Heavens Gate

酸性元素

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魔人衝突編

託し、託され

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「遅いわよ!」
魔族の眷属がレド達を囲い込み、攻撃を開始した。
「っ……!」
クレアは魔力防壁を展開する。眷属は壁に弾かれ、霧散していく。
「あら…案外硬いのね、その魔力防壁。」
『これは…召喚術か。おそらく精霊術……の応用。精霊が直接攻撃するなど普通あり得ない。となればアレは己の魔力で改造したもの。』
「君…そんな事すると動物保護団体が黙ってないよ?」
「やだもー!もう気づいちゃった?でもよおく考えて?安直に契約した精霊が悪いのよ!」
「……だそうだ、ゾルダ氏。」
「は?」
空中に火が灯る。
咄嗟に魔族は水の壁を生成する。が、凄まじい高熱により、それらは一瞬で蒸発した。
業火が魔族を焼き尽くしていく。
「っ…!」
魔族は全身の火傷を修復すると、クレアを睨みつけた。
「火の精霊…イフリート。ゾルダ氏の精霊さ。」
「成る程…で、彼は何処に…」
「ここには居ないよ。」
「は?」
「彼は今、『魔族の群れを処理しながら』此方に支援をしている。」
『ここから何キロあると思ってるのよ…?!と言うか精霊は1人一つだけじゃ…まさか』
「ああ、彼の契約した精霊は8万2582だ。実質的に8万を超える魔能力を持っている。」
「なるほどね…だから何だってのよ!」
空中に再び穴が開く。8000を超える精霊が召喚された。
「なんとしてでも突破する。シュタイン氏、準備を。」
クレア、及び増援部隊は魔族に銃口を向ける。
攻撃のタイミングは同時だった。
クレアの車は止まることは無い。突破するだけで良い。それだけできれば後はどうとでもなる。
しかし、それすら許されなかった。車は海水に持ち上げられていたのである。
「ここはアタシのフィールドなのよ。塩分と水分があれば海水を作れる。ただそれだけなんだけどね?もちろん普通のよりよっぽど強いわ?1人の人間じゃもがいても無理。」
体が動かせない。最早氷に等しいレベルの硬さ。液体など名ばかりの、完全な拘束具と化していた。
『息が続かない……!だが…!」
イフリートの炎により、レドの周囲の海が割れる。
行け、とクレアはサインを送った。
「逃がさないわよお~!」
即座に1000を超える眷属がレドに襲いかかる。
それらは、一瞬にして切り刻まれた。
「嘘?!」
「ホントだよ。」
背後から迫るそれは、玄式花織の剣だった。
魔族は間一髪で剣戟を回避した。
「次から次へと…あんた一体誰なのよ!」
「少し私もムシャクシャしているんだ。正直活躍ナシだからなあ!」
何故この海水を意にも介さず進むことができる?
そう思考する間に、やはり剣戟は彼女を捉える。
精霊のガードで攻撃を逸らすしか無い。反撃しようにもその前に切り落とされる。
『この人間……アタシとすこぶる相性が悪い!』
花織の後方、クレアの砲撃の嵐が迫る。
「……!」
魔族は海水で自身を囲い込みつつ、海の水位を上げていく。
「無駄ぁ!」
花織は空中を泳ぐ眷属を乗り継ぎ、再び魔族に刃を向ける。
突如、魔族の海水は刃に変形し、花織の剣戟を受け止めた。
海水の刃の奥、何かが映る。
花織は咄嗟に距離をとった。
その直後、夥しい数の眷属が放出され、彼女の目と鼻の先を掠めた。
「っ……!」
「玄式氏、少し距離を…」
「必要ない!今ここで……!」
「君が何の意地を張ってるかは知らないがね…判断一つで全てが終わると思えよ!」
クレアの言葉により、彼女の脳は途端に冷静になった。
彼の代わりに、と焦ってしまっていた。なんて事だ。
「しまったな……私とした事が……」
眷属が迫る。
両断。
その直後、無数の斬撃。
その斬撃は伝播した。
空中、果てはそれを操る主人までもを巻き込んでいく。
魔族がそれに気付いた時、既に彼女の身体は欠損していた。
魔族は後ろに下がる。が、彼女の視界には影に覆われた。
まさしくそれは、花織の影であった。
「なんなのよアンタは…!」
太刀筋の読めないあの斬撃がきっと来る。
ならばもう一度ガードを取るべきだ。
彼女のその思考は、直前で覆った。
待て。ならばなぜ、こいつはアタシの目の前で止まった?
攻撃させたいならさっきと同じようにすれば良いじゃないか。
眷属を右手に集める。
5匹の眷属は収縮し、鋭利な刃物へ形を変えた。
接近戦は厳しい。だがそうでなければ間に合わない。
花織の斬撃を魔族は受け止めた。
「っ…ぶないわね…!」
花織は間髪入れず、剣を構える。
どっちだ?どっちが来る?魔族が考える間に、既に行動は完結していた。
魔族の剣をすり抜け、花織の斬撃は彼女の半身を切り裂いた。
『剣戟の過程だけを飛ばす……一対一ならこちらの方がよっぽど効率的だ。』
魔族は両半身を繋ぎ直すと、眷属全てを刃に変えた。
とにかく近づかせない、そして自身へのガードの構築に時間をかける。
花織は眷属を切り裂いていく。行動過程は飛ばさない。
「やはり陽動…!」
これがあるからだ。
下手にやれば即死確定。
「ふふふふ…ははははは!そーでなくっちゃ味気がねぇぜぇぇぇ!」
全身の魔力が跳ね上がる。
花織の剣技は徐々に変化していく。他に足をつける前提の型は、両手足を使い、飛び回る型へと進化していく。
「戦い方が変わった?!なんで…」
魔族は焦る。防御を早く固めねば。
突如、大量の光弾に彼女の防御は砕かれた。
「……!」
「おいおい、私らを忘れるなよ?彼女と君とのデュエットじゃあないんだぜ?」
「この……」
咄嗟に彼女は前方に剣を構える。
が、彼女の姿は無い。
「下、だよ。」
魔族の右手は、花織に切り裂かれた。
彼女はそれでも止まらない一瞬、刀から手を離すと、即座に手に戻し、上から上半身を両断した。
そこから抜刀へ繋げる。過程を飛ばした100以上の斬撃。
彼女の体はバラバラになった。
「………身代わり、か。」
「そうよ?」
海水に沈んだのは、魔族の肉体ではない、眷属の肉体だ。 「あと何回だ?」
「教えると思う?」
海に浮かぶ眷属の死体が沈んでいく。
「あーまずい…」
「玄式氏、そこ、のりたまえ。」
クレアは、花織の後方から鉄球を投げ込んだ。鉄球は空中で広がり、タイルに変形した。
「助かるよ…足場があればどうとでもなる。」
「もお…やーめた!さっさと決着つけちゃいましょ!」
宙に浮かぶ眷属が人型に変形していく。
「たまげた…身代わりというよりは複製じゃないか。」
「もっと増えるわよおおおお?!」
魔族の分身は、次々と眷属を生成していく。
「まずい…これではシュタイン氏に到達する!」

レドは走る。乳酸が詰め込まれた足は、とうに悲鳴をあげている。
「はあ…はあ…車の一つでも残せなかったのかなあ…」
愚痴をこぼした彼の表情は強張り始める。
「ほら…やっぱりこうなるんだってば…」
背後、夥しい数の眷属が彼に迫る。
彼の肌に触れようと言うその直前、眷属たちは放出された膨大な熱により、灰となって砕け散った。
「そう言えば…頼もしいなイフリートというのは…」
『舐めんなクソガキオラァ!誰も近づかせねえわオラァ!』
「オラつきがどうにかならないかなあ…」
突如、レドの視界は暗闇に包まれた。
「………あれは大丈夫?」
『できるかオラァァァァ!』
眷属の大群が、まさしく大波の如き勢いでレドを襲う。
上空、一筋の糸が反射した。
一つの弾丸が糸を伝う。
上空に飛び上がったそれは、1人の老婆に姿を変えた。
「クレアさん…!」
「せっかくのソレ…見せ場がねぇのは勿体ねえだろ?!」
クレアは空中で弾丸を放つ。空を跳ねる弾丸。万を超える眷属を撃ち抜いていく。
「アン!ぶち込め!」
遥か先、肉眼では到底捉えきれぬ距離。
そこから無数の矢が発射された。
Leviathanの全身を、それらは次々と捉えていく。
『やっぱ再生力が桁違いだな……しかも魔力以外の組織も混ぜてある……ありゃ白撃でも無理か。』
「おい小僧!やっぱテメェじゃなけりゃアレはやれねぇ!行きな!」
「はい。わかってます。」
レドはクレアの方を向かず、そう答える。
「ケッ!ホントに大事なもの以外見てねぇんだな…羨ましいぜ全く。」

ゾルダの魔力が炸裂する。万を超える魔族の群れは、目にも止まらぬ勢いで蹴散らされていく。
「ここは彼に任せよう。一同、構えろ!目標はStageαステージアルファLeviathanリヴァイアサン。最大まで装填せよ!」
メリッサの指示と同時に発射された砲撃は、Leviathanの体を捉える。
「どうだ?」
「動き、少しだけど遅くなってるッスよ。」
「よし、このまま続けろ!」
「だけどこれじゃ…間に合わない。」
Leviathanの足は砂浜に到達した。体に纏わり付いた硫酸により、砂は音を立てて溶けていく。
「っ……!」
「おい、どれぐらいで撃てば良い?」
突然聞きなれない声が脳に響き渡る。
「?!ミス.シャーロット……?どうやって一瞬でここまで……」
「全力で飛ばしてきた。……アレには追いつかないがな。で、どれぐらいの規模でやれば良い?」
「避難確認が取れているのは海辺の住宅街だ。そこに止めれば良い。」
「……ちと厳しいな。あの魔族の体ん中にぶち込めば行ける。その為に穴、開けられるか?」
「善処しよう。……作戦変更だ。エドガーくん、装甲の最も薄い部分は?」
「もうやってるッスよ。……特定しました。」
「提示した部位を集中砲火せよ!シャーロットの魔力の装填が出来次第、砲撃は一旦中止、その後再開する。」
砲撃の束により、Leviathanの体に穴が空いた。
「これは……」
「核が無いのか。どう言う事だ?あれは魔族では無いのか?」
シャーロットは魔能力をLeviathanに発射した。
巨大な爆発が周囲を吹き飛ばしていく。
Leviathanの体は崩れ、同時に動きが停止した。
「ダメだな。再生する。」
崩れ去るかに思われたその体は、即座に繋ぎ直された。
再びLeviathanは動き始める。
「チッ……!ありゃ何だ?」
Leviathanの触手は、遂に街へと到達した。街の瓦礫を飲み込み、溶かしていく。

「アハハハハ!無駄だったわねぇ!あと何分かしら?」
「………」
「あら?諦めちゃった?そーよねぇ?!どれだけ斬ってもアタシは増えるもの!絶望するしかないわよねぇ?!」
「フフフフ……ハハハハハハハハハァ!良いよ……この感じ……ぶっつぶれるまで殺りあおうぜ?!」
花織の態度は、高揚の一色であった。
「なんなのよアンタ……イカれてんじゃないの?」
「あーそうだなあ!だがそんな事どうでも良い!」
花織の刀に灯りが灯った。
「聞かせろ、魔族。貴様の名を。」
「アリアナ.ヴェルクロッサ。聞いてどうするの?」
「名を知らなければ殺る価値があるまい。とくと聞け貴様、我が名は花織。玄式花織。貴様の首を頂戴しよう。…おいクレア、支援は無しだ。レドの支援に回すと良い。」
「彼女はああ言ったら開かない性格だよ。最悪君らの首が飛ぶ。大人しく手を引こう。」
花織のアリアナは睨み合う。
先に踏み込んだのはアリアナの方だった。否、花織が踏み込ませた。
アリアナの攻撃を、花織はのけぞってかわした。
「!」
「よくわかった…私はもっと強くなれる!」
その体勢のまま、花織は彼女の顔を蹴り上げ、彼女が目を瞑った隙に刀を振りかざした。
どちらだ?何も使わず斬るのか?それとも魔能力を使うのか?
答えはどちらでなかった。
彼女の首は吹き飛ばされていたのだ。
「……?!」
おかしい。攻撃が飛ばされた訳でも無いのに、あの体勢から首を斬った。
あの刀に灯る魔力。まさかアレは魔殲だと言うのか?
「はははは一回きりだぞ?手加減は。所謂チュートリアルだ。」
過程を飛ばすのが彼女の魔能力なら、結果を操作するのが彼女の魔殲。そして刀に魔殲の魔力を集中させる事で、自身の魔能力と魔殲を同時に使用する事が可能になった。
攻撃が来る、そう悟ったアリアナはガードを取る。が、実際は何も行動しなかった。
それどころか、それに合わせて反撃しようとした行動が、既に完結している。
彼女の体は再び切り裂かれる。
「ああそうだ、今土壇場で思いついたんだがな、魔能力と魔殲は貴様にも定着できる。『こうしよう』と少しでも思った行動はタイミング関係なく即座に起こしてしまうし、ガードしようとしてもその結果は無かったことになる。」
定着させるものを「攻撃」と「ガード」に絞る事で実現した技術。一対一で彼女に勝てるものなどもやはいない。
そう確信しても尚、アリアナは止まらなかった。別にメルディベールの意思に同意したわけではない。ただ同じように政府が気に入らなかっただけ。弱者がどうのと言う話はどうでも良い。ただこの瞬間が、この何処の馬の骨とも知らないこの女との戦いが愛おしい。
アリアナ魔殲を解放した。もう時間稼ぎなどどうでも良い。
海水が両者を包み込み、ドーム状の壁を生成した。
「なるほど……深海さながらの重みという訳か。」
体、魔力、感覚、呼吸、耐久、ありとあらゆる概念が鈍化する空間。鯨の胃の中にして深海の中。海中を泳ぐ鯨の中に立っているのだ。
ここまで遅いと魔力もキツい。駆け引き次第でどうとでも転ぶだろう。
アリアナの分身が次々と増幅していく。こうまで密集した空間で捌き切れるのか。
アリアナの行動は、当然花織の攻撃一色。単純化した攻撃ほど、彼女の魔能力には弱点になる。だが、彼女にとっては棒立ちも同然である。
止まる事なく花織はアリアナを斬る。
本体は何処にいるのか、それが重要だ。
魔力が底を尽きてきた。当然だ。これは魔殲と魔能力を同時に使う。であれば負荷はそれ相応に増していく。短期決戦にのみ特化したこれでは、後数分と持たないだろう。
腹部に痛みが走る。魔能力が発動できなかった。アリアナの攻撃が届いたのだ。あと一撃でなんとかしなければ。
騙されていた。そもそもここに本体はいない。
本体は……
この鯨自身だ。
花織は高く飛び上がる。普段の10分の1も高く飛べない。だがこれで十分だ。アリアナを踏み台にして鯨の腹の天井に刀を突き刺す。そのまま落下に任せて、腹の半分を切り裂いた。
腹から大量の海水が溢れ出す。このまま鯨に攻撃すれば……
花織の首に、刃が通っていた。
「残念。アンタが腹を切った瞬間、アタシは魔殲を解いたのよ。解除直後ならまだ意識はある。そこで決めれば良いのよ。」
花織はその場に倒れ込んだ。既に死体となって転がる彼女に、アリアナは優しく微笑んだ。
「あーあ……忘れてたわ。アンタの魔殲、『結果の操作』だものね。打ち消しでもスキップでもない。そりゃ勝てねぇわ。」
アリアナの核は、先ほど死体となった筈の花織に貫かれていた。
「ああ……貴様は誤解していたな。だがお前が思っているものとは少し違う。途中から私は魔能力を使ってなどいない。『ただ目に見えない凄か早い剣戟』だ。そうすれば魔殲を使用するだけの魔力が残る。……貴様の敗因は私の能力の誤解ではなく、私の魔力が尽きたと誤解した事だよ。」
「チッ……つくづく馬鹿ね…アタシってば。」
アリアナの首は切り取られた。
彼女の表情を見て、花織は笑い返した。
「はあ…清々しい顔で死なれると調子が狂う。」
彼女はそのまま倒れ込み、遥か遠くのレドを見る。
「行け、さあ行け。大金星は貴様に譲ろう。我が同類よ。」
彼女はゆっくりと目を閉じた。
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