Heavens Gate

酸性元素

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魔人衝突編

生の逆転

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黒い塊が次々周囲を飲み込んでいく。雄叫び、血飛沫、破裂音…暴虐が当たりを覆い尽くしていた。
「クソ…!クソ…!死にたくない…死にたくない…はあ…はあ…あああああ!」
ぐしゃ。それから逃げた男は、一瞬の内にペーストされた。
「やめて…いや…やめろ!やめろおおお!」
ゴキゴキ。車から落下した女はその両手で潰された。
「ははは…はははは…」
男は仲間に銃を向ける。
「待て…おい!何してんだよ!」
「どーせここらで死ぬんだよ…なあ…死のうぜ?魔族より人に殺された方がよっぽどいいに決まって…」
男は魔族の弾幕に殺された。
「え…?」
もう1人の男は空を見上げる。
アレ以外にも、アレ以外にもいると言うのか?
絶望でさえも彼にありはしなかった。
「ふむ…これで半分削れたか?……トラヴィス、片付いたかい?」
『ええ…どうやら戦力温存してた見たいっすけど、そこら全部爆破しましたよ。』
「良くやった。」
「……!」
シャーロットは上空で戦場を眺めるメルディベールを睨む。
「…君のことは知ってるよ、シャーロット。ああ……年上だから敬語を使おうか?」
「………」
震える右手をシャーロットは抑える。メルディベールは表情を変えず、話を続けた。
「この魔力防壁は私の魔能力の特注でね、まあ君も私と同じ視点から見られて嬉しいんじゃないかい?……それとも辛くて仕方ないのかい?まあ知ってるよ。君はあの戦争の事がいまだにトラウマになっている。そこに付け込ませて貰っただけだよ。」
「……お前は何をした?」
「そう睨まないでくれ。私は君たち人間に心酔してるんだ。いや、浸水は言い過ぎか。心酔してるならこうして殺すことも無いからな。…ああ、失礼、話が噛み合っていなかったね。
そうだね……この世の中にはパラドックスというものがある訳だ。
砂山のパラドックスと言うのを知っているかい?例えば砂山から砂粒を一つとったらそれはどうなる?そう、変わらない。依然として砂山のままだ。だがそのまま一粒ずつ取っていったらどうなる?最後の一粒になったら、それは砂山だと言えるのかい?
これが砂山のパラドックスだ。そして私はこれを魔族で行った。魔族の群れを用意し、破壊する。一体いなくなった所で群れであることには変わらないが、最後の一体になったら群れとは呼べない。だから群れの定義を定着させた。
私の魔能力はね、『指定した定義を対象に定着させる』と言うものだよ。君の周りの魔力防壁は言い換えるなら薄い板だ。その薄い壁を壊したら魔力防壁で無くなるのか?砕いても薄い板という定義がある限りは魔力防壁だ。……つまりそう言うことさ。まあ定着させる定義と矛盾の結びつきの度合いで魔力の消費量は変わるんだけどね。」
「そこまでの定着をこの規模で行える訳がねえ!見たところじゃお前の魔力程度には…」
「私だけだと、ね。君ぐらいの魔力があれば良かったんだが…生憎私は君ほどじゃない。まあ魔力量じゃ割と自信のあるタイプなんだが。だけど忘れてないかい?『僕』の固有能力を。僕の固有能力はね、自然界に『還った』魔力を自身のものにするって奴さ。まあ自分のものにできるのは普段使いじゃ少ないんだけどね…でも君のおかげだよ。」
「まさか…!」
「ああそうさ。君の破壊した要塞、そして殺してきた魔族、それら全てが僕の魔力だ。今僕は君レベルになっているのだよ!…増えてる『群体』の魔力も取り込めればいいんだけどね…残念ながら質量保存の法則ってのがあるからね。でもね、人間を殺せば魔力はもっと供給できる。今この瞬間、僕の魔力は溜まり続けている。」
「……」
シャーロットは舌打ちすると、その場に座り込んでしまった。
「すまないね……だって君は強すぎる。精神面で責める以外ないじゃないか。魔力は君と同等レベルだが、出力は足元にも及ばない訳だしね。……因みにここら一体には特殊な魔法が貼ってあってね、範囲内の指定した対象は出力が1/3に低下するんだ。これもこれでだいぶ魔力を食うんだけどね。」
メルディベールは、悪ふざけをするような表情で彼女を見下ろしていた。

「どうする…?どうする…?はあ…はあ…考えろ…考えろ考えろ考えろ!」
セシルは思考回路を回した。魔族はすぐそばに迫っている。
一瞬の気の迷いが自身を死へと誘う。
「班長……上…」
セシルは上を向く。上空に点が浮かんでいる。その点が魔族であると分かったのは、その数秒後のことであった。
「なぜこれほどの量の魔族が……まさかあの要塞は囮…?!」
数秒後、弾幕が飛んでくる。セシルは両手を上へ構えた。
千の戦場せんのいくさば.守り手は我が心象に.先導せよ-黒鋼防御形態.黒錬鎖牢壁ジェイルロック.ラストリゾート!」
黒一色、あたり一面を覆いたくさんばかりの盾が生成される。
直後、弾幕が発射され、爆発音で辺りが包まれていく。
「クソ…!なんだこれ……全然強度が足りねえ!まだ何かしかけてやがんのか!」
ビキビキ。両手の血管が切れていく。腕を上げていられるのも残りわずかだ。
「セシル君!」
後ろから声がする。
「アン先輩…」
「このまま進む!恐らく上空にいる魔力の塊がこの原因…」
「はあ…はあ……分かりました。」
「む、無理ですよ!もう……ここで死ぬんだ…」
1人の隊員を皮切りに次々と悲鳴が上がっていく。
「あーー…少し黙れ!…良いか?俺はこの戦いが逆転する確信がある!まだ内容は言えんがな…とにかく俺を信じろ!……そりゃ俺は若いよ。俺より年上の班員の方が多い。…だが俺を信じてくれ。頼む。」
立つことすらままならない体で彼はそう言った。もはや信じざるを得なかった。この人に応えなければいけない。彼の決意は隊員を三度みたび奮い立たせた。


「はあ…!はあ…!はあ…!」
逃げる。
「ああ…ああああ…!」
涙が頬を伝う。
もはや奴は追おうとすらしていない。僕を弄ぼうとも思っていない。関心がないのだ。ただ生かされ、逃げ続ける僕の事など。
「……うんざりだぜ。」
右耳に声が届く。奴だ、奴が来た。殺される。僕はもうじき殺される。
しかし、攻撃は来なかった。
「ふざけてんのか?人間ってのはいつもそうだ。力も無ければ協調性もねえ……黙って従えば良いってものを…どうして抵抗する?」
もはや声は聞こえない。怖い、怖い、怖い……だけどそれより、虚しかった。奴の言う通りだ。惨めだ。惨めにも程がある。一体どうして逃げている?あの人に生かされたから?違う、どうして…?
その瞬間、とてつもない衝撃が僕を襲い、それに飲み込まれる形で僕は吹き飛ばされた。
地面に体がぶつかる。体の骨が軋む。
「……っは!はははははははは!嗤うしかねえっての!お前ごときにゃ軽蔑さえも烏滸がましい。だから俺はお前を嗤うことにした。ホラ、テメェらは犬ってやつを飼ってんだろ?ウチも無知性魔族を飼ったりする。そいつを虐めて楽しむようなもんさ。」
「………」
「おい…小物なら小物なりにギャアギャア鳴けよ。それすら貫き通せねえのか、クズが。」
もう、いいや。どうでも。結局僕は…
「まあ…クズが生かしたクズだからな。アレ以下じゃねえと道理に合わねえか。訂正だ。何も言わなくていい。そのまま静かに死ね。」
「クズ…?」
「あ?」
「クズと言ったのか?あの人を。あの人たちをクズと…!」
立ち上がる。
「クズだろう?朱に交わればって奴だ。クズと群れるのはクズだけだ。」
呼吸をする。手を握る。全身に痛みが走る。それでも止めない。止めるわけには、いかない。
「許せない…許せない許せない…許せない!」
「ああそうか。許されなければどうなるんだ?」
剣を握った。凡庸な魔装兵器。あの人の足元にも及ばない。だけれど立ち上がるしかない。あの人のために、生きるしかない。
「あああああ!」
振ったはずの剣は、あっさりと砕けた。
わかっている。そんな事は分かっている。だから次を考えろ。
魔族の股をくぐり抜け、後ろに回り込んだ。銃の引き金を引く。当然かき消される。
「めんどくせえ!」
魔族は剣を振る。
が、僕は間一髪で魔能力を使い、攻撃から逃れた。
「……?!」
一瞬の魔族の動揺を見逃すはずがなかった。魔族から一旦距離を取り、攻撃を逸らそうと周りを回る。
「……安直!」
魔族の拳が体にめり込んだ。体の骨が折れていく。立ち上がる事すらままならない。意識が途切れるか否かの境界に立たされた。
「動いてんならそれにタイミング合わせりゃいいじゃねえか。……手抜いたら直ぐに調子に…」
だが、間に合った。辛うじて両手は上がる。これで死んでも良い。
「我が心は神話の語り手.召び起こすは天地の側.答えたまへ<>神羅万象の根源よ!」
「4節に逆説詠唱……?!こいつ…そのレベルの…!」
六道輪廻.魂乘陽印りくどうりんね.こんじょうひいん!」
地面に刻みつけられた魔法陣に光が灯る。
「こいつ…適当に走ってるように見えて魔法陣刻んでやがった……!」
魔法陣の回転と共に、徐々に光は増していく。
あたりを覆いたくさんばかりの発光に僕は思わず目を細めた。
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