地獄の道の罪人ども

酸性元素

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地獄の公安

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 「た、逮捕…?!」

 納言は、突然告げられた言葉に驚愕する。局長、と呼ばれた男は言葉を続ける。

「俺は地獄公安第三局局長

 鬼道正門きどうまさかど。お前らが行った行動はこの街を破壊した。大人しく武器を捨てて投降しろ。」

 俺は正門を見る。そこからは大した量の瘴気は出ていない。だが、問題はそこではない。圧倒的なまでの圧。強者にしかなし得ないプレッシャー。それをその男は纏っていた。とてもじゃないが、勝てない。ましてやあたり一面は公安になって取り囲まれている。どう考えても逃げるのは不可能だ。

 俺たちは渋々両手を上に上げる。

「おいそこのお前!刀から手を離せ!」

 公安の1人が俺に詰め寄り、手首を掴む。だが、それに対して俺は無意識に抵抗していた。そして動揺するその男に対して、思わず

「その刀に触れるな。」

 と口にしていた。その瞬間、俺に向けて銃口が一斉に突きつけられた。正門はそんな俺に対して質問を投げる。

「触れるなってのはどーゆー事だ。」

「……とにかく雑に扱われるのは嫌だ。丁寧に扱ってくれ。」

 少しの間沈黙が走る。正門は公安たちに命じ、俺の刀を回収した。話のわかる男らしい。

「よし、これに乗れ。」

 俺たちはパトカーは乗せられていく。俺の乗った席の隣に、正門が座り込んだ。続々と車が発車していく中、俺は正門に質問を投げる。

「…なんで着ぐるみ着てたの?」

「開口一番に聞く一言がそれか?!」

 正門は俺の首を締め上げる。

「あー待って!ギブギブ!ギブだって!」

 手錠をかけられた両手で椅子を叩く。そんな俺を意にも介さず、これまでの報復とでも言うように、正門は俺の顔面を掴んでブンブンと振り回す。

「アーーーー!痛いって痛いって!」

「着ぐるみの時も痛い思いしましたー!はい俺の勝ち!」

「小学生の煽り合いか!」

 唸り声をあげながら、俺たちは車内で取っ組み合う。

「あんたら車ん中なんだから静かにしろやー!」

 運転していた公安の1人は、俺たち2人の脳天をゲンコツで殴りつけた。


 そして各々は取り調べにかけられる事になり、俺は3人の公安の前に座らされた。その中央に座る正門は、俺を睨みながら話し始めた。

「……お前ら六道を黙認してきたのは、功績があったからだ。だが今回はやりすぎた。……特にお前、怪しすぎる。その異常な瘴気……しかも戸籍も何もないと来た。お前、自分の生まれとかわかるか?」

 若干こちらを心配するような口調で正門は言う。この野郎、どうしてお前に同情されなきゃいけないんだ。俺は不服ながらも、自身の思い出せる限りの生まれの詳細を思い出す。

「生まれた村の名前は…あんまり言いたくねえ。生まれた年は…寛永10年だった…はず。」

「寛永ぃ?なんだそれは。というか年号と言ったら現世が存在した時代の日本の概念だろう。」

 しまった、明らかに混乱を深めてしまったらしい。

「寛永は江戸時代の日本……その計算だと半世紀以上こいつは生きてる計算っすよ。」

 右に位置する公安の1人がそう言う。確か名前は…幽晴《ゆうせい》といったか。茶髪に長身、そしてスラっとした体型が特徴的だ。

「少なくとも、僕は信じられないですね。いくら瘴気が高いとは言え、そこまで生きながらえるほどには見えない。」

 左に位置する小柄な少女は言う。一人称が僕な事はさておき、まるで牛頭と馬頭だ。

「……取り敢えず、暫くここにいてもらう。」

 正門はそう言うと、俺を牢屋の中に連れて行った。ここに入れられるのは何百年ぶりだろうか。昔の頃の記憶が蘇る。……あの頃の自分は、何もかもに絶望しきっていたように思う。だが今は違う。大事なものができるというのは、こうまで心強いモノなのか。


「カザリくんは…彼はどうなるんです?」

 納言はやってきた小柄な少女に聞く。

「まず逮捕は免れないでしょうね。」

「そんな……なんとかならないんですか?!僕の友達なんです!」

「友達だという理由で民間人を危険に晒したことを見逃せと?」

 少女は、鋭い目つきで納言を睨みつけた。そうなってしまっては、最早彼からは言葉が出てこない。ただ押し黙って取り調べを受ける事しか出来なかった。そんな彼に対して、彼女は言葉を続ける。

「気持ちは分かります。しかしね、正義というのは私情が入った時点で破滅する。そういうモノなんですよ。私も局長も、そういう信念でやってきた。」

 優しいながらも、冷徹な口調。他の介入を許さないその佇まいには、怖気付く他なかった。

「羽山額、お前の事はよく知っている。お前のせいで被害が拡大した事件は数え切れんほどあるからな。」

 額の周りには、10数人の男が取り囲む形で立っている。それは取り調べ、というにはあまりにも過剰な光景であった。

「いやあ、その件はどうも。……で、今回の一件はどうな訳?僕を捕まえるチャンス、とでも思ったのかい?」

 額から、凄まじい量の瘴気が放たれる。それを感知した公安な男達は、一斉に彼に銃口を向ける。

「やはり凄まじいね、羽山額。……これだけ強くて正体不明とは。」

 尋問部屋から戻った小柄な少女は、その様子をカメラ越しに監視していた。

「……湊《みなと》、他の奴らの状況は?」

 小柄な少女……湊は、正門の問いに対し、早口に状況を伝えた。

「羽山額、浅倉納言に関しては特にこれと言った収穫はありませんでした。まあ以前にも事情を伺っていましたし。

 ……例の巨人の犯人を妙に浅倉が気にかけていた理由が判明したくらいでしたね。しかし、問題は鬼崎十郎という男でした。」

「……何かあるのか。」

 2人の間に緊張が走る。恐る恐る、湊は語り始めた。

「彼は……地獄全体で行われた第一回格闘技大会の準優勝者です。」

 正門は息を呑んだ。地獄界のツワモノが集まるという血みどろの戦い。文字通りなんでもありのあの場で準優勝するという意味を彼は知っていた。

「……そうか。監視を怠るなよ。」

「わかってます。」

 湊は冷静さを崩さぬままに答えると、その場を後にした。正門は監視室を出ると、局長室へ入り、パソコンを立ち上げる。残りの書類整理は山ほど残っている。今夜は徹夜だろう。

その時だった。パソコンに、チラリとネットニュースが映り込んだ。

『悪霊の被害が拡大……公安の対応不足が原因か?』

正門は、徐にページを開いた。そこのコメント欄には、公安への中傷が書き連ねられていた。

『公安マジで無能。改革するべき。』

『悪霊の討伐くらいもっと手早くすれば良いのに。』

ギリ、と拳を握りしめる。途方もない怒りの感情が湧き出てくる。なんのために、俺はこの仕事についたんだっけ。はあ、と正門はため息を漏らした。

その時、コンコンと戸を叩く音がする。

「まだやってんすか?」

 幽晴が部屋に入る。

「ああ、すまんな。適度には休んじゃいるんだが……」

「無理しすぎっすよ。……アンタの努力はみんな認めてるんだから。」

 幽晴がそう言うと、正門はフッと笑う。

「この世界は犯罪が多すぎる。……俺たちが民間人を守らなければいけない。」

「ま、程々に頼むっすよ。」

 幽晴は、沸かしたコーヒーを机に置く。彼らがいる公安は、言わば中間に位置する。上からの命令に従いつつ、下を従えなければいけない中間管理。それに日々晒される事となる。

「さて…連中の様子はどうだ?」

「取り敢えずは大人しくしてるっすよ。」

「そうか……分かった。なら、引き続き監視を頼む。」

「いや……それがですね……連中がうるさいと苦情が……」

幽晴は、気まずそうに言う。なんという事だ。このまま放っておくわけにもいくまい。

「……案内しろ。」

正門は、カンダタたちのいる牢屋へ向かった。


「じゃーしりとりしようぜー。くるぶしの『し』!」

「なんで初手でそのワード?!普通しりとりの『り』でしょ!」

カンダタの投げかけた提案に対して、納言はツッコミを入れる。

「し……し……歯科医。」

額はあっけらかんとした表情で答える。

「続けるんだ……」

そう呟いた納言の方を、カンダタと額はチラリと見る。なんだか答えないのも気まずいので、仕方なく答える。

「…インゲン豆。」

その場で睡眠をとる十郎を無視して、しりとりは続行する。

「め……め……メコバラミン。」

「なんでそんなマニアックなワードを?!ていうかどこで覚えたんですか。」

納言が再びツッコミを入れたその時

「何したんじゃお前らは?」

カンダタの背後に、正門が立っていた。

「なんだよーしりとりくらい。」

カンダタは開き直ったようにいう。

「なにがしりとりくらいじゃボケ!さっきまで将棋やらなんやらやってた癖に!」

「頭ん中でやってただけじゃん……」

「その度にうーんだのあーだの話すから眠れねえって苦情きてんだよ!」

正門は、鉄格子を両手でガシリと掴むと、カンダタに叫んだ。

「今のあんたが一番迷惑だけどな。」

キメ顔でカンダタは言った。周囲からの視線を感じ、急に恥ずかしくなった正門は、そのまま両手を引っ込めてしまった。

「とにかく……さっさと寝ろ。以上。」

「……なんで態々局長のアンタが来るんだ?」

カンダタの投げかけた質問に対して、正門は少し沈黙した後

「やらなきゃいけないからだ。」

とだけ答える。だがしかし、それに対してカンダタは食い下がらない。

「他の奴でも代用できるだろ。……あんた、くま出来てるぜ。何でもかんでも背負いすぎてダメになる典型だよ。」

「……!」

図星だった。ここ最近、溜まった疲労を消化し切れていなかったのは事実。そこを突かれてしまった彼は、そのまま黙って行ってしまった。

「……やれやれ、自己犠牲ってのは随分と残酷なものだ。」

額は、ポツリと一言つぶやく。今更ふざける気にもなれず、一同はそのまま眠りについた。


「……何?マサムネがいなくなった?」

廃ビルの会議室で、男が知らせを聞いて顔を顰める。触手を生やした男は、ため息混じりに続ける。

「まーたあいつの殺人衝動だよ。まあ俺も人のことは言えねえけど。」

「……早急に探してこい。」

「りょーかい。」

触手を生やした男は、その場からシュン、という音と共に消えていった。



「……」

正門は、机の上で目を覚ました。どうやら寝てしまったらしい。チュンチュン、と外では雀が鳴き声を上げている。部屋に差し込む朝日がどうにも眩しく、彼は抜けきらない疲労を抱えながらも椅子から立ち上がった。

「幽晴、例の調査はどうだ?」

正門の質問に対して、幽晴は目を擦りながら答える。

「ああ、あの連中っすね。……まだようやく手がかりが掴めましたよ。アンタの読み通り、ここ最近の事件は奴らが関与してるらしいっすよ。」

「分かった……今日のところはその捜査に当たってくれ。ふぁーあ。」

正門はそう言うと、自身の部屋に戻ろうとする。

「たまには……休みましょうよ。死にそうな目、してるっすよ。」

そんな彼を、幽晴はため息混じりに引き止める。だが、正門は敢えてそれを聞かないふりをした。

親父、これでいいんだよな。正門は、亡き父に向かって言う。当然、答えなど帰ってこない。

彼が廊下に出たその時、面会室から何やらザワザワと騒がしい音が聞こえる。なんだ、と思い、彼は向かっていった。


「はあ……カンダタさん、なんで捕まってるんですか。」

マカは、俺に対してため息をつく。

「まあ、あれだ。なんとか出て見せるからよ!……何年後かには。」

俺は、それに対してグッドサインを取る。

「……まあ、待つしかないですし待ちますよ。必ず出てくださいね、カンダタさん。……貴方には私も言いたいことが色々と……」

マカがそう言い終わる前に、勢いよく扉が開いた。

「はっはあ!!無事かいカンダタ!!」

決めポーズをとりながら、美琴と牛頭、馬頭が現れた。

「ちょ……面会は1人だけ……」

「そう言うなよ府警さん。可愛い顔が台無しだぜ?」

美琴はクルクルと回ると、止めに入った監視役の唇に人差し指を置く。

トゥンク……。府警の心臓がときめく。それもそのはず、一応は彼の顔は整っている。初対面からすれば、イケメンが自分に色仕掛けを働いていると言う事に……

「トゥンク……じゃねえわ馬鹿野郎!!帰れ帰れ!」

突然部屋に飛び込んできた正門によって、美琴の説得は阻止された。そしてそのまま、彼らは部屋の外へと追い出されてしまった。

「あの!カンダタさん!ちょっと後で!!」

マカの必死の訴えは、扉の向こうに吸い込まれていってしまった。

「はあ……はあ……お前の仲間はいつもこうなのか?」

「ああ、そうだぜ。お前と違って頼り甲斐のある仲間だよ。」

ケッケッケ、と笑いながら俺は言う。その言葉に、正門は顔を顰めた。

「何が言いたい?」


「昨日も言ったろ?あんたみたいなタイプは、すぐに1人で背負いこんで破滅する。他人に頼らねえのは、無能と行動してるのと一緒だぜ。」

「……お前に何が分かる。何をやっても俺たちはネットでは悪者扱いだ。局長の俺が背負わないでどうする。お前のような人間が、俺たちの正義を語るんじゃあない!」

そう言い放つと、正門は部屋を出ていった。

「あーあ……どうすんのかね、あれ。」

俺は、ため息混じりに呟く。シン……と静まり返った部屋には、淡い光が差し込んでいる。それは破滅の予兆か、希望の光か。誰にも分からなかった。


「……」

正門は、再びパソコンと向き合う。

再び目を運んだネットニュースには、やはり中傷が書き込まれている。

『他人に頼らねえのは、無能と行動してるのと一緒だぜ。』

カンダタの言葉を思い出す。

幽晴が!いつの日か自分に語った言葉を、彼は脳内で再生させる。

「局長って、全然愚痴吐かないっすよね。」

語ったところで何になる、と思っていた。だが、間違いなのか?そう思った時だった。

突然、彼の胸の無線機に連絡が入った。

『局長!やばいっすよ……これ……!』

幽晴の声だった。

「どうした?」

冷静な口調で、正門は聞く。

『計測器で連中の瘴気を追ってたんすけど……路地裏からとんでもない量の瘴気が……』

幽晴は、路地裏から放たれる途轍もない量の瘴気を前に、立ち尽くしていた。早く、避難させなければ。そうでなければ、手遅れに……そう思ったその時だった。

突如上空から何者かが落下し、幽晴の右腕を切り付けたのだ。

「……!」

咄嗟に彼は後ろに下がる。

そこにいたのは、ボロ雑巾のように見窄らしい姿をした男だった。

「なあ……殺す衝動ってあるよなあ……止められねえんだよ……その衝動がよおおおおお!!!」

男は勢いよく幽晴に襲い掛かる。彼は咄嗟に腰にある銃を引き抜こうとするが、それも間に合わない。限りなく不意打ちに近いその一撃を腹部に食らい、彼はその場に倒れ込んでしまった。

しかし、それでは止まらない。立て続けに襲う斬撃を全身に浴びた彼は意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。

「じ、準局長おおおおお!……局長!どうすれば……!!」

「ひゃっはははは……あひゃはははは!!」

男はゲラゲラと笑いながら、隣に立つビルへと登っていく。そして煙と共に巨大な瘴気を解き放つ。

なんだ、あれは。とその場にいる者全てが驚愕した。巨大なトカゲが、ビルに張り付いているのだ。瘴気を見ずともわかる。あれは、やばい。やばすぎる。

「局長!!男がトカゲに……」

公安の男は、言葉を止める。巨大なトカゲは、口から砲撃を装填させているのだ。

「局長!どうすれば……」

トカゲの口から、光線が発射された。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

その場にいるもの全てが目を瞑り、死を覚悟した。その時だった。

「オラァァァァ!!」

トカゲの口を、何者かが下から蹴り上げたのだ。

「無事か、お前ら。」

そこにいたのは、ボロボロの着物を着た男。確か、名はカンダタと言ったか。

「おい、無線機貸せ。……なあ、局長サンよ。あんたが何を抱えてるかなんざ知らねえ。だがな、1人で抱えこめるほど人の命は軽かねえんだよ。」

カンダタの後ろから、納言、十郎、そして額が飛び出る。

「よっしゃ行こうぜお前ら!!」

彼は、目の前のトカゲに向かって飛びかかっていった。


それを無線機越しに感じ取った正門は、ぎゅっとそれを握りしめる。

「……」

全く、逮捕したものに気付かされるとは。フッと彼は笑うと、現場へと向かっていった。
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