地獄の道の罪人ども

酸性元素

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天上編

お天道様も涙を流す

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 高速道路を、アテナはバイクで爆走していた。メーターは既に200kmを超えている。車の間をかわしながら、目標ものものを追う。

「おおおおおお……お姉さん……飛ばし過ぎじゃ……」

 少年は、彼女にしがみつきながら、突風に顔をブルブルと震わせている。

「何?!聞こえないっての……!言ってた車はアレね?ナンバープレート間違ってないでしょうね?!」

 アテナは、向こうを走るトラックを指差す。少年は、彼女の問いに対してコクリと頷いた。

 数時間前………

「実は……兄ちゃんが攫われちゃったんだ。」

 少年はアテナに打ち明ける。攫われる?攫われるとはどう言うことだ。チラリと少年の額に目を運ぶ。そこには、僅かばかりの角が生えていた。

「貴方……鬼の一族?」

「兄ちゃんが言ってたんだ……僕らは餓鬼と人間のハーフだって……。珍しいから……狙われるって……。ねえ、何が違うのかな?僕らは生きてるだけでこうなっちゃうのかな?」

 アテナは、そこでハッとカンダタの言葉を思い出した。……何も変わらない。そうだ、身分や価値観の違いはあれど、本質はきっと変わらないんだ。

 この少年が苦しむ姿を見て、私は助けたいと思っている。それは、身分の違いとして割り切っていたなら、この感情は生まれない。少なくとも、私はこの状況が間違っていると思っている。少年を助けたいと思っている。

 なんて自分は愚かだったんだろう。

 行動で、示さなければ。アテナは立ち上がると、橋の下で屯していた不良のバイクをこっそり奪い取った。

「ほら、乗りなさい!まだ間に合うわよ!」

「……うん!」

 少年は、目を輝かせてアテナの後ろに乗り込む。バイクを奪われたことに気付いた不良が、2人の元へと走り寄る。

「おい待てゴラァ!何勝手にやってんだテメェ!」

「やば……えーっとどう操作するのかしらこれ……なるほど、大体わかったわ。」

 腐っても、彼女は知性の神。バイクの操作など、一瞬で理解できる。彼女は急いでアクセルを踏むと、高速道路に向かっていった。

 ………………………………………………
「オラァ!何してんすかそこの女!止まれ!」

 前方を走るバイクに向けて、パトカー越しに幽晴は叫ぶ。バイクとの距離は自動車4台分と言ったところか。

「なあもっと飛ばせねえの?!」

 彼の隣に座っていたカンダタは、彼に聞く。幽晴は首を横に振り、

「無理っすよ、他の車もいるんだ、飛ばせやしない。」

 と残念そうに答える。

 アテナはついに、兄を乗せたトラックの隣に並ぶ。

「さっさと止まりなさいよ……オラァ!」

 アテナは、運転席のドアを何度も蹴る。

「な、なんだこの女!」

「まさか拉致したのがばれたんじゃ……」

 運転席の男と、助手席の男は会話する。そして彼らが導き出した結論はこうだった。

 バイクからの、逃亡。グングンと車は加速すると、アテナ達から離れていく。どう言う訳か、後ろにはパトカーがいる。逆走などと言う選択肢は、彼らには無かったのだ。

 アテナの目の前に、複数台のバスが立ちはだかった。

「この……舐めるなぁ!」

 アテナはバイクを横に倒し、車の下を通り抜けていく。それに仰天した男たちは、窓を開くと、高速道路の途中にあるプレートを銃で撃ち抜いた。プレートは倒壊し、彼女の前に降り注ぐ。

 ……だが、彼女が取った行動は、予想外のものだった。彼女はさらにバイクを加速させると、大きく飛び上がり、道路の境界に乗り上げてそれを回避したのだ。

「わーお。」

「……鮮やかな。」

 それを見ていたマカとカンダタは、思わず拍手をしていた。拍手してる場合かよ、と幽晴れは悪態をついた。


 結果としてそれは車との距離を縮める事となった。

 彼女はここだと言わんばかりにバイクをさらに加速させる。

 だが、そこで異変が起こる。

 これ以上、速度が上がらない。いや、それどころか減速していく。

 まさか、ガソリン切れ?くそ、なんでこんな時に。必死でバイクを叩く。しかし、当然言うことなど聞いてはくれない。

「はははは!ザマぁねえ!俺たちの勝ちだぜ!」

 密輸人達はハイタッチし合う。その時だった。ドン、と天井に何者かが着地したのだ。

「……へ?」

 まさか、まさかこの女……

 のか?

 アテナは上から天井を突き破り、運転手を車の上へと引き摺り出すと、首を掴んだまま男に問う。

「餓鬼と人間のハーフの男は?」

「と、とととトラックの後ろに……うわぁぁぁぁ!!」

 運転手がいなくなり、バランスを失ったトラックは横転する。

 その間にアテナは、助手席の男と少年、軟禁されていた少年の兄を救出すると、トラックから脱出する。

 そして道路脇にぶつかったトラックは大爆発を起こした。メラメラと燃え盛る中で、アテナは少年の兄を解放する。

「ほら……貴方の兄よ。」

「兄ちゃん……兄ちゃん!!」

「和人……お前なんで……!」

「そこのお姉さんが助けてくれたんだ……」

 少年……和人は、アテナを指差す。それに対して、アテナはフフン、とふんぞり帰った。

「クックック…‥お前ら終わったぜ。特別2級指定の悪霊が、あの中には封印されてたんだ。」

 先ほどまで車を運転していた男は、自身ありげに言う。その瞬間、燃え盛るトラックを突き破り、黒い骸骨が飛び出した。

「あれは……特別2級指定、餓者髑髏《がしゃどくろ》!」

 髑髏はアテナに向けて、巨大な拳を振り降ろす。

 あの瘴気は、まずい。俺でも受け止め切れるか分からない。なんとかして、止めなければ。

 カンダタとマカはパトカーから降りると、全速力で走る。

「アテナ、逃げろーーー!」

 そして喉を枯らさんばかりに叫ぶ。急げ、急げ、急げ……と必死で手を伸ばしたその時、アテナは口を開いた。

「……悪霊よ。オリンポス12神たる私が、貴方をこの地へ納めましょう。」

 彼女はぐっと拳を握る。降りかかる髑髏の拳を、左手で受け止める。後ろに走るはずだった衝撃は、何故か走る事はない。

「喰らいなさい。超ウルトラすごいパーーーンチ!!」

 アテナは拳を振り上げる。早いわけでも、瘴気が多いわけでもない。単なる、普通の殴り。

 だがその一撃によって、髑髏は一瞬で塵へと変えられてしまった。

「つ、強ええええええ………でも名前ダセー……」

 カンダタは、あんぐりと口を開けてその光景を見ていた。アテナは、その場に立ち尽くすマカとカンダタの2人を見る。

「えっと……その……さっきはごめんなさい。特に……マカさん。貴方には酷いことを……」

 もじもじと体を動かしながら言うアテナに対して、マカは笑顔を作った。

「良いんですよ、別に。それとさん付けはやめてください。同じところで暮らす女性同士、呼び捨てで呼んでください。」

「分かったわ……マカ。これからよろしくね!」

 2人は、手を繋いでキャピキャピとし始めた。なんだ、このカオスな状況は。と羽田から見ていたカンダタはドン引きしていた。その時だった。

「あのー……いい感じのとこ悪いんすけど……てめーら全員署まで来い。」

 頭に血管を血走らせながら、手錠をクルクルと回す幽晴がそこにはいた。

「で、ですよねー………」

 その場にいる一同は、苦笑いでそれに返答した。


「……と言う経緯でここにしばらく滞在すると言うことに。」

 説明を終えたカンダタは、気まずそうにチラリと一同を見る。

「なるほどわからん。」

 美琴は、酷く混乱した様子でアテナの方を見る。肝心の彼女は、マカと洗面所で会話をしている。


「ねえマカ、貴方私服がダサいわよ。こんど選んであげる。」

「えー良いですよそんな……」

「可愛いのには可愛い物を着せないと行けないの!」

 そこから聞こえてくる会話に、思わず美琴は鼻血を垂らす。

「やっぱお前興味あるんじゃ……」

「ありません!断じてありません!」

 必死でそれを否定する美琴を無視し、額はパン、と手を叩いて話し始める。

「よし、じゃあ彼女もここに入って貰おうか。神様がメンバーなんて心強いじゃない。」

「ええー……だって僕ら今朝もこき使われましたし……」

 納言と牛頭、馬頭は、如何にも嫌そうな表情を浮かべる。

「子豚!タオル取ってきなさい。」

 洗面所から、アテナの命令が聞こえる。

「ほら来た……分かったから待っててください!」

 牛頭と馬頭は、渋々タオルを取りに行く。

「……じゃあ細かいところはカンダタ君とマカちゃんに任せるよ。」

 額は気まずそうに目線を晒すと、若干小声で言った。

「え?待ってくれよ……なんで俺に……」

「僕は大学の講義あるのでさよならー」

 納言はそそくさとその場を後にする。

「クリーニングを取りに行かねば…」

 美琴は、その場で作ったであろう嘘をついて玄関に向かう。

「ほら、カンダタ!!腹が減ったわ!あのパン用意しなさい!」

 アテナの命令が、洗面所から聞こえる。

「ああもう……命令を聞くのは懲り懲りだー!」

 カンダタは、天を仰いで叫んだ。
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