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第1章 誘い
生と死の狭間で 1
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赤く明滅する数個のモニター。大量の機材が雑然と並べられた、こじんまりとした部屋だ。
いくつかの機材は床に転がったり、倒されたままになっている。大きな衝撃がこの部屋を揺さぶり、かき乱した直後だった。今稼動している機材は、おそらく使えるものを急拵えで復旧したものだろう。
白衣を着込んだ、まだ学生上がりのような青年……そして、その隣で彼をサポートする、中年の西洋人らしき技術者……
二人はモニター越しに、何者かに厳しい口調で呼びかけている。
あ……東くん、アル? ……
くっ……身体が重い……熱い……
『コウ! 駄目よ! 傷口が!!』
貴美子? そこにいるのは貴美子か?
白髪に染まり切る前の黒髪がまだチラホラ見える。
『セ……センター長!』『コーゾー! こっちは任せろ』
警報が鳴りわたっている。
うっ……なんだ……これは?
立ち上がろうとしても身体が動かない。引き裂かれ、押しつぶされたような感覚に、思わず左手で、左脚の太ももを庇う……
短パンより短く切り取られたズボンの裾から、包帯と固定具で固められた左脚が覗く。応急処置そこそこで、傷口も塞がっていない。包帯の赤い滲みが、ジワジワと広がっていた。
貴美子が、持ち込んだ救急道具を拡げ、再手当ての準備をしている。
揺れている……地震?
そうだ、地震だ……まだ余震が続いている。
そうか……ここは、あの時の……
振動で藤川は、身体が流されるのを感じる。車椅子に乗せられているのだと気付く。
『コウ!』貴美子は揺れる余震で、道具が散乱しそうになるのを咄嗟に食い止めた為、身動きが取れない。アルベルトは、崩れそうになる機材の山を、必死で押し留めている。
『センター長!』東が機敏に走り寄り、転がりかけた車椅子を支えた。
『ハァ……ハァ……んぐ……』今の揺れに、思わず力んだせいか、さらに傷口が広がったようだ……呼吸が乱れる。『ハァ……東くん……ハァ……誘導ビーコンと、PSI パルスデータ転送を……最大出力で送信し続けるのだ……』
若者は、縋るような目で見つめてくる。藤川は、その腕を右手で掴み、力を込めた。
『いいか……絶対に諦めるな。……ハァ……ハァ……同調を回復させられれば……必ず……必ず帰還させるんだ……んぐっ!』
貴美子が駆け寄り、血の滲んだ包帯を切り裂く。露わになった傷口の、再縫合に取り掛かろうとしていた。東が、呆然となって、自分の顔を覗き込んでいる。
『何をしている! 急げ!』『は……はい!』
東は再びモニターに駆け戻り、自分への指示を遂行する。それをアルベルトが機材の修復と、プログラムの再構築を神業と言うべき手捌きでこなし、サポートし続けた。
二人の背中、それを赤く照らすモニターに、白いモヤが降りる。
『コウ! しっかりして、コウ!』妻の声も遠くなっていく……。
こんな……こんな傷で。私は、私は!
『……帰って来い……なお……や……』
「おじいちゃん! しっかりして! おじいちゃん!」
視界が戻ってくると、孫娘が心配と不安の表情で覗き込んでいた。その表情が、貴美子と重なる。
「所長!」東、他IMCのスタッフらも、藤川の身を案じている。
藤川は、補助杖に力を込め、ゆっくりと膝を上げる。真世がすかさず肩を貸し、藤川を支えた。
そのままゆっくりと、真世に付き添われながら、卓状モニターの前にある席に戻る。
「ありがとう、真世。古傷が痛んだだけだ……大丈夫」
「おじいちゃん……」思いのほか、意識も足どりもしっかりしている藤川に、真世は安堵の笑みを浮かべた。
「コウ! いったい何があったの? 真世!?」
真世の席から、彼女と先程から連絡を取っていた貴美子が、状況を把握しかね、不安の声を上げていた。
「大丈夫だ……貴美子」藤川は、真世の席のモニターに映る貴美子に声を投げかける。「そう……ならいいけど……」と、貴美子は声を和らげて言った。
真世が席に戻ると、「もう歳なんだから……」「……あの後、再生治療をちゃんと受けていれば……」「お爺ちゃんから目を離さないで……」などと、貴美子が、愚痴やら言付けを、真世に捲し立てているのが聞こえる。
IMCの一同も、ホッと胸を撫で下ろした。だが、状況は依然、深刻である。
「東くん、現状の再確認だ」「は、はい」
東は、IMC南側壁面の大型パネルに、卓状モニターの映像を連動させ映し出す。そのまま彼は、卓状モニターに自動解析、グラフィック化された時空間模式図を表示した。東は、卓状モニターの方で、手にしたポインターで模式図を動かしながら、説明を進める。
そこには低気圧か、鳴門の渦潮を思わせるような、巨大な渦状の図形が広がった。東の説明によると表層無意識でも観測された波打ち現象は、刻一刻と変化し、表層無意識から深層無意識へと穿たれた、穴のような裂け目を中心とする、螺旋運動へと変化している。
「まるでブラックホールだな……」
「はい、このホールは、亜夢の魂が表層、深層共に感知し得ない、一種の時空間断層となっています」
東は、硬直した表情のまま一旦言葉を区切り、再び静かに口を開いた。
「……<アマテラス>の信号はこのホールの中心にインナーチャイルド諸共、引き込まれました……。脱出の手段は、おそらく……」
東は目を伏せる。IMCの一同も、歯を食いしばり、溢れ出すものを堪えている。真世は、そんな彼らにかける言葉もない。
……風間くん、皆んな……無事に帰ってきて……
自身のコンソールモニターに向き直った真世は、心の中で静かに祈っていた。
……おぉやだ、この女、虫唾が走るわ……
そんな真世の心の動きを、冷ややかに見つめる目。真世に取り憑いた女式神、彩女は、彼女の祈りにあからさまな嫌悪感を持ちながら、彼女の観ている風景を覗き見ている。その存在に、真世はまだ気付いてはいない。
彩女の視線は、モニターに投影されている、保護カプセルに収容された亜夢に向く。
……ふぅん……この娘の心にも隙間がある、というわけかい。……おもしろい。お手並み拝見といこうじゃないか……
いくつかの機材は床に転がったり、倒されたままになっている。大きな衝撃がこの部屋を揺さぶり、かき乱した直後だった。今稼動している機材は、おそらく使えるものを急拵えで復旧したものだろう。
白衣を着込んだ、まだ学生上がりのような青年……そして、その隣で彼をサポートする、中年の西洋人らしき技術者……
二人はモニター越しに、何者かに厳しい口調で呼びかけている。
あ……東くん、アル? ……
くっ……身体が重い……熱い……
『コウ! 駄目よ! 傷口が!!』
貴美子? そこにいるのは貴美子か?
白髪に染まり切る前の黒髪がまだチラホラ見える。
『セ……センター長!』『コーゾー! こっちは任せろ』
警報が鳴りわたっている。
うっ……なんだ……これは?
立ち上がろうとしても身体が動かない。引き裂かれ、押しつぶされたような感覚に、思わず左手で、左脚の太ももを庇う……
短パンより短く切り取られたズボンの裾から、包帯と固定具で固められた左脚が覗く。応急処置そこそこで、傷口も塞がっていない。包帯の赤い滲みが、ジワジワと広がっていた。
貴美子が、持ち込んだ救急道具を拡げ、再手当ての準備をしている。
揺れている……地震?
そうだ、地震だ……まだ余震が続いている。
そうか……ここは、あの時の……
振動で藤川は、身体が流されるのを感じる。車椅子に乗せられているのだと気付く。
『コウ!』貴美子は揺れる余震で、道具が散乱しそうになるのを咄嗟に食い止めた為、身動きが取れない。アルベルトは、崩れそうになる機材の山を、必死で押し留めている。
『センター長!』東が機敏に走り寄り、転がりかけた車椅子を支えた。
『ハァ……ハァ……んぐ……』今の揺れに、思わず力んだせいか、さらに傷口が広がったようだ……呼吸が乱れる。『ハァ……東くん……ハァ……誘導ビーコンと、PSI パルスデータ転送を……最大出力で送信し続けるのだ……』
若者は、縋るような目で見つめてくる。藤川は、その腕を右手で掴み、力を込めた。
『いいか……絶対に諦めるな。……ハァ……ハァ……同調を回復させられれば……必ず……必ず帰還させるんだ……んぐっ!』
貴美子が駆け寄り、血の滲んだ包帯を切り裂く。露わになった傷口の、再縫合に取り掛かろうとしていた。東が、呆然となって、自分の顔を覗き込んでいる。
『何をしている! 急げ!』『は……はい!』
東は再びモニターに駆け戻り、自分への指示を遂行する。それをアルベルトが機材の修復と、プログラムの再構築を神業と言うべき手捌きでこなし、サポートし続けた。
二人の背中、それを赤く照らすモニターに、白いモヤが降りる。
『コウ! しっかりして、コウ!』妻の声も遠くなっていく……。
こんな……こんな傷で。私は、私は!
『……帰って来い……なお……や……』
「おじいちゃん! しっかりして! おじいちゃん!」
視界が戻ってくると、孫娘が心配と不安の表情で覗き込んでいた。その表情が、貴美子と重なる。
「所長!」東、他IMCのスタッフらも、藤川の身を案じている。
藤川は、補助杖に力を込め、ゆっくりと膝を上げる。真世がすかさず肩を貸し、藤川を支えた。
そのままゆっくりと、真世に付き添われながら、卓状モニターの前にある席に戻る。
「ありがとう、真世。古傷が痛んだだけだ……大丈夫」
「おじいちゃん……」思いのほか、意識も足どりもしっかりしている藤川に、真世は安堵の笑みを浮かべた。
「コウ! いったい何があったの? 真世!?」
真世の席から、彼女と先程から連絡を取っていた貴美子が、状況を把握しかね、不安の声を上げていた。
「大丈夫だ……貴美子」藤川は、真世の席のモニターに映る貴美子に声を投げかける。「そう……ならいいけど……」と、貴美子は声を和らげて言った。
真世が席に戻ると、「もう歳なんだから……」「……あの後、再生治療をちゃんと受けていれば……」「お爺ちゃんから目を離さないで……」などと、貴美子が、愚痴やら言付けを、真世に捲し立てているのが聞こえる。
IMCの一同も、ホッと胸を撫で下ろした。だが、状況は依然、深刻である。
「東くん、現状の再確認だ」「は、はい」
東は、IMC南側壁面の大型パネルに、卓状モニターの映像を連動させ映し出す。そのまま彼は、卓状モニターに自動解析、グラフィック化された時空間模式図を表示した。東は、卓状モニターの方で、手にしたポインターで模式図を動かしながら、説明を進める。
そこには低気圧か、鳴門の渦潮を思わせるような、巨大な渦状の図形が広がった。東の説明によると表層無意識でも観測された波打ち現象は、刻一刻と変化し、表層無意識から深層無意識へと穿たれた、穴のような裂け目を中心とする、螺旋運動へと変化している。
「まるでブラックホールだな……」
「はい、このホールは、亜夢の魂が表層、深層共に感知し得ない、一種の時空間断層となっています」
東は、硬直した表情のまま一旦言葉を区切り、再び静かに口を開いた。
「……<アマテラス>の信号はこのホールの中心にインナーチャイルド諸共、引き込まれました……。脱出の手段は、おそらく……」
東は目を伏せる。IMCの一同も、歯を食いしばり、溢れ出すものを堪えている。真世は、そんな彼らにかける言葉もない。
……風間くん、皆んな……無事に帰ってきて……
自身のコンソールモニターに向き直った真世は、心の中で静かに祈っていた。
……おぉやだ、この女、虫唾が走るわ……
そんな真世の心の動きを、冷ややかに見つめる目。真世に取り憑いた女式神、彩女は、彼女の祈りにあからさまな嫌悪感を持ちながら、彼女の観ている風景を覗き見ている。その存在に、真世はまだ気付いてはいない。
彩女の視線は、モニターに投影されている、保護カプセルに収容された亜夢に向く。
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