Heavens Gate

酸性元素

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魔人衝突編

ちょっとの幸せとちょっとの不幸④

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「ちげーよ。まあ見てな?」
「え?……まさか。」
「え?何?」
「ああ……レナは知らないか。師匠の魔能力はね、『触れた対象を弾にする』能力なんだ。空気だろうが石だろうが何でもね。それが自身含め、生物であろうと関係ない。その生物が心を許せば弾にできる。そしてその対象は物体に触れた瞬間に元に戻る。」
「……なるほど。」
「出番だぜ?シャーロット。」
『分かってんよ。』
「弾喋るんだ…」
アンナは銃の引き金を引く。
射出された弾は宙を走る。弧を描く事はなかった。落下の法則の全てを無視し、目標へと向かっていく。魔族の群れの体を貫通した弾は膨張し、シャーロットの形へと戻った。
「あー気持ち悪かった!この感じをまた味わうとは。」
シャーロットは強い吐き気に襲われ、口元を押さえた。
「アン、見えるか?魔族の群れ。」
アンは魔力視覚で対象を視認する。泥が煮詰まるかの如く、魔力の塊が際限なく分裂し、破壊を繰り返している。
「……できれば見たくもない。あんなの地獄だ。」
「……おい!これで良いんだなメリッサ!」
『ああ、あまりに上手くいきすぎているとは感じていたからね。これは気づいた頃にはもう遅い……という奴さ。要はあの要塞全てが囮と言うわけだ。』
「お前ら用意しな!アン!分かってるな?」
「はい!大型銃に持ち替えて!有効射程範囲に入り次第合図で一斉に狙撃する!」
「了解!」
「レナ!他の射撃部隊は?」
「準備完了!いつでも行ける!」
「んじゃまあ…ざっと100発行っとくぜ!」
アンナの空気弾が魔族の群れへと向かっていく。
「おいおいおいおい……!俺一応居るんですけどお?!」
シャーロットは弾を交わしていく。
「ったくもお……やるか。」
シャーロットは片手を構える。
「灰と化せ-紗廊天陣《プロメテウス》」
地面を揺らす巨大な爆発が周囲を焼き尽くしていく。
「ちっ!これ一発じゃ終わってくれねえか。|狂絶の槍(グングニル)!」
空中から大量の槍が生成されていく。それはもはや槍とは言えず、柱そのものだった。発射された槍は対象を貫くことは無かった。触れた途端にそれらの組織は全て崩壊していたのだから。燃やすでもなく、溶かすでもなく、ただ存在を絶つ。まさに破壊の象徴であった。
「………来るか。」
シャーロットは攻撃の手を止め、落下に等しい速度で地面付近へと移動する。
「読まれたか……なるほど、攻撃方向減らして迎え撃とうって訳か。」
「クソだりーけどやりますかあ……」
「フェローチカ、ヴエル、油断はせんようにな。当然一筋縄ではいくまい。」
年老いた魔族が岩陰で構える魔族の間に割って入る。
「分かっています、ヴェルブリッド先生。」
「ま、ワシが時間稼ぐからのう、不意打ちと行こうや。」
年老いた魔族は崖から飛び降り、壁を蹴った。その直後には、彼の剣はシャーロットの喉元へと届いていた。が、シャーロットは間一髪でそれをかわした。
「はははは!やはりかわすかシャーロット!お前の腕も衰えてねえようだなあ!」
「誰だお前は…」
「ああ、すまねえなあ。俺はヴェルフリッド。覚えてねえよな?ヴェルフリッド.ホールド。魔人戦争でテメェに一度仲間を殺された。」
「……そうか。見た所stage6の……Aか。」
「テメエら基準ならそう言う格付けだなあ!」
ヴェルブリッドは剣を構えると、シャーロットへと再び振り上げる。
「残念!剣は囮だ!」
彼の剣筋は止まっていた。否、地面へと剣を刺したのだ。地面に刺した剣を軸に己の体を回転させると、ヴェルフリッドはシャーロットの腹部に蹴りを入れる。シャーロットはそのまま魔族の群れへと吹き飛ばされる。
「当たった!」
フェローチカはヴェルフリッドの言葉を思い出していた。
『よいか?シャーロットの能力はそうじゃな……人間の言葉では「ラプラスの悪魔」というものがある。簡単に言えばあらゆる物質の位置と運動量、物理法則を把握する悪魔が存在したなら、未来を知覚できるという仮説じゃな。
例えば……物事の動きにはその動きを引き起こした要因が存在するじゃろう?例えば水が溢れたとする。それはワシがコップを傾けたと言う要因があるからじゃ。そしてコップをワシが傾けたのはこの話をしたから……とまあこんな風に物事には連鎖的に要因が存在する。決定論なんて言われとる。ではこのまま遡ったら?当然宇宙の誕生に行き着く。宇宙の誕生が終着点であるなら、ワシがこの話をしているのも、このコップの水をこぼすのも宇宙の誕生が要因と言うことになる。……つまりじゃ、これはつまり物事の動きとは宇宙の誕生から決まっていることになる。そして物体、物質は原子と魔力で出来ておる。故にワシが話しているのもコップの水を溢すのもまた原子や魔力の動きじゃ。……原子の過去とこの先の動きを知れば未来や過去を知れると言う寸法なんじゃよ。まあかいつまんだ説明じゃ、本来はもっと色々あるぞ?』
『つまり未来と過去の予知が能力だと?』
『それは奴の目の能力じゃ。ラプラスの悪魔は奴の能力を示すための例えの話じゃよ。それに奴が見れるのは未来だけじゃ。過去を見る目は別にある。奴の魔能力は物質の把握の方じゃな。……奴の魔能力は原子の操作じゃ。』
『原子の操作?だとしてもあの威力は……』
『ああ……操作といってもな……単に操って反応を引き起こすだけではない。その原子を一瞬にして「複製」させる事もできる。』
『複製……?じゃあ周りに水素と酸素があるなら…』
『ああ……それぞれ1だとすると、その気になれば1秒後には20万に増える。もちろん元素毎に複製速度の違いもあるがの。』
『……隙をつく事は……』
『正攻法ではまず不可能じゃ。先ほど言ったように奴には「ラプラスの魔眼.天」がある。約4秒後までの未来を全て見ることができる故、隙を突こうにもそこに先に攻撃されて終わりじゃ。身体能力も身体強化なしでもどういうわけか異常に高い。下手な白兵部隊員など凌駕するじゃろう。……あの魔力量では消耗戦など語るまでも無かろう。』
『ではどうやって……』
『じゃが隙は突ける。正攻法でなければな。』
「おいおい……このまま勝てんじゃねえの?」
「そう簡単に行けばな。だがそうは行くまい。……先生には考えがある。その時まで待つんだ。」
シャーロットは魔族の群れを吹き飛ばし、地に足をつける。その瞬間、ヴェルフリッドは一瞬で間合いに詰め寄る。
「どうだ?!俺は強えーか?!シャーロットお!」
ヴェルブリッドは剣を鞭の如く振り回す。シャーロットは間一髪でかわしていく。
『魔眼使ってもギリギリだなあこりゃ。まずい、来る!……多少攻撃受ける事に……』
残.激.斬ハイドバーン!」
ヴェルブリッドが剣を振り翳した瞬間、シャーロットの手足から血液が吹き出した。
「ちっ……!」
「はははは!見えてようが見えてまいがかわせねえなら終わりだ!」
ヴェルフリッドの攻撃は止まらなかった。シャーロットに生じた一瞬のよろけを突き、不可視の斬撃を次々と放っていく。
「あーもう!見えねえし早えし範囲広いしでめんどくせぇ!」
一度下がろう、とシャーロットは後方へ飛ぶ。が、それを魔族の群れが阻んでいた。
「……!」
四方八方から放たれた不可視の斬撃が音速でシャーロットを追尾し、彼女の腹部へ突き刺さる。そこから立て続けに首、四肢、胸、肩、頭、頭、頭、頭、頭、次々斬撃が捉えていく。もはや人の形を保つほどの接合力など備えていないそれは、バタリ、と倒れ込んだ。
「おいおいおいおい……ふざけんじゃねえぞ……こんな程度の奴に俺の仲間は負けたのか?見せてくれよ。魔人戦争の時のお前を!生を生とも思わず!作戦のために仲間もろとも島を吹き飛ばしたお前を!俺の仲間を消し炭にし、遺体の一つも持ち帰らせなかったお前を!」
「ああ、すまねえな。衰えてるのは事実だ。」
「な……!」
「どうした?ご期待に添えて大復活だぞ?喜べよ。」
「どう考えても致命傷だ!回復魔法なぞ使用する暇がなかったはずだ!……無詠唱で回復魔法を?いや、それにしてもおかしい!あの回復力は!」
「ゴタゴタゴタゴタとよお……今年で幾つだテメェは?」
シャーロットはヴェルフリッドの肩に手を乗せていた。
「……!」
ヴェルフリッドは思わず後ろへ下がる。
「……お前は俺の能力を研究したんだろう……まあよく出来てるよ。だな全部じゃあねえようだな。」
「まさかまだ……」
「なあ知ってるか?数100年前一国がただ一人の少女に滅ぼされたハナシ。」
「?」
「むかーしむかし……そいつは持っていた膨大な魔力に目をつけられて魔法科学黎明期にとある国に連れ込まれました。その頃は魔族も居なかったので人間同士で戦争していました。魔装兵器で戦力を伸ばしたい一心で人体実験にまで汚い大人達は手にかけたのです。……そして俺は埋め込まれた。組織構造を絶対記憶させ、何度でも再生される禁忌の魔道具『アジ.ダハーカの心臓』。」
「……!」
ヴェルフリッドは息を呑んだ。それではまるで核を持たぬ魔族ではないか。正真正銘の化け物だ。
「あれは埋め込まれた対象が許容できる程の魔力の器でなければ大爆発を起こす代物だ。……俺は許容こそできたがそれ以外がダメだった。……さて、さっき何を言っていた?生を生と思わねえ……だっけか?思ってばかりだよこの野郎。生と向き合わねば破滅する脆い生き物さ。」
「ぐぅ……!シャーロットォォォォォォ!」
ヴェルフリッドは左目から魔力を漏出させる。
「魔殲か。……アンタ、努力でここまでやってきたんだろ?動きの経験値が違うぜ。」
「再生能力があるならなぜ今までの攻撃を避けた?」
「自分の能力に自惚れる奴は必ず負ける。故に俺は全力でかわすさ。……それにまあ色々とデメリットもあんだよ。」
狂.獄.斬ワイルドバーン!」
シャーロットの想像のはるか上を行く速度で斬撃は彼女を襲う。否、想像のはるか上を行く事こそが能力であった。速度、数、精度、それら全てが放つ対象の想像する形の10倍に跳ね上がる。彼女が魔力視覚を使用しようが、ラプラスの魔眼で未来を予知しようが、視認して行動に移すよりも先にそれらは到達してしまうーーーーー
筈だった。想像の遥か上を行く攻撃でさえも、彼女の防御行動の遥か上を行くことはなかった。つまりは事前に放った防御用の攻撃が、それら全てをかき消してしまったのである。
「なっ……クソが!」
ヴェルフリッドは攻撃の手をやめない。が、それが仇となった。既にシャーロットは彼の喉元まで迫っていたのだ。防御など意味をなさなかった。何故なら彼の体を貫いたのは、他ならぬ彼の放った刃だったのだから。創造された魔力製生物は核となる部分を破壊されるまで残り続ける。魔力を視認する魔力視覚を使用できない魔族にとって、不可視の刃など、もはや不可避と同等であった。核を貫かれたヴェルフリッドの体が消えていく。しかしー
「ハハハ……行け。」
後方から2体の魔族が彼女を襲う。シャーロットは反応できなかった。剣戟を背中に受け、一瞬顔を引き攣らせる。
『奴の魔眼は万能ではない。予知できる時間は4秒先が限界じゃ。そしてもう一つ決定的な弱点がある。それは予知できるのは視認している対象一つに限られ、尚且つ一つのものを予知している間は他の対象は予知できないという事じゃ。つまりワシの動きを予知している間なら、奴はお主らを予知できん。』
「行け!ヴエル!」
フェローチカの合図とともに、ヴエルは魔法陣を展開する。
「魔掌天印!」
ヴェルフリッドの生成した刃が魔力へと還り、シャーロットを取り囲む。次の瞬間、魔力は鎖に変形し、彼女の手足を拘束した。
「ハハハ!テメェの魔力を封じ込めた!以前の半分も使えねえぜ!…数日前から準備しといたかいがあった!」
「……なるほどなぁ、囮なのは知ってたが、強い方のお前をそれに使ったのはこの為か。」
「先生!早く!」
フェローチカは剣を構える。
「ここまで追い詰められたのは何年ぶりだろうなあ……力の5%で。」
「5%…?馬鹿を言え、アレで5%だと?」
「ああ、あとよく考えたとは言ったが、この攻撃のパターンは俺の人生経験上記念すべき10回目だ。……まあ経験っつってもここ数十年だが。」
「何が言いたい?!その鎖は魔力の出力の8割を削る。周囲の法陣は魔力を消滅させる。…仮に貴様が本気でなかったとしてもここから即座に力を解放するなど…」
フェローチカの剣を持つ手が震える。まさかできるのか、この人間には。
「つまりはこういう事さ。今までのめんどくせえ会話やらは時間稼ぎ。とっくに詰んでるのさお前らは。」
シャーロットは突如表情筋を横に広げ、不気味な笑みを浮かべ始める。
「ああ……すまんね。普段あまりに力をセーブしてるもので……。いきなり解放すると感情のコントロールが効かなくなる。命かけてる場で笑う趣味はねえんだが……」
「先生!早くこいつを……」
「藍亡き星.滅びのりん.刻みつけろ-星禮破天昇パンドラ
上空の雲を突き破り落下してきたそれは、まさしく隕石であった。空気を切り裂き、高熱を纏い、ただひたすらに破壊する終末の具現化。
「貴様……!魔法陣を上空に……!本当に本気では…」
「その為に他の奴らには退散してもらった。Stage6数体が来たなら一度退散しろと言う作戦だからな。魔眼で予知したんじゃないぜ?6数体程度じゃ俺に勝てない。なら何かしら策を講じてくると予想してたからな。」
「くっ……!」
ヴエルとフェローチカは魔殲を発動し、シャーロットへ魔能力を放つ。が、縛られた状態で彼女はそれら全てを回避した。
「言っただろ?能力に頼りすぎるのはだめだと。故に魔眼なぞ使わずとも多少は避けられるさ。…で、少し大人しくしとけ。」
シャーロットの魔力に彼らは押さえつけられる。魔能力でもなんでもない。ただの膨大な魔力だった。
「まあ所謂……『俺に勝つには100年早い』という奴だな。この場合比喩じゃあねえが。」
隕石が地面に衝突し、周囲を吹き飛ばしていく。事前に貼った魔力防壁にヒビが入る。
「信じられない……!最上位魔法10発には易々耐えるレベルだぞ……!その防壁にヒビが……!」
そう支援部隊員が言い終わる前に、防壁は跡形もなく砕け散った。
「ほお、耐えたか。……いや、お前の部下が守ったのか。」
既に体が消滅しかかっているヴェルフリッドをシャーロットは見下ろす。
「………」
「非合理的と言えるな。死に向かってるお前を生かそうとしたんだから。」
シャーロットに仲間を殺された時、彼の中に浮かんできたのは怒りでも恐怖でもなく、ただ一心の渇望だった。ああ、この殺戮兵器を、この厄災を、この化け物を出し抜きたい。どうにかして出し抜いてやりたい。そう思った。自分の考えがおかしいことなど承知だった。だが諦められなかった。あの頃の自分はなんの力もなく、足手纏いというほかなかったのだ。故に自分の力を示したかった。ただそれだけ。
それからだった。それからひたすらに魔能力を、固有能力を鍛え上げた。物体を透明にするだけだった固有能力と、剣を生成するだけだった魔能力を徹底的に鍛え上げた。教官になってのもその一環。他者を見ることで己を客観視しようとした。いつのまにか育てた生徒は数百を超えていた。
それでも、それでもだ。それでも叶わなかった。奴の実力の足元にすら及ばなかった。だがー
「っ…!」
シャーロットの心臓部に刃が刺さる。
「ハハハハ!やってやった!どうだ?!全く予想してなかっただろ!長年色々考えたんだがよ……結局テメエに勝ちを確信させて死角外からやりゃあ出し抜けた!」
自己満足だと笑われてもいい。ただこいつをアッと驚かせてやりたかっただけだ。
「っ…てえ…!やりやがったなお前……あん時からずっとそんなこと考えてたのか…」
「……?」
「ゼーレでお前らの軍を殺した。……シワが増えたが覚えてるよ。見た感じお前は軍の荷物持ちだったな。」
「……覚えて…いたのか?」
「当たり前だ。殺したやつなんか片時も忘れた事ねえ。」
「ハハハハ!クソ…最悪だ……」
何年ぶりだろうか、涙を流したのは。勝ったわけではない。大した損害を与えたわけでもない。それでも残るものなどなかった。
「はあ……やるべき事は終えた。出来るだけ時間も稼げた。俺の目的もまあ……果たせたには果たせたか…。ま、上出来かな?……すまんのう、ワシの身勝手に付き合わせて。」
彼は満足そうな表情で消えていった。
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