Heavens Gate

酸性元素

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施設の扉が開く。
「父さんいるー?」
暫くして、60代後半程の男が彼の前に現れた。
「全くお前は…せめて連絡くらいしたらどうだ?」
「なんだよ、息子にちょっとは涙流しても良いんだぜ?」
「涙なぞ流せるか!で、要件は?」
「あれ、どうなってんの?」
「出来てるよ、さあ来い。」
物置へと2人は向かう。一見なんでもないように見えた床から、階段が出現した。
「行くぞ。」
2人が降りていくと、階段は元あった床の姿に戻った。
「あ、デボラちゃん。」
「ゲッ!…ノーマンかよ。父さんなんでこいつ連れてきたの…」
地下で待機していたデボラは、ノーマンの姿を見ると、途端に気まずそうに顔を顰めた。
「えー何それ。なんでそんな顔すんの?」
「だって…アンタ怖いし…」
「うっ…なんも言えねえ。」
「ほら、行くぞ。」
男は壁のスイッチを押す。
金属の軋む音と共に、地下室にある扉が開く。
「彼、どうだったの?」
少しの沈黙の後、デボラの質問に男は答える。
「やはり彼はアレだった。……奴らについては?」
「わからないね。一体何処に潜んでいるのか…」
「アタシも分からない。多分こっちには居ないよ…」
「そうか……知られるわけにはいかないからな、慎重にいかねば。だが彼が目覚めた時に大きく進展するのは確かだ。」
部屋の中、カプセルの中に4体の魔族が眠っていた。



「龍くん、最近元気だね。」
ノーマンは龍の肩を叩く。
「え?ああ、はい。」
照れ臭さそうに龍は微笑んだ。
「ねえ…君さ、危険区域の人達の支援してるんだって?」
「まあ…そうです。」
「そっか……俺に手伝える事なら相談してよ。」
「ありがとうございます。」
嬉しかったが、やはり抵抗があった。
サリサの行動を非難する隊員も多かったが故、自分を非難するものも部隊内に多くいるのでは、と言う思考に至ってしまう。
「……何ボーッとしてんの?」
ジョシュアの声で、龍はハッと思考が戻った。
「ああ、ごめん。」
未だ自分に心を開いてくれた危険区域の住人は彼だけだ。
「いててて…」
この前の火事で救助をした時、腕に火傷を負ってしまった。
燃える家を前にしても誰も助けようとせず、彼らはただただその光景を眺めていた。
「……」
自分の生活などまだまだ恵まれていたのだ、とあの時痛感した。やっぱり変えなきゃいけない。
その時、大きな揺れが起きる。
「何だ…?」
この魔力、まさか。
「魔族か!」
龍は走る。既に辺りから悲鳴が上がっている。
「あああああ!」
魔族の1体に魔道具を振る。
青い血液が付着する。
「はあ…はあ…はあ…」
1体や2体じゃない。何10体もの魔族が発生していた。
「まさか…先月のアレが…?」
魔力が持つだろうか。いや、やるしかない。
「おおおおお!」
無我夢中に魔族を斬る。キリがない。そもそも魔道具の一つも使いこなせていないのに、この量を殺す事自体に無理がある。魔力は既に限界を迎えている。
「うっ…!」
魔族の爪が背中を捉える。
「早く逃げて…ください…」
住民は感謝の一つも告げず、僕の前から姿を消した。

もうここには誰もいない。
被害は抑えられた筈。
なら後は戦うだけだ。
「30…40………それ以上かよ畜生。ああああ!」
体が軋む。搾れ。搾れ。搾り取れ。己の果てまで搾り取れ!
「あ…掴めた。」

『魔道具を使いこなすにはね、当然魔道具の能力の本質を知らなければいけない。だけどそれじゃ3流だ。その先に行くには、使用者がそれとリンクさせて、魔道具以上の性能を引き出す必要がある。どれか一つでも掴めれば良い。』
雷撃の斧を握る。
雷電が鳩走り、龍の体を包み込んだ。
サリサをも超える精度の魔力が空気を揺らした。
次々と魔族を斬っていく。
「まだまだ…行ける!」
魔道具を6本取り出す。
最早手に取る事もしない。
それぞれが空中を飛び、1人でに対象を捉えていく。
だが、やはり未熟。取り逃がした魔族が龍の背後に迫る。
「…!」
転移魔法を発動し、逆に魔族の背後に回り込んだ。
「ふっ!」
魔族の核を破壊する。
気がつくと、魔族の数は残り10体程になっていた。
「はあ…はあ…はあ……」
突如、空中に黒い穴が開く。
そこから大量の魔族が飛び出した。それも10や20でもない。100体を超えているではないか。
「畜生…畜生!」

「おい!アンタ!魔導士が向かっただろ?!今何してるか教えてくれよ!」
「どけ!」
ジョシュアは突き飛ばされ、その場に転倒した。
「クソ…!何なんだよホントに…」
彼は龍の向かった方向に走る。
「………!」
その目に映っていたのは、血だらけで倒れる龍の姿だった。
「やめろ…やめろおおお!」
ジョシュアは飛びかかった。が、魔族は容赦なく彼に爪を立てる。
『あ…やばい…死ぬ。』
そう悟った瞬間、魔族の爪は彼の視界から消えていた。
「言っただろ?協力するって。」
その場に立っていたのはノーマンだった。いや、それどころか、100人以上の魔導士がその場に集結していた。
「医療班!彼に治療を!…さて、やりますか。」
ノーマンは目にも止まらぬ速さで魔族を斬る。
続いて魔導兵の銃から砲撃が次々と射出されていく。
「はあ…はあ…」
医療班の治療を振り払い、龍は起き上がる。
「起きたかい?」
「やります、僕も。」
「OK、じゃ行こうか!」
互いに背中を預ける形で、2人は対話する。
そしてほぼ同時に、攻撃は再開された。
雷撃の斧と撃陽の斧ケリュナークを両手に持ち、手当たり次第に魔族を斬る。
だがどうみてもノーマンの方が早い。ああ、畜生。やっぱり僕はダメだなあ。
だがどうでも良い。振り回せ、振り回せ、振り回せ。

「ふー…終わったね。再発生の可能性は?」
「魔力濃度からして無いでしょう。ただ、警戒は必要です。アレだけ大規模な発生ですから。」
「だろうね、ひとまず混乱を鎮めに行こう。」
広間では人々が密集し、魔道士たちはそれらを沈めようと尽力していた。
「で、ですから安全だと…」
「どこにそんな保証があるんだ!」
「ふざけるなー!」
ヤジが絶え間なく飛ぶ。
「静かに!」
ノーマンの叫び声が周囲に轟いた。
沈黙が走る。
「魔族は退治しました!ご安心ください!」
「………本当に?」
「どーせ人数減らしのための嘘なんじゃないの?」
信用できない、といった様子だった。
彼らは彼らで、もう既に限界だったのだろう。魔道士を信用できないのも分かる。
「やめろよ!」
1人の少年の声が響き渡った。
「こいつを見ろよ!お前らが逃げてる間ずっと戦ってたんだぞ?!なのになんでそんな事が言えんだよ!」
ジョシュアは、満身創痍の龍を指差した。
「あ…見た。そう言えばずっと戦ってた。」
「彼、毎日ここに来てたよ。」
「この前の火事の時も人を助けてたし。」
徐々に空気が変わっていく。
「スゲェ…魔導士の鑑だ!」
そして、それは歓声へと昇華した。

あの一件以来、僕は英雄として讃えられるようになった。
連日ニュースにも取り上げられ、他の危険区域の中でも、僕を支持する声が出始めた。
支援活動の協力者も増え始め、世論も徐々に、政府らへの反抗意識へ移行していった。
だが思えば、これが地獄の始まりだったのかもしれない。
ある日、僕は上層部に呼び出された。
「失礼します。」
上層部の連中が僕を取り囲む。どうやら彼らにも通じたようだ。
「劉龍くん…。アレ、やめさせてよ。」
あまりに予想外の発言に絶句した。
「は?」
考えてみればそうだった。魔族の被害込みで経済が回っているこの国が危険区域を無くせば、経済状況はひっくり返る。
「いや、でも…」
「はあ…あのね、君はやり過ぎだよ。反対運動とかなら別に良いけどね、魔導士ならもっとそこら辺を考えたまえ。まあちょっと環境を良くするくらいなら別に良いからね。」
真面目に話し合う気のない言葉遣いと内容。
弄ばれていたのだ、僕は。
上層部を後にした僕は、ノーマンさんと鉢合わせしてしまった。
「あ…ノーマンくん。交渉はどうなったんだい?」
「……………上手くいきましたよ、ホントに。」
うわあ、下手な笑顔。
ホントに愛想笑いに向いてない。
嘘をついた。嘘をついた。嘘をついた。
ジョシュアの家に向かう。
改装された彼の家は、見違えるほど綺麗になっていた。
「あ…どうしたんだよ、突然。」
「あ…いや…別に…」
彼の顔を見れない。大体なんでここに来てしまったんだ。
誰もいない所で必死に泣いた。

「あ!ちょっと聞いてくれよ~」
住人の1人が僕に近づいてくる。
ああ、あんまり目合わせたくないな。
「はい、なんでしょうか?」
下手くそなりの無理やりの笑み。だけど彼らにはバレなかった。だって彼らの作る笑顔も、みんなこぞって嘘なのだから。

魔導士としてやるべきことだ、これは。現に皆んな僕を魔導士の鑑と称えたじゃないか。
『魔道士ならもっとそこら辺を考えた前。』
『魔導士使えねー!』
机の上のものをひっくり返した。
ペン、コーヒー、ノート、あらゆるものが床に散らばる。
雨音がずっと脳を揺らし続けている。
「クソ!」
ベッドに倒れ込んだ。
今日はもう、このまま寝てしまおう。
明日になればきっと忘れられる。

戸を激しく叩く音が朝を知らせる。
「開けろ!劉龍二等兵!お前に逮捕状が出ている!」
「……は?」
戸を開くことができない。
開けたら全てが終わってしまう。
僕は咄嗟に窓から飛び出した。
「逃げたぞ!追え!」
やはり外で他の魔導師も待機していたらしい。
畜生。なんでこんな事になるんだ。
上層部の連中か。奴らが、奴らがこんな事をしたんだ。
「止まれ!」
魔導兵が目の前に立ち塞がる。
「どけ!」
自分でもびっくりするほど躊躇いなく、彼らを魔道具で切り伏せていた。
『しまった…!殺してしまったら…』
気づいた頃にはもう遅い。
「容疑者は魔道兵4人を殺し逃走中!繰り返す!容疑者は…」
魔道具、光輪剣《クラウ.ソラス》により、光の屈折を操作し、姿をくらませる。
たがその直後、突然足場が消え、転倒する。
「なっ…!」
森に入ってやり過ごそうとしたのが不味かった。
連日の雨によって土が柔らかくなっていたのだ。
後頭部を強く撃ち、意識が薄れていく、
まずい。魔道具の効果は意識を失っても続くから、連中の目は欺けるだろう。
だがこのままではそもそも死ぬ。死んだら行方不明で見つけてもらえない。
怖い、怖い。誰にも見つからずに死ぬのが怖い。
「………」
一人の男が立っていた。
すらっとした印象で、白髪。だが老いは感じさせない。そんな雰囲気の男が僕の前に立っていたのだ。
顔は影に覆われていて見えない。
男は口を開いた。
「君が此方に来る可能性……とくと見定めようじゃないか。」
治療魔法を僕にかける。
「あ…なたは…」
「ああ、だがやはり眠っていなくてはいけない。」
体が治りきった僕に、男は続けざまに魔法をかける。
フッと意識が飛んだ。
今思えば、あのまま死んでいた方が良かったのかもしれない。それほどまでに、この先の出来事は到底信じ難いものだったのだ。

「…何?龍くんが容疑に?何のだい?」
メリッサは立ち上がる。
「どうやら危険区域の住民の金を横領していたとか…」
「………」
「過去の家庭環境から見るに、金銭に対しての執着が強くてもおかしくない、と。」
「何だそれは、ふざけている。大体魔導師が犯罪をしていたと言う報道を流すなどすれば、上層部にも飛び火が来るはず。何故こんなデマを連中は流した…まさか。」
メリッサは上着を羽織ると、足早に部屋を出た。
「し、少将!どこへ…」
「調べる事がある。君は自室に戻りたまえ。」
「は、はい…」
「クソっ!あの連中……何処まで腐っているんだ……」
メリッサは指の爪を、己の皮ごと食いちぎった。
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