Heavens Gate

酸性元素

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魔人衝突編

予兆

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都市の中央、車が行き交う中、隊服に身を包んだ男が巨大な建物へと入っていく。男はエレベーターに乗ると、目的の階に着くまでその場で眉ひとつ動かす事なく待機した。7階に着くと男はエレベーターから降り、会議室の扉に手をかけ、ドアノブを回し、前に軽く押した。
会議室には既に10人以上集まっており、それぞれが机を囲う形で椅子に座っていた。
「遅いぞ。」
白い髪の女が男に冷たい口調で言う。
「ゴッメンごめん許してよーメリッサちゃーん!」
男は先程の緊張感など嘘のように、楽観的な笑みを女へと向ける。彼女は唯一座らず、集団を統率するような位置に立っていた。
「貴様はいつも緊張感のない…本当に腹が立つ男だ。」
メリッサと呼ばれた彼女は、ため息混じりにそう言った。
「あー…こりゃ全員集まっちまってんのか…はあ…はあ…いやあ走ってきたんだけどねえ…」
「はあー…嘘つけよ。お前『目』で見てたがテクテク歩いてきてたぞ。…ノーマン、俺の隣に行こうとか思ってねえだろうな?」
黒い髪の男が男を睨みながら言う。
「えー…ダメっすか?そりゃ残念…。」
「じゃあ…こっちどうぞ。」
長い髪をした隊員が、ノーマンの席を開けようと椅子を一つ引いて見せた。
「おー!サリサちゃんありがとねー」
ノーマンは笑顔で、かつ若干気まずそうな足取りで、そそくさと席に着いた。
「……これで全員か?では始めよう。今回国公魔道士魔兵軍各隊長および班長数名が召集された理由…分かっていると思うが再び説明しよう。」
メリッサはホワイトボードに字を書き始める。
「……」
「……」
『相変わらず字が汚い…』
静まり返っていた会議室が、より一層沈黙に包まれる。
「…だ、だれか…代わりに書いてはくれないだろうか…」
メリッサは赤面しながらそう言った。あまりの予想外の行動であったためか、部屋内に先程以上の緊張が走った。
「じゃあアタシがやりまーす!」
サリサが勢いよく立ち上がる。
「う、うむ…頼んだ。」
一同は安堵した。
「で、では…立て続けに起こっている魔族の被害についてだが…一つの組織が関わっていると言うことが先日判明した。ドラゴンクロウが対峙した魔族6体…クロロフォート.ベルゼナード、ヴァルヴァローニ.ラインヴレイヴ、ギルゼウス.ハーツクロウ、そして苗字不明のシルビア、ドレイク、組織との関連性が不明で、かつ名前も不明な魔族一体。内クロロフォート、ヴァルヴァローニ、ギルゼウス、シルビア、そして名前不明の魔族の以下五体がStage5、ドレイクがStage6。そして彼らの発言から一つの組織の1員であると推測できたとの事だ。…むしろこのレベルが一堂に介していて、何か大きなものが潜んでいると疑わぬことがおかしいと言える。……以前までは危険区域から侵入する大量の無知性魔族の処理だけで済んでいたが、今回の一件で明確な知性魔族との対立が起こった。…魔人戦争以来の事態だ。」
「…あのさー、それはもう知ってるし、この後の話に触れろよ。」
黒髪の男が肘を突きながら水を指すように言う。
「もー…ちょっとだけ話聞く姿勢持とうよセシル君!」
「うるせー…マジでうるせー…」
サリサの指摘に対し、セシルは項垂れる形で返した。
「…では本題に入ろう。単刀直入に言うと、その『組織』がこちらに侵攻してくる可能性があると分かった。…可能性とは言っても、もはや確定に近いと思え。」
「…!」
セシルは項垂れた姿勢を正して起き上がる。他も同様に、血相を変えてメリッサの方を向く。
「…危険区域には魔力防壁が貼られている。時折体質で突破してくる者もいるが殆どそれはない。だが奴らがそこから侵入出来ると言う事は、何かしらの突破手段があると言う事だ。……そして危険区域に向けて魔力感知鏡(スコープ)を使用した。…その結果、魔力の塊が大量に検出された。通常でも当然魔力の検出自体は出来る。魔族がいるのだからな。だが今までの数十倍もの規模、まさに…軍を率いるレベルのだ。距離から考えて後1ヶ月程で処置圏内に入る。…むしろ処置圏内より前で対処すべきであるからそれより短いだろう。……このままでは危険区域近く住民、それどころか国民全員に被害が出る。」
「ううむ…」
中年の男は椅子にもたれかかり、天井を見て頭を抱えた。
「…ご存じの通り、我々だけでは人員が足りない。……フリーランスの魔導師の招集をさせ、そして隊長は各隊員の強化の努めていただきたい。との事だ。」
ーーーーーーーーーー
「なんつーか…暇だなー…なーんか…やる事ねーかなー…」
「だから掃除するっつってんだろうが。」
レドはソファに寝そべるケインの頭を、新聞で軽く叩いた。
「掃除は嫌だ!嫌だぁー!」
「料理できない、洗濯できない…こうなったら掃除でしょうに。」
「……」
「何ですか?3日目から落ち込んでますが。…先日の依頼の件ですか?」
「いや…なんか…ちょっと凹むじゃん?やりづれえって言うか…」
「……やりづらいってだけならまだ良い方ですよ。代弁者ぶるつもりは無いですが、いつ何もできなくなるかも分からない世の中だ。それで何もしないのは安全圏から達観してるのとやってる事が同じですよ。…人間が考える葦なら、つまり考える事だけが取り柄なんだ。考えるしかないんですよ。」
「そうだよなあ…。やるしかねえよな。」
「…という訳で掃除を…」
「おう…やるぜえ………あっぶねえー!騙されるとこだった!あっぶねー!こいつマジで…」
「はあ…皆さんも掃除したいですよね?」
シャーロット、クレアの方をレドは振り返る。
「はいじゃあしたい人?」
誰も手を上げない。
「したくない人。」
3人全員が手を挙げる。
「はい、じゃあ多数決で掃除します。」
「「「はあああああああ?!」」」
「死票って…知ってます?」
「多数決だとお前の方が死票じゃねえか!」
「はーいじゃあ先輩の部屋入りますよー。」
レドはケインの訴えを意にも介さず、彼の部屋に入っていく。
「あーまってホントに…」
「……なんですこれ?」
「野球雑誌。…なんか酔ったオッチャンに貰った。」
「要らないですね。」
「待って!使えるじゃん!ゴキブリ叩くのに使えるじゃん!」
「新聞でやって、どうぞ。はい次ー」
レドはケインの言葉を意にも介さず、ゴミ袋に雑誌を放り込むと、ベッドの奥の方に見えた物体を掴んだ。
「あー…それは…多分…なんか施設のクリスマスパーティのボランティアでもらった奴…だ。」
出てきたのは黒ずんだ何かだった。
「………炭?」
「テディベア。テディベアです。誰がなんと言おうとテディベアです。」
「最早才能ですね。……流石に捨てましょうよ。」
「待って!いいのか?お前は子供達の笑顔をドブに捨てるのか?」
「大事に保管しなかった時点で一番ドブに捨ててるの貴方じゃないですか。」
「わーぐうの音も出ない正論!違うもん!保管してたけど夜ベッド揺れた拍子に落ちてどっか言っちゃったんだもん!」
「その部屋に相手連れ込んでおっ始めてるのはどうかと思います。…っていうかその程度で落ちる位置に置く時点で。」
「……泣いて良いかな?」
ケインの部屋は僅か15分で見違えるほど整頓された。だが当の本人にとっては、むしろ駆逐されたと言う表現の方が近かった。
「じゃあクレアさんの部屋行きまーす。」
「はっはっは冷酷無慈悲だね君は鬼教官の才能があるよ今からでも国公に行ったら受かるんじゃあないかいさあここに申込書が」
クレアは早口で紙をレドの前に突き出す。
「テンポ良くここから追放しようとしても無駄です。」
申込書は冷徹に払い除けられた。
「しっかしケイン氏は優柔不断だねえ…そんな貧乏くさいから交際相手が出来ないんだよ。」
「あっあっあ…痛いとこつかないで…寝る相手は多くても交際経験殆どいないと言う心の密かな傷をつかないで…」
「あの…このメスシリンダーには何が付着してるんです?」
「ああ…魔力を毒に変化させた際の定着度を試してたんだよ。液体か気体になったら激毒と化すよ。まあ割と頑張って処理すれば使えないこともな」
「はい捨てましょう。」
「待って!考えてみた前よ……そう、そうさ。愛する人がいたとする。そういたとするじゃないか。その相手が厳しい親の元で育ったせいで最終的に無慈悲に引き裂かれる…そんな様子を想像してみたまえよ…最悪だろう?最悪極まりないだろう?!」
「所詮はガラスじゃないですか。」
レドはやはり冷酷にシャーロットにメスシリンダーを渡した。
「心!心が!心がオカシイ!」
「焼却できないですか?」
「まあ善処はする。」
「シンディーーーー!なんて事なの…アタシ…アタシはまた大事な人を失ったの…?」
「お前メスシリンダーに名前つけてんのか?」
「捨てないで…捨てないで…なんかもういらないと思ってもなかなか捨てられない時ってあるじゃない…見捨てられない大事な人っているじゃない!」
「お前俺と同レベルの優柔不断じゃねえか!」
「……待ってください。この道具たち…幾らしました?」
「……ヒューヒューヒュー♪」
「口笛吹けてねえよ。……幾らしたんですか?」
「……ゼンブ…アワセテ…40万ドル…しやした…」
「所長…借金ってどれぐらいでしたっけ?」
「60万だな!」
「堂々と言う額じゃないと思うんですが…クレアさん、その出費は何処から?」
「……月に稼いだ…金を…ちょっとだけ…」
「この人月にいくら?」
「まあここで一番の稼ぎ頭だからなあ…うーん…どうだろ…色々売り込んでる所を考えると…4万?」
「ふーん……ふーーーーーん?……さて、もう一度聞きます。ちょっとだけですか?」
「8割くらい使ってます…」
「一番の稼ぎ頭にして一番の貧乏神かよ…」
ケインは小声で呟いた。
「……売りましょう?」
「いやだ…嫌だあああ!シンディ!マリィ!アナスタシア!」
「おまえメスシリンダーに名前つけてんの?」
「所詮はガラスの塊ですね。」
レドはゴミ箱に放り込んだ。
「おのれえ…許さん!」
クレアはレドを睨みつける。
「その表情を大事な場面で浮かべらんないのかなあ…」
3人はため息をついた。
ーーーーーーー
「はい、片付きました。…シャーロットさんはそもそも明確な部屋ないんですね。」
「まああんまりここいないしな。あ、それと…あいつ帰ってくるってさ。」
「…俺、実家帰ります。」
ケインは唐突に立ち上がる。
「お前実家ねえだろ。」
「やだよー!やっと男性比率等しくなったと思ったらこれだもん!ここの異性の方々やばい人たちしかいないもん!」
「女性なんですね。」
「まあそうなんだが…こいつが戦闘狂を嫌う理由がそいつにあるんだ。…まあ毎日毎日喧嘩ふっかけられるモンでな…一時期は逃げ回ってたよ。」
「戦闘狂…まさか僕殺されるんじゃ…」
「……」
「否定しないのかよ…」
「俺ここ数ヶ月で戦闘狂に2回も会ってんねん…もう会いたくない…会いたくない…」
ケインは壁に顔を押し当て、頭を抱えていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「お姉さんどこから来たの?」
トラック内で頬杖をつく着物姿の女に、ドライバーの男が話しかける
「大和から来ました。」
「ヤマト!はえー…随分遠くからだねえ…しっかしまああんたみたいな別嬪さんのせると運転してて楽しいよ!」
「…次手を出そうとしたら…」
「は、はい分かってます分かってます…でも一言言わせてもらうとドライブスルーは正座しながらするもんじゃ…」
「胸に手を伸ばしたのは貴様だろう?」
「あ、はいすいません。」
男は顔にできたコブをさすった。
「後さあ…目的地とここってあまりにも離れてるじゃん…ベルヘット空港からなんでここまで…」
「……空港を間違えました。ベルヘット空港で降りられませんでした。」
「…アッハイ。…そんな事ある?え?そんなことある?」
そんな会話を繰り広げていた中、女は突如何かを察知したように、突然起き上がると、車のフロントガラスに顔を極限まで近づけた。
「え?え?え?えええええ?なんなのいきなり…」
「静かに…。」
砂漠の砂埃の中に人影が見える。
「人…?」
「静かにしろと言ったろう!」
「ヒィ!」
影の正体は突如、砂埃をかき消すように車に飛び掛かってきた。
「…伏せろ!」
ドライバーは伏せる。女は腰に手を伸ばすと、巻いてある物体を掴み、上へと振り上げた。その瞬間、車の上部が切り裂かれ、同時にフロントガラスに青い液体が付着する。
「……やはり魔族か。」
「マジかよ!侍!侍だ!」
「少し黙りなさい。…魔族は一般の人間に近い魔力程襲う傾向にある。……貴方が今最も危険なのです。」
「ナニモンなんだよ…」
「玄式花織…おっと…ハナオ.クロシキという方が正しいのでしたね。」
花織は刀を握ると、立て続けに遅い来る魔族の体を切り裂いていく。
「…伏せていて下さい!」
「は、はひぃぃぃぃ!」
男は運転席からうずくまって震えていた。
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