Heavens Gate

酸性元素

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シャーロット編

アイ、キボウ、セイギ②

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「……」
目を覚ました。汚れひとつない真っ白な天井。何処だここは。
…まあ別に良いか。どうでも良い。窓に目を運ぶと、星が空に浮かんでいた。どうやら夜らしい。
「ほう、起きたか。……エルフの生き残りがまだ居たとはな。」
窓に1人の女が降り立った。
「………」
答える気力など無い。
「ほう…無視か。まあ良い。我らの主人はお前を迎えるつもりだ。安心しろ、反対するものはいなかった。」
「……誰ですか、貴方。」
「ヴァイオレットだ。ヴァイオレット.ヴァン.ヴァンパニアス。ヴァンパナアス家の末裔じゃ。」
聞き覚えがある気がする。だがもはや覚えていなかった。
「やはり同胞がどうなったかも知らんのか。残念ながらな、エルフは度重なる戦火で殆どが絶滅した。」
「エルフ…?私の事ですか?」
「……!まさか記憶全部がないのか?まあ良い、とにかく知らせておこう。」
ヴァイオレットは姿を消した。そして結局、そのまま眠る事ができなかった。

朝になり、1人の女が部屋に入ってきた。20代中盤程だろうか。
「失礼致します。健康状態の確認に参りました。」
メイド、と言う奴だろう。怪しさを感じざるを得なかった。
「健康状態、異常なし………なんと驚異的な…奥様が後々こちらに出向きますので、その場でご待機願います。」
メイドはそういうと、お辞儀をして去っていった。

そして少しして、1人の女がドアを開けた。
「いーの!ついてこなくて!私1人で充分よもう!」
170は超えるだろうか、高身長でスラッとして印象だった。
20代中盤と言ったところだろう。
彼女はベッドの横にある椅子に腰掛けると、ゆっくりと口を開いた。
「あーまだ寝てて良いのよ?……じゃあ自己紹介ね。私は
マリアナ.ランドルフ.マクリール。…貴方、どうしてあんな場所で倒れていたの?」
起きあがろうとする俺を引き留めつつ、彼女は質問した。
「覚えていません。」
「本当に記憶がないのね。ここはね、いろんな居場所を無くした人たちが集まるところなの。国に迫害された一族の跡取り、王国から追放された騎士、誤解で仲間を殺された竜人とか、ね。本当に色々。
ここは私が取りまとめる騎士団、ドラゴンクロウ。よかったら貴方も…」
「お断りします。……人と馴れ合っちゃいけないんです、私は。関わったらまた迷惑が…」
ベッドの毛布を握りしめる。
「あら…そう…?じゃあ私が仮にここであなたを捨てたら、身寄りのない子供を手放した卑劣な人間になるのだけれど。それこそ迷惑じゃないかしら?」
このまま無視して出ていけばよかったのだろうが、論破されたような気がして悔しかった。
そんな訳で、騎士団の領に俺は住む事となった。
「じゃあまず服を選ばなきゃね!」
次の朝、起きるや否や俺の手を取り、合わせ鏡の前に立たせた。
「ぐっへへへへ…君を初めて見た時から私は『違う』と思っていたんだよお…」
どこからか、大量の衣服が運ばれてきた。
「え?ちょ、ええええ?」
「お姉さんはね…貴方のような美少女に色んな服を着せるのが好きなの。貴方が悪いのよこんなに可愛くってもう…ぐへへへへへへ…」
完全に若い女を付け狙う中年の目つきだった。
「奥様は日常的にセクハラの絶えぬお方でして……私も今朝3度尻を揉まれました。」
「2回よ2回!」
「掃除中木陰から伸びた手は誰ものなのでしょうね?」
メイドはマリアナに対し、冷めた視線を向ける。
「まあ取り敢えず王道のネグリジェ…メイド服…いやここはいっそ初手からドレス?」
「助けて…誰か…アーーーー!」
あれよあれよと服を脱がされ、再び合わせ鏡の前に立たされた。
「これは…?」
「修道服ね。やっぱりこれが1番合うわね!」
「私は別に聖職者ではないと思うのですが…記憶がないので確証は無いですけど。」
「こう両手を合わせて欲しいんですけど…」
早口で鼻息を荒げながら、マリアナは俺に謙るように要求した。
「こう…ですか?」
「んぎゃっはああかわいいいいいい!血管やぶれりゅ…ふへへへ…」
何故彼女についていくものが多いのか、いまいち俺は理解できないでいた。
「じゃあちょっとほら…控えめな感じでニコッて笑ってほしいんですが…」
「笑う……?笑うってどうやるんですか?」
突如、空気の重みが増す。
「ああ…ごめんなさいね。良いのよ、無理にやらなくて。でも時々着てちょうだいね?」
マリアナは服の片付けを始めた。
「………」
以前の記憶が自分に何をさせたのか。それはもはや思い出せるものではなかったが、踏み入ろうとする度に体が強張るような感覚に襲われた。

次の日、メイドは俺を食堂へ案内した。
「みんなも知ってると思うけど…新しい家族になったシャーロットよ。」
シャーロット。それが俺につけられた名前だった。可愛らしい名前にしないとね、と言う何とも単純な理由ではあったが、それでも不思議と心地良かった。
俺の座った席から椅子二つ分離れた場所に、あの吸血鬼、ヴァイオレットは座っていた。
運ばれた食事に手がつかない。と言うよりは、礼儀作法が分からなかった。
「………」
心なしか周囲の視線を感じる。早くこの場から逃げ出してしまいたかった。
「おい、フランソワ。教えてやれ。」
ヴァイオレットが口を開いた。
彼女の影から、1人の吸血鬼が放たれる。
「え…」
彼女の顔を見る。
「分からんことには暮らせんだろう。当然の配慮だ。」
彼女は俺の方は見ずに、そう言葉を続けた。

屋敷は想像していた以上の広さだった。
あれほどの人数が暮らせるのも頷ける。
好きに暮らしていい、と言われたが、どうしたらいいのかいまいちわからないままだった。
そんな俺が取った行動は、庭でひたすらぼーっとしている事だった。
「…………」
一人でいられると思っていた。なのに何故か、いつも隣に誰かがいるのだ。
「…草の匂いって気持ちいーよねぇ…」
か細い声で突然話しかけられ、咄嗟に距離を取る。
「ああ…やっちゃったやっちゃったあ…どうして僕は女の子にモテないんだろう…死んじまええええ…」
土に顔を埋めながら、ボソボソと独り言を続けている。
このまま帰ってしまおうか。
「えっと……別に怖がってる訳じゃ…」
嘘である。正直怖がっている。
「え?!マジ?!やったああ…やっと女の子とまともに会話できる…」
「………」
「花って食べたら美味しいよね…」
『話の話題がニッチ過ぎる!』
返答などできる訳がなかった。
「あ…ごめん…変だよね…僕…竜人の癖に花ばっかり摘んで情けないってよく言われるんだ…」
「あ…いえ…その……別に私も嫌いじゃないですよ。綺麗ですし。」
「優しいなぁ…。みんな僕の話なんて聞いてくれなかったから…」
またしても涙を流し始めた。
「あーあの…色々進展しないと思うので名前とか…」
ここで引き下がってしまうと一生孤立してしまう。思い切って自分から名前を聞いた。
「え?!あ、あ、あ、あ…その……ギルバート、です。ギルバート.ドラゴヴァニアです。」
握手のために差し出した手は、とんでもない勢いで震えていた。
「………」
握りしめた手に振動が伝わる。
「じ、じゃああざしたーーーー!」
ギルバートは一目散に逃げていった。
何だったのだろう、彼は。
「彼は竜人の数少ない生き残りです。」
30代前半と言ったところだろうか。俺とそう変わらない容姿の男が俺の横に座った。
「………」
「ああ、あまり警戒しないでほしい…。私はランスロット。ヴァイオレット様の騎士です。」
「生き残り…と言うのは?」
「彼はね、近隣の村の人間に同胞を殺されたのです。曰くその日は花を摘みに行っていたそうで…それで偶然生き残ったのですが、村人に見つかり、罵声を浴びせられながら日夜追われ続けたと。」
「………」
ズキン、と胸が痛む。理由は分からない。
「傷を負った者がここには集まっている。貴方も、他の方もね。何があったのか私は存じませんが、きっと分かり合える筈、と思っております。」
あの中でもひとつ抜けて年齢の高いその男は、それ相応の落ち着きがあった。
「貴方は…何をしたんですか?」
「やはり気になりますか……不倫ですよ、情けないことに。かつて私は王国の騎士でした。自分で言うのも何ですが…騎士の中でも最強と歌われるほどには名が知れていました。……ですが私の不貞によって円卓は滅びた。王国が滅ぶと分かっている中、私は加わろうと…軽蔑されても加わろうとしました。けれどそれは叶わなかった。傷を負い、足止めをされ、そうして辿り着いた頃には、私の国は滅んでいた。……そして私は死んだ事にされていました。」
「………」
「自業自得です。言い訳する気もない。ですがそんな私を…ヴァイオレット様は拾って下さった。一族が滅ぶ寸前だったにも関わらず、唯の人間の私を騎士として認めて下さった。……あの方は人に寄り添うことに長けている。言わずとも他者の悩みに寄り添うことができる。」
ヴァイオレットの行動を振り返る。
「あ…」
俺が記憶喪失だと汲み取ったのも、食事のマナーを教えるようにしたのも彼女だった。
ヴァイオレット。彼女に対しての認識が、俺の中で徐々に変わりつつあった。

「さて…日も暮れ始めています、中に入りましょう。貴方にも説明があるでしょう、今後について。」
ランスロットは、俺に手を差し出した。
「あ…良いです。」
レディへの気遣いという奴だろうが、なんだか性に合わなかった。
「やっぱりダメですか…」
ランスロットは項垂れていた。

「シャーロット、入るわね。」
日が沈んだ頃、人知れずマリアナは俺の部屋をノックした。
「…どうかしら、ここでの生活は。」
「ええっと…楽しいです。皆んな親切ですし…」
「…そう。」
いつも見せるものとは違うその表情に、体が固まった。
「それでね、分かっていると思うけど、ここは騎士団なの。だからね…剣を握る事もあるの。」
「………」
「元々私の家はそう言う家系でね……何代も続いてる騎士団なのよ、ここは。
ドラゴンクロウという名前の由来だって、かつてドラゴンと人が対立していた時代に、それに対抗する為に組織されたのが由来なのよ。でもその対立の後、ドラゴンと私たち騎士団は和解した。もちろんこの団名を変えようとしたのだそうだけれど、我々との歴史の為に残して欲しいって言う彼らの要望でこのままになった。」
「でもドラゴンはとっくに滅びたんじゃ…」
「そう、魔装兵器の開発の為に狩られたのよ。……私の父はそれを許した。それどころか支持していた。
私はそれが『腐っている』と思ったの。だからね、父を毒殺して、私がここの領主になった。かつて志した、『誰もが分かり合う』心情が戻って欲しかったから。……18歳だったから10年以上前ね。でもその頃にはもう…既にドラゴンは滅びていた。だけど諦めたくないから、彼らを今も探し続けているの。」
マリアナは話し終えると、俺に目を合わせ、問いかけた。
「貴方はそれでも、ここにいたい?私を人殺しと軽蔑する?それとも偽善者と罵る?」
「…思いません。」
心からの答えだった。どうしてこんなに響いたのかこの時の俺にはわからなかったが、とにかく心からの返答だったのだ。何度も罵られ、傷つけられた事は、その佇まいか察することができた。だからこそだったのかもしれない。
「貴方の生き方を、私は素晴らしいと思います。誰に罵られようと、誰が軽蔑しようと、それは変わらない。今立っている事が美しい。そう思います。」
マリアナは優しく微笑んだ。
「…そう、ありがとう。優しいのね、貴方。」
「貴方の力になれませんか?何でもします。貴方の後悔と信念のために。」
「ふふ、でも今は移動中よ?もう少しかかるから焦らないで、ね?」
「移動中?」
「ええ、ここは移動する屋敷なの。と言うかここの屋敷自体、私の魔能力よ?」
「ええええええ?!」
やけに雲の動きが早いとは思っていたが、まさかそう言うことだったのか?そう言えば屋敷の外を一才見ていなかった。
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