Heavens Gate

酸性元素

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魔人衝突編

真実と、その名は②

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「ふぅぅぅぅぅ…」
メルディベールは息を整える。何としてでも妥当する。あれを超えねば成し遂げられない。
彼の瞳に火が灯る。
魔殲の魔力が周囲に溢れ出す。
「ヤケクソ…って訳じゃねぇな。ここで死んで他の奴に託すって所か。」
「いいや、生き残るさ。何としてでもね。」
「そうか……なら俺はお前を全身全霊で殺す。それが礼儀ってもんだろ?」
シャーロットとメルディベール。互いの魔力が拮抗する。
シャーロットは右手を構える。が、彼女の放つ魔力に反して、放出される魔力は小規模であった。
『?!…また遮断か?いや、違う!元素の反応が妨害されている!』
「はあ…はあ…私の魔殲能力はね、『法則を捻じ曲げる』ものさ。君に限り、元素の反応というものを捻じ曲げた。」
「成程…そんなモン使えるなら最初から使ってる筈…大分苦しいだろ、それ。」
「当たり前さ…君レベルの魔力の人間に使えば、魔力の定着にそれ相応の負荷がかかる。」
元素の使用禁止、これを周囲に定着させるだけならば問題ない。ただし『上位を逸した魔力の持ち主』であれば話は別。
今の今まで、限界まで魔力を振り絞って定着させ続けていた。それに加えて魔殲の使用。ツケが回るのは必然であった。
「なるほど……余裕ぶっこいてたが…俺に結界張った瞬間からお前は無酸素運動だったって訳ね。」
シャーロットはギアを上げる。
魔力の歯車が加速していく。
正真正銘、本気だ。
出力の枷があるからこそ、そして彼女が認めたからこそ成り立つ行為。
彼女の髪色が変化する。
金色の髪の色が抜けていく。
純白の白い髪。数100年前、まだエルフがいた時代。魔族と誤解され、亜人が殺されていなかった時代。そこに存在した、数少ない存在。
幻想を観に纏い、魔を放つ。精霊としてのエルフ。
「ハイ.エルフ……!」
怪物などと言うのは役不足だった。
彼女は、彼女はまさしく神の化身だ。
メルディベールの体が潰れる。もはや負荷などという生やさしいものでは無い。
だが、それでも、彼は依然として笑っていた。
「……やろう。」
「……ははっ!そうだな、やるか。」
彼女が笑ったのは無意識だった。暗雲に満ちた己の過去からか、或いは本能なのか。それは誰にもわからない。
彼女の波動が天を裂いた。
魔力によって9割以上遮断されているにもかかわらず、それは成層圏を容易に突き抜けた。
「はあ…!はあ…!」
間一髪、メルディベールは回避していた。否、軽減していた。自分の命は5分と持つまい。それが如何だというのだ。
死への恐怖を押しつぶす。

生まれは所謂エリートだった。生まれながらにして、出世するように出来ていたのだ。
父親は軍の幹部。隠蔽工作を当然のように行う。それに疑いなど僕は向けていなかった。
だがそれでも、僕の気の休まる時間はなかった。周りは才能に溢れ、僕だけが平凡。いや、そこの基準ならば落ちこぼれだろう。兎に角、劣等感しかなかったのだ。下の身分の者を見下す事しか考えられない、そんな劣等感の塊。
魔族の性質から考えれば、周りからは少し思想の強い者、としか思われなかった。だが今となっては、それがどれほど愚かだった事か。
自分に使える者、虐げられる者、全てが当然だと思っていた。何故なら周りがそうなんだから。周りがそうだと言ったんだから。
そうしている内、僕は孤立した。自分より身分が上の者に、ほぼ毎日嫌がらせを受けた。友人は私に同情したが、それでも彼らに、文句など一字一句として垂れなかった。
そしてある時、自体は一変した。
まだ軍の訓練生だった時代、遠征の途中、突然足場を失った。
崖から転げ落ちる。
全身が砕かれる。
全身に岩が突き刺さる。
再生能力など意味を成さない。無数の棘を抜かない限り痛みは消えない。
そうして視界は暗転した。





目が覚めた時に最初に見たのは、ヒビの入った壁だった。魔力で錆びつかない数少ない物質のコンクリート。これが使われているという事は…
「あら、起きましたか。」
「?!」
老婆が部屋へと入ってきた。
「な、なんなんだ貴様!来るな!下級民ヘルサロスが!」
「あら…やっぱりでしたか。貴方様…上級民(ホロード)ですね?」
最悪だ。中級民ヒルルヘイムの従者からしか下級民の話は聞いたことは無かった。だがロクな者じゃ無いのは明白だ。
「違う、貴族民フェーラルだ。…汚らしい、身分を弁えろ!」
「ええ、分かっておりますとも。食事を用意しております故…」
「いらない!さっさとこんな場所…」
無線機が壊れていた。ここが何処かも分からない。
どうする。どうするどうする……下級民が暮らしているなら、あの場所からは相当離れているはず。いや、そもそもアレから何日経っている?もしや死亡扱いになっているのか?
冷静で居ようとする頭に反して、体はブルブルと震えていた。
「…大丈夫ですか?」
「触るな!」
老婆を僕は突き飛ばす。何とかして、何とかしてここから脱出しなければ…。
僕はそそくさと荷物を纏め、部屋を出ようとする。が、足は動かなかった。力なくその場に倒れる。
「一日中うなされていましたよ。その体ではたどり着く前に死んでしまいます。」
再生能力によって体は無傷だったが、衰弱は抜けきらなかった。食事も取らず、体力のみを消費した体は、もはや死体と同義だったのだ。
「さあさ、ベッドに戻って。食事もありますので。」
もはやこの老婆に従うほかあるまい。僕は下唇を噛んだ。
運ばれてきた食事は、予想通り質素なものだった。具材の少ないスープ、硬いパン。口に運んだ途端、思わず顔を顰めた。
「……もっとまともな食事はないのか?!」
「申し訳ありません、他には…」
「……チッ!」
何としてでもここから出てやる、僕はスープを胃に勢いよく注いだ。

「……眠れないな。」
日付が変わったかもわからぬ深夜、冴えきった夜目には、ヒビだらけの天井しか写っていない。
「……眠れないのですね。」
突然耳元に届いた老婆の声に、ベッドから飛び起きた。この程度の魔力も感知できないとは。私は本当に弱っているのだろう。
「ああ、申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。」
「いや……良い。」
僕は全身の筋肉を緩めた。
「うなされていた時……貴方様は何処か……泣いているような表情をしていました。……その理由は」
「お前に何がわかると言うのだ!弁えろ!」
「……申し訳ありません。」
流石に老婆は反省したのか、下を向いて黙り込んだ。
「あー……良い。話そう。…まあ理解できるかは知らんが…」
それから僕は話した。
父親とは数えるほどしか会ったことがない事、周囲との格差との苦しみ、その全てを。
「……つまらないだろう?何の捻りもない自虐だ。みなまで言うな……分かっているさ、私の生涯になど価値はない。初めから父のもので、私のものですら無い。」
「それは違います。」
老婆の表情が険しいものへと変わる。
「確かにあなたが死んでも、悲しむものはほとんどいないかも知れません。意味がないかも知れません。……ですが、それは紛れもなく、全て貴方のものです。決して誰かのものでは無い。意味があろうが無かろうが、記憶に残ろうが忘れられようが、そんなことはどうだって良いのです。自分が生きてきたと自覚を持てれば、それで。……辛いでしょう、苦しいでしょう、そして誰にも理解してもらえないでしょう。ならば私が、貴方の光になりましょう。貴方の生涯に価値を持たせましょう。それで貴方が貴方で居られるのなら。」
その瞬間、留めていたものが溢れ出した。老婆はただ何も言わず、僕の背中をさすっていた。
数日経ち、僕の体力はほぼ完全と言って良いほどに回復した。
その過程で老婆についても色々分かった。
彼女の住む村、すなわち下級民の領域にあるこの場所は、魔人戦争の影響により、彼女以外が皆いなくなってしまった。
そして最後の生き残りとして、彼女は細々と生活していた。そんな中、僕が倒れていた所を発見したのだという。
「ずぅっと1人でしたから……正直言って私は少し嬉しいのですよ。」
そんな彼女を見ているうち、彼女の孤立をどうにか出来ないか、と思うようになった。自分でもよく分からない感情だった。
「もう大丈夫なのでしょう?ではそろそろ行くべきです。」
その日の彼女は、やけに急かしてきた。
「…そうだな。……ありがとう。」
感謝の言葉、これだけで良いんだ。


いや、そんな訳がない。それで良いはずがないのだ。
僕は来た道を引き返し、老婆の家へと戻る。
視界に映っていた光景に、絶句した。
老婆の体が消え掛かっていたのだ。
「なっ……!何故…?!傷など何処にも……」
まさか、まさかまさかまさか……
「あれが…あの食事が最後だったのか…?お前は自分の分もあると言ったじゃ無いか!何故……」
魔族にとっての栄養失調とは、体の組織構造の不安定化。こうなるまで飢えを耐え忍んでいたというのか?
「……良いのです。上のものに尽くす。それが魔族としての生き方です。それこそが私なのです。」
「ふざけるな!待っていろ…まだ…まだ…!」
「実を言うと…私は昔……私も上級民だったのです…故に飢えを貴方様から欺けた…。」
「……」
もう、どうしようもないのだ。そう確信し、自己嫌悪が全身を埋め尽くす。そうだ、やり残していた事、それをしなければ。
「名を…名を聞いても…良いでしょうか。」
「名…ですか…。久しく名乗っていませんでしたね。ケルシー.マッドマキア…それが私の名です。」
「……!」
父親が、民族分割に反対した自身の近親を追放した。そんな話を何処かで聞いた。
罪悪感が全身を覆う。なんて事だ。自分が見てきたもの、当たり前だと思っていたもの、それら全てはこうも腐っていたのだ。
それまでにどれほどの魔族が失われたというのだ。
「…忘れません!貴方のことは絶対に…絶対に忘れません!」
「えぇ…分かっています……。メルディベール…光は貴方の中にある…見失わないで下さい、その光を。」
ケルシーの姿は既になかった。僕の瞳に悲しみはない。何としてでも、何としてでもこの国を変える。何としてでも魔族達が平等な世界を実現するのだ。登る朝日に歩いて行った。
それからはまさしく死に物狂いだった。ヴェルフリッドの訓練を他の者の何倍も受け、実力を身につけた。
そして軍に入ったその後、数々の父親の悪行をリークし、僕が実質的に家系の長となった。隠蔽以外も易々と行なっていた為、そう難しいものではなかった。
そして同胞を徐々に、徐々に募っていった。
そして下級民の支援を行い、それにつれて彼らの支持も増えていった。
人間達を殺すのは仕方のない事だ。魔族と人間は相容れない。だが絶滅させる訳ではない。今度こそ事実上の停戦協定を結ぶのだ。魔族達が平等に暮らせる環境を約束した上で。
燃料にされる魔族達を元に戻す方法を考えた。だが取り戻しようがなかった。一度管に繋がれた魔族は、取り外した瞬間死に至る。ならせめて、と同胞たちの魔力を一部注ぐ事でそれを軽減した。
この戦いで地位を上げ、そして政府を打倒する。
停戦が出来れば、僕はきっと罰を受けるだろう。死刑は免れない。いや、むしろ自ら受けに行く。知らぬフリをし、多くの魔族を犠牲に勝利したのだから。
彼女が見せた光のために。彼女が何も言わずに、僕を助けざるを得なかった、魔族の社会を変えるために。

「あああああ!」
魔力の斬撃が走る。
シャーロットの死角のスレスレを捉えた軌道。
彼女の首から血が吹き出す。
たった一瞬のよろめき。しかし時間は十分。
事前に仕掛けていた魔力の定着。
それを全て、彼女の体内に集中させる。
彼女の体を魔族が突き破っていく。
体を一旦切り離せば良いだけの話だ。
そんな彼女の冷静な思考は停止した。
まさか、これまでもが時間稼ぎなのか?
「血潮と鋼、鋼と亜鈴.鎖と剣、剣と血潮.星は廻りて、命は芽吹く.命は廻りて、星へと還帰る.原初に沈め<>白亜の王よ!天地崩壊.浄土廻楼ヴァルプルギス.ヘブンズダウト!」
生命の魔力の全てを放出、その直後に後即死と蘇生。それを繰り返す。本来ならば魔力は枯渇する。可能な理由は彼にも分からない。
ただ一つ、その場にいたもの全ては理解していた。これが当たればこの国は終わる。大地の大半は吹き飛び、世界中が混乱に陥る。
メルディベールとて何も考えずに撃っている訳ではない。彼女が、その場にいる彼女が何かしない訳がないのだ。
『そうか…これがお前の覚悟か。』
シャーロットは下唇を噛む。
『頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……』
殺風景な部屋、1人座り込んでそう言い続ける自分。何者かが部屋の戸を叩き、罵声を浴びせ続けている。
『うん……今だけは忘れよう。今だけは。』
シャーロットは魔力を込める。
「殺意と波動.波動と狂乱.狂い咲け-天鎖崩落トリアイナ!」
鉄の原子を収束させていく。膨大なエネルギーが、空を包み込んだ。
超新星爆発。宇宙の一つの現象を彼女は3節詠唱で再現した。
なんと言う神技。勝てる訳が無かった。だがそれでも、それでも立ち向かう。
魔力が押し返される。しかし逃げることはない。呼吸困難、細胞の崩壊。既に体は手遅れだ。それでも止まる事はない。
「あああああああ!」
互いの魔法は打ち消された。
シャーロットは驚愕する。星の再現とまで言えるこの魔法を防ぎ切ったというのか。
だが、既に彼の姿はない。限界を超え続けたツケだろう。シャーロットは、顔を顰める。
「何だよ……また何も言わずに死にやがって。」
数100年分の罪悪感が彼女を襲った。
「まあ…これで終わりだな。何とか…」
しかし、予想はやはり裏切られた。


「報告いたします!…」
「言わなくても良い。……成程、置き土産というわけか。」
北部38度のはるか先、海面が揺れる。
海面から夥しい数の魔族が顔を出した。

「……ケニーシュタインくん、頼むよ。」
「……了解しました。」
レドたち一行は車を走らせる。

『メリッサさん…この後の事を色々…』
『…?』
『連中が何か仕込んでるかもしれません。ここは海面に近い……となると海面に適応した魔族を挟ませてる可能性が高いと思います。』

「まさかそのまんま的中するとはね…」
一本取られた、と言わんばかりにメリッサはため息をついた。
「シュタイン氏、行けるね!」
「ええ、僕ら以外の増援は?」
「もうすぐ合流するよ!君にかかってるから、歯食いしばってよ!」
「……」
レドはクレアの問いに答えず、遠くを見るように硬直していた。
「やっぱりか。……いないわけが無いからな。」
知性魔族、それもStage6はある。見た目は男で間違いない。
「あらー…読まれちゃってたのね♡ちょっとショッキング!」
撤回しよう、男ではなかった。
「見た目はカワイイけど…殺すからね。」
空間に穴が開く。魚の姿を模った眷属が出現する。
「海はアタシの支配権……海の中の鮫には誰も叶わないのよ?」
海から巨大な魔族が姿を現した。全長100mはあろうという巨体。魔力はstage6すら超える程。
「何だこれは……!」
「これは……Stage4のLeviathanリヴァイアサンだ!しかしこの魔力……多大な支援もあるだろうが、これは相当にヤバい個体だ。恐らく15分程度でこれらは住宅街に到達する!」
周辺の住民は皆避難させている。だが止められる段階を越えれば、その時点で詰む。
クレアが思考を巡らせているこの間にも、魔族は増え続ける。しかしこれでは止まらない。Leviathanの体から、夥しい数の触手が生え、街を包み込まんばかりの勢いで伸び始めた。
「……まずい、10分だ。」
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