Heavens Gate

酸性元素

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終末編

孤独に触れる

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「……んじゃ、行ってくるわ。」
ケインはクレアの亡骸を土に埋めると、ジハイドの後についていった。
それは、何時間にも及ぶ大移動だった。
やがて水も枯渇し、意識が朦朧とし始めたころ、ジハイドは足を止めた。
「ここだ、止まれ。」
彼が止まったのは、何の変哲もないゴミの山だった。
「あー……精神病んで幻覚でも起こしたのか?」
「馬鹿野郎、元から俺は狂ってんだよ。ほれ、ここにある。」
ジハイドはゴミの山を掻き分ける。するとその中には、奥へと通ずる穴が開かれていた。一同はジハイドに続くように、穴の中へと入っていく。
「うおおおおお…滑る滑る…!…イテ!」
滑り落ちた先にあったのは、巨大なシェルターだった。
そこには何百人にも及ぶ避難民の住居が広がっており、それぞれが武器を持っていた。
「これは…」
「…やあ、レド。」
デボラが一堂を出迎える。
「あれ…あのエセ魔法科学者は…?」
彼女の問いに、彼らは誰も答えられなかった。
「そっか……そういう事か。」
思わず彼女は目を逸らす。
「ようやく見つかったか…。悲しい話はあとじゃ、来い。」
彼女の隣から、杖をついた老人が現れる。
「ケビンさん…!」
レドはケビンに駆け寄る。
「ここは安全じゃ、もおらんじゃろうて。…レド君、そしてケイン.クロシキ君じゃな?来い。」
老人はテントへ手招きする。2人はついていった。

「さて…奴らが動き出した事について話そうか。」
「奴ら…というと…まさか…」
「ああ、単刀直入に言おう。今回の崩壊を引き起こしたのは奴らじゃ。」
「!」
2人は、なにも言葉が出なかった。
ケインとて、全貌が分かっておらずとも、その内容の重大さは理解できていた。
「つまり…これは黒幕がいる…と?」
「そうじゃ、ケイン君。君に話したのは他でもない、君に奴らとの繋がりの可能性がないからじゃ。」
「可能性がない?」
「ああ…奴らの正体は即ち、『人造人間《ホムンクルス》」じゃ。」
「ホムン…クルス?」
「デウス.エクス.マキナ…奴らの操った謎の人型の敵がおったじゃろう?」
レドは思い出した。塔の下層にいた、増殖する人型。
「奴らは人間社会に溶け込んでおる。…ここにいるもの達の中にも、な。」
「じゃあ待ってください。……もし正体を表したら。」
「ああ…残らず殺す。
…奴らを見破る方法は、正直言って存在しない。
何故なら、本人達にも自覚はないからの。嘘をついているのではなく、そもそも知らない。気付かぬところで人造人間にされておる。
唯一なのは、ワシの魔眼のみじゃ。
ケイン君、レド君。君たちの目には曇りがない。
本人の自覚があろうとなかろうと、何かが隠されている場合は目が反応する。」
「なるほど…誰しも隠し事はあるもんな。その反応が人造人間による者なのかな見分けはつかない、と。」
「ああ、そうじゃ。……ここに入るものには、全て小型爆弾をつけさせてもらった。
……正体を表した途端に爆発するように仕掛けられておる。」
「……!」
ケインは立ち上がる。
「仕方のない事じゃ。見破れん以上、そうするしかないからの。
…既に魔兵軍、および民間人の4割には秘密裏に仕掛けさせてもらった。」
「………クソ!どうなってんだよ全く!」
話の理解ができず、ケインは拳を地面に打ちつけた。
「理解できぬ気わかる…じゃが事実じゃ。
……さあ、出て来い。」
ケビンの合図と共に、奥から何者かが顔を出した。
「アンタ達は…!」

「アダムさん…!それは…」
いまだ寝たままの少女を指差し、ニッシュはアダムに詰め寄る。
「ああ…人間のガキだ。」
「なんで人間なんか助けたんですか!……奴らが俺たちになにをしたか。」
「分かっている…分かってんだよそんな事は……!俺にも分からねえ…ただ…見捨てたらいけない、そんな気がしたんだ。」
「……俺は嫌ですからね、これでみんなが犬死になるなんて。
殺すべきだと最後まで言いづけます。」
「……」
ニッシュはその場を後にする。
「う…ん。」
少女はゆっくりと目を覚ました。
「…起きたか。」
「ひっ…!」
少女はアダムを見るなり、恐怖を顔に浮かべ、部屋の隅へと逃げる。
「食事は後で持ってくる。……好きなときに食え。」
アダムはただ一言そう言うと、彼女に背を向け、監視へと戻った。
「わ、私をどうするつもりなんですか…!」
「どうもしない!」
「貴方は…お父さんとお母さんを殺した…!」
少女は、床に落ちた銃を拾い上げると、アダムに向けた。
「……好きにしろ、撃ちたけりゃ撃て。
代わりにここにいる奴らは皆飢えて死ぬがな。」
「……!」
少女はゆっくりと腕を下ろす。
「仲間は全員死んだ。……しかも兵もろくにいないからな、増員を渡す余裕も今はない。」
「何で…助けたんですか?」
「分からん。俺にも、な。」
2人の間にしばらく沈黙が広がった。
そして日が沈み、夜を迎える。
「……なんで寝ない?」
「だって…一日中いるんでしょう?魔族も寝ないといけないって聞いたので…代わりに私が…」
「いらねえ!さっさと寝ろってんだよ!お前の立場は人間の捕虜だ!忘れるな!」
「だって…貴方ずっと…ずっと悲しそうな顔してるじゃないですか。」
「…!」
自分の何処かを見透かされた。そう勘づいたアダムは、思わず彼女から距離をとった。
そして次の日、魔族の子供達と離れた場所で、少女は食事を取っていた。
「ねえ…おじさん。なんであんな人間がいるの?」
「それは…」
無垢な子供の質問にも、アダムは答えられなかった。
すると、突然巨大な揺れが起こる。
「なんだ…?!地震…?!」
巨大な揺れにより、彼らの住居は倒壊を始める。
「クソ…!この!」
アダムは魔能力を発動し、そこにいる子供達を外へ避難させていく。だが、倒壊する建物にまで気を配ることは出来ない。建物の瓦礫を体で受け止めると、張り裂けんばかりの声で叫ぶ。
「早く!!逃げろ!!」
逃げ惑う少女は、見てしまった。逃げ遅れた子供の姿を。
「……!」
気づけば、少女は走り出していた。
瓦礫の隙間を通り抜け、子供を自身の体で守った。
彼女の体に、瓦礫が降り注いだ。
「……!おい!大丈夫か!おい!」
アダムは瓦礫をかき分け、少女の姿を探す。
もう、見ているだけなんて嫌だ。これ以上誰も失いたくない。
「はあ…はあ……良かった…」
瓦礫と瓦礫の隙間の空間に、彼女達は挟まっていた。

「何で今日、あんな無茶したんだ?」
その日の夜、アダムは何となく、彼女に聞いてみた。
「何となく…です。理由なんかないです。魔族さんこそ…無茶ばっかりして…」
「無茶くらいするさ。そういう役割だからな。」
「役割って……そうやって無理するから…」
「どうしてそう思う?」
少女は語り始めた。昨日までの自身の過去を。
両親とは、一つの住居で、他の住民と共同で暮らしていた。
それをそこにいた魔道兵は、食糧が尽きると、自身の為のものを分け与えた。それなのに、周囲の人々は魔道兵への不満を日々募らせていくばかり。わたしにはわからなかった。
そして結局、魔族に殺された。軍でも何でもない、魔族の盗賊。ただ気に入らないという理由と、食料があるという理由で殺された。
「そうか……」
アダムは何も言えなかった。苦し紛れに出た質問を、彼女に投げかける。
「歳は幾つだ…?」
「12歳です。」
12歳。まさに自分の両親が殺された歳だった。
「そうか…12か。お前と同じ歳の頃、俺も親を殺されたよ。」
ポツリ、ポツリと、アダムは自身の過去を語った。
「どうだ…?降らないだろう。」
彼女の方を見る。すると、彼女の頬から、涙が伝っていた。
「な…?!何故泣く!泣くほどの事じゃ…」
「なんか…私わかって無かったんだなあ。
魔族さんも私も…やってる事は同じなんだ。」
アダムは理解できなかった。立場もなにもかも違う相手に、なぜこうも涙できるのだ。
「人間とは……こうも涙を流せるのか?誰とも知らぬ相手に感情移入できる生き物なのか…?」
今まで、ただ文句ばかりを垂れ流す野蛮な生き物だと思っていた。だが、そうじゃなかった。そうではないと気づいた。
「そうか……お前達人間は、そうじゃないのか。
見知らぬ誰かの為に感情を働かせられる、そういう者なんだな。」
魔族は同族同士でしか馴れ合わない。つまりそれは、周辺しか見えないということ。
人間はあらゆる事で歪み合う。それはつまり、あらゆる事が見えているということ。
彼女のいう通りだ。やっている事は同じ。なにも変わらない、と言うわけではない。それでも、同じ生き物なんだ。
「お前の‥名前は?」
「シーラ。」
「そうか…良い名だ。」
自分の過去と決別したわけではない。掬われたわけでもない。それでも、彼女の涙が彼を変えた気がした。

「おい!こっち来なよ。」
離れて食事を共にしていたシーラに、ニッシュは手招きした。
「え…」
「人間を認めたわけじゃない…だけど君は認めるよ。」
彼は優しい笑顔を浮かべ、そう言った。


その様子を、何者かが遠くから見ていた。
「人間が……魔族と共にいる?早く避難を…!」
「待って、ヘルガちゃん。僕らの目的はそれじゃない。
彼らとの交渉だ。」
ノーマンは立ち上がると、双眼鏡を鞄にしまった。
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