Heavens Gate

酸性元素

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シャーロット編

そして彼女は希望という名のそれに縋る②

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「うおおおおおお……ラァ!」
ケインは結界を物干し竿で切り裂いた。
結界は砕け、ケインはそのまま地面を転がり、城の壁に激突した。
「あー…いってぇ…アイツ勢いとか計算しろよホントに…絶対わざとだ…絶対わざとやった…」
背後に強烈な魔力をケインは感じ取り、即座に立ち上がると、その方向に剣を構えた。
霧の中、人影が朧げに映っている。
「………魔族、とは違うな。誰だ?」
人影が消える。
何かを感じ取り、刀を上に上げる。
攻撃を防げたのは殆ど勘だった。
左方向から迫り来るそれを、ケインは刀で受け止めた。
「……誰だ、と言うか何だお前は。」
「驚いた、防ぎ切るとは。」
それは骸骨の騎士だった。驚いた表情など当然汲み取れない。
骸骨の騎士は、筋肉の一つもないその腕からは信じられない程の腕力で、ケインの刀を押し返した。
一瞬のよろめきを当然彼は見逃さない。ケインの懐にロングソードを滑り込ませた。
ケインは再びそれを受け止めると、重力で剣を地面に押さえつけた。
倒れ込んだ彼の頭を蹴り上げる。
頭蓋は当然飛んでいった。
が、それでも騎士は止まらない。
「そりゃそうだよなあ…!」
のけぞって剣をかわしつつ、肋骨の隙間に刀を入れると、そのままの勢いに乗せ、骨を切断した。さらに畳み掛ける。バランスを失った状態の体から両腕を切断、そして続け様に半身を勢いよく分断する。
「はあ…はあ…まだ動くのかよ…」
上半身は未だ剣を振るう。
腕もないのに、口で剣を咥えている。
ケインは思い出した。
今より死霊が闊歩していた時代、除霊師は定着の解除に魔力を注ぐ事で、魂を浄化するのだと言う。
となれば……
ケインは骸骨に刀を差し込む。
驚くほど簡単にそれの動きは停止した。
「ふぅ…」
「ふむ……除霊術をその場で掴むとは。大したセンスだ。」
「ここで殺さねば女王様の弊害となる。」
骸骨の騎士が2人、ケインを挟み込む形で現れた。
「流石にしんどいんですけども…」
ケインは身震いした。


ゾンビの頭を破壊する。視線を移す。破壊する。視線を移す。
この動作を15分は続けている。
「あーーーーー!飽きるわあ!」
花織は怒りに任せて刀を振るった。
「ほぼ無尽蔵と呼んでも良いだろうな…街に出させたら終わりだからそこんとこヨロシク!」
クレアは淡々とゾンビを殺しながら告げる。
「…僕いりますかね?」
レドは自分がほとんど貢献できていない事に対してため息をついた。
「……そろそろ必要になるよ」
クレアは目を細め、どこか遠くを見るようにそう言った。

「見た目の割にやたら広い…と言うレベルじゃないな。これは空間が歪められている。」
ケインは周囲を見渡す。上陸して30分経つが、未だに視界は霧に包まれていた。
骸骨の騎士が地面から起き上がり、ケインに襲いかかった。
「クッソ…うぜぇんだよ!」
ケインは鎧ごとそれを一刀両断する。
「はあ…はあ…はあ…抜けた……。」
霧が徐々に薄れていく。
だが、彼の視界に映ったものは、夥しい数の骸骨の群れだった。
畜生、300は超えていやがる。
「……あーそうかよそうかよ…なんで俺がこんな事しなきゃ行けねぇんだよクソがあ!クソが!クソが!クソがあああ!」
怒りに任せてケインは叫ぶ。
そして暫くの沈黙の後、何事もなかったかのように顔色を戻す。
「よし、やるか。全員殺して突破する。文句ねぇよなあお前ら?」
声高々とそう言い放ったケインに、騎士たちは襲いかかる。
馬に乗ったもの、矢を放つもの、攻撃方法は多彩であった。
当然対応できるはずもない。
幾ら斬ろうと湧いてくる。
そもそも除霊法にも慣れていない。
既に彼は死んだも同然である。
『あー……なんでだろうなぁ…やたら頭ん中が澄み切ってやがる……。そうか、先月のアレだ。先日のあの戦いがあったから妥協でもついたのか。
しっかし斬っても沸くし除霊にも慣れねえ…どうしたら…。』
彼の思考は止まった。
「ふふふ…はははは!なあんだ簡単じゃねえか!殺し慣れるまでぶっころしゃいい!一般人が殺しに慣れるのと同じだ!覚悟しとけよお前らあ!今から全員サンドバッグだああ!」
その高揚は無意識のものだった。本来の彼、いや上辺での彼では至らぬ行動。
着実に彼の動きは洗練されていっていた。
体力の限界など最早無い。
霧の中、彼の笑い声だけが響き渡っていた。

城の中の玉座、吸血鬼の女王は口を開いた。
「ふむ……案外この時代の人間も厄介なものだ。……投下するか、アレを。」
上空の島から次の不死者が放たれる。
今までのどのものとも規模が違う。
「何だ……あれは…!」
巨大な竜が、空を飛んでいた。
「ドラゴンだ…!太古の昔に滅んだはずの…!」
レドでさえも驚愕していた。アレは今までの、最上位の魔族と並べても遜色ない、そのレベルの魔力じゃないか。
「ふはははは!ドラゴンゾンビか!ゾンビとは言え興奮するよ!ああこの目で飛ぶ姿が見られるとは…!」
クレアは高揚感を身に包みながらも、名残惜しそうに銃撃を放った。
が、それは何らかの力によって跳ね返された。
「……?!これは…まさか魔力防壁を常時展開しているのか?死体でこのレベルなのか…やはり興味深い…!」
ドラゴンゾンビは急降下を始める。
音速を超えて彼らに迫る。
花織は刀を滑り込ませた。音速の突撃と音速の斬撃、当然簡単に斬れる筈である。
だがそうはならなかった。
それほどの勢いをもってしても、完全に切断する事はできなかった。
それどころか、中途半端に切り損なったその状態は、結果として彼女の体をドラゴンに持ち上げさせるに至った。
彼女は暴れる龍と共に空を飛び、ビルのガラスに背中を叩きつけられた。
それでも刀を体から引き離せない。ビルの中にまだ入り込んでいたドラゴンは、彼女を引き離そうと首を振り回す。その度彼女の体はコンクリートに叩きつけられた。
手を離そうにも離すこともできない。奴の血液が凝固し、彼女の両手を固定してしまっていたのだ。
これはドラゴンの特性か?いや、聞いた事がない。とにかくどうにかしなければ。花織は死の予感を今まで以上に感じ取っていた。
「が…!」
背中の骨から鈍い音がする。
そして多量の出血。
これ以上のダメージはまずい。
花織は全身に力を入れる。
しまった、魔力による強化を忘れていた。
よし、やってやる。
全身の魔力をフル回転させる。
そして、ドラゴンの動きは止まった。己の力のみで、かつて最強と謳われた生物の動きを止めたのである。
「グオオオオオオ!」
ドラゴンは咆哮を上げる。
「死に損ないのトカゲが……ここで埋葬してやる!」
花織はついに体から刀を引き離した。
途端にドラゴンは飛行を再開する。
ドラゴンは再びビルに接近する。
二度の失敗はしない。
急所はとうに把握している。
洗練され切った太刀筋で、正面から迫るドラゴンの首は切り裂かれた。
雨となって降り注いだ血を、花織は無言で拭った。
「はあ…はあ…!」
花織はその場にしゃがみ込んだ。
だが、彼女は即座に立ち上がることとなった。
「……なんて事だ、ふざけている。」
最早呆れる他ない。
ガラスの無くなったビルの窓から見える景色に、彼女は顔を歪ませた。
60、いや70はいるだろうか。
先ほどと同じドラゴンゾンビが、群れとなって空を闊歩していたのだ。
史上最強の生物、と聞けば皆魔族と答えるだろう。
だが全ての歴史において最強と聞けば話は変わる。
かつて王が国を統治していた時代、あらゆる者に恐れられた史上最強の生物。それがドラゴン。
腐敗した肉体で本来より弱い筈。だがそれでもあの強さだった。
それが束となって襲いかかって来る事が何を意味しているのか。そんな事は明白であった。
「ふぅー…」
それでも彼女は立ち向かう。
私はこれを斬らねばいけない。
命を捨てて、首を取る。
刀を持つとはそう言う事だ。
守ると言うのはそう言う事だ。
地面を蹴る。雄叫びを上げる。
一心不乱に向かって行った。
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