Heavens Gate

酸性元素

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地獄編

さようならの声を

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「が…!あ…!はあ…はあ…!」
ジャニスは言葉を発しようとするが、一言も喋ることができない。顎が砕かれたのだ。
「ああ…思い出した思い出した。僕猫アレルギーなんだ。だからかなあ、ちょっと肌質が悪い。」
ヴェルサスは何気なく呟くような態度を見せる。
「舐め…やがって!」
砲台約3000台、傭兵300人。持ちうる限りの戦力をここに使う。これで……
彼女が勝利を確信した瞬間、それら全ては塔の上部ごと吹き飛ばされた。その間、わずか0.3秒。
外気が急激に雪崩れ込み、彼女はバランスを崩す。
「ひっ…!」
尻餅をついたジャニスを、ヴェルサスは見下ろした。
影のかかったその表情は、彼女により一層恐怖を植え付けた。
先程までの殺意はどこにも無い。彼女が取った次の行動は逃走の二文字。
『どう言う原理かは知らないが…どうせこっちの存在なんて消えちまえば分からないにゃ!戦力は使い果たしたけど…きっとまだミーの存在意義は…!』
彼女の隣に、狼の顔が迫っていた。
「は?」
凄まじい衝撃が彼女を襲う。
彼女の体は3つのビルを貫通し、コンクリートの壁に叩きつけられた。
ヴェルサスの振り上げた方向は、衝撃波により全て削り取られる。
『そんな…どうして…。強すぎる。』
ジャニスはヴェルサスを見る。
「何故ついてこれたか、って感じだね。簡単だよ。
 。ただそれだけ。
まあ所謂魔眼持ちだね。ラプラスの魔眼.地。未来を見通す天の目に対し、こちらは真実を見通す。確定した未来と存在を感覚的に捉えられるのさ。ただしシャーロットと同じでこれは模造品でね。君みたいなパターンだと使用者本人がいないと看破できない。
そんな。完全に私の天敵じゃないか。
もう、これしかない。
ジャニスの瞳に灯りが灯った。
「魔殲か…!」
次の瞬間、彼の周囲を待っていた魔力が消失した。
「…?!」
この魔殲は、一定範囲で指定したものを一つ完全に消失させる。しかもこれは
人狼の身体能力は魔力のブーストによって成されている、とされている。これならば……
ジャニスの反撃は、あっさりと塞がれた。
「あ…え…?」
「魔力をなくせばどうにかできると?僕は常に体内に周囲の魔力をストックしている。故にこうなっても活動できる。
……と言うか、僕は今のところ一切として魔力のブーストを使用していない。」
そんな、馬鹿な。ふざけてる。馬鹿げてる。魔力のブーストなしで、一振りで周囲を粉微塵にできると言うのか。
彼女はその疑問に結論をつけることなく、壁に叩きつけられ、生を終えた。
「全く…聞いてないぞ…こんなものが出るなんて…。全くの予想外だ……」
ブツブツとヴェルサスは独り言を漏らした。

「……着いたぞ。」
アンドレアはレドを車から下ろす。
2人は洞窟内に足を踏み入れた。
コツ、コツ、コツ……
2人の足跡が周囲に反射する。
高密度の魔力が立ち込めているこの内部では、シャーロットの魔力を隠すことができるだろう。なるほど、理にかなっている。
「アンドレアさ……」
レドが振り向いた方向には、誰もいなかった。
一体いつ。いつ消えた。何処のどのような方向から。
周囲を見渡す。だが当然、誰もいない。
「……しまったな、とにかく探すか。」
レドは忍足を止め、アンドレアの名を叫びながら走り出した。

「……こいつは一体どう言う仕組みだ?いきなり地面に沈めるってのは礼儀がねえよ。最低限の礼儀ってもんが敵同士でもあるんじゃねえのか?!なあ!」
アンドレアは姿の見えない敵に話しかける。
「チッ…姿も見せねえと来たか。」
アンドレアはポケットからコインを取り出す。
金銭交渉ゴールデン.エイジ!」
コインは黄金色の魔法攻撃へと変化し、周囲の岩を破壊し始める。
「………!」
天井の岩にひそむ人影を確認する。
「そこか。」
攻撃は一転し、人影に向けて発射された。
「ちっ…逃げられたか。」
ふと、右手に違和感を感じ、視線を映す。
アンドレアの右手は、白い蝋に固められていたのだ。
「!いつの間に…いや、この部屋全体に既に…」
ここに長居するのは危険だ。まずレドと合流しなければ。
だが彼の足は動かない。まさか。
彼の両足は、地面と一体になったかのように蝋によって固められていたのである。
なんと言うことだ。このままではまずい。
その時だった。
天井が突如揺れ始めたのだ。
「おいおいおい……マジかよお前……!」
ゆっくりと、だが確実に天井が降りてきているのだ。
なんと性格の悪いやり方だ。
常人ならば諦めるか、発狂して泣き叫ぶところである。
だが彼は至って冷静だった。
『落ち着け…そうだ。奴の魔能力はなんだ?蝋の生成……?いや、そんな単純なものではない。これは触れたものを蝋そのものにして操作する魔能力だ。そしてそれは伝播していく。
であれば…』
思考を巡らせば巡らせる程、体は徐々に蝋と化していく。
アンドレアは右手を上に上げる。
この動きならば…
「そこだ!」
斜め上方向に向けて魔法攻撃を放射する。
その瞬間、彼の体の拘束は解け、天井の落下も停止した
「ふぅ……。」
「ミヤブラレタカ……ザンネンダ…」
現れた敵は、マスクをつけ、防護服を全身に包んでいた。体系から見てどうやら男らしい。
「ケガ…してんだろ?だから魔能力を一旦解かざるを得なかった。」
「ダカラドウシタ?」
男は押さえていた右腕を再生させる。
「マジか……!回復魔法とは…そこまでやるのか。」
「ドウシテバショガワカッタ?」
「お前から伝播してこの蝋化が進んでるなら、その伝播の仕方を観察すれば場所が特定できると思ったんだよ。まあ勘だった…が!」
アンドレアは砲撃を男に浴びせる。
男はその場から一切動くことなく、その砲撃を蝋でガードした。
「カネヲムダヅカイスルモノジャナイゾ…。」
「無駄遣い…ねえ。有効活用と言ってもらわねえと。俺は金が大好きだからな。利益の見込めねえ話は乗らねえし聞くかもねえ。」
「ヤツラニキョウリョクシタノモ、リエキノタメカ?」
「ああ、そうさ。金の匂いがするんでな。この世は金だ。比喩じゃないぜ?愛は金で買えないと言うやつはいるがそれは違う。愛が金なんだよ!」
「ソウカ…オレハカネガキライダ。」
「相いれねえなあ…お互いに。所でロウソク業でもやってみたいんだが、雇われる気は?」
「コトワル。」
「残念だ!」
両者の魔法は空中で破裂した。
蝋と魔法、本来ならば拮抗し合わぬ筈のものが、平等にぶつかり合ったのだ。
アンドレアは札束を放り投げ、戦闘機数台を彼に激突させる。
「ムダダ。」
マッハを超える速度でさえ、男の速度を上回ることはできない。彼の放った蝋は、戦闘機の精密機器を正確に捉え、即座に爆破させた。
「………!」
爆風の中から数百本もの槍が飛び出し、男を襲う。
しまった、アレが本命ではなかったか。
咄嗟に蝋の盾を作り出し、全てをガードする。
「………」
後方から、数十発もの弾丸が迫る。
やはり彼は全てを撃ち落とした。
「ムダダト……」
立ち込める煙を掻き分け、全長2mはあるであろう巨大な弾が、正面めがけて接近する。
「イッテイルダロウ!」
だが、先程まで無敵を誇っていた筈の蝋の盾は、飴細工のようにあっさりと砕かれた。
「ナ…ニ…?!」
弾は巨大な爆発を起こし、男に直撃した。
「よおくわかったぜ?テメェ…あんまり一撃の範囲がでけえ攻撃は得意じゃねえんだろ?いろんな攻撃パターンを試した甲斐があったぜ。」
爆発の煙の中から、男が姿を現す。
「ぜぇ…はあ…!やりやがったな…テメェ…!」
「よーやく仮面が取れたかよ。……なるほど、吸血鬼《ヴァンパイア》か。」
青白い肌、赤い瞳、金髪の長い髪。
吸血鬼の一族であることに間違いはなかった。
「だからどうした。」
「いや、何もねえぜ?ただ…敵同士じゃなけりゃいいパートナーになれたと思ってな。」
「ふざけやがって…陽の光も浴びられず、血を啜って生きるしかないこの生を貴様になど…」
「生を語っちゃいねえよ馬鹿野郎!金の話をしてんだよ俺は!金と利益だ!そうだな…巨万の富があったらお前は何をしたい?」
「興味はない。」
「そうだろうな。お前らの望みは死者の復活だからな。」
「………」
「俺は最初利益の為に参加した。だが目的を知った時…俺は心の底からお前らを潰してみたくなった。死者の復活だあ?命舐めんじゃねえぞ!命ってのは何があっても買えやしねえ!巨万の富でも手が届かねえ最高の代物なんだよ!そう簡単に手に入れさせてたまるか。手に入れさせるくらいならぶっ潰す。命の価値を過小評価したお前らをな。」
「ふざけたことを…言いやがって!」
男はスーツを脱ぎ捨て、吸血鬼としての能力を開花させた。
全身の身体能力を著しく向上させ、同時に全身を蝋で包み込む。
最強の防御と最高の攻撃。それを体現した攻撃が、アンドレアに放たれた。
一瞬にして懐に潜り込まれ、咄嗟にガードを取る。
が、当然防御など意味をなさなかった。全身に収縮させた蝋の硬度は、最高硬度のダイヤモンドに匹敵する。それが音速を超える速度で放たれたのである。
アンドレアの体は洞窟の壁面にめり込み、人型の穴がそこには形成された。
「……この程度だ、純人間など。だから嫌なんだ、戦うのは。使命なんて背負いたくなかった。」
「使命使命ってよお…いちいちめんどくせえなあテメェは!」
「何?!なぜ生きて……」
「気合いだよ気合い。金の稼ぎ時に死ねるかよばーか。」
既に満身創痍なのはみて取れる。にもかかわらず、アンドレアは両足でその場に立っていたのだ。
「良いかあ?金の話をしてんだよ今は。使命とかこの際どうでも良いんだよクソガキ!革命起こそうぜ革命ぃ!」
「こいつ……!イカれちまって…いや、既にイカれてたのがさらにイカれたのか。」
「……500万ドル。」
無数の砲台が男を囲む。
「!」
男は砲撃を交わしつつ、アンドレアのいた方向に視線を移す。だが、そこには何もいなかった。
『なに…?一体どこに…』
「ここだよ。」
突如、地面から手が飛び出し、男の足首を掴んだ。
そのまま彼は引き寄せられ、アンドレアの拳を顔面に叩き込まれた。
「が…!重い…?!何故ここまでの力を…」
アンドレアの両手には、男と同じ蝋が纏われていた。
「まさか……解析して模倣したのか?!馬鹿か!一体どれほど非効率的な事をしているか…」
「はははは!効率ばっか気にしてたら商売やってけねえんだよ義務教育野郎!」
アンドレアの手は尚も止まない。2発、3発と叩き込まれるたび、男の体にはダメージが蓄積されていく。
「…!ああああ!」
負けてたまるか。男は負けじとアンドレアに拳を叩き込んだ。
「ご…お…!」
バキバキ。肋骨数本が折れる。
「へっへっへ…腰が入ってねえなあ。」
「……仕方ねえなあ、付き合ってやるよ、あんたの儲けに。」
「ははは!いい笑顔だなあ!」
アンドレアはロープを両者の右足にくくりつける。
「殴り合って最後まで立ってたやつの勝ち、で良いな?」
「どうせ僕が勝つんだ。さっさと始めようぜ。」
男は、アンドレアの提案を呑むと、間髪入れずに殴りかかった。
「おいおい…待つのも時には…大切なんだぜ?!」
両者の拳が顔面にめり込む。強烈なクロスカウンターにより、両者共々後ろに倒れ込んだ。
「倒れる…かあ!」
「ふん!」
間一髪で踏みとどまり、数秒の間睨み合いが続く。
「はあ…!」
殴り、殴られ、殴り、殴られ、その行為が数分間続く。
そうだ、僕はどうして戦ってるんだっけ。

生まれはどこかも知らない。母親らしき女は、僕を産んですぐに死んだ。純人間と吸血鬼のハーフ。こうして森の中で産んだことに如何なる事情があったかは知らない。だが、僕はこの生まれを呪った。
何かの使命が必要だった。この世を生きていくために。森で一眼を忍んで生活する事に限界が来ていたんだ。本当は使命を抱くことは好きだったんだ。
そんな中、吸血鬼の生き残りが出たというニュース記事の記載をゴミ箱に捨てられた新聞紙で見ることになる。捨てられてきた本を読んで育ったために、文字は読める。読んだ内容は間違っていないはずだ。
これこそが使命だと確信した。だが、そこには続きが書かれていた。
『シャーロット.ギルティ.ホワイトにより討伐』
許せなかった。ようやく使命を抱ける機会が来たというのに。それをこのシャーロットという女は無駄にしたんだ。
だから自らシャーロットの拘束は名乗り出たし、そこの監視も名乗り出た。その過程で自分が確実に死ぬと知らされても、役割の中でいかにしょうもない立ち位置であっても。
今殴り合っているのは、どう考えても間違っているだろう。使命も何もない。ヴァイオレットを復活させるという当初の目的は最早何処にもない。
組織での作戦に支障は出るだろうか。もしや気づかれているだろうか。
だが、そんなことは心底どうでもいい。
この男との戦いがどうしようもなく楽しい。
この金にしか興味のない最低な男を前に、どうしてこうも高揚できるのか。
「……!マジっすか。」
「大マジだよ、おっさん。ああそうだ、名前言ってなかったね。ヴィルヘルム.ヴァロ.ヴァニア。みんなからはそう呼ばれてる。」
魔殲の発動。どうせ僕の役割はたいしたことないんだ。ここで終わろう。
蝋の硬さを、想像できうる限り無制限に硬くできる。
より固く、より固く。
足で地面を踏み、飛び出した。
ヴィルヘルムの拳が、アンドレアのがんめんに直撃する。
魔殲による強化、および魔力による身体強化、そして最強の硬度の蝋。
勝ちを確信した。
だが、彼が倒れることは無かった。
「な…?!」
「へへ……コイン噛んで…気合いで耐えた。」
アンドレアはコインを吐き出し、右人差し指の指輪を空中に放り投げた。
「価値のあるものなら何でもいい。金そのものじゃなくてもな。例えばこの指輪…100万はくだらねえ。」
突如、洞窟周囲の形状が変形を始める。
「な…?!洞窟全体を買い取ったのか?」
「そうだよ、ここまでの規模を買い取るには流石に発動までに時間かかるからな。稼がせてもらった。
馬鹿じゃねーの?誰が真面目に殴り合うかよ。交渉で1番大切なのはな、如何に騙せるかだ。お前が調子乗って殴り合った時点で負けてんだよ。」
「………だろうね。知ってる。でも関係ないね、そんなの。」
「へへ…そうかい。いい笑顔じゃねーか。じゃあ…殴り合いで終わらせてもらうわ。」
100、200、300、400……洞窟全体は無数の拳に変形し、ヴィルヘルムを襲った。もはやなす術などない。
だが、倒れ込んだ彼の姿は、依然として笑顔のままだった。
「あーあ…負けちゃった…まあでも…楽しいからありか。」
ヴィルヘルムはそう言い残すと、その場に倒れ込み、動かなくなった。
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