Heavens Gate

酸性元素

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地獄編

無限傀儡

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「………」
牢屋の中、ヘルガは格子を眺めていた。
いくら衝撃を加えようとも、彼女の力ではビクともしない。
監視は彼女から目を離し、あくびをした。ほんの数秒、一瞬の油断である。
その瞬間、彼女は動き出した。
口の中からナイフを吐き出すと、後ろから監視の首に腕をかけ、格子に体を押さえつけた。
「動くな。」
監視の首に刃が当たる。
「ひっ…!ち、ちょっと誰か…」
「あった、鍵。」
ヘルガは鍵を監視から奪うと、即座に南京錠を開けた。
「くっ…!」
監視は通信機に手をかける。
仕方ないか。
ヘルガは彼の首を躊躇いなく斬りつけた。
大量の血液が辺りに飛び散る。
もう時間がない、急がなければ。
ヘルガは階段を経由し、廊下まで駆け上がる。
『君はもうじき捕まるだろう。その際、私の部隊の隠し部屋に行ってくれ。会議室の本棚の左から2番目だ。』
監禁室と彼女の部屋は近い。
敢えて捕まった方がやりやすいという訳か。
「ここか。」
ヘルガは言われた通りに本を動かした。
本棚が回転し、8畳分程の広さの部屋が現れた。
そこに置かれていたのは、一つの巨大な砲台。
『私は以前、ケニーシュタインくんが使っていた武器が気になってね、似たようなものをクレアくんに作ってもらっていたんだ。ただ彼がイレギュラーすぎるが故、完全には再現し切れなかったがね。数回使えば使い物にならなくなる。』
ヘルガは砲台の側面につけられたスイッチ押す。砲台は手のひらサイズにまで縮小化された。
「うっ…!重い…」
だがやはり、サイズは小さくなっても重いものは重かった。
ヘルガは足早に外に出る。
その瞬間、巨大な爆発音が辺りに響き渡り、それと同時に発生した巨大な揺れが彼女のバランスを奪った。
「…?!これは…襲撃?!」

軍の放送室、死体を椅子にしながら、1体の魔族がマイクに手をかける。
「おーい!聞いてるかーい?僕はデニング.ドラリガント。
デウス.エクス.マキナのメンバーだ。ここの魔導士の殲滅を担当することになったんで。よろしくね。」
放送室から施設全体に彼の声が響き渡った。
「………少将、どうします?」
ヘルガは監査から奪った無線機でメリッサに繋ぐ。
『こちらの動きがバレたらまずい。直ぐにここから離れるんだ。』
「どうやら……もう手遅れのようです。」
ヘルガは廊下の向こう側に目線を移す。
その先に立ってたのは、小柄な一体の魔族だった。
彼女は若干後ろに後退り、腰についた剣を起動する。
その直後、魔族の眷属と思わしき者が次々と召喚されていった。
「……仕方ない。」
ヘルガは魔能力を発動する。
が、彼女の思考は、眷属の正体を見た瞬間に停止した。
そこにいたのは、先月の空中要塞にて出現した竜人だった。
かつてヘルガが殺したはずの存在が生きていたのである。
何故、あの竜人族がいるのだ。殺したはずだろう。
それも1体や2体ではない。10、20…どんどん増えていく。
幻覚か?と一瞬考えたが、やはり違った。
竜人の攻撃は、確かに周囲の物を破壊している。
だがそれがどうした。敵が強ければ強いほど自分も強くなる。ならば何ら問題は………
しかし、結果は真逆の一言だった。
彼女の魔力が逆流し、直後、全身から血が吹き出したのだ。
「………?!」
何故。これは本来敵が己より弱い場合に起こる現象のはずだ。
その疑問が解消されるより前に、彼女はその場に倒れてしまった。
「あ…ぐ…」
竜人はヘルガを持ち上げる。
「はははは!なんで自滅したか知らないけど…まあ好都合だ。随分強い人たちと戦ってたんだね、君。」
竜人の群れはヘルガの体を両側から捻り、彼女の骨を軋ませていく。
「ああああああ!」
死ぬ。死ぬ。どうすれば…どうすれば…
ふと、彼女頭に、1人の同僚の姿が浮かぶ。
ノーマンと言う1人の男。
ああ、どうして今になってあの人の顔が浮かぶんだろう。
いつもヘラヘラして、真面目な姿の一つも見せない。
一つも…
かつてであったばかりの頃、即ち自分が魔導師になる前。
常に険しい顔をしていた彼。
ボロボロになった自分を助けたあの瞬間に、初めて今の顔をするようになった。
とても夢心地のようで、どこか切なげなあの表情。
あの顔を見た時から、私は……
「ぐぅぅぅぅ…!」
竜人の手を銃で撃ち抜く。
本来のものよりこいつらは耐久性が低いらしい。
ヘルガは地面に転がり落ち、遠くで見物している魔族を睨みつけた。
「おお…マジか。イメージで超えてきたな。」
イメージ?何を言っているんだ?
「だけど完全には無理なんじゃ無い?そりゃそうさ、記憶と理性はそう言うふうにできてる。」
竜人は再び動き出し、ヘルガを壁際まで追い詰めた。
「……絡め取れ。」
次の瞬間、無数の糸が竜人達の体を拘束し、そしてバラバラの肉塊に変貌させた。
「……?!」
「危なかった……随分異質な魔能力だね。」
「そりゃどうも。お姉さんは逆にシンプルだね。手芸教室はここじゃないよ?」
「生憎私の糸は手芸には向かない。向いているのは殺戮だけだ。」
糸が壁を伝ってデニングの体を捉える。
完全無比な泥人形イマジナリー.デッド.ドールズ
が、その糸は、数秒経たずに全て千切られた。
「……!これは……」
そこに居たのは、人型の魔族一体のみ。
メルディベール.マッドマキアだった。
「へえ…これウチの偉い人じゃ無い?見たところ服装も貴族民だし。」
「チッ…!ヘルガくん、私に捕まれ。」
ヘルガは言われるがまま、メリッサの肩に手を置いた。
その瞬間、彼女の体は後に変化し、ヘルガを窓から外に弾き飛ばした。
「マジか…!これも人形かよ。」
デニングはメルディベールを操作し、空中のヘルガに照準を合わせる。
が、その前に彼の体は大量の糸に固定され、彼女を視界に捉え切ることはできなかった。
「クッソ…!最悪だ!」
デニングは壁を強く叩くと、自身の爪を噛み砕いた。
「まずいな……このままでは魔導士全員が奴にやられる。…そうなれば終わりだ。ヘルガくん、これの装填を始めてくれ。できる限り救助に向かう。」
メリッサは糸を縫い合わせると、自身の分身を糸で作り出し、四方に次々放っていく。
「もう…無理言いますねホントに……」
ヘルガはしぶしぶよろめく体を支えながら、砲台の装填を始めた。
「やあ、上層部のみんな。」
「き、貴様!!だ、誰かこの魔族を…」
「いないよ?まああのメリッサとか言う魔導士の人も来ないだろうね。君らへの恨みはだいぶあるだろうから。」
「ま、待つんだ!交渉をしないか?君たちの望むことは何でもしよう!」
「残念ながらね…僕達が望んでいる事は君らの抹殺さ。」
デニングは魔能力を発動した。
「な……?!」
天井、壁、地面、あらゆる場所から夥しい数の人間が這い出していく。
「あははははははは!マジかよ!どんだけ殺してんだよお前ら!ははははははは!」
「待ってくれ!もう少し賢い判断を…」
「ふーん……じゃあ10秒待つよ。その間に僕らの満足のいく答えが出せたら生かしてやる。10…9…」
「ど、どうする…」
「危険区域の奴らを差し出して…いやそれでは…」
「0。」
死人たちは部屋を覆い尽くし、その場にいた上層部の人間たちに攻撃を開始した。殴る、蹴る、噛みつく…
武器を持たない彼らの取れる攻撃手段は、相手に苦痛を与えながら殺す方法以外に存在しなかった。
「ごめんね、僕は10秒をきちんと数える事が世界で5番目に嫌いなんだ。」
デニングは生肖との会話を思い出していた。
『なあ、デニング。タバコが1番美味え瞬間はいつだと思う?良い女を抱いた時でも風呂上がりでも、ましてや酒を飲みながらするものでもねえ。
上しか見てこなかったクズに下を向かせた瞬間さ。』
「はははは!なるほどなるほど。タバコは分からないけどこりゃ気分がいい。」
デニングは破壊された部屋の中で、腹を抱えて笑っていた。

「チィ…!本当にどうしようもない連中だ!」
メリッサは破壊された上層部の部屋から基地全体へ目線を移動させると、あたり一面に無数の糸を張り巡らせ始めた。
「どうします?今、下手にこれを起動したら注目を集めてしまう。」
「魔道士が殺されるのもダメだが、かと言って結界の破壊を妨害されるのももっとダメ……。ヘルガくん、あの魔族から得た情報を全部教えてくれるかい?」
「え、ええ。…少将も分かっているとは思うんですが、奴は恐らく死人を召喚できる。…しかも対象者が全員殺したものです。奴の発言から見てもそう言う物だと見て間違い無いでしょう。…しかも恐らく、数に制限がない。
貴方の糸人形を介してまでそれができていた辺り、遠隔操作相手にも対応しているでしょう。」
「…聞けば聞くほど頭が痛くなる魔能力だな。」
「ただ、付け入る隙はあります。」
「ほう?」
「まず、私の魔能力で逆流が起こった。これは私自身より相手が弱くなければ怒らない現象です。私が対象としたのは、無限に湧いた竜人に対して。故にこの現象が起きるのは矛盾している。」
「……それで?」
「そしてもう一つ、竜人の耐久力が急激に低下した時がありました。その時奴はイメージがどうとか言っていたわけです。」
「…そう言うことか。」
「ええ、つまり奴は死人を召喚するのではなく、死人の幻覚を実体化させているに過ぎないわけです。幻覚故に私の魔能力の対象にならず、イメージ故に私の匙加減で変化した。」
「……ただ、実体化してるならやはり恐ろしいと言う他あるまい。」
「ですが付け入る隙はありますよ。それにね、私の魔能力が逆流したという事は、奴自体の戦闘能力が私以下であると言う事の証明に他ならない。あの場に居たのは、私と奴だけですから。幻覚を捉えきれなかった私の魔能力が、自動的に奴を選択したんでしょう。」
「なるほど…魔能力以外はからっきしと言うわけか。……だがそれがわかったところでだな…。」
「何か問題でも?」
「人のイメージとはそう簡単に覆せるものではないのさ。思い込みレベルでもない限りは、ね。故に君が起こしたあの現象を意図的に起こす事はまず不可能だろう。」
「じゃあどうすれば?」
「物量勝負と行こうじゃないか。普段から私は自分の糸人形の原型を編み続けていてね……ざっと200体ほどストックがある。……それを今いっせいに放つ事としよう。」
空中で糸が練られていく。糸の束によって作られる人形、糸人形。そしてその原型…つまり魔力によって作られた人形の支柱である。
言ってしまえば、糸を一度引くだけで全てが絡みつき、人形として完成する状態。それを200体分、彼女は長きにわたって保ち続けていたのだ。
ヘルガは驚愕した。高揚感を身に纏いながら、指先の糸を唸らせる白髪の女。そんな彼女の人智を越えた才能を目の当たりにし、彼女は思わず目を細める。同時に己の瞳を襲った激しい乾きが、瞳の表面を薄い涙の膜で覆った。ダメだ、もはや直視が出来ない。見てはいけないと本能が告げている。狂気と天賦の才を前にすると、こうも凡人は萎縮してしまうと言うのか。自身のあまりの情けなさに、ヘルガは思わず歯を食いしばった。

糸人形達は一斉に放たれた。
デニングはそれらを視界にとらえると、すかさず魔能力を発動する。
先ほどとはまた別の死人が召喚された。
1人ではない。何十人にも及ぶ魔道兵。彼女が今までに切り捨ててきた者たちだった。
「……!なるほどな!」
数体の糸人形が、デニングの至近距離で爆発する。
四方に散らばった糸が、彼の体を絡め取ろうと襲いかかった。
「残念!」
が、それらは全て、魔法攻撃に吹き飛ばされた。
メルディベールか。
「2度は喰らわないさ。君の目的はこれだろう?」
デニングは、基地から脱出を図る魔道兵達の方を向く。
「真正面からやってくる理由はこれしかないだろう!余りにも浅すぎる!」
再びデニングは、魔道士の死人を召喚しようと右手を前に突き出した。
「…糸人形の爆発は、何も君を糸で絡め取るだけが目的じゃない。」
「………?まさか!」
「そうさ、大きな爆発が起きれば、多少焦っていても注目せざるを得ない。ましてや訓練された兵だ。一般人よりよっぽど冷静な筈。定着させるタイプの魔法とはね、定着させようと言うタイミングで別のものが割り込んだ場合、割り込んだ者に定着してしまうと言う欠点があるんだ。
……糸で拘束しようなどハナから考えてはいない。はじめに拘束に使うのは、建物の瓦礫さ。」
爆発によって吹き飛ばされた建物の瓦礫が、糸と共に彼の頭上に降り注いだ。
「くっ……!」
デニングは咄嗟に上に視線を運ぶ…
事はできなかった。彼が先ほど吹き飛ばした糸の切れ端が繋がり、一本の糸として彼の視線を固定したのだ。
「クソが!」
上から降り注いだ瓦礫が、彼の体を押さえつけ、それとほぼ同時に、彼の体を糸が固定した。
「君が上層部の殺したもので部屋を溢れさせた時、どう考えても数が少ないと思った。万単位は行く筈なのに、精々1000人が良いところだ。…つまり、結構限界があるんだろう?魔力の高いものを複数体出すか、魔力の少ないものを大量に出すかのどちらかしかできない。ミスター.マッドマキアを1体しか出せなかったのは、あの時の彼の魔力が規格外すぎたからだ。ドーピングしまくった彼の魔力じゃ、流石に1体が限界だったと言うわけさ。そして流石に扱いづらすぎる故に、私の殺してきた部下に切り替えざるを得なかった。そう言う事だろう?だからそのタイミングを狙って、定着させる対象を強制的に私から魔導兵に切り替えさせた。
君自体の戦闘能力は低い。となればこのまま動けず、魔力切れを待つ他あるまい。………なるほど、代わり召喚されているであろうアレは、今見た魔導士の妻かな?妻を殺した訳ではあるまい。殺した相手が最優先で出ると言うだけの話で、対象者や記憶に強く焼き付いていさえすれば何でも良いのか。だが上層部が殺した人間一人一人を覚えているわけもないだろう……やはり殺した者に限っては、記憶に焼きついているかどうかは関係ないのか。」
デニングは必死で体を動かす。一瞬でも、一瞬でも誰かを見られれば良いんだ。
しかし、メリッサはそれを許さない。彼の体は一ミリたりとも動かなかった。
「ヘルガくん!準備は?!」
「装填完了!」
「発射だ!」
ヘルガは引き金を引く。
砲撃は結界の核を捉え、飴細工を指で押すようにあっさりと砕いた。
自由への継ぎ橋モラトリアム!」
数万に及ぶ糸の束が折り重なり、崖との間に橋を生成した。
「繋げられるか……?よし、繋がった!レナ君、聞こえるかい?!」
『……え?!ちょっ!ヘルガ少将?!』
「いま結界を破壊した。現在の状況を伝達した前!いま上空に糸を打ち上げる!そこに魔力視覚を使って我々の正確な場所を確認してくれ!頼むよ!』
無線機を彼女は切る。最近彼女は遠距離でも感覚共有できるようになった。であればここで会話するより、こうした方が何十倍も早い。
そしてそう経たないうちに、メリッサ達隊員の脳内に、彼女の魔能力による伝達が駆け巡った。
「……」
メリッサはこちら側の状況を伝える。
「…よし、今脳内に伝わった通りだ。即準備しろ!」
指示を受けた魔道兵らの大半は動いていたが、その2割は依然として動こうとしなかった。
「…そうか、君らは上層部の犬だったな。残念ながら、上層部は全滅。ヴェルサス総括、そして私が今後のトップだ。せいぜい尻尾を振ってくれた前。」
「ふざけるな!貴様なんぞに従い…」
魔導兵たちの怒号は、1人の男によって全てかき消された。
「いや、従おう。それが我々だ。いついかなる時もイエッサーと返して死ぬのが、何も考えず生きてきた者たちの義務だろう。」
名もない男。魔導兵としてはベテランと言うだけの、上層部の犬として生きてきた者。
魔導士たちの怒りの矛先は、彼の方へと方向転換した。
「貴様何を…」
「中立とはそう言うものだ!滅びる時には両側から殺される!それを覚悟しないものは中間に挟まるに値しない!ならばやはり付き従うべきだ。さあ答えろ。イエッサーと答えんか!」
「………!」
最早争っている時間すらないと言う事を、徐々に彼らは理解し始め、ままなくして指定された場所へとそれぞれ散って行った。
「助かったよ、ミスター.ゴードン。やはりああ言う輩がいてくれると助かる。」
恐らくこの後にも大成する事なく、ひっそりと身内の間でだけ生死が語られるであろう、そんな男。そんな男に、メリッサは一言感謝した。
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