Heavens Gate

酸性元素

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地獄編

またもや彼らは家族という名の鎖の中で④

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幼少期、朧げに覚えているのは、家族で過ごした冬の日だった。食卓を囲む中、父も母も笑っていた。
だが成長するに連れて、父親の愛するものは変わっていった。勉強、世間体、それを父は愛するようになったのだ。
進級する事に、習い事と課題の量は増えていった。
歌を歌うのが好きだったっけ。
上手いと周りから言われて、調子づいて歌手になるなんて志したものだ。だけど父親は、うるさいと自分の頬を殴った。歌など歌えたところで何にもならない。と一蹴された。
学校では、女のような容姿だと馬鹿にされていた。そのせいか女友達しかできなかった。
そして全てが崩壊したのは、弟が生まれてからだった。
自分より後に生まれた弟は
自分より早く物事をこなしていった。
何もかもが弟の下位互換。兄として自分を頼る弟の笑顔が、自分はどうしても好きになれなかった。
そしてその結果、父は自分への関心を持たなくなった。好きの反対は無関心というが、どうやら本当らしい。
日常から習い事がさっぱり抜け落ち、何もすることが無くなった。そこにあるのは、上級生数人から殴られる苦痛のみ。
母だけだった。母だけが自分に優しくしてくれた。
だが、そんな母も父の言いなり。何でも母の借金を代わりに建て替えたのが父だったが為に、意見ができない状態にあるのだそうだ。
しばらく空虚な日々が続いた。家では父は自分を無視し、弟もまた、父の言いつけを守り、無視を貫いた。
唯一の良心であったはずの母親でさえ、最早自分にとっては鬱陶しい存在でしかない。
そしてついに、ついに爆発してしまった。
女のような容姿の自分を痛ぶる上級生に噛みつき、全員を病院送りにした。やってやった。当初はそう思っていたが、実際はそうもいかなかった。どういう訳か、自分だけが咎められたのだ。上級生たちが口裏を合わせ、自分の父親の名声を使って脅していたと言い放ったのだという。皆が見ていた筈なのに。誰もが知っていたのに。何処からも擁護の声は上がらなかった。
そして停学処分の通告を受けると、その日父親に殴り飛ばされた。
一体こいつに何の権利があるんだ。ふざけるな。
気がついた時、その場には、頭を押さえてうずくまる父親の姿と、床に散らばる花瓶の破片があった。
家から逃げ出した。
叫びながら、泣きながら。
弟の悲しげな表情を忘れようと、ひたすらに頭を掻き回した。
すると突然、車のクラクション音が辺りに鳴り響いた。
その場に転がっていたのは、弟の死体だった。
まさか、自分を探しに来たのか。
当時はまだ6歳。幼いながらも頭の良かった弟は、自分のせいで苦しめた、と罪悪感を抱いたのだ。
天を仰いで泣き叫んだ。
どうして、どうしてこうなったんだ。
なにが悪かった?どこで間違えた?
そしてもう、家に戻ることはなかった。
かつてあったはずの心はどこかに行ってしまったのだ。
代わりにお前が死ねば良かったのだ。
病院で父親が言い放ったその言葉に、最早なにも感じなかった。だが母は違ったらしい。もう限界だ、と言わんばかりに父親に詰め寄り、何か捲し立てていた。
そうしてまもなく、両親は離婚した。母親と2人で田舎に引っ越した。危険区域にやや近い為、以前のように楽な暮らしはできない。そんな生活が、自分を非行に駆り立てた。
麻薬と銃の横行する、危険区域外では屈指の治安の悪さ故、すぐに不良の仲間ができた。暴行、強姦、恫喝。やれることは何でもやり、その度魔導士の怒号が飛んだ。
いや、実際仲間なんかいなかったのかもしれない。なにをやっても、どこに行っても、一切として寂しさは埋まらなかったのだから。
でももう遅い。女のようだと言われた顔立ちはどこにも無く、かつて華奢だった指先には銃が握りしめられている。
『ははは!マジやばくね?!』
笑っているのに笑ってない。
『金ちょっと貸してよお兄さーん。』
笑ッテイルノニ笑ッテナイ。
『あー…マジ気持ちいわこれ。お前も吸えよ。』
誰か俺を。
誰か俺を。
『はははははは!は…はは…』
助けてください。


「………」
「………」
しばらく両者に沈黙が流れる。
30秒ほど経った頃、レドがついに口を開いた。
「そうか、思い出した。」
「え?」
「魔族が地下鉄に侵入したあの事故、知ってるかい?」
「……ああ、どこかで。」
「あの場に僕もいたんだ。そしてその時、助けてくれた魔導士がいた。」
「………!」
「彼の胸ポケットには…」
「やめろ!」
「聞け!逃げるな!ここで向き合うんだ。良いか?!その魔導士の胸ポケットにはな!その人と子供が写った写真があったんだよ!アンタの父親は魔導師だったんじゃないのか!サレム!」
「……………そうだよ。若くして魔導士になった父は魔導士の中じゃエリートだった。畜生………何なんだよ…今更………………!」
あの時あの魔導士が自分にかけたセリフ、あれは息子と僕を重ねていたのかもしれない。他人に労わってもらえない悲しみを知り、後悔したのかもしれない。
写真を胸ポケットにしまっていた理由。それはかつての行いを反省していたのかもしれない。
だが、最早わかり得ない。両者共に、理解することを放棄してしまったのだから。
「……君を助けた理由がわかった。他人を理解するのに疲れてしまっていたからなんだ。僕がやっていたように、君もそう。」
「…………」
「やり直そう、とは言わないさ。終わりは終わりだ。
これからやるのは『やりたいこと』だ。『やり直す』事じゃない。だってさ、何もかも失ったって事は、どんなものでも手に入れられるって事だろ?何かを得るということは、何かを失うことだからさ。失うことがないっていうのは、そういう事さ。」
「…………」
「君が何の為に生きるかは君次第だよ。僕のやりたいようにして君を助けたんだ、今度は君のやりたいようにやれ。」
レドは部屋から出ていった。
「…………」
サレムは俯いたまま、しばらく部屋で沈黙を貫いていた。

「……隣、良いかい?」
「ええ。」
ベッドに腰掛けるレドに、ノーマンが座り込んだ。
「ありがとうね、助けてくれて。」
「……取り繕って話す感じで行くんですか?」
レドから発せられた質問に、ノーマンは目を見開いた。
「驚いたな……いつから気づいてた?」
「側から見てれば分かりますよ、貴方は他人に興味がない。」
「そういうアンタもそうだろう?…ま、俺と同類さ。」
「でしょうね。」
「……前から感じてたんだよ、アンタとは気が合いそうだとな。気持ち悪がんなよ、こういう感情になったのは俺も初めてなんだ。何か運命的なものなのかもな。」
「はあ……」
「俺はアンタについて行くよ、レド。困った時はアンタの矛にも盾にもなる。職務も放棄しよう。」
「極端すぎる…とは僕も言えた話ではないですね。」
「極端…か…。そうだな……。俺もアンタも何か守りたいだけなのにな…どうしてこうなるんだろうな。」
「それはそうでしょう。他人なんだから。基本は理解できないのが他人なんだ。理解できる前提で接するから失敗する。」
「……そうだな、そうだ。うん。とにかく、だ。いざという時は俺を頼れ、レド。本当にいざという時だ。」
「………?」
「そういう訳だから、よろしく。じゃ、定期的に来るからな。」
ノーマンは部屋を出て行った。
何なのだろう、彼は。とても嘘を言っているようには見えない。本気でアレを言っているのか。味方が増えた、と考えれば良いのだろうか。
彼がそう考えながら、レドは静かに目を瞑った。


『昨日の8月4日、セリアム連邦国にデウス.エクス.マキナと名乗る集団が……』
『8月4日セリアム連邦……』
「どうやら他国サンはうちらに大注目らしいぜ?」
そう言うと、アンドレアはラジオを切った。
「……アタシ勝てる気がしないよ、まだ。」
デボラは深いため息を交えつつそういう。
「とにかく行きましょう。勝つしかないんだ。」
レドは、打ち合わせでの会話を思い出していた。
『…奴らの目的が分かった。奴らの目的は『死者の復活』だ。方法はオーガスタス自身も知らないが、あの塔から何かを吸収して、そのエネルギーを利用するらしい。』
死者の復活、など許してたまるか。後悔を得るからこそ人は平等なのだ。
一同は車に乗り込むと、それぞれの方向に散らばっていった。
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