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新生活
しおりを挟む「えーっとね、まず悪霊についてだけど……」
額は俺の反応を無視して説明を始める。
「ちょいちょいちょいちょい……待ってくれ。」
俺は咄嗟に両手を前に突き出し、額の言葉を遮る。彼は不思議そうに首を傾げた。この野郎、好き勝手に説明しやがって。訳わからないフリをしたって無駄だからな。
「いきなり働けってったって意味わかんないわですけど!」
怒りに任せて、俺は額へと叫ぶ。すると彼は、うーん…と腕を組んで考え込むような仕草を見せ始める。一体何が不思議だと言うのだ。とっ捕まえた奴を働かせようと言うのは、どう考えても非常識である。
「いやね、だから人手に困ってて…」
「とっ捕まえた奴を働かせる何でも屋がどこにあるんです?」
「……細えことは気にすんな!」
額は明るい表情で親指を立てた。そのおちゃらけ具合に、俺の血管が血走る。本当にこいつが取り仕切っていて大丈夫なのか、と俺はため息をついた。
「取り敢えず説明するよー。」
やはり俺を無視して、無額は説明を始める。もう何にでもなれ、と俺は説明に耳を傾けた。
「まず、この世界には悪霊ってのがいるんだ。転生しきれなかった魂の残骸……それが形を成したものさ。こいつらは放っておくと世界を破滅させる。この世界は瘴気というエネルギーで満ちているからね。世界の瘴気を吸収してしまう悪霊は危険ということさ。そしてそれを祓って治安を守るのが地獄公安。あともう一つ、獄卒公安ってのがあるんだが、それは地獄全体の治安を守る役割を成している。いわば地獄公安より上の立場だね。」
獄卒、と聞いて、俺は思わず顔を顰める。数百年前、散々獄卒に追い回された。それが今では公安の一環とは、時代も変わったものだ。
「そこにいる牛頭ちゃん馬頭ちゃんは、元々獄卒の一族だったんだよ?試験に落ちてここにきたんだけど。」
額に呼ばれた牛頭と馬頭は、何やら気まずそうにその場にうずくまった。試験、とは獄卒の試験だろうか。獄卒にも試験というものがあるなど、やはり世知辛い世の中である。
「あー……それは…」
「言わないお約束……」
プルプルと震えながら、マカに2人はしがみついていた。
青いリボンの少女……牛頭が流暢で、対する赤いリボンの馬頭がカタコトなのは、何か理由があるのだろうか。と疑問に思う。だが、聞いたらまた噛みつかれそうなのであえて聞かなかった。
「…で、ここは言わば荒くれ者、弾かれものが来るような所でね……戦力的には地獄公安と遜色ないけど…ちょいとイレギュラーすぎて界隈じゃ浮いてるのさ。」
はあ、とため息まじりに無額は言う。どう考えてもアンタの方針のせいだろうが、と俺は思うが、これもあえて口には出さなかった。
「そこのマカちゃんもねえ……優秀だったのに堕天使って事でここに流れ着いたんだよ。」
俺はマカの方を見る。彼女は悲しげな顔で俯いていた。差別とは、本当にどの時代にもあるらしい。俺の時代でも、俺の住んでいた場所は差別の対象にされた。
「そっか……で、やっぱ俺が仕事する理由がわからねえんだけど。」
再び俺は話を切り出す。仕事をしたくないわけではないが、なんだか碌なことにならない気がしたからだ。
「……はっはっは!」
何も返せなかったのか、額は高らかに笑い始める。
「笑って誤魔化すなし!」
飛びかかろうとする俺を、マカは静止する。止めるなマカさん、こいつを殴らなければ俺の腹の虫が治らん。
「ちょっと待って…落ち着いてくださいカンダタさん……。額さん……私もあんまり納得いかないですよ。なんで働かせるんですか?」
「え?人手が足りないから。」
「ダメだこいつ…」
一向に意見を曲げない額に、俺たちは落胆する。やっぱりここが荒くれ者扱いされる理由は、こいつのせいなんじゃなかろうか。
「わかったよ……仕事しますよ。」
ボリボリと頭を掻きむしり、俺は答えたもうこれ以上押し問答を続けても仕方あるまい。適当にやって適当に解決すればいい。
「カンダタさん、良いんですか?!死にますよ最悪!」
バタバタともたつくような仕草を見せながらマカは俺に詰め寄る。まるで子の行く末を心配する母のようである。やっぱ母親願望あるだろこいつ。
「オッケー了解!じゃあ始めよう!……これ、見てくれるかい?」
額は、ノリノリでホワイトボードに貼り付けられた写真を再び指差した。
「悪霊には第5級脅威指定から第1級脅威指定、そしてその上の特別5級脅威指定から特別1級脅威指定まである。第5から第4まではほとんど脅威がないが、第3からは人に害を及ぼす。昨夜君が倒したのは第2級だね。今回討伐してもらうのは第3級『黒蟻《くろあり》。』
複数で群れをなして、子供を食らう。最近ここらで依頼が出た。これをカンダタくん。君で討伐してほしい。……子供の行方不明も届いている。最悪の事態になる前に、ね。
あ、あと念のため牛頭ちゃんと馬頭ちゃんも付き添い人としてね。」
にこやかな笑顔で無額は言う。
その笑顔に対して、俺は笑い返せなかった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。これも生前犯した罪とやらなのだろうか。
「おおおお……なんだあれ!」
今まで外の景色は恐怖の対象だったが、よくよく考えてみれば、俺にとって辺りに映るもの全ては目新しいものばかりだった。
「霊魂アイスいかがですかー?」
見たことのない菓子が売られている。これは買うしかない。
「買う!」
俺はアイスとやらが入った箱に手を突っ込むと、5本ほど取り出してしゃぶりついた。
「ちょっとぉ?!すいませんすいません……」
牛頭は勢いよく店員に頭を下げると、俺の頭を叩いた。
「いて!何するんだよ!」
「何するんだよじゃありません!」
しまった、怒らせてしまった。俺を睨みつける牛頭のその表情は、鬼さながらである。
「おおお…なんだこれ…板に変なのが動いてる……」
ガラスにベッタリ顔を貼り付けながら、俺は何かが動く板をまじまじと見つめる。
「それはテレビです!人がいるわけじゃないです!ほら!人が見てる!離れてください!」
牛頭は必死でガラスから俺を引き離すと、そそくさとその場を後にした。俺はチェ、と舌打ちすると、猫背でトボトボと街を歩く。
「カンダタ……モラルないね…」
「やばい…」
俺の後ろで、ヒソヒソと牛頭と馬頭は陰口を叩く。周囲の冷たい視線を意識すると、なんだか急に恥ずかしくなり、俺は縮こまってしまった。
まずは事情聴取という事で、被害者の親の家へと俺たちは足を踏み入れた。ピンポン、とインターホン押す。暫く待機していると、ガチャリととドアが開いた。来客を知らせる装置があるとは、この時代もいい時代になったものだ。
「あの……どちら様ですか?」
ドアの奥から現れた婦人は、俺たちに疑いの目を向けていた。それもそうか。ボロボロの服を着た男に少女2人。疑わないという方がおかしい。
「ご依頼をお受けしました、六道です。」
牛頭が名乗りを上げるや否や、婦人の顔つきが変わる。
「ああ、どうぞどうぞ。」
にこやかな表情で、婦人は俺たちを部屋に招き入れた。だが、俺には分かっていた。この婦人には、何かがあると。今まで見てきたからわかる。この女は、確実にあっち側の人間だ。俺は疑いの目を向けながら、招き入れられた家の中へ入っていった。
「……で、お子さん……綾人君が行方不明になったのは、いつ頃で?」
俺は招かれたソファにストン、と座り込むと、差し出されたお茶を一啜りしつつ婦人に聞く。
「昨日です。あの子、昨日公園に行ったっきり帰ってこなくて……」
半日ならまだしも、一日帰って来ないというのなら心配する気持ちも分かるだろう。
「なるほど……何故、態々私たちに?公安に頼る手もあったでしょう。」
「大事《おおごと》にしたくないんです。あの子、そろそろ中学受験もしなきゃいけない歳だし……」
「……」
馬頭は、婦人をじっと見る。それは、紛れもない疑いの目だった。やはり、どこかこの婦人は怪しい。徐々に猜疑心《さいぎしん》は深まっていくばかりだった。
「そうですか……どこの公園に?」
俺は婦人に問う。しかし、何故か彼女は考え込む姿勢を見せた。公園に行ったと知っているのに、どうしてそこまで迷う?
「獄門公園です。ここらでは子供に人気ですから……あの、本当に悪霊の事件なんですか?」
震える声で、婦人は問う。
「可能性の、話。」
馬頭は疑いの目を辞めぬまま、答える。
「……分かりました。取り敢えず探します。行きましょう、カンダタさん。」
牛頭は立ち上がると、俺たちと共に公園へと向かっていった。彼女も同様に、婦人に疑いの目を向けていた。だが、今は関係ない。1人の人間の命がかかっているのだから。正直そこら辺は俺にとってはどうでも良いが、牛頭と馬頭からすればそうはいかないだろう。
「……で、どうやって探す訳?」
俺の質問に対して、牛頭はちっちっち、と指を横に振る。なんだこいつ、と顔を顰める俺に対して、彼女は道具を取り出した。それは、長方形の形をした、携帯電話のような形の黄色い装置だった。それを渡された俺は、使用用途が一切わからず首を傾げる。
「これは、瘴気の、感知装置。」
馬頭は、この装置に対しての説明をする。
「まずそのしょーきってのは何なんだよ。」
「あ、そうか。忘れてた。」
牛頭は、右手のひらに左拳をポンと合わせると、人差し指を立てて説明を始めた。
「この世の全ては瘴気でできてるんです。系統や種類は違くても。この世の魂を地獄や天国に止められているのは瘴気があってこそなんです。その瘴気を操って戦うのが我々。コツはイメージです。言霊、ってありますよね?言葉にも瘴気はありますから、そこら辺も工夫したら良いんじゃないですか?」
なるほど、つまりその瘴気が放たれている悪霊を探すのが、この装置という訳か。じっと装置を見る。形状からして、この針が左に動いたら悪霊がいると言うことなのだろう。
「じゃ、まず手分けして探しましょう。」
そう言って牛頭が公園に足を踏み入れた瞬間、ピー、といきなり音が鳴った。針は、思いっきり左を向いている。本来、針の傾き加減で悪霊の位置を特定できるのだろうが、一番左を向いているこの状況では意味があるまい。
「……………これ、役に立たないんじゃね?」
俺は苦笑しながら牛頭を見る。
「なるほど、既にそこら中に瘴気が定着してるから無理だ、と。やってられっかあああ!」
先ほどまでの自信は何処へやら。牛頭は装置を放り投げると、公園の中へズンズンと進んで行った。
「俺らも行くか。」
俺は、馬頭と共に牛頭を追う。だが、公園全体に瘴気が放たれているという意味を、この時の俺たちは知らなかった。
「はあ……はあ……なんで、こんなに広いんだこの公園。」
ヨロヨロとよろけながら、牛頭は公園の中を歩いている。季節は夏。この炎天下の中で歩くのはなかなかキツイものがあった。ミンミン、とセミがそこら中で鳴いている。ジワジワと照りつける太陽は、どんどん俺たちの体力を奪っていく。俺はすでに限界を迎えた馬頭を背負いながら、辺りをキョロキョロと見渡す。
「なあ……本当にいるのか?」
「なんとか探すしかないですよ……ほら、この装置の針も……」
牛頭は、いつのまにか拾い上げた装置を眺めながら言う。見ると、装置の針がガタガタと震えている。
「となりゃ……ここら辺にいるはず……」
俺は、その時何かを見つけた。森に、うずくまる少年。あれは、まさか。バッと牛頭の方を見る。彼女もそれを確認したようで、目を丸くして見ている。
「綾人くん……?綾人くんだよね?!」
牛頭がそこに向かって呼びかけたその時、上空から何かが降り注いだ。それは、巨大な蟻だった。全長3mは超えるであろうその巨大な蟻が、奥から3匹、4匹とどんどん出てくるでは無いか。
「………」
「………」
「逃げるぞ。」
俺たちは満場一致で頷くと、蟻に背を向け、走り出した。ターゲットを補足した蟻達は、物凄い速度で俺たちを追いかけ始める。このまま逃げ切って、どうする。取り敢えず依頼の少年は見つけたのだから、あれだけ連れて帰ればいいのではないのか?そう思ったその時だった。
足場が、完全に消えていた。それが、崖を飛び越えてしまったという事だと気付かされたのは、その1秒後だった。
「あ、まずい死んだ。」
俺たちは揃って崖から落下する。ああ、おふくろ……特に愛情も何も感じで無いけどおふくろよ。俺ももうすぐそこに……と俺が死を覚悟したその時だった。
「大丈夫、死なない。」
「取り敢えず行きますよ……せーの!」
牛頭は斧を取り出すと、地面に向けて振り下ろし、技名を叫んだ。
「弾霹斬《だんへきざん》!」
すると突然、地面が弾性を帯び、俺たち3人を上に向かって跳ね上げた。
「フン!」
馬頭は崖に向かってナタを振り下ろすと、足場を作り出した。再び俺たちを補足した蟻達は、俺たちに向かって襲いかかった。
「ぐすん……ぐすん……どうしよう……どうしよう……」
森の奥、少年は1人歩いている。自分のしてしまった事に罪悪感を感じながら、涙を流している。その少年の体から、大量の瘴気が放たれていく。それはやがて、蟻の体を生成していった。
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