Heavens Gate

酸性元素

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剣豪編

誰のために

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「くそ…この野郎…オラァ!」
サスケは勢いよく結界に拳を振る。
だが、結界にあたるはずだった彼の拳は空を切り、サスケはバランスを崩した。
「ぐぇぇぇ!痛ってえええええ……!ん?結界が解けてる!」
「よ、待たせたな。」
その場に蹲るサスケの元に、何処からか現れたケインは駆け寄った。
「あれ?ケインお前…なんとかアイツを撒いたのか?」
「ああ、いや。俺が倒した。」
「は?」
ありえない。アレほどの怪物を打倒したと言うのか?
そうだ、よく見てみればこの男、明らかに雰囲気が違う。それも決定的なまでに。サスケはケインに、底しれない恐怖を抱き、一歩後退った。
「さーてさてさて…さっさと解放しちまおーぜ、こいつ。」
ケインは軽快な口調で花織を指さした。
「お前…本当にケインか?」
「あーそうだが?まあ…なんだ?色々と吹っ切れたっつー奴?自分勝手に他人を助けようっつー気概が身についたっつーか…まあいーのいーのそう言う細かいとこは!」
「………」
そうか、お前は行ってしまったんだな、そこに。どこかせつなげな表情で、サスケはケインを見る。
「…!」
すると、突然巨大な揺れが起こる。

「お…ごごごごご…」
周囲の怪物たちがうめき声を上げていく。
「なんだ?」
「これは…まずい、離れた前!」
クレアが叫び、その場にいた全員は怪物から距離を取る。
その直後、怪物たちの体が膨張し、何者かに吸収されるかのように、その体が消失を始めた。
「これは…!」
一同は、怪物たちの体の向かう方向に視線を移す。
バキバキ、と屋根を破壊し、巨大な何者かが咆哮を上げる。
その姿は、巨大な首を8つ持つ蛇だった。
「これは…八岐大蛇かいな!羽咲……やりおったな!」
貞能は舌打ちをする。
「なるほど…最後の保険というわけか!」
クレアは笑みを浮かべつつ、八岐大蛇に向けて銃撃を乱射した。だが、その銃撃は、全て魔力の壁に相殺されてしまった。
「まずい……これ街に向かいますよ。」
レドはシャーロットに視線を移す。
「おいおい、俺にやれってのか?あの壁に俺の魔法が一瞬でも阻まれたら、それが周囲に散って更に被害出るぞ?」
彼女は腕を組みながら答える。
魔力感知に疎いレドでさえも、目の前の怪物の放つ魔力を感じ取ることができた。これを野放しにするわけにはいかない。
何か、有効な手段はないのだろうか……

「オラァ!」
八岐大蛇はケインに蹴り飛ばされる。だが、それは吹き飛ばされる事もなく、即座に反撃を繰り出した。
「うーん…吸い込んどこ!」
八岐大蛇の真上に穴が空き、周囲のものを吸い込み始める。
「ケイン氏…なのか?」
クレアはゴクリと息を呑む。
「あいつ…化けたな。」
シャーロットは、満足げな表情を浮かべる。
だが、レドの表情は一才変わる事はなかった。
「……ダメだ、あれじゃ。」
八岐大蛇は、その膨大な重力を意にも介さず、ケインに牙を突き立てた。
「うお?!」
彼は咄嗟にガードをとり、牙を受け止める。
「コンニャロ…どうすっかな…これ以上被害出すのもなあ…」
腕の怪我を治療しつつ、ケインは独り言を漏らす。
「天叢雲剣やないとあかん。」
貞能がポロリと口に出した言葉を耳にした一同は、一斉に後ろを向く。
「おいどう言うことだ?」
「ようは花織ちゃんやないとあかんねん。あの娘、天叢雲剣の力を吸収しとる。」
ケインは花織の元へと走り出した。
「あ、おいケイン!」
シャーロットの声にも耳を貸さず、地下室へと彼は飛び込んだ。


「おい、花織。起きろ。今八岐大蛇とか言う奴が出てやがる。」
ケインは花織についた鎖を解き、しゃがみ込むと、彼女の肩を擦った。
「私…は……良いんです。どうせ今回も力になれない。足手纏いになる。私がいなくても…」
「ばーか。お前を足手纏いだと思った事なんかねえよ。
お前が俺の前で泣いたあの日から、ずっとお前は俺の仲間だ。信じるぞ、花織。俺はお前を信じてみせる。俺の為に、お前を信じる。
だから立て。立って戦え。」
「……」
「んじゃ、待ってるからな。」
ケインはそう言うと、地下室の壁に開いた穴から出ていった。
「誰かに嘘をついて、誰かに助けられて、その人生の繰り返しだった。私が誰かを救った事なんかない。……なのに、私に何が…」
「それは違います、花織様。」
サスケは花織の前に座る。
「…?」
「貴方は多くの人を救ってきた。貴方の優しさが、ケインを、そして俺を救ってきた。
俺は貴方が何も救わないなんて事は許さない。これは使える身としてでの意見ではなく、俺個人の意見です。貴方が人々を救ってきたから、こうして多くの人が突き動かされた。
貴方はもう、人に優しくいる以外に生き方なんかないんだ。
だから、これからも救い続けなきゃいけない。
嘘をついていようが、助けられようが、そんな事は知った事じゃない。立ち上がれ、玄式花織!貴方が兄に憧れたその時から、これは決まったことなんだ!貴方の使命は他でもない!その優しさだ。」
花織はヨロヨロと立ち上がる。
刀を手に取り、飛び上がる。
どうすれば良いかなんてわからない。だけど、これだけは本当だ。私は、人を救いたい。誰かの為に生き続けたい。
彼が自分の為に人を救うなら、他人のために人を救って見せる。

突然飛び込んできた花織によって、ドゴン、と八岐大蛇は後ろへ倒される。
「グオオオオオオオオ!」
八岐大蛇は体勢を立て直し、彼女へと突進した。
咄嗟に彼女はその攻撃を受け止め、そのまま住宅街へと吹き飛ばされた。
「くっ…!」
既に彼女は満身創痍。本来立つ余裕すらない体である。
「待て待て、下がってな。」
何者かが、彼女の肩に手を置いた。
「…?」
修道服を着た女。そして、白衣を身に包んだ女、猫背の少年。そして、黒髪で長身の男。その4人が立っていた。
「ドラゴンクロウ、ここに揃ったな。」
シャーロットの言葉に続くように、一同は武器を構える。
「レドとクレアは防壁を貼れ。俺とケインはこいつを足止めする。
花織、トドメは任せたぞ。」
一同は一斉に飛び出した。
花織はそれに続くように、刀を引き抜く。
『不思議な気分だ……なんだろう、この感覚。』
レドとクレアは防壁を展開しつつ、両脇から砲撃を放つ。
視界を塞がれた八岐大蛇はその場を蠢き始める。
「よっしゃ、行くぞケイン!」
「はいよ!」
ケインの黒い質量の玉、そしてシャーロットの白い魔能力の玉が、空中でぶつかり合った。シャーロットの巨大な爆風をケインの魔能力が吸収し、その衝撃のみを八岐大蛇に伝える。天体規模にまで膨れ上がったその衝撃に、八岐大蛇は硬直する。
「行け!花織!」
ケインの指示が聞こえると同時に、花織は前に飛び出した。
「花織ちゃん…それの正体…分かっとんのやろ?それでも進むんやな…実の父を手にかけてでも進むんやな。
あーあ、叶わんわ、俺には。」
貞能は肩をすくめ、独り言を呟いた。
花織は刀を振り下ろす。8つの首を、一度に斬る。
だが、8つの首は彼女が魔能力を発動する直前に、防壁を展開してしまった。
これでは、斬る過程を飛ばせない。途中で阻まれてしまう。
だが、進む。ここで辞めたらいけない。そんな気がする。
彼女はそれでも刃を振るう。それしか彼女に残されていないのだから。
すると、その視界に変化が訪れた。本来彼女が魔能力を発動する場合、斬り始めてから斬り終わるまでの意識は無い。だが、静止した世界の中で、彼女は未だ意識を保っていたのである。
ウジャトの魔眼…
あらゆるものを見通し、介入不可能な領域への介入も可能とする。即ち、にでさえも介入ができると言うこと。
天叢雲剣による魔力に乗せられ、彼女の潜在能力が覚醒した。
「玄式流.洛陽臨月.朧の舞らくようりんげつ.おぼろのまい。」
天叢雲剣の魔力を得た彼女が成せる技。削る斬撃と、聖なる魔力を合わせた、
花織は体重を刀に乗せ、8つの首を全て切断した。
「さようなら…お父様。」
天を見上げながら、花織はポツリと呟いた。


そうして、いよいよ玄式は解体された。
貞能は連行される前にどこかに行ってしまった。
ただ、
『またどこかで会いましょ』
などと言う置き手紙が用意されていたので、元気でやれそうな気はする。
サスケは、忍者をやめて普通の社会人として生きるのだそう。
「だってぶっちゃけ忍者とかしんどいかったし…あ、連絡先来れな。」
ちゃっかり渡された電話番号は使い道があるのだろうか、と思いながらも、ポケットにしまった。
「ケインさん…その、嬉しかったです。あの時の言葉。」
帰りの飛行機で、花織は俺に照れくさそうな顔で言った。
「あ?……なんだってそれ。」
覚えていなかったのでそう答えた。
すると突然彼女は刀を抜き、俺の首元へと振り上げた。
「おいおいおい…ちょっと待てってこの野郎!うわあああ!」
他の乗客の冷めた目線はなんのその、キャビンアペンダントに注意されるまで、俺たちはしばらくもみくちゃになっていた。
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