」ブリッジを揺さぶる激しい振動が、インナーノーツを弄ぶ。
 
「ティム! 機体制御! 機関最大!」
 
「やってます! が、舵が安定しません!」
 
 悲鳴のような軋みをあげる船体。
 
「直人! ブラスター一番から三番のエネルギー供給カット。スラスタ制御に回す!」「は……はい!」
 
「ナオ、すまん! 早く頼む!」
 
「PSI-Link コントロール! ブラスター一番から三番供給カット! ……いいよ、ティム!」
 
「両舷スラスタ全開!」スラスタの反動でさらに大きく揺れるブリッジ。サニの目の前の時空間モニターは空間表示曲線が蛇のようにうねっていた。
 
「あたしゃ酔ってきたよぉ~~」サニは既に根をあげた。
 
 しばらくすると、船体の振動が徐々におちついてくる。
 
「なんとか、うまくいったようね。直人、ティム。引き続き船体維持を優先!」乱れたブロンドの髪を整えながら、指示を出すカミラ。
 
「試験終了まで船内時間であと一〇分。それまで二人で持たせてちょうだい。アラン! データの方は?」
 
「レコーディング機能に支障は出ていない」アランは冷静に答える。
 
「くっそ、エネルギー供給バランス滅茶苦茶。戻ったらたんまり文句言ってやろーぜ」微妙なコントロールを続けながら悪態を吐くティムに苦笑するしかない直人。
 
「何事も初めて尽くし。想定しきれないこともあるわ」「それを明らかにするためのテストだ」カミラとアランの釘刺し・・・に「冗談っすよ」とばかり、ティムが手振で答えたその時……
 
 ブリッジが再度ガクンと揺れたかと思うと、けたたましい警告音が鳴り響き、ブリッジの各モニターをいくつもの真紅のアラート表示が埋め尽くしていった。
 
「な……なんなのよぉ~今度は⁉︎」
 
 "船酔い"に自席のコンソールに打っ伏していたサニは驚きのあまりシートへ仰け反り返る。そこにシート両肩部のホールドアームが下がり、サニの身体をガッチリと固定した。(緊急時の対ショックホールド機能が作動)
 
「アラン!」カミラの指示より先に状況解析に取り掛かっているアラン。
 
「時空間計測がオーバーフローしている……まずいぞ!」
 
「IMCへ連絡! 至急、テストの中断を要……」
 
 船体がさらに大きく揺れたかと思うと、クルーらの意識に強力な衝撃が走った。
 
「<アマテラス>応答せよ! <アマテラス>! カミラ!」IMCも同様のアラートに包まれている。先程まで<アマテラス>のブリッジを映していたモニターのウィドンドウには
 
 ——NO SIGNAL——
 
 とだけ表示され、東の呼びかけに応答はない。
 
「緊急停止コード送信! 急げ!」東がアイリーンへ口早に命ずる。
 
「コード送信……ダメです! 受け付けません‼︎」
 
 何も映らないモニターを黙って見つめていた藤川が口を開く。
 
「エントリーポートへの全エネルギー供給を物理遮断」「……そ……それではデータが……」
 
「構わん!」
 
「はっ! ……メカニック‼︎」東は緊急時に待機していた技術員の回線をつなぎ呼びかける。
 
「落とすぞ! せぇーの‼︎」東の呼びかけに、それが意味するところを即座に理解した技術員らは、六つのエネルギー供給大元を同時に落とした。
 
「擬似時空間エネルギー量降下します!」
 
 <アマテラス>を包む光球は徐々に光の偏光を失っていくが、<アマテラス>の船影は確認できない。
 
「<アマテラス>は⁉︎」東が状況確認を求める。
 
「依然、反応捕捉できません!」アイリーンも動揺を隠しきれない。
 
 藤川と東は<アマテラス>をそのうちに抱え込んだまま、生き物のように蠢く光球を固唾を飲んで見守る他なかった。
   
       
 雷鳴が轟き、激しい嵐が巻き起こっている。
 
 渦巻く波の中に呑み込まれている……いや、自分がその波の一部なのか……
 
 ここは……どこ……皆は……
 
 死ぬのか……そうか……死ぬんだ……
 
 
 ……………………
 
 ……きたい  ……生きたい……
 
 ……貴方と……
 
 
 ……!! ……誰!?
 
 
 何者かの姿が波間にフラッシュバックしたように現れたのも束の間、次々と襲いくる波間にかき消されていく。その瞬間、直人の左手に激しい痛みが走った。
 
「つっっ!」思わず左手を跳ね上げ、目を開ける直人。掌側の手袋の表面が焼け焦げている。先程までエネルギー供給バランスの制御の為、しきりに操作していたPSI-Linkモジュールが強烈に発光し、見た目でも高熱になっているのがわかる。オーバーヒートしているようだ……
 
 軽く火傷を負った左手を庇いながらブリッジを見回すと、他のクルーらは皆気を失っている。モニターは、依然としてアラートの明滅を繰り返していた。
 
 身体の中枢から湧き上がってくる自分の身体が自分のものではないような不快感が、また襲ってくる。直人は左手の痛みを頼りに、なんとか自己の身体の意識を保つ。
 
 コンソール奥で赤い灯火を静かに守り続けていたemergencyトリガーが目に止まる。直人は、残った気力でコンソールに這いつくばると、その透明カバーの上から拳を縦にして叩きつけた。カバーの割れる鈍い音に続いて、トリガーのスイッチが押される手応えを感じると、機関の動作音が収束に向かうように切り替わり、それにともないモニターの映像もめまぐるしく変化していく。
 
 薄れゆく意識の中、直人はモニターに映し出された映像に一瞬、目を奪われた。
 
 巻き上がり、まぐわう蛇のような無数のエネルギーの奔流の渦。
 
 その中心で卵のような球体の像が何重にも折り重なって振動している。
 
 ……あれは……
 
 ……地球……?
 
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