地獄の道の罪人ども

酸性元素

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鬼蜘蛛編

反撃、開始

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 悪霊たちは増えていく。凄まじい速度で増えていく。毎秒何体なのかはわからない。何故ならあまりにも多すぎるのだから。

 俺たちは、その間掻き分けて突き進んでいた。俺は途中で息を切らした納言を背負いつつ、美琴と奈蜘蛛に質問する。

「どうする?!この先もっと試客が現れるかもだぜ?」

 正直あまり質問をしている余裕はないのだが、聞かざるをえまい。先に口を開いたのは、美琴だった。

「……僕が行く。」

「……僕が行く。」

「良いのか?お前がいてくれれば心強いんだが……」

俺は美琴に聞く。

「君ならなんでも解決できる、そんな気がするのさ。……来るよ!」


 彼がそう言った瞬間、突如背後に何者かが回り込み、俺たちに攻撃を開始した。それはボコボコと言う音と共に拳を体を膨張させると、その巨大化した拳を振り下ろした。

 咄嗟に俺たちは避ける。そこにいたのは、顎に髭を生やした巨漢な男だった。

「六道……と、奈蜘蛛か。お前の裏切りは知っていたよ。」

 男は無表情を崩さずにそう言う。俺たちは、それに対して何も答えない。

「無回答……か。この大きさを前に恐怖したか?……まあ良い。我が名は亜門《あもん》。覚悟すると良い。」

 男……亜門は続けて、もう片方の手を膨張させていく。肥大化しきったそれは、先日戦った巨人のそれと遜色ない大きさだった。否、先ほどの速度から見ればあれ以上だろう。

 俺たちはバラバラの方向に下がり、その攻撃を回避していく。その時だった。美琴が俺たちの背中を押し、前の方へと誘導したのだ。

「言ったろ?僕が行くと。行きたまえよ、カンダタ。スマートに行こうぜ?」

 いつものような、美琴の笑顔だった。こいつになら任せて良いかもしれない。俺たち3人は、瘴気の放たれる方へと走って行った。

 …………………………………………………

 幽晴は、人々を襲う悪霊たちに向け、銃撃を放つ。背中に纏わり付く者、死体を喰らおうとする者と様々に。

 しかし、どう考えても戦力と敵の数が見合っていない。この間にも、上空から悪霊たちが供給されて行く。

「くっ……!流石にキツすぎるっすよ!」

 そう愚痴をこぼしつつ、銃弾を放つ。このままでは……このままでは……!その時だった。上空に発生する悪霊たちが、一斉に消え去ったのだ。

「……?!」

 先ほどまで、悪霊の鳴き声で埋め尽くされていた街中に、沈黙が広がる。まさか、と幽晴は上を向いた。そこにいたのは、羽山額だった。

「無限に湧くなら……斬れば良い。おっと……また湧いてきたか。」

 額は、再び発生を始める悪霊を確認すると、再び刀を握りしめた。

「あれが……羽山額。全くもう…あの人1人で解決できるじゃないっすか!」

 幽晴は、またもや愚痴を溢す。突然そんな彼の後ろに回り込んだ額は、

「そうでもないよ。地上だと民間人も巻き込みかねないからね。」

 と一言呟くように言った。

「うわぁぁ!いきなり話しかけないでくださいっすよ!」

 幽晴は、思わず尻餅をつく。だが、そんな暇はないと直後に気がつき、即座に起き上がった。

「ははは……じゃ、地上は任せたよ!」

 額はそんな彼の両肩を、手でポンポンと叩くと、再び上空の悪霊へと向かっていった。

「……はあ、つくづくめちゃくちゃだ。」

 幽晴は肩を落とすと、再び悪霊への攻撃を開始した。


 ビルの屋上、2人の男が見合っている。

 ビュービューと吹き荒れる風。

 曇り切った空。

 遠方から聞こえる悲鳴。

 それら全てが、これから始まる両者の戦いを予兆していた。

「よお、侍野郎。」

 正門はそう言うと、刀を携えた男に金棒を向ける。

「俺を満たしてくれる奴……ずっと探してたんだ。」

 ニヤリ、と男は笑う。

「確か、名前はムラマサと言ったか。……さっさとやろうぜ。」

 正門は笑い返すと、金棒をムラマサに向けて振り下ろした。彼はそれを後ろに下がって回避すると、その直後に急速に正門と距離を詰め、腰についた刀を振り上げる。

 常人には、視認など不可能に近い速度。剣技も何も無いが、ただただ圧倒的な攻撃の練度。正門は、そのまま首を切り落とされる……

 事はなかった。彼にとってその攻撃を避けることは造作もない事だった。正門は、敢えてギリギリのところでそれを回避すると、金棒を上へと振り上げた。

 ゼロ距離からの打撃。空気の壁を突破した一撃。とてもじゃないが、避けきれない。マサムネは、刀で自身の体を防御し、その攻撃を相殺させる。しかし、大きく弾かれた彼の体は、隣のビルに激突した。壁から壁を貫通していく彼を、正門は追う。

「鬼の金棒喰らっとけ。」

 正門の追撃を、再びマサムネは防御する。しかし、やはりその衝撃を相殺しきれない。そのまま彼は地面に叩きつけられ、ビルの最下層へとまで叩きつけられた。

 周囲のガラスは次々と割れ、ビルは倒壊を始める。

「来いよ、欲求不満野郎。何度だって叩き潰してやる。」

 正門は、マサムネを挑発する。

 起き上がった彼の頬には、一筋の涙が垂れていた。

「ははは……年甲斐もなく泣いちまうぜ。俺はよお……ずっと思ってたんだ。俺が殺そうとしても殺さねえ、そんな奴はいねえのかって。アンタが今!まさにそうだぁぁぁぁ!!」

 マサムネの体が膨張していく。そうか、あの形態か。変身させまいと、正門は金棒を振る。しかし、膨張するはずだったマサムネのの体は、途中でその動きを停止させた。

 なんだ、と思ったのも束の間、正門の右肩に、傷がついていた。勢いよく、血煙が上がる。

「こっからが本番だぜ……?」

 煙に体を紛らせた彼は、姿が見えない。ただ、先ほどより一回り体が大きいことだけが分かる。

 正門は右肩をを押さえながら、金棒を構えた。

 …………………………………………………

 カイナは、牛頭と馬頭を前に、後退する他なかった。なんだ、この双子。先日とまるで動きが違うじゃないか。彼女は、閉じていた目を思わず開いていた。彼女は2人から距離を取ると、鎌を前に構え、警戒を強める。

「なるほど……確かに息巻くだけはあるね。どうゆう原理?」

 冷や汗を垂らした彼女は、質問を投げる。

 牛頭は、敢えてそれに答える。

「貴方……スーパーで会った時に全く瘴気を感じなかった。それは貴方の能力なんでしょう?瘴気の感知を操る能力。

 私たちは常に瘴気を感知して戦う……故に貴方を前にしたら攻撃を読みきれなかった。」

 馬頭は言葉を続ける。

「貴方、まだ、本気出してない。さっさと出して。」

 馬頭の挑発に、カイナはニヤリと笑う。

 なるほど、ならば乗ってやろうじゃないか。彼女は瘴気を解放させる。シュウウウウウ……と、煙のように瘴気漏れ出す。視認可能と言うことは、それほど膨大な量の瘴気と言う事だ。


 襲い来る触手の大群を、マカは全ていなしていく。既にカラスは怪物へと姿を変えている。彼女はカラスの顔面に剣を突き刺すと、駆け上がるように剣を振り上げた。

 顔から背中にかけて、カラスの体に傷がつく。赤い血煙があがり、彼の体はよろめいた。

「どーゆー原理だ……テメェは一体どうして……!」

「私自身にもわかりませんよ、そんなもの。……ただ、今の貴様には負ける気はしない。」

 マカの瞳が黄金に光る。これは、まさか。カラスはギリ、と歯を食いしばる。

 この女、天使の力が目覚めつつあるのか。それもただの天使じゃねえ、あの瞳は、最上級の天使だ。この女に?この女に最上級レベルの強さがあるとでも?

「ふざけんじゃねえ……!ふざけんじゃねえええええええええ!」

 カラスは怒りを込めて叫ぶ。彼の体から、瘴気の煙が噴き出る。

 これは……まさか。マカは目を見開いた。そこにいたのは、先ほどの怪物を人型にしたような姿だった。

 そうか、悪霊の形態と人型の形態の中間……それがあった。そうなると、瘴気のムラがなくなり、先程とは別格の強さに……

 彼女が考えを巡らせたその時には、既に彼女の体は触手に貫かれていた。

「ゴッ……!」

 彼女の口から血が噴き出る。なんと言う速さ。触手を伸ばされた事にすら気付かなかった。


 双子は四方八方から攻撃を浴びせる。弾性を浴びた地面を跳ね、武器を振り回していく。

 しかし、カイナはあっさりとその攻撃をいなし、双子を吹き飛ばしてしまった。

「がっ……!」

「痛っ!」

 そのまま壁まだ吹き飛ばされた牛頭に、カイナは鎌を振り下ろす。

「牛頭!」

 馬頭は叫ぶ。

 抵抗する暇なく、牛頭の右腕は切り落とされてしまった。

「え……」

 唖然とする彼女に、カイナは追撃の蹴りを浴びせる地面に強く叩きつけられた牛頭は、もう動かない。

「牛頭……ねえ牛頭……起きてよ!お姉ちゃん!ねえ!」

 馬頭は必死で叫んだ。しかし、彼女からの返答はない。


「はあ……はあ……クソ……!やべぇ。」

 正門は、膝をついていた。先ほどとは別格の強さを見せるマサムネを前にし、思わず一歩後退していた。


 逃げたい。思わずマカは思った。

 逃げたい。思わず馬頭は思った。

 逃げたい。思わず正門は思った。


 逃げる……?そんな選択肢、あいつは……カンダタは取るだろうか。大事なもののために戦い続けるあいつは、果たして取るだろうか。

 いいや、そんな事は思いはしない。3人は、それぞれ立ち上がる。逃げたりしない。負けたりしない。

「まだ立つか、女。」

 ニヤニヤと笑いながら、カラスはマカに言う。彼女は下を向いて返答する。

「あの人は……カンダタさんは、私を……私をあの時守ってくれた。彼なら逃げない。逃げたりしない。逃げちゃいけない!」

 マカの背中に翼が生える。片翼は、両翼へと姿を変えた。彼女の頭の上に、天使の輪が浮かんでいた。ただし、半分だけ。黒い半分の輪。つくづく不完全だ。だが、これでいい。

「テメェ……天使の力に……!」


 馬頭は、武器を瘴気で強化する。時空を切り裂く一撃。アレを、常に発動させる。不可能かもしれないが、やって見るしかない。

 牛頭は起き上がると、残ったもう片方の腕で武器を握る。

既に体はボロボロだ。立っているのがやっと。だが、それで良い。

『牛頭、馬頭、お前たちは……』

母が頭を撫でる感触を思い出す。ずっと記憶の奥底に封印していた記憶。だが、今は活力になる。

「馬頭……立派になっちゃって。お姉ちゃんも頑張るか。」

 同様に、武器を強化する。

「なんだ……?」

 困惑するカイナの目の前に、2人は現れていた。これは、高速移動。否、瞬間移動だ。彼女が察した頃には既に、彼女の右腕は切断されていた。


「ここに誰も……来るんじゃねえぞ。」

 正門は瘴気を解放する。彼の体が変化していく。その姿は、鬼そのものだった。あまりに強大な強さを抑えるため、人型に止めた鬼。それがまさしく彼だった。


 マカは高速で空を飛び、襲いくる触手をかわしていく。決めるのは一撃。剣を生成し、カラスの首元を狙う。

 牛頭と馬頭は瞬間移動し、カイナを壁へと追いやっていく。時空を操る能力を、転移に使用する。そうする事によって編み出した技だった。

 正門の金棒は、マサムネを吹き飛ばす。理性を失ったように、正門は暴れる。

 それぞれは、瘴気を武器に込め、振り下ろす。

「「「おおおおおおおおお!!」」」

 トドメの一撃が、放たれた。

 カラス、マサムネ、カイナの身体中から、大量の瘴気が漏れだす。

「ははは……!やっとだ……やっとだよ…!」

 マサムネは、笑いながら、瘴気と共に消えていく。

「あーあ……負けちゃった。がんばりなよ、あんたら。」

 カイナは、残念そうに胡座をかくと、双子に手を振って消えていった。

 だが唯一、死に恐怖するものがいた。

「嫌だ……嫌だ嫌だいや……だ!死にたくない!死にたくない!」

 カラスは恐怖し、のたうち回る。

「……滑稽だな。散々人を嗤った貴様がこのザマとは。」

 マカは冷徹な目つきで言う。

「助けて……ください……」

 既に下半身が消えてしまった状態で、カラスはマカに懇願する。

 しかし、彼女の返答はこうだった。

「バカめ、地獄に天使は微笑まない。」

 マカは、彼の頭に剣を突き刺した。
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