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クロドゥルフ目線のお話

忘れたくない

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 地下へ行くための扉は図書館の一番奥にあった。

 なんの変哲もない木のドアの鍵を開けてもらう。
 職員は人間の女で、オレが銀狼族だと分かると興味津々のようだった。

 でもクリスが、

「この先は2人で行かせてくれ」

 と言ったら、何も言わずに引き下がってくれた。

 木のドアを開けるとすぐに細くて急な階段があった。
 念のために手すりをしっかりと握りながら、クリスの後ろを降りていく。

 壁には魔法の炎が並んでいるから暗くはないけど、オレが踏み外したらクリスごと転げ落ちるから慎重にならざるを得ない。
 想像していたより長い階段を降りながらクリスと話すと、声が反響した。
 揺れる炎がオレたちの影を映し出す様子は少し不気味だった。

 ようやく階段を降り終えると、また扉があった。
 今度は鉄で出来た、両開きの大きな扉だ。
 古くてゴツい錠前には、普通の鍵穴ではなく多角形の穴が真ん中に空いていた。

「……ここに、何かをはめ込むみたいだけど……」

 錠前を持ったクリスが、その穴をトントンと指で叩いて首を傾げた。

「銀狼族しか入れない場所だからクロドゥルフが来たら開くかと思ったけど……何か代々伝わってる鍵とかない?」
「鍵……?」

 代々伝わるも何も、銀狼族はオレしか生きていない。
 オレはその穴をじっと見つめる。
 見たことがあるような気がするけど思い出せない。

「銀狼族の住処が火事になったとき、残ってたのはオレと勇者を召喚するための……」

 勇者を召喚するための剣だけだ、と首の飾りに手を伸ばした。

 そして、クリスと目を合わせる。

「これか」
「それだ!」

 クリスがビシッとオレの首を指差した。
 オレは首に巻いていたチョーカーを外す。

 チョーカーには漆黒の宝石のような飾りが付いている。
 それを錠前の穴と見比べれば、いい感じに重なりそうだった。

 オレはチョーカーごと錠前に飾りを近づける。
 クリスが息を潜めて見守った。

 見事、ピッタリとハマった。

 ガコンッ!!

 支えていなかった錠前が、大袈裟な音を立てて床に落ちた。

 クリスと2人で扉をひとつずつ押すと、重い音を立てながら開いていく。

「……すごいな」

 まず目に入ったのは、傷だらけの大きな盾。
 そしてその横に掛けられているぼろぼろの赤いマント。

 他にもどんなに激しい戦いをしたらこうなるんだってくらい痛んだ鎧や、一部が欠けた兜などがたくさん置いてあった。

 扉の大きさに対してはこじんまりとした、倉庫のような部屋だ。
 中は魔法で維持されていたらしく、埃ひとつ見当たらない。

「もしかして、これは……今までの勇者たちの?」

 クリスが声を震わせながら正面にあった盾に触れた。

 オレも心臓が早くなるのを感じながら鎧に近づく。
 魔獣の爪に引っ掻かれたような大きな傷に沿った穴が、腹の部分に空いている。
 これを着ていた勇者が、どんな傷を負ったのかと想像したら寒気がした。

「こんなになる前に、アユを帰さねぇと」

 オレは唇を引き締めて、部屋の隅を見る。
 小さな本棚が置いてある。

(頼む、何かあってくれ)

 そう思ってオレは本、というより日記帳のような冊子を掴んだ。
 
 そして、

「勇者が帰ると周りの人間はその人物像を忘れてしまう」

 という文章を見つけた。

「……これ……」

 オレは手が震えて、持っている冊子を落としそうになった。

「だから、問題が解決すると勇者の記録がなくなるのか……みんな『勇者が助けてくれた』ってこと以外忘れるし、帰った方法もわからないんだ」
「ああ」

 冷静なクリスの声があまり頭に入ってこない。

「でもこれは、『問題を解決したら帰れる』ってことだよきっと。君の召喚したアユには、まだやるべきことが……クロドゥルフ、大丈夫か?」

 クリスが言葉を切って、オレの顔を覗き込んでくる気配がした。
 でも、何も見えない。

「アユを、忘れる……」

 嫌だ。

 それだけが頭をぐるぐる回った。
 
 気持ちの整理がつかないまま、帰る時間になってしまった。
 
 そしてそんな日に限って、アユが村の入り口で待っていなかった。

 焦って家に駆け込もうとしたところ、偶然ハンナの母親に会う。
 どうやら森に無断で入って木を切ってるやつがいるとかで、村長のところに相談にいっているらしい。

(急に元の世界に帰ったわけじゃねぇのか……そうだよな、オレ、覚えてるし……)

 嫌な汗をかいたけど、ほっとして先に帰る。
 アユのために持って帰った魔法書をベッドに置いた。

 一緒に過ごすようになってまだ数日なのに、アユがうるさいからだろうか。
 独りで部屋にいると、妙にガランとして感じる。
 
(忘れる……忘れたくない……)
 
 しばらくしたらアユが帰ってきたけど、オレはいつも通り振る舞えていただろうか。
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