地獄の道の罪人ども

酸性元素

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天上編

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 人里離れた森の中、反乱軍は身を潜めていた。

「貴方がいながら、どうして内通者など!!」

 天使の1人がウリエルに詰め寄る。彼は沈黙し、暫く考え込むような姿勢を見せる。カンダタはそれに対して、自身の懐から何かを取りだした。

「……ダンの懐からくすねて来たんだが、これはなんだ?」

 それは、手のひらサイズの装置だった。ウリエルは、それを握るカンダタの方をじっとみた。

「神眼《しんがん》で感知できない……!こんな技術があるとは……」

 ギリ、と彼は歯を食いしばり、後ろへと向き直ると、

「手荷物を検査します。怪しいものを持っていないか調べますので……」

 と言おうとしたが、それを遮るように、天使の1人が彼に向かって叫んだ。

「もうこんな事……いつまで続けるんですか?!」

 シーン、とあたりに沈黙が走る。それは、その場にいる皆が胸に秘めつつも、決して口には出すまいとしていた言葉だった。だが、尚もその天使は言葉を続ける。

「今回で……反乱軍の戦力は2/3にまで減少しました。元々絶望的だった戦力差がさらに減った。……こうなったら自首したほうが……」

「テメェ、何言ってやがんだ!」

 別の天使が、その天使に向かって掴み掛かる。それを周囲の天使達は引き留める。元々あった連帯感が最早失われてしまっている事は、誰の目から見ても明らかだった。ザワザワと怒号が飛び交う状況で、ウリエルは叫んだ。

「静かに!!」

 シーン、と再びあたりに沈黙が走る。彼は、冷たい目つきで言葉を続ける。

「とにかく、持ち物を検査します。その後の事は……後々考えます。」

 そうして各々は自身の持ち物を取り出し、全員分の潔白が証明された。そして夜が明けて朝になり、カンダタ達はそれぞれバラバラの位置で、外の景色を眺めていた。

「……」

 アテナは、蹲った状態で1人座り込んでいた。そんな彼女の隣に、ウリエルが座る。

「アテナ様……その……なんと言ったら良いか……」

「やめて。貴方を責めるつもりなどどこにも無いわ。だから……やめて。」

 アテナに釘を刺され、謝罪する余地を無くした彼は、そのまま黙りかかってしまった。自分は、どうしたら良かったのだろう。このまま反乱軍は、バラバラになってしまうのだろうか。ウリエルは自分の信じてきたものが瓦解していくのを感じる。バラバラ、と音を立て、果てしない絶望が彼を襲う。

「私は……私は……彼女にも……この天界のためにも何をしたら……」

 ついに彼の頬から、大量の涙が溢れ始めた。アイリスの為、天界の為にと戦ってきた。なのに、なのにこのザマだ。情けない。情けないにも程がある。重苦しい自己嫌悪が、彼の心身を傷つけていく。


「なあ……牛頭、馬頭。君らはどうする?」

 美琴は、隣で木に寝そべる牛頭と馬頭にふと聞いてみた。

「戦います。」

「やるっきゃ、ない。」

 2人は、迷いなく答える。だが、戦力は絶望的。勝てるかどうかもわからない状況だ。それで、どうしてそうも自信満々に答えられるのだろう。

「勝つ気でいるのかい?君らは。」

「勿論です。敵うかどうかと勝てるかどうかは別だって……カンダタさんが教えてくれたから。」

 まっすぐな目で、牛頭は美琴の質問に答える。フッと美琴は笑うと、

「あいつは多分……そんな事教えちゃいないさ。行くぜ?ここは僕らの力の見せ所さ。」

 美琴は立ち上がると、牛頭と馬頭と手を繋ぎ、森の中央部へと向かっていった。


「え、えーと……綺麗な景色ですね。」

 偶然マカと同じ場所に居合わせてしまった納言は、気まずそうに彼女に言う。対するマカは、

「カンダタさんなら……こんな時、どうしますかね?」

 と彼に問いかけた。納言はえ、と声を漏らし、アタフタと両手を動かしながら答える。

「そ、そそそそりゃあ……まあ……彼なら、迷うんじゃねえって引っ叩いてきそうですけど……」

 マカは、その回答を聞くと、ふとカンダタとのやりとりを回想した。
 あの日、自分の代わりに依頼人を殴った彼。

 あの日、自分の代わりにアテナに怒った彼。

 そうか。やっぱりそうだよな。それが、きっと正しいんだ。

「行きましょう、納言さん。」

 マカはすっと勢いよく立ち上がると、森の中央部へと歩いて行く。納言も、それに釣られるように彼女についていった。


「やあ。」

 泣きじゃくるウリエルとアテナの後ろに、突如額が現れた。その突然の登場に、2人は肩をビクッと跳ね上げる。

「な、ななななな何よ?!急にびっくりするじゃない!」

 咄嗟にアテナは涙を拭い、額を責め立てる。彼は、にこやかな笑顔のままで

「君らの為に訴えてくれる人がいる。……来たまえ。」

 と2人を森の中央部へと手招きした。


「皆さん!聞いてください!」

 その場に座り込む天使達に向けて、マカは叫んだ。その隣には、美琴達も立っている。天使たちは、一斉に彼女の方を向いた。

「今……私たちは絶望的な状況に立たされています。負けるかもしれない。むしろ、負ける可能性の方が高いと思います。……でも、このまま見過ごすのが正しいんでしょうか?」

 周囲に沈黙が走る。その状況の中、彼女は尚も言葉を続ける。

「堕天使が何を言うんだ……って思う人も多いと思います。だけど、このまま諦めて……」

「この状況を見ろよ!」

 突如、彼女の言葉を遮るように、天使の1人が叫ぶ。

「そうだ!1000人程度でどうやって戦えって言うんだ!ぽっと出の部外者が好き勝手言ってんじゃねえ!」

 その圧にマカは押されつつも、それでも言葉を続ける。

「でも……このままじゃ天界は……」

 だが、尚も言葉は遮られてしまった。

「堕天使が天界を語るな!」

「そうだ!お前ら地獄の奴らは地下で黙って貧乏生活送ってりゃ良かったんだよ!それをいきなりしゃしゃり出てきやがって!」

 周囲から罵声の嵐が飛ぶ。ああ、そうだ。結局どれだけ取り繕ったところで、天界と地獄での差別心は埋める事ができない。正しいことではないと分かっていても、それは止める事ができないんだ。ギリ、とマカは歯を食いしばる。美琴は拳を握りしめ、天使たちに掴みかかろうと前のめりに構えた。その時だった。

「ありがとな、マカさん。後は任せな。」

 マカの肩を、1人の男がポンと叩いた。それは、紛れもなくカンダタだった。

「はあ……はあ……。貴方たち何をして……」

 森の中央にようやく駆けつけたウリエル達は、その様子を見て固まった。カンダタが、天使一人一人を殴りつけていたのだ。

「ち、ちょっとカンダタさん!やめてください!何を……」

 止めようとするマカを振り払い、尚もカンダタは天使たちを殴っていく。

「や、やっぱり地獄の奴らなんか信用できなかったんだ!出ていけよ!ここから!」

 周囲から、カンダタに罵声が飛ぶ。だが、それに対して彼の出した回答は

「知ったこっちゃねーよ馬鹿野郎!!」

 だった。シーン、と周囲に沈黙が走る。その中で彼は、話を続けた。

「良いか?俺は気に入らねえ奴らは殴る。そういうふうに生きてきたんだよ。俺がテメェらに協力したのもそういう事だ。」

 ニヤリ、とカンダタは笑う。

「……野蛮だと思うか?テメェらも同じだろうが!あの塔にいる12神とやらが気に入らねえからぶっ潰すんだろ?!こいつは最大の大喧嘩さ!喧嘩に不利もクソもねえだろうが!」

 遠方にある塔を指差し、カンダタは叫んだ。そしてふーっと息を整えると、優しげな口調で言葉を続ける。

「そうやってできっこないやれっこないってやり続けて……俺は死ぬほど後悔したよ。あの時やってれば、現楽は……あいつの死に顔をみるくらいはできただろうからな。絶望してぇなら一生してろ!……ただし死ぬより最悪だぞ。」

 言いたいことを言い終わったカンダタは、ストンとその場に座り込むと、

「ほら……殴りてぇだけ殴り返しな。気に入らねぇ奴を殴るのがお前らの仕事だからな。」

 とニヤリと笑みを浮かべつつそう言った。だが、誰1人として彼を殴るものはいない。カンダタの言葉は、彼らの心に突き刺さってしまったのだから。

 それを聞いていたウリエルは、自身の涙を拭うと、一同の前に立った。

「皆さん……今回の被害は私の力不足です。」

 彼は、深く頭を下げつつ、言葉を続ける。

「……でも!どうか戦い続けて欲しい!気に入らないものをぶっ飛ばしたい……そんな精神に取り憑かれてしまった責任が……私たちにはあるのですから。……協力する、というものは手を挙げてください。」

 彼の真剣な眼差しを前にし、天使たちはそれぞれ目を合わせる。そして、1人、1人と手が上がっていった。

「どーせこのまま投降しても死ぬだろうからな。戦って死んだ方がマシさ。」

「みんなやろうぜ!一世一代の大喧嘩だ!」

 オオオオオオオ、と周囲から歓声が上がる。凄い、とそれをみていたアテナは口に出していた。

「カンダタ……彼は、何もかもを変えてくれる。そんな気がするよ。」

 それを見ていた額は、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
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