恋模様

naomikoryo

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三上陽子②

11:高品真理子②

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あと、2時間半だ~!!
丁度、午後のまどろみが眠気を誘ってきたので、バッと顔を上げて大声で叫ぶ・・・感じで心の中で叫んだ。
真理子は午前9時から午後4時30分までの勤務で、昼休憩は30分だ。
なので、7時間勤務となり、時給は880円なので日給は6,160円となる。
学校があるときは夕方2時間を週2日と、この7時間を土・日のどちらかで入れていた。
それで、だいたい月に4万円前後になった。
2万円は必ず貯金して、残りを月のおこずかいとして使うようにしていた。
家からのおこずかいとしては毎月1万円の洋服代だけ貰っていた。
その2万円で昼ご飯と大好きな本を賄うのだが、割と小食なのと図書館をよく利用し、自腹で購入するのはBL本かアニメ系の限定グッズぐらいなので十分だった。
春になったら、貯金を使って東京のコミケに行って大人買いするんだ!!、と通帳を見ながらニタニタしたりもしていた。

レジに置いてある大きな電波時計で午後2時10分を確認し、かなり安堵していた。
休日なので客足は多いが外は天気がよいので店内はあまり汚れないし、学生も少ないので雑誌を読み散らかされたりしない。
あ~平和!!と、お気楽気分だった。
気が付くまでは・・・
「!?」
何だろう、あの女性は?
ちょっと気分良く頭の中で“恋するフォーチュン・クッキー”を巡らせて、通路に面した雑誌棚を整理していたのだけど、ふと通路に目をやった瞬間にピンと来てしまった。
「あれこそ、正に、し、し、視察員さま!!」
それも勿論、心の中で叫んだ!!

見た感じ私服なのは当然お忍びだからで、それも完璧に休日のOL風にコーディネートしてるんだわ。
そして、そのA4サイズのピンクで花柄のシステム手帳。
清楚な顔立ちで、さっきからこの書店の隅から隅までを嘗め回すように観察しているその眼光。
おそらく本部で、視察するならこの女性(ひと)あり、と言われている方に違いないわ。
ど、どうしましょう?
みんな気付いてるのかしら?
他のバイトたちを探そうと辺りを見回すと、真理子以外はみんなレジに集まっていた。
「ようやく気付いたのね、あんたは~」
と言わんばかりの早苗さんが呆れた様子で手招きをしている。
真理子は急いでレジに向かった。

「あんた、さっきから手振ってるのに気付かないんだから~!!」
案の定、早苗さんに言われた。
「済みません、ボーとしてたので・・・」
「まぁいいわ。・・・ところで・・・・・皆さん、」
「あの人、視察員さんですかね?」
「あ~、私が言おうと思ったのに~!!」
私が言ってしまったので早苗さんが地団駄を踏んだ。
「とにかく!!」
佐藤君が割り込んできた。
「僕の経験からも、あのように本屋の中を物色しながらメモを取るなんて、それ系の人しかありえませんよ!!」
「それ系って?」
「視察とか査察って感じの!」
「そうよね~。」
早苗さんが女性を見ながら言った。
「何か、視察員っていうより、女弁護士って感じにも見えますよね?」
定年フリーターの定岡さんが言った。
「っていうより、僕にはマルサの女に見えますけど!!」
佐藤君が負けじと鼻息を荒げて言った。
「はいはい、佐藤さんも定岡さんも好き勝手言ってないで、とりあえず・・・これからどうするかね?」
「牧野さん呼んできますか?」
私が言うと、みんな頭を横に振って、
「どこでサボってるか分からない副店長探しに行ってもしょうがないわ!!」
「そうだね、とにかく持ち場に戻って一生懸命さをアピールすればいい、ってことだったよね。」
「そうね!!」
みんなが頷いた。
私の得意技は!!
・・・これといって無いけど、とりあえず雑誌の整理整頓を続けよう!!
本当は週始めの月曜日にやるべき在庫調整もしちゃおう!!
それで30分くらいは持つわ!!
各々が軽く自分の行動を話して、よし、やるか!!ということになった。
まさか、
「やるぞ!!」
と号令はかけられないので、小さく、
「頑張ろう!!」
と声を掛け合った。

それから約20分ほど彼女を気にしないようにしつつ、普段の残り2時間ほどではありえないような働きをした。
額には汗も滲み始めた。
私、凄い!!やれば出来る女なんだわ!!
半ばノリで、もうこれでもかってぐらい歩き回った。
・・・・・ハァハァ、今・・・・・何時?
レジ前の時計では2時40分過ぎ。
あ~、きっともう終わったよね。
ちょっと見回すともういない感じだ。
あ~、疲れた~!!
でも、これで時給が少しでも上がればモウケモンだわ!!
そう思い背筋を伸ばすと・・・
目が合った!!
いるじゃん、レジのまん前に!!
しかも何か堂々とレジ前のワゴン漁りながらメモってるし・・・
あ~、もう終わるから、最終確認ね、きっと!!
でもいるなら仕方がないと又、仕事を考えて動き出した。

5分経った。
文庫本の棚の造りを調べてる?
叩いてる?
いや、そのネジ緩んでるわけでは・・・
あっ、佐藤君がドライバー持って・・・直してる・・・

5分経った。
絵本コーナーだわ!!
あ~子供が遊ぶように置いたピアノ本・・・開いて・・・一生懸命押してる?
鳴らない?
あっ、早苗さんが電池持って走ってきた・・・

5分経った。
レジに並んでる。
雑誌を持ってるわ。
最後に売り上げに貢献していくってことね。
さすが、出来る女は違います、って感じで素敵!!

あっ、歩いていくわ・・・・・
男の人が近寄っていった。
きっと旦那さんね。
休日に仕事の奥さんに付いて来て、仕事が終わった奥さんを・・・あんなに笑顔で・・・
「お疲れ様!!じゃあ、何かおいしい物でも食べて帰ろうか?」
なんて言ってるのね、きっと。

二人がエスカレーターで降りていく姿を見送って、みんなはレジに集合した。
「無事、終わったわね!!」
「いや~、思ったより緊張したね。」
「何か、汗かいちゃった~。」
みんなやりきった清清しい顔をしている。
「どんな評価されたかな?」
佐藤君が怪訝な顔をすると、
「私、最後にそっと近づいてあの二人が話しているの聞き耳立ててみたけど・・・」
早苗さんが話し始め、
「うんうん、それで?」
「何か、良い評価はしてくれたみたいだけど、最終的には参考ならなかったって。」
「どういうことだ?」
定岡さんが言った。
「普段と違って、あまりにも働きすぎたから、ばれちまったんかな?」
「どうですかね~?」
う~ん、と再び考え込んでいるときに牧野がやってきた。
「ほらほら君達、集まってさぼってない!・・・・・今朝話した視察の方がもうすぐ来られるみたいだから。」
「えっ?」
私たちは驚いた顔で牧野を見た。
何を言い出したんだこの男は?
「なんだい、珍しく俺が教えてあげたからってそんなに驚いて。」
「い、いえ・・・・・そういうわけじゃ。」
「まぁ、君達の評価がよければ、俺の評価も良くなるってことだから。」
と牧野はみんなの肩を軽く叩き、
「さぁ、頑張ってるところを見てもらうんだぞ!」
と満面の笑顔で言った。

じゃあ、一体さっきまでの女性は誰?
何が目的だったの?
って言うか、何をしてたの?
そんな疑問が頭の中をぐるぐる回っている。
とりあえず、
「は~い。」
と気の無い返事で持ち場に戻った。

・・・・・数分後・・・・・
ビシッとスーツを決め込んだ七三分けの超サラリーマン風の男が現れた。
まんまじゃん・・・
彼は一言二言牧野と話すと、
私たち全員の所に順番に回って来て名刺を渡しながら、
「本部からの視察員の近藤です。・・・視察対象は・・・内緒ですが、副店長の事です。噂ではしょっちゅう仕事をさぼってきちんと業務を遂行されていないと聞いています。正直にお答えいただきたい。ご協力お願いします。」
と小声で言った。

・・・・・・・・・・・・・
全然お忍びじゃないジャン!!!
っていうか、視察されるの、牧野か~い!!

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