地獄の道の罪人ども

酸性元素

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更生の一歩

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 双子は跳躍しながら、蟻の手足を切り落としていく。

「牛頭、こーかん。」

「はいはい、ガッテン承知。」

 2人は互いの武器を入れ替えると、蟻の頭を切断した。

「弾鉄刃!」

 牛頭と馬頭は瘴気を放ち、自身の能力を発動する。すると、地面が弾性を浴び、2人はそれを利用して大きく飛び上がった。馬頭はそのまま、勢いよく斧を振り下ろす。

「獄門斬《ごくもんざん》!」

 振り下ろされた斧は巨大化し、その場にいた蟻を一掃した。

「マジかよ……強えええええええ………」

 俺はその光景に思わず見入っていた。少女の体に見合わない、獣のような動き。一見違和感を感じそうなその状況でさえも、ある種の芸術のように見えた。

「カンダタ……行って。」

 馬頭は前を指差す。

「へ?」

 首を傾げる俺に、牛頭は説明を始める。

「黒蟻には、女王アリが存在する。それを叩かない限り、蟻は無限に増え続けます!カンダタさん!早く女王を探してください!」

 馬頭とは打って変わって流暢な説明に俺は驚きつつ、指を刺された方向を見る。そこには、何かよからぬものがいるのが感じられる。これが瘴気というものか。

「よくわかんねーけど…了解!」

 俺は言われるがままに走り出した。森を掻き分け、全速力で向かう。

「この瘴気……あれだ!」

 俺は森の奥へと目を凝らす。そこにいたのは、全長20mは超えるであろう、巨大な蟻だった。

「そこ……かあ!」

 俺は回転しながら、女王蟻の体へと剣を振るう。しかし、その硬さにより、殆ど傷をつけることができず、反動で後ろにのけぞってしまう。

「やばい……!」

 女王蟻は俺を捕捉するなり、猛スピードで追跡を始める。周囲の木々を破壊しながらのその進行を前に、俺は後退を余儀なくされる。

「くっ……!流石に瘴気が足りなかった……!」

 俺は瘴気を剣に込める。しかし、どうにも上手くいかない。一体なぜ、と困惑する俺に、女王アリは容赦なく鋭い前顎を振り回す。

「くっそ……!」

 咄嗟に回避し、刀を見つめる。一体どうやって瘴気とやらを使えば良いのだ。その時、ハッと俺は牛頭の言葉を思いだした。言葉にしてみる事、それがコツと言っていた。

「今はちょっと借りるぜ、現楽。」

 俺は刀を腰にしまうと、女王アリを睨む。
 ビュウウウウ……と瘴気の風が吹く。ジリジリと照りつける太陽は、引き抜く刀と反射した。

「山田流……灯篭切り。」

 居合い。広範囲かつ高速の一撃。それは、女王アリの足全てを削ぎ落とした。

「よし……使えた!そんじゃもう1発ぅ!!」

 俺は上に飛び上がると、体を回転させ、女王アリに向けて刀を振り下ろした。が、次の瞬間、巨大な光線が女王アリから放たれ、俺を後ろに弾き飛ばした。

「うお!?マジかよ!」

 光線の発射は止まらず、女王アリは俺を追尾していく。光線の当たった木々は次々と燃え、周囲に炎の馬を作り出した。

「クソッタレ……!大人しく……しろや!」


 俺は刀を女王アリの顔面に向けて、刀を振り下ろす。しかし、それは回避されてしまう。まだだ、終わってたまるか。俺は攻撃の手を辞めず、女王アリへと次々と攻撃していく。

「オラァ!」

 俺の蹴りが当たり、女王アリは後ろに弾き飛ばされる。

「ここ……だぁぁぁ!!」

 俺は、女王アリの頭部を切り落とした。紫色の血飛沫が上がり、女王アリは倒れる。

「ふぅ……終わったああああ……」

 膝から崩れ落ちた俺の耳に、ザク、ザクと落ち葉を踏む音が聞こえる。なんだ、と振り返ると、そこにいたのは少年だった。俺は、出来るだけ和やかな笑顔で少年に歩み寄る。

「よ、よお。アンタが綾人って奴か。……早く帰ろうぜ。」

 だが、そんな俺に対して、綾人は震える声で言った。

「逃げて……逃げて!!」

 次の瞬間、ドゴォォォン、という爆発音に似た音と共に、綾人の背中から巨大な黒蟻が飛び出してきた。

「な……?!」

 女王アリの倍以上のサイズを持つそれは、左前足を俺にぶつける。その攻撃によって、俺は公園から街の方へと弾き飛ばされてしまった。

「が……は!!」

 しまった、息ができない。朦朧とする意識の中、黒蟻は凄まじい速度で俺に接近し、その鋭い牙を浴びせる。直前で意識を取り戻した俺は、咄嗟に下に伏せて避ける。まずい、街にまで入ってきてしまった。俺は黒蟻から逃げ惑う中で考える。今の間にも、俺を追いかける黒蟻は街を破壊している。なら……。

「やるしかねえだろ今畜生!!」

 俺は黒蟻に正面を向くと、大きく飛び上がり、その顔面に向けて刀を突き立てた。だが、できる限りの瘴気を込めた一撃にも関わらず、それは全く通らず、後ろに俺は弾かれてしまった。

「……?!」

 黒蟻はそれに合わせるように口を開けると、光線を装填し始める。まずい、死ぬ。俺が咄嗟に刀を構えたその時だった。黒蟻の背中を、牛頭と馬頭が攻撃し、その進路を逸らしたのだ。俺の目と鼻の先を光線はかすめ、上空にある雲を吹き飛ばした。

「カンダタさん、大丈夫ですか?!」

「ご無事か。」

 牛頭と馬頭は地面に着地すると、同様に着地した俺に問う。

「取り敢えずは、な。あいつにはまともな攻撃は効かねえ。」

「なら、同時攻撃でどうですか。」

「ジェットストリームアタックを、仕掛ける。」

 同時攻撃、なるほどアリだな。やってみよう、と俺は目配せすると、牛頭と馬頭と同時に動き出す。 一回、二回、三回と切り付けられた黒蟻の体に、若干の傷がつく。

「よし……ついた!このまま行けるぞ!」

 牛頭と馬頭はコクリと頷く。まずは、足だ。足を奪えばいい。俺たちは黒蟻の右前足に向けて、全体重を乗せた一撃を浴びせる。右前足は切り落とされ、黒蟻はバランスを失った。

「よし、次は……」

 急所だ、と首元に視線を運んだその時だった。黒蟻の全身から、凄まじい衝撃波が放たれたのだ。

「な……?!」

 動けない。体が痺れて、まるで見えない縄に縛られているよう。その隙を狙い、黒蟻は即座に体を再生させると、牛頭に向けて光線を発射した。当然防御など取る事ができず、牛頭はそのまま壁まで吹き飛ばされてしまった。

「牛頭!!」

 体の拘束が解けた馬頭が、彼女に駆け寄る。すっかり俺たちに興味を失った黒蟻は、街を襲い始めた。周囲から、悲鳴が聞こえる。くそ、どうする。このままだと、こいつに負ける。一体どうすれば……そうだ、この手ならどうだ。

「馬頭、案がある。牛頭もできるだけ聞いてくれ。」

 俺は2人に耳打ちする。それを聞いた2人は、戸惑うような表情を見せた。

「カンダタさん……それは……」

「死ぬよ、最悪。」

「元々死人だ馬鹿野郎。問題はあの硬直攻撃だ。使えるんならとっくに使ってる筈だからな、多分インターバルがある。……お前ら、引きつけてくれ。」

 2人は目を合わせると、ため息をしつつも頷いた。

「やるしか、ない。」

「先輩として……ちょっと頑張っちゃうかあ。」

 牛頭と馬頭は、再び走り始めた。街を襲う黒蟻の足元に駆け寄ると、武器を振る。

「これ以上……街を荒らすなあ!!」

 だが、やはり傷はつかない。しかし、それでいい。2人はニヤリと笑う。黒蟻から、再び衝撃波が放たれ、2人の体が硬直する。黒蟻は、足元にいる2人に向けて光線を装填させた。側から見れば、単なる自殺行為に見える特攻だろう。

 だが、それに向かって飛びかかる男がいた。それは、カンダタだった。彼はビルの壁面を駆け上がり、黒蟻の顔面に向けて刀を突き立てる、……と言うのは、作戦のためのミスリード。本命は、全く別の方向だった。

「押してダメなら引いてみろ……外でダメなら……内側からだぁぁぁぁぁぁ!!」

 カンダタは、黒蟻の口の中にばっくりと食われてしまった。次の瞬間、黒蟻の腹の中から刀が飛び出した。一度ではそれは終わらず、立て続けに腹は突き破られていく。黒蟻は悶え苦しむが、それももはや無意味。カンダタが勢いよく黒蟻の腹の中から飛び出し、上空に向かって決めポーズを取った。黒蟻は消滅し、そこらじゅうに胃液と血液、そして腑《はらわた》が溢れ出した。

「よっしゃぁぁぁぁ!!俺の勝ちぃぃぃ!!ハイタッチって奴やろうぜ!ほれ!」

 カンダタは、胃液まみれの体で両手を差し出し、牛頭に近寄る。

「ギャァァァ来ないでくださいよおおお!!」

 牛頭は必死でカンダタから逃げ惑う。馬頭はその光景を見て、フッと微笑んだ。その時だった。

「あの……その……」

 彼女の前に、少年……綾人が現れた。

「……分かってる、事情。話して。」

 彼女は彼に近づくと、優しい笑顔を浮かべて言った。先ほどまで取っ組み合っていたカンダタと牛頭の2人も、それを見るや否やそこに駆け寄って行った。



「ああ!綾人!無事だったのね!……ありがとうございます!」

 婦人は、自身の息子を見ると、抱きしめようと近寄る。だが、その間に牛頭が割って入った。

「待ってください。……本当のことを話してくれない限り、お子さんを返すわけには行きません。」

「え……?」

 婦人の顔が引き攣る。当然だ、息子を返さないと言われたのだから。だが、当の本人は怯えた表情で彼女の影に隠れている。

「お子さん……中学受験を控えていると言いましたよね?本当に……お子さんの望んだ事だったんですか?」

 何を、と言おうとする婦人を押しのけ、馬頭は奥にある階段を駆け上がった。

「ちょ……人の家に勝手に……!」

 止める婦人を意にも介さず、馬頭は扉を開ける。そこには、衝撃的な光景が広がっていた。山積みにされた、大量の参考書。1束や2束ではない。それが、部屋中に散乱しているのだ。これは……俺たちは、その光景に呆気に取られていた。

「お子さんは……あなたの勉強の強制で外に出て行ったんじゃないんですか?公園に行ったと知っていたのは、そこを唯一の遊び場所として許可していたから。お子さんは、その勉強への苦痛から悪霊を生み出してしまった。あなたの読み通り、お子さんは貴方に従って公園に向かいましたよ。でもそれは、あなたがお子さんを縛り付けている何よりの証拠です。」

 顔を引き立らせていた婦人は、フッと笑うと、破壊ため息をついて言った。

「はあ……あなた方に何が分かるんですぅ?」

 ついに本性を表したか。ギラついた目つきで、彼女は俺たちを睨みつける。

「綾人はねえ……天才なの。あなた方みたいな凡人以下と一緒にしないでくださる?もっと勉強させていい大学に入ってもらわないといけないの。私が困るの。」

 ギリ、と牛頭は拳を握る。昔、自分達双子の親もそうだった。獄卒にさせるため、と強制的に自分達を勉強させた。

 当然のように暴力に走り、毎日のようにぶたれた。特に馬頭に対しての暴力は酷かった。その結果、妹の馬頭は言語障害を煩い、カタコトにしか話せなくなってしまった。

 問題は、父親が死んでからだ。父が死に、試験を受ける必要がなくなった時。その時、私には獄卒しか残らなくなっていた。結局試験は不合格。そうして六道にまで流れ着いた。2度と、縛られるような人間にはならない。そう決めたのだ。だが、ここで何を言えばいい。この親を相手に、私達に何ができる?牛頭は、自身の不甲斐なさに涙さえ浮かんできた。その時だった。

「くーだらね。何がイーダイガクニーだ。……仮にテメェの息子が天才ならよ、それを押さえつけてんのはテメェじゃねえか。」

 カンダタは突然そう言い放つと、綾人の部屋に入り、窓を開けた。そして積み上がった参考書を、次々と窓の外に捨て始めた。

「な……?!何を、してるんですか!!」

「なあ綾人!親なんてのはクソッタレだぜ!?窓は見るためだけにあるんじゃねえ、通るためにあるんだ!お前も飛び込めよ!この窓によ!」

 カンダタは、引き止める婦人を無視し、ついに全ての参考書を外に出してしまった。

「こ、こ、公安に通報しますからね!」

 激昂した婦人は、下の階にある電話機に向かおうとする。だが、その時だった。

「お母さん!辞めて。……僕はずっと嫌だった。もう、お母さんには従わないから!」

「へっ……言えたじゃん。あとはお前次第だぜ。」

 カンダタはそう一言言うと、牛頭と馬頭を連れて、家を出て行った。

「あれで……良かったんですか?」

 トボトボ歩いた帰り道で、牛頭はカンダタに聞く。結局報酬も何も貰えなかったし、依頼人との関係も修復不可能なものにしてしまった。

「いーのいーの。……よく頑張ったよ、お前らは。」

 カンダタは、2人の頭を撫でる。唯一優しかった母親の、頭を撫でる感触。それによく似ていた。嫌いだった、母以外の他者に撫でられる感触。それが、不思議と彼の前だと感じなかった。

「ありがとう。」

 馬頭が一言言う。2人は、カンダタの腕に手をかける。離れないように、いなくならないように。今はただ、その優しさを噛み締めていたかった。

 その日、綾人から連絡があった。

 母親は何も言わなくなったらしい。もしかしたら、関心がなくなってしまったのかもしれない。それでも、少しずつ距離を縮めていくつもりなのだという。最後に、彼はカンダタに感謝の言葉をつげた。


 次の日の朝、それを知らない当の本人、カンダタは目を覚ました。即席で用意された簡易ベッドも、中々寝心地は悪くない。彼はあくびをしつつ、居間へと入る。

「………誰だ?」

 そんな彼を出迎えたのは、1人掃除をする少年だった。なんだか覇気がなく、少し押しただけで倒れてしまいそうな、そんな少年が。

「え?!あ、お、お、おはようございます。僕は浅倉……」

 びくびくとしながら少年が自己紹介をしようとした瞬間、突然飛び出してきたトラックが事務所の窓を突き破った。

「ギャァァァァァァァァァ!」

 少年はその衝撃によって吹き飛ばされ、トイレのドアへと勢いよく突っ込んでいった。車から降りた男は、天高らかに名乗り始める。

「はっはっは!遅れて参上!我が名は阿佐美猫美琴《あざみねみこと》!ようこそ六道へ!歓迎するよカンダタくん!」

 なにやら独特の決めポーズをとり、美琴という金髪の男は彼にそう言い放った。

「……は?」

 カンダタは、その光景に唖然としていた。
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