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地獄編
またもや彼らは家族という名の鎖の中で③
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「………」
地下室で1人、頼昌は正座を続けていた。
このまま死ぬのもありだろう。もしこの刀を腹に突き刺せば…………
「馬鹿らしいな、だいたい作法もなってねえ。」
刀を鞘に収めると、そのまま倒れ込み、天井を眺めた。
「なあ………生きてんだろ?黒式。俺に相応しい決着をくれ。死ぬのはそれからで良い。」
そのまま彼は静かに目を瞑り、瞼を閉じた。
「…随分気楽な奴らですにゃ。」
猫耳のフードを被った少女は、モニターでそれぞれの様子を眺めながらそう言った。
「だからこそこうして集うことができたと言うものだろう。ジャニスくん。」
「それもそうだナゴ。」
「ところで……私は後何日だと思う?」
組織を統括する男、ベクター.ボイルは、自身の手のひらに付着する血液を眺め、そう質問した。
「さあ?リリに聞けば良いにゃ。まあ持って数日どころの話じゃにゃいにゃ。」
「だと思ったよ。………十分さ、それだけあれば。アレをそろそろ投下しよう。」
「りょーかいにゃ。」
「君の能力は一回きりだからね、慎重にいかないといけないのが難点だ。」
「じゃ、ミーは持ち場に行くにゃ。B塔で待機、で良かったかにゃ?」
「ああ、そうだよ。」
ジャニスはその場から消え、部屋にベクターだけが残った。
「うっ………ぐぅ……あああああ……!」
彼の全身を魔力が逆流し、想像を絶するほどの痛みが走る。
「はあ……はあ……」
震える手で静脈に注射をする。発作は急激に沈静化した。
「まだ…死んでは行けない。」
ベクターは、背後にある装置に目線を運ぶ。
「後…半日だ。半日だけ経てば………」
「さーて…吐いてもらおうか?」
ジハイドは椅子に縛り上げられた少年の前に立つ。
「あー…うー……」
「あのなあ…あーとかうーとか言ってねえでいい加減普通の言葉ってのを…まさか。」
ジハイドは何かを察し、少年のマスクを剥ぎ取った。
「あー…そうか…そう言うわけかよ…」
回復魔法でも治療不可能なレベルの傷が、彼の口を覆っていたのだ。詳細を口にするのも憚られるほどに惨たらしいその容姿に、ジハイドは思わず顔を顰めた。
「あー……」
悲しげな表情を浮かべる少年の口の中には、同様に痛々しい傷跡が残っていた。
「声帯まで届くってどんな怪我だよ…お前……。そんなんで死にきれねえとか………あークソ、最悪だよなあ…」
ジハイドはその場に座り込んでしばらく考えたのち、一旦その場を後にした。
「おい機械女、あいつについて知ってるか?」
「…死体処理の仕事を家族ぐるみでやってる奴らがいたんだと。
その子供は大層正直で、親の言うことは何でも聞くほどには従順だった。だからこそ悲劇は起こってしまった。
ある日、口封じで依頼した組織に家族ごと消されそうになった。
その両親が最悪で、息子に自分の盾になるように命じてしまった。そして息子は爆撃を一身に受ける事になった。
結果として両親ともども逃げおおせたが、息子は死亡。
だけど人の心は多少あったんだろうね、それ以降夫婦は、自身の息子に殺される夢を見るようになった。こちらを恨んで殺しにくる、と。
そして最終的に精神疾患となって追い詰められるようになった頃、突然2人の前に息子が現れた。かつて死んだはずの息子が。
申し訳なかった、と両親は命乞いをした。当然許すはずなんか無い、それが普通の人間ならね。
息子には両親への深い愛情があったんだよ。普段から両親にはネグレクトを受けていたし、何より爆撃の後遺症で声を出すことすらできなくなっていた。にも関わらず、彼はその両親を咎める事なんかしなかった。
両親は息子の優しさに感激して、愛情を感じるようになった。そうして家族はようやく家族になることができた訳。
……そんな筈だったんだけどね、そこからが悲劇だった。いや、喜劇かもね。
家族が元に戻っても、両親はまだ精神疾患が治りきっていなくて、そこから来る自殺願望を度々口にしていた。
息子はそれを本気にしてしまったんだよ。死を迎えさせれば、2人はきっと幸せになる、と。両親を銃殺して、いつも通りに死体を処理した。息子は人間じゃなく、飼い慣らされた獣だったんだよ。
それ以降、彼は死体処理の仕事を何食わぬ顔で続けその後失踪した。これが8年くらい前に出てきた『優しき獣.オーガスタス』って噂話。
アンタは殆どの時間寝てるもんね、知らないのも当然か。」
「………そうか。」
ジハイドはオーガスタスの隣に座り込んだ。
「色々聞いたよ、お前について。」
「………」
「なぁに落ち込んでんだよ。お前のやりてぇようにやった。それで十分じゃねえか。」
「……?」
「…何で励ましてくるのか、って顔だな。…お前が死に方を選ばなかったからだ。親に命令されて死を選び、親に命令されて殺した。そこにお前は何処にもいない。命を自由に切り捨てられない奴がいるとな…やっぱり我慢ならねえよ。」
「あ…ぅ…」
「違えよ、優しさじゃねえ。
…お前、この世の中に足りてないのは何だと思う?
自由な生き方とやらはこの世の中じゃ保障されてる。
だが、自由な死に方は誰も選べねえ。
そんなの不幸そのものだろ?
全く同じ生き方をする人間なんてこの世にはいないが、誰もが平等に死を迎えるように出来てる。生きる長さがどうであろうと、皆死ぬ運命にあるんだ。
だったら死に方くらい選んで良いんだよ。何しろ一度しか味わえないしな、俺を除いて。
生きるために死ぬやつがこの世は多すぎる。そんな後悔ばかりじゃやってけねえよ。いっぺん、死ぬために生きてみたって良いだろ?
だからまあ…お前が親にやったことを俺は肯定するよ。
何であれ親が望んだことだ。お前は俺を実行した。
お前の傷もそうさ、お前が幸せに死ぬ為の過程だよ。
……今や誰もお前を愛しちゃいないかもしれないが、代わりに俺はお前を信じてやる。だから安心して死んでみな。」
「…………!」
6歳の頃、親を殺した。皆が僕に向ける視線の意味が分からなかった。僕はただ、僕はただ2人のためにやった事なのに。
口の傷は好きだった。話せなくなったのは悲しかったけど、僕と家族を繋ぎ止めてくれたから。
だけどそれさえも蔑まれた。死体処理の仕事は相変わらず続けてたけど、これのせいで虐められる日々。
それからこの傷も、殺した過去も後悔するようになった。
そんな中だった。彼が現れたのは。もしやり直せるとしたら?そう言ってきたのだ。
夢物語とも言える希望に、僕は縋った。なんだか分からないけど、彼の後についていくのは好きだった。両親といられた時を思い出したから。
だけど、
だけど、僕を肯定してくれたのは、この時が初めてだった。
誰も肯定してくれなかった全てを受け入れてくれた。
「う…あああ……」
オーガスタスは両足で地面を蹴り始める。
「……?モールス信号か。そうか、その手が……よし、聞かせろ。」
ジハイドはメモ帳を取り出し、オーガスタスの正面に向かい合う形で座り込んだ。
「………」
サレムはソファにもたれかかっていた。
一般の人間が味わうにはあまりに濃密な一日を味わい、彼の疲労は既に限界を迎えていた。
「………」
レドが彼の隣に腰掛ける。
「なあ…アンタはどうして俺を助けたんだ?」
「……さあ、よくわからないですよ。兎に角、このまま避難所に送ってもらえる。貴方の家族もそこにいるでしょう。」
「そうか…。ありがとう。」
「貴方は…」
「タメ口でいい。」
「…君は家族がいる場所からかなり離れた場所にわざわざ来て、そしてわざわざ僕から金を巻き上げようとした。とても家族を大事に思っていたようには見えない。何があったんです?」
「言って何になる?」
「僕が君を助けた理由が知れるかも、と。」
「………分かったよ。話す。」
地下室で1人、頼昌は正座を続けていた。
このまま死ぬのもありだろう。もしこの刀を腹に突き刺せば…………
「馬鹿らしいな、だいたい作法もなってねえ。」
刀を鞘に収めると、そのまま倒れ込み、天井を眺めた。
「なあ………生きてんだろ?黒式。俺に相応しい決着をくれ。死ぬのはそれからで良い。」
そのまま彼は静かに目を瞑り、瞼を閉じた。
「…随分気楽な奴らですにゃ。」
猫耳のフードを被った少女は、モニターでそれぞれの様子を眺めながらそう言った。
「だからこそこうして集うことができたと言うものだろう。ジャニスくん。」
「それもそうだナゴ。」
「ところで……私は後何日だと思う?」
組織を統括する男、ベクター.ボイルは、自身の手のひらに付着する血液を眺め、そう質問した。
「さあ?リリに聞けば良いにゃ。まあ持って数日どころの話じゃにゃいにゃ。」
「だと思ったよ。………十分さ、それだけあれば。アレをそろそろ投下しよう。」
「りょーかいにゃ。」
「君の能力は一回きりだからね、慎重にいかないといけないのが難点だ。」
「じゃ、ミーは持ち場に行くにゃ。B塔で待機、で良かったかにゃ?」
「ああ、そうだよ。」
ジャニスはその場から消え、部屋にベクターだけが残った。
「うっ………ぐぅ……あああああ……!」
彼の全身を魔力が逆流し、想像を絶するほどの痛みが走る。
「はあ……はあ……」
震える手で静脈に注射をする。発作は急激に沈静化した。
「まだ…死んでは行けない。」
ベクターは、背後にある装置に目線を運ぶ。
「後…半日だ。半日だけ経てば………」
「さーて…吐いてもらおうか?」
ジハイドは椅子に縛り上げられた少年の前に立つ。
「あー…うー……」
「あのなあ…あーとかうーとか言ってねえでいい加減普通の言葉ってのを…まさか。」
ジハイドは何かを察し、少年のマスクを剥ぎ取った。
「あー…そうか…そう言うわけかよ…」
回復魔法でも治療不可能なレベルの傷が、彼の口を覆っていたのだ。詳細を口にするのも憚られるほどに惨たらしいその容姿に、ジハイドは思わず顔を顰めた。
「あー……」
悲しげな表情を浮かべる少年の口の中には、同様に痛々しい傷跡が残っていた。
「声帯まで届くってどんな怪我だよ…お前……。そんなんで死にきれねえとか………あークソ、最悪だよなあ…」
ジハイドはその場に座り込んでしばらく考えたのち、一旦その場を後にした。
「おい機械女、あいつについて知ってるか?」
「…死体処理の仕事を家族ぐるみでやってる奴らがいたんだと。
その子供は大層正直で、親の言うことは何でも聞くほどには従順だった。だからこそ悲劇は起こってしまった。
ある日、口封じで依頼した組織に家族ごと消されそうになった。
その両親が最悪で、息子に自分の盾になるように命じてしまった。そして息子は爆撃を一身に受ける事になった。
結果として両親ともども逃げおおせたが、息子は死亡。
だけど人の心は多少あったんだろうね、それ以降夫婦は、自身の息子に殺される夢を見るようになった。こちらを恨んで殺しにくる、と。
そして最終的に精神疾患となって追い詰められるようになった頃、突然2人の前に息子が現れた。かつて死んだはずの息子が。
申し訳なかった、と両親は命乞いをした。当然許すはずなんか無い、それが普通の人間ならね。
息子には両親への深い愛情があったんだよ。普段から両親にはネグレクトを受けていたし、何より爆撃の後遺症で声を出すことすらできなくなっていた。にも関わらず、彼はその両親を咎める事なんかしなかった。
両親は息子の優しさに感激して、愛情を感じるようになった。そうして家族はようやく家族になることができた訳。
……そんな筈だったんだけどね、そこからが悲劇だった。いや、喜劇かもね。
家族が元に戻っても、両親はまだ精神疾患が治りきっていなくて、そこから来る自殺願望を度々口にしていた。
息子はそれを本気にしてしまったんだよ。死を迎えさせれば、2人はきっと幸せになる、と。両親を銃殺して、いつも通りに死体を処理した。息子は人間じゃなく、飼い慣らされた獣だったんだよ。
それ以降、彼は死体処理の仕事を何食わぬ顔で続けその後失踪した。これが8年くらい前に出てきた『優しき獣.オーガスタス』って噂話。
アンタは殆どの時間寝てるもんね、知らないのも当然か。」
「………そうか。」
ジハイドはオーガスタスの隣に座り込んだ。
「色々聞いたよ、お前について。」
「………」
「なぁに落ち込んでんだよ。お前のやりてぇようにやった。それで十分じゃねえか。」
「……?」
「…何で励ましてくるのか、って顔だな。…お前が死に方を選ばなかったからだ。親に命令されて死を選び、親に命令されて殺した。そこにお前は何処にもいない。命を自由に切り捨てられない奴がいるとな…やっぱり我慢ならねえよ。」
「あ…ぅ…」
「違えよ、優しさじゃねえ。
…お前、この世の中に足りてないのは何だと思う?
自由な生き方とやらはこの世の中じゃ保障されてる。
だが、自由な死に方は誰も選べねえ。
そんなの不幸そのものだろ?
全く同じ生き方をする人間なんてこの世にはいないが、誰もが平等に死を迎えるように出来てる。生きる長さがどうであろうと、皆死ぬ運命にあるんだ。
だったら死に方くらい選んで良いんだよ。何しろ一度しか味わえないしな、俺を除いて。
生きるために死ぬやつがこの世は多すぎる。そんな後悔ばかりじゃやってけねえよ。いっぺん、死ぬために生きてみたって良いだろ?
だからまあ…お前が親にやったことを俺は肯定するよ。
何であれ親が望んだことだ。お前は俺を実行した。
お前の傷もそうさ、お前が幸せに死ぬ為の過程だよ。
……今や誰もお前を愛しちゃいないかもしれないが、代わりに俺はお前を信じてやる。だから安心して死んでみな。」
「…………!」
6歳の頃、親を殺した。皆が僕に向ける視線の意味が分からなかった。僕はただ、僕はただ2人のためにやった事なのに。
口の傷は好きだった。話せなくなったのは悲しかったけど、僕と家族を繋ぎ止めてくれたから。
だけどそれさえも蔑まれた。死体処理の仕事は相変わらず続けてたけど、これのせいで虐められる日々。
それからこの傷も、殺した過去も後悔するようになった。
そんな中だった。彼が現れたのは。もしやり直せるとしたら?そう言ってきたのだ。
夢物語とも言える希望に、僕は縋った。なんだか分からないけど、彼の後についていくのは好きだった。両親といられた時を思い出したから。
だけど、
だけど、僕を肯定してくれたのは、この時が初めてだった。
誰も肯定してくれなかった全てを受け入れてくれた。
「う…あああ……」
オーガスタスは両足で地面を蹴り始める。
「……?モールス信号か。そうか、その手が……よし、聞かせろ。」
ジハイドはメモ帳を取り出し、オーガスタスの正面に向かい合う形で座り込んだ。
「………」
サレムはソファにもたれかかっていた。
一般の人間が味わうにはあまりに濃密な一日を味わい、彼の疲労は既に限界を迎えていた。
「………」
レドが彼の隣に腰掛ける。
「なあ…アンタはどうして俺を助けたんだ?」
「……さあ、よくわからないですよ。兎に角、このまま避難所に送ってもらえる。貴方の家族もそこにいるでしょう。」
「そうか…。ありがとう。」
「貴方は…」
「タメ口でいい。」
「…君は家族がいる場所からかなり離れた場所にわざわざ来て、そしてわざわざ僕から金を巻き上げようとした。とても家族を大事に思っていたようには見えない。何があったんです?」
「言って何になる?」
「僕が君を助けた理由が知れるかも、と。」
「………分かったよ。話す。」
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