Heavens Gate

酸性元素

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シャーロット編

そして彼女は希望という名のそれに縋る

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午前5時46分、それは突然現れた。
何処からともなく降り立ったそれは、上空から次々と鎖を下ろしていく。
そしてその場に固定されたそれは、魔力の放出を始めた。
初めから攻撃を目的としていない故、その量は微々たるものであった。
午前6時を過ぎた頃、攻撃は開始された。
血液の雨が降り始めたのだ。
その場に居合わせた者たちは当然困惑した。
だが、それはすぐに絶望へと切り替わった。
血液は突如、鋭利な刃物へと姿を変え、彼らを襲ったのである。
既に体に付着していたものは全身を突き刺された。
死体となったものの体にも雨は容赦なく降り注いでいった。
悲鳴はとてつもないスピードで広がっていき、次期に止んだ。
何故なら人がいなくなったのだから。

ケインは窓に映る島を見ていた。
「まさか…!」
所長がいるのは、あそこだと言うのか?
「何故誰にも言わずに……」
「彼女の関係者がアレの発端……と考えて間違いないか。」
レドはゆっくり立ち上がる。
「彼女は……一体誰と戦っているのですか?」
花織の疑問に誰も答えられなかった。


シャーロットは島に降り立った。
「ご丁寧に結界張ったくせに俺だけは通すのかよ……俺を誘き寄せる為にここまでしたのかテメェは!」
そんな怒りとは裏腹に、彼女の行動原理は至って曖昧だった。
一体誰を探しているのだろう。
彼女自身もわからない。
何故なら、彼女に記憶はないのだから。
アジ.ダハーカの心臓の副作用。
絶対的な再生能力の代わりに、再生する度に自身の記憶の欠片を失う。
長い戦いの末、彼女は過去の記憶の大部分を失ってしまった。
シャーロットは足を止める。
彼女の周囲を、大量の骸骨の騎士が包囲していた。
「………死霊か。それも最上位のもの。」
騎士は剣を振り翳した。
シャーロットは次々と剣をかわす。
ラプラスの魔眼の未来視の下には、生半可な剣戟など意味をなさなかった。
彼女は魔能力すら使わず、拳と蹴りのみで全てを蹂躙した。
シャーロットは島の中央部へと走る。
間違いない。あそこに奴がいる。
奴が誰なのかは思い出せない。だがそれでも向かわなければ。



「なんだよこれ…」
ケイン達は驚愕した。赤黒い武器に全身を刺され、その場に夥しい数の死体が散乱していたのだ。
「これは島からの攻撃で間違いないでしょうが……多分それだけじゃない。」
レドの言葉と同時に、上空から大量の何かが降り注いだ。
全長3mはあるだろうか。
それらはゆっくり立ち上がると、彼らの方に振り向き、上から見下ろす形で睨みつける。
体には鎖帷子が隙間なく装着されていた。
そしてゾンビの放出は止まらず、島から次々と放出され、一瞬のうちに50体を超えた。
ゾンビは巨大な武器を構える。鈍器、鎌、ロングソード…
それぞれが多種多様な武器を所持していた。
固まっていた4人は咄嗟に分散した。
武器が地面を打ちつけ、コンクリートを砕く。
ケインと花織は攻撃の一瞬の隙を見計らい、ゾンビに接近すると、首を切断した。
「ゾンビは首…だったよな。」
が、ケインの刃は首の半分を通過することもなく、途中で停止した。
「クッソ…肉が硬てぇ!」
即座にゾンビの反撃が迫る。
それらの首は、横からの砲撃によって消し飛ばされた。
「ふぅ……危ない。」
クレアは魔装兵器を生成し、次のゾンビに向けて装填した。
が、突然ゾンビから発された言葉に一同は驚愕することになる。
「やるなあ、この時代の魔導士というのも。」
なんと言うことだ。まさか、この群れ一体一体が知性を持っていると言うのか。
『ゾンビがここまでの頭脳を持つなんて……興味深いがそれ以上に怖いな。これの召喚者はどれ程高度なレベルの…』
普段のクレアならば高揚していたであろう。しかし今回に限っては、彼女でさえも恐怖を抱かざるを得なかった。
「まあとにかく、お前らとしてもこのままやられるのは納得がいかんだろうな。……どうこうなる話じゃねぇが。」
ゾンビは後頭部を軽く掻きむしりつつ、続けてそう言った。
「……シャーロット、と言う名に聞き覚えはありますか?」
「……!」
投げかけられたレドの質問に、ゾンビは明らかに動揺した。
「そうか……お前らは奴の関係者か。なら尚更、通す訳にはいかない。」
ゾンビの魔力が増幅する。
今までの倍以上だ。
「ゾンビは魔力使えねぇんじゃ無かったのかよ…」
「アレは恐らくだが、正確にはゾンビではない。流暢に話している辺り、定着した魂の残骸を付与した通常のゾンビとは違うんだよ。」
一斉にゾンビは襲いかかる。だが単に同時に攻撃したのではない。連携の取れた洗練された動き。
4人程度に対応できるはずがない。
だが、彼らの場合は例外だった。
「一昔前の戦士なのは容易に想像できる。ならば私もそれに合わせよう。下がりたまえ!」
クレアは銃を両手に構え、背中に背負った砲撃、コンクリートから生成したガトリングの射出と同時に引き金を引いた。
ゾンビの頭部の位置にピンポイントで弾が命中していく。
頭のみを的確に狙いうったその銃撃の嵐は、あっさりと群れの規模を1/3にまで減少させた。
「洗練されてる分読みやすいって奴だ。」
ゾンビはそれでも止まらない。
一才止まることなく、近くのケイン、花織、レドを攻撃した。
だがやはり、誰もが予想していた通り、彼らの頭は砕かれた。
残党の数体をケイン、花織は処理していく。
「フム…核を探す手間が省けるな。」
花織は袴の埃を手で払いながら言う。
ゾンビに向けて撃った銃撃があっさり弾かれると、レドはやる気なく肩を落とした。

そうしているうちにゾンビの群れはいなくなった。
「いなくなったけど…多分一時的だね。この調子じゃまだまだ来るよ。」
「ところで…誰が島に乗り込むか、と言う話ですが…」
レドは3人を順番に見る。
「俺が行く。」
ケインは、レドの言葉に割り込んだ。
「残念だが難しいね。強固な結界が張られている。」
クレアは冷酷に言い放った。
「えー?!あんだけカッコつけたのに!はっずぅ…」
ケインはその場にしゃがみ込んだ。
「まあ不可能という訳じゃないさ。島からはざっと300mって辺りか。」
「え?」
「察したようだね……そう、ゴリ押しさ。」
クレアは満面の笑みでケインを担ぎ上げ、砲撃の銃口部にケインを押し込んだ。
「待て待て待て待ておかしいだろ!なんでこんなアナログな方法を…」
「仕方ないだろう?!見るからにあの結界は自動再生機能付きだ!下手な結界破りなんて出来ないし、そもそも高さがありすぎて誰も届かない。……であれば高速で吹っ飛ばして、壁に当たる寸前で君が超高速カタナスラッシュだ!」
「なんてアホな計画ぅ…」
「あ、take offとか言えば良いですか?」
「レドさん?レドさん?」
「じゃあ行くよー。3、2…」
「あー早い早いカウントが…」
「0」
「1はどこ言ったあああ!」
ケインは飛んで行った。心なしか飛行機雲が見えた。
「これが断末魔にならないと良いのですが…」
花織はボソリと呟いた。
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