地獄の道の罪人ども

酸性元素

文字の大きさ
上 下
21 / 25
鬼蜘蛛編

貴方と共に

しおりを挟む
 俺は、ずっと1人だった。

 誰にも愛されず、

 誰にも寄り添われず、

 誰にも見てもらえない。

 唯一気に留めてくれたのが、現楽だった。それが、何故今敵として現れている?俺の精神は、深い奥底へと沈んでいく。最早なんの感覚も感じない。そこにあるのは、絶望のみ。

 そこで、ある日のことを思い出した。

「はあ……はあ……勝てねえよぉ……」

 いつの日なのか覚えちゃ居ないが、いつものように剣の稽古をしてもらっていた時だった。どうやったら勝てるのか、と俺は現楽に聞く。すると奴は

「勝てやしねえさ、勝とうと思ってるだけじゃ、な。……大事なものを思い浮かべな、そうすりゃ分かる。」

 俺に大事なものなどない。現楽を除いて、そんなもの無かった。

 今は、その現楽ですら失ってしまった。俺には、最初から何も残っていない……。

「クズが。」

 罵声が聞こえる。

「死ねば良いのに。」

 罵声が聞こえる。

「お前さえいなければ……」

 罵声が聞こえる。

 その数はどんどん増していき、俺の周囲に響き渡った。もう辞めてくれ、1人にしてくれ。俺は、もう何もしたくない。何も……

 その時だった。何者かが、俺の手を握ったのは。

 …………………………………………………

「カンダタ……さん……」

 奈蜘蛛は、その場に横たわるカンダタに触れる。腹に大きな穴が空いた彼には、最早命など風前の灯火に等しい。

「……」

 カンダタは答えない。それでも彼は、霞む視界で話し続ける。

「……やかましいぞ。既にその男は壊れている。」

 その場に座り込むガンドは、気だるげに言う。

「黙れ……!カンダタさんは、そんな人じゃない!」

「たかだか蜘蛛の糸一本垂らしただけのお前が、か?」

「……違う、それだけじゃない。僕はずっと、カンダタさんと一緒にいた。そうですよね?」

 奈蜘蛛はふっと笑うと、カンダタに向かって瘴気を流し込む。

 …………………………………………………

 一本の糸が、俺の隣に垂れた。これを、握っても良いのか?俺は、また過ちを犯す。どうせそう言う人間だ。

 俺は握ろうとした手を離し、その場に蹲る。もう、辞めてくれ。これ以上、俺に罪を背負わさないでくれ。ツー、と一筋の涙が頬を伝う。このまま、このまま死んでしまおう。

 そう思った、その時だった。

『大丈夫、君は死なせない。』

 聞き覚えのある、声だった。それは、俺が糸から落ちて、地獄に落ちたその時に、微かに聞こえた声そのものだった。

 糸の真上から、別の声が聞こえる。

「カンダタさん。」

 それは、マカの声だった。

「カンダタ。」

 それは、美琴の声だった。

「カンダタくん。」

 それは、額の声だった。

「「カンダタ。」」

 それは、牛頭と馬頭の声だった。

「カンダタさん。」

 それは、納言の声だった。

「そうか……あの時の声、お前だったんだな。」

 俺は隣の奈蜘蛛に言う。

「ええ……貴方は糸から落ちた時点で、精神が壊れる所だった。僕が瘴気の一部を送って、それを守り続けた。」

 そうか、あのままだと、俺は糸から落ちて死んでいたのか。

「ありがとうな、奈蜘蛛。」

「僕はもう時期死にます。だから……」

 奈蜘蛛の提案を、俺は肯定した。こいつの決めた事なら、ずっと一緒にいたこいつとなら、きっとやれる。そう確信したからだ。

「もう行くよ、俺。仲間がいるから、さ。」

 俺は、天から降りた糸を掴む。ゆっくり、確実によじ登っていく。

 光に向かって手を伸ばす。俺に出来ることを、俺のやりたいことを、今やるんだ。

 …………………………………………………

 カンダタと奈蜘蛛の間に、光が灯り始める。

「……嫌な予感がする。」

 ガンドは刀を構えると、勢いよく振り下ろした。先ほどビルを両断した一撃。放心したカンダタに受け止める事など、到底不可能に近い……筈だった。

 その斬撃の進路は、何者かによって逸らされた。否、それどころか相殺された。

「何……?」

 ガンドは顔を顰める。

 そこには、涙を流し、刀を握るカンダタがいた。赤紫色の刀身、八本の手が生えたようなデザインの鍔。禍々しくも美しいその造形の剣を、彼が握っていたのだ。

「行こうぜ、奈蜘蛛。一緒に倒そう。」

「……良いのか?これは、紛れもなくお前の恩人の体だ。」

 ガンドはカンダタに問う。だが、彼は迷いなく答えた。

「あんたが何者かなんて知らねえ。何をしようとしてるのかも知らねえ。だがな……俺の守りてえもんを壊すんなら、誰だって許さねえ!!」

「なるほど……なら、ここで殺し合おうじゃないか、カンダタぁ!」

 ガンドは瘴気を解放させる。

 カンダタは刀を前に突き出すと、刀に宿る瘴気を放つ。

「蝕牙《しょくが》!」

 次の瞬間、あたり一面に糸が張り巡らされ、一瞬のうちにガンドの体を拘束した。

「……?!」

 動けない。奈蜘蛛が生成したものより強力に作られている。ガンドは必死でもがくが、一向にそれを振り解けなかった。その隙を狙い、カンダタは瘴気を放つ。

 地獄の炎が、張り巡らされた糸全てに燃え移った。咄嗟にガンドは体を捻り、糸から脱出する。

 だが、その一瞬の隙は、カンダタに次の一手を与えた。

 燃え盛る糸をカンダタは操ると、複数の束にしてガンドに解き放った。彼は後退し、それをかわしていく。だが、分裂しては重なり、重なっては分裂する。

 不規則にそれを繰り返す攻撃をガンドは必死でいなしていった。しかし、彼の刀が突然停止する。彼の刀身が、糸に絡め取られていたのだ。

「遅いぜ、ラスボス野郎。止まって見えるよ、全く。」

 カンダタは、張り巡らせた糸で蜘蛛の巣を作り出すと、その上に乗る。それはカンダタをバネのように跳ね上げ、体を加速させた。

「そういや今は……止まってんだったなあ!」

 そしてその勢いのまま、彼はガンドの右腕に傷をつけた。しかし、一度では終わらない、二度、三度……と、四方八方に彼は駆け回り、その度ガンドの体に傷がつく。

 ボタボタ、と大量の血が地面に垂れる。このまま押せば、勝てる。彼がそう確信した時だった。

 ガンドが突然糸を引きちぎり、カンダタの刀を後ろに弾いたのだ。

「くっ……!」

 やはり、こいつ本気じゃなかったのか。

 カンダタはブレーキを踏み、刀を構える。だが、すでにその頃には、彼の目と鼻の先にガンドが迫っていた。

 だな、俺なら対応できる。

 カンダタはガンドとの間に糸を貼ると、その攻撃の進路を逸らした。そして炎で刀を加速させると、ガンドの首元を狙う。

 彼は咄嗟に後ろにのけぞってかわすと、カンダタに蹴りを浴びせる。しかし、やはり彼の貼った糸によって、それは弾かれてしまった。

 後ろにバランスを崩したガンドを、カンダタは狙う。

「そこだぁぁぁぁ!!」

 その一撃は、彼の右腕を切り落とした。まだだ、もっと畳みかけろ。続けて、下から上に刀を振り上げる。

 だが……

「ふぅ……なるほど。」

 腕を切り落とされたにも関わらず、彼は至って冷静だった。それどころか、余裕な表情でさえある。それに疑問を感じたカンダタは、思わず刀を引っ込め、後ろに下がった。

「では……見せよう。私の本気を。」

 バキバキバキ、とガンドの全身が変形していく。顔には牙が生え、背中に8本の腕が生成された。メキメキ、と言う音と共に、彼の右腕は再生する。

 これは、まさか。

 鬼蜘蛛。かつて恐れられた悪霊。それが今、目の前にいる。背中の8本と2本の腕。合計で10。そして、それぞれには、瘴気で作られた刀が握られている。

 10刀流とは、ふざけている。思わず、カンダタからは笑みが溢れていた。

 正面から撃ち合うのはまずい。

 カンダタは、再び部屋中に糸を張り巡らせると、後ろに下がった。だが、その糸は一瞬の内にガンドの刀によって切り裂かれ、そのままカンダタは斬撃に巻き込まれてしまった。

 一度巻き込まれれば、10本の刀に一斉に襲われる。防御など、取る暇がない。一瞬のうちに、彼の全身はその斬撃によって切り裂かれてしまった。

「がっ……は……!」

 血が噴出し、彼はその場に倒れ込む。意識が朦朧とする。こんなの、どうやって勝てばいいのだ。

 既に、カンダタは壁に追いやられている。逃げようがない。

「おお!」

 彼は襲い来る刀の大群を、糸と刀で必死に弾いていく。だが、当然受けきる事など出来るわけもなく、立て続けに彼の体には傷が走る。

 ボタボタと、大量の血が噴き出る。

「はあ……はあ……はあ……!」

 もう、だめだ。血が出過ぎてしまった。まともに立つことができない。足はガクガクと震えている。これは、恐怖によるものだけではない。


「この……!!」

 それでも立ち上がり、糸を貼った。そこら中を駆け回る、先ほどと同じ攻撃。

 だが、それら全ては悉くガンドによっていなされ、カンダタは地面に叩きつけられてしまった。

 その場に倒れるカンダタに向けて、刀は振り下ろされる。この数秒後に、自分は切られてしまうだろう。考えろ……考えろ……どうにかして、勝たなければ。

「おおおおおお!!」

 カンダタは、己の体を奮い立たせ、ガンドの胸部に刀を突き刺した。

「な……?!」

 ガンドは思わず後ろに下がる。急所をついた。これで……と彼が安心し切ったその時、予想だにしない自体が巻き起こった。

 ガンドの体が、急所をついたにも関わらず一瞬にして再生したのだ。ばかな、人間とは言え即時だぞ。何故、生き残れる。

「どうやら……装置が壊れない限り、私は不死身なようだな。」

 そんな、馬鹿な。どうすれば。カンダタは自身の置かれた状況を理解し、震え上がった。目の前にいるのは、不死身の敵。どうやれば、勝てると言うのだ。


 ……………………………………………………
 悪霊の群れの中を、納言は走る。幾度となく崩壊した体は、幾度となく再生していく。

「くそ……進め……ない……」

 無尽蔵に増殖を続ける悪霊たちに行手を阻まれ、納言の進行は停止してしまった。

 ……ああ。僕は、本当にだめだなあ。こんな時にも、カンダタさん達に……

 納言が諦めかけた、その時だった。

 彼の頭に、1人の友人の顔が映ったのだ。

 カザリ。自身が止められなかった人。そして、自分唯一の友人。

 諦めてたまるか。諦めちゃいけない。カザリくん、見てるかい?君のために、そして六道のみんなのために、僕は戦うよ。

「あああ……ああああああああ!!!!」

 納言は、再び進み出す。仲間のために、友のために。負けてたまるか。
 …………………………………………………
 ガンドはカンダタに向けて刀を振り下ろす。

「くそ!」

 彼は必死で襲い来る斬撃から逃げる。なんとか、納言を信じるしかない。

 しかし、逃避にもいつか限界が来る。壁際にまで追い詰められたカンダタは、肩に刀を突き立てられてしまった。

「ぐぅ……!」

 ガンドは、徐々そのままゆっくりと、刀を下に下ろしていく。その度傷口は広がり、彼の肩から血が噴き出る。これ以上、血が出るのはまずい。どうすれば……どうすれば……
 
『熟練した者は、みな各々の瘴気の技を持っているもの……それを獲得していただきます。まあ要するにアイデア勝ちですね。』

 湊の言葉を、その時カンダタは思い出した。

 ……やるしか、ねえ。

 ここで、負けるわけにはいかない。ここで負けたら、来世でも後悔する。

「おおおおお……ラァァァァァァァ!!!」

 彼はヨロヨロと立ち上がり、ガンドの刀の刀身を握りしめる。

 炎の瘴気を、カンダタは纏う。そうだ、イメージするのは天使。それにしよう。

 自身の瘴気が肌を掠める。

 体の中が燃えるように熱い。

 既に全身は悲鳴をあげている。

 だが、これでいい。

 炎の輪を頭に作る。

 炎の羽を背中に作る。

 炎の両足を作る。

 紫の糸を全身に纏う。

「堕天炎瘴《ブラック・エンジェル》!」

 肩に突き刺さっていた刀が引き抜かれ、カンダタの姿形は変貌した。それは、悪魔にも天使に見える、禍々しくも神々しい姿だった。

 体を動かすたび、全身に激痛が走る。持って1分だろう。それで十分だ。カンダタは、一歩足を踏み込むと、ガンドに向けて刀を振り上げた。

 次の瞬間、彼の刀が赤黒く発光し、斜線上にあるもの全てを塵に変えたのだ。

 全てのものを切るだけならば、ガンドにもできゆだろう。だが彼の場合、全てを消してしまった。

「!」

 ガンドはそれに驚愕し、一瞬後ろにたじろいだ。

 だが、カンダタは止まらない。容赦なく彼は刀を振り下ろし、ガンドの腕を2本、切り落とす。そしてその直後、凄まじい衝撃波が走り、ビルの1/3を削り取った。

「くっ……!!」

 彼は残った腕で剣戟に対応する。両者は空中で揉み合うように、刀を交わしていく。

 10本の腕と2本の腕。本来、勝負にすらならないはずの両者は、対等に渡り合っていた。

「ふっ!」

「らぁ!」

 両者の体に傷がつく。しかし、その程度、彼らに取っては止まる理由にはならない。

「カンダタぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ガンドぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 2人の刀は、空中でぶつかり合った。

 かわしては、傷がつき、傷がついては、かわす。その繰り返し。

 バキバキ、と両者の体から音が鳴る。体が崩壊に近づいている証拠だ。

「はあ…はあ…はあ……!」

 カンダタの全身が悲鳴をあげる。持って1発、と言ったところか。

「まだか……まだなのか納言!!」

 カンダタは、思わず叫んでいた。

 ……………………………………………

「くそ……なんだよ、これ。ふざけてる。」

 納言は、装置の前に立ちはだかる巨大な悪霊を前に立ち尽くしていた。自身の身の丈の3倍はあろう大きさのそれは、彼に容赦無く攻撃を浴びせる。

「ぐぁ!」

 納言の体がバラバラになり、即座に再生する。だが、蘇ったところで意味はない。悪霊の後ろにある、装置に手を伸ばさなされば。

「おおおおおおおお!!」

 納言は前に進む。しかし、やはり後ろに弾かれる。進んでは、弾かれる。進んでは、弾かれる。その繰り返し。

 パターン化した攻撃は、次の一点を確実にする。

 納言は隙を見計らって飛び上がると、振り下ろした悪霊の腕を駆け上がる。

 それに気づいた悪霊は、納言の下半身を吹き飛ばした。しかし、上半身は止まらない。後方にある装置のボタンに手を伸ばすと、人差し指でそれを押した。

 ……………………………………………

 ガンドは何かを察したかのように、刀を鞘にしまう。そうか、装置が止められたのか。

 そう悟ったガンドは、同様に10本の刀を鞘に納める。

 両者の間に一瞬、沈黙が広がる。

 そして、ガンドは動き出した。

 前に出るガンド、待ち構えるカンダタ。その対照的な構図は、この一撃で勝負を決まる事を予感させていた。

 カンダタの刀が、赤黒く光る。彼は全てを載せ、勢いよく振り抜く。どうせ残り1発だ。命を燃やせ、全てを載せろ。

「羅生門《らしょうもん》!!!」

 ガンドは10本の刀を合わせると、同時に振り下ろす。

「破国《はこく》!!!」

 周囲の物体は、その凄まじい瘴気によって浮かび上がる。重力を失った足場の上で、尚も両者は睨み合う。シュウウウウウ……とカンダタの瘴気が消えていく。

 バキ、バキ。とガンドの刀にヒビが入る。

「お……おお……おおおおおお!!」

 彼はそれでも、刀を押す手を辞めない。負けるわけにはいかない、と無我夢中に、本能のままに推し続ける。

「おおおおおらァァァ!!」

 カンダタは、勢いよく刀を振り上げ、ガンドの半身を両断した。
 …………………………………………………


 いつの間にか、俺は戦場にいた。人々の刀が行き交う戦場。馬の鳴き声がそこら中からは聞こえる。それを、少し離れた崖から見守るような形で、俺は立っていた。

 俺の隣から、何者かが話しかける。

「やあ。」

「……アンタか。」

 それに対して、俺はそう一言返した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

君の知らない物語

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

戦国時代を舞台とする作品の創作に必ず役立つ!【戦国時代には違う呼び方だった用語集】

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

小さなパン屋の恋物語

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:335

螺鈿の鳥

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:8

種族【半神】な俺は異世界でも普通に暮らしたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,756pt お気に入り:5,899

妻が最近、可愛い理由

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

【完結】株式会社SETA異世界派遣部~眠れる魔王と勇者の子孫~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

処理中です...