8 / 17
8.別れの雨
しおりを挟む
あの日、花火の色とりどりな光が夜空を照らす中、悠太と小雪は静かに花火を見上げていた。
そして、花火が大詰めを迎え辺りが一瞬暗くなる瞬間に、悠太は走ってその場から去った。
(僕たちには違う時間の流れがあるんだな・・・)
これまで何度か見た小雪の悲し気な表情を思い出した。
彼女が雨の精霊であり、短い時間しか人間の姿で過ごせないことを理解してしまった。
次の日、小雪に会う前に悠太は仕事場で出張の終わりを告げられた。
それは、この島の今後に深く関係することだった。
悠太は会社から、この島の土壌開発に関しての調査に来ていた。
気候が温暖で自然災害の影響を受けないこの島に観光施設や商業施設を作ること。
いわゆる富裕層向けのリゾート開発が悠太の会社の仕事だった。
かなり大手の会社で、実は悠太の父親が社長を務めており、悠太が次期三代目社長に決まっていた。
悠太はありのままの報告をすることに躊躇い始めていた。
もしこの島にそんな手が入れば、小雪の運命は・・・
『雨の精霊』の加護無しで理想の環境が作れないとすれば小雪がどういう扱いをされるのか?
そんな心配が悠太を苦しめていた。
そんな悠太の様子を気遣っても、何も言えずに何も聞けない小雪は、ただそばで笑っているしかなかった。
あと五日で島を離れなければならなくなった悠太は、遂に小雪へそのことを伝えた。
小雪も人伝に聞いてはいたのでさほど驚くこともなくただ頷いた。
悠太と小雪は雨の中で出会い、雨の中でお互いへの思いを育んできた。
悠太の笑顔や共有した本のページが、小雪の心に深く刻まれていた。
あの祭りの後も、悠太の態度は変わることはなかった。
二人とも確信に触れないように、どこかぎこちなくはあったが、それでも逢えばお互い笑顔で過ごした。
小雪の家には入れられないけど、悠太の部屋には何度か訪ねることもあった。
京子さんに頼まれて、港で取れた魚を持って行くこともあった。
その度、悠太は必ず小雪を家の前まで送り届けた。
そして、
「又あした。」
と笑顔ですぐに立ち去って行った。
昨日も、図書館の帰り道に家まで送ってもらった。
何か言いたげに思い詰めた顔を一瞬するものの、
「じゃあ、又あした。」
と小雪に告げた。
歩いていく悠太の背中を見つめながら小雪は灰色の雨雲を眺めた。
道路には雨粒が跳ね、車の通りも無い。
小雪は家に入ると居間の窓辺に立ち、窓ガラスに雨粒が流れていく様子を見つめていた。
悠太との別れの瞬間が小雪の心を押し潰していた。
悠太の部屋で、二人は向き合って座っていた。
部屋の中には静まり返った空気が漂っていて、時折、雨の音が窓を叩く音が聞こえてきた。
荷物らしいものは既に無くなっており、大きめのスポーツバッグ一つだけが玄関脇に置かれていた。
今夜の最終の船で本土に渡り、そこから電車に乗る予定だった。
悠太は小雪の手を取り、優しく微笑んで言った。
「君が笑顔で幸せでいることが、俺の願いだから。
でも今は、この雨の向こうに行かなくちゃいけないんだ。」
彼の声は切なさと決意が入り混じっていた。
小雪は言葉に詰まり、涙が頬を伝って流れた。
悠太との思い出が、心を切なく締め付ける。
二人はいつしかそっと抱き合い、しばらくの間言葉なく雨の音だけが彼らの別れを告げていた。
悠太が小雪から離れる瞬間、小雪は手を伸ばして彼を引き止めようとしたが、手はすり抜けるようにして悠太の手を掴むことはできなかった。
悠太は微笑みかけ、
「また、逢う日まで。」
と呟いた。
小雪は、アパートの階段で雨の向こうに消えゆく彼を見送った。
そして、花火が大詰めを迎え辺りが一瞬暗くなる瞬間に、悠太は走ってその場から去った。
(僕たちには違う時間の流れがあるんだな・・・)
これまで何度か見た小雪の悲し気な表情を思い出した。
彼女が雨の精霊であり、短い時間しか人間の姿で過ごせないことを理解してしまった。
次の日、小雪に会う前に悠太は仕事場で出張の終わりを告げられた。
それは、この島の今後に深く関係することだった。
悠太は会社から、この島の土壌開発に関しての調査に来ていた。
気候が温暖で自然災害の影響を受けないこの島に観光施設や商業施設を作ること。
いわゆる富裕層向けのリゾート開発が悠太の会社の仕事だった。
かなり大手の会社で、実は悠太の父親が社長を務めており、悠太が次期三代目社長に決まっていた。
悠太はありのままの報告をすることに躊躇い始めていた。
もしこの島にそんな手が入れば、小雪の運命は・・・
『雨の精霊』の加護無しで理想の環境が作れないとすれば小雪がどういう扱いをされるのか?
そんな心配が悠太を苦しめていた。
そんな悠太の様子を気遣っても、何も言えずに何も聞けない小雪は、ただそばで笑っているしかなかった。
あと五日で島を離れなければならなくなった悠太は、遂に小雪へそのことを伝えた。
小雪も人伝に聞いてはいたのでさほど驚くこともなくただ頷いた。
悠太と小雪は雨の中で出会い、雨の中でお互いへの思いを育んできた。
悠太の笑顔や共有した本のページが、小雪の心に深く刻まれていた。
あの祭りの後も、悠太の態度は変わることはなかった。
二人とも確信に触れないように、どこかぎこちなくはあったが、それでも逢えばお互い笑顔で過ごした。
小雪の家には入れられないけど、悠太の部屋には何度か訪ねることもあった。
京子さんに頼まれて、港で取れた魚を持って行くこともあった。
その度、悠太は必ず小雪を家の前まで送り届けた。
そして、
「又あした。」
と笑顔ですぐに立ち去って行った。
昨日も、図書館の帰り道に家まで送ってもらった。
何か言いたげに思い詰めた顔を一瞬するものの、
「じゃあ、又あした。」
と小雪に告げた。
歩いていく悠太の背中を見つめながら小雪は灰色の雨雲を眺めた。
道路には雨粒が跳ね、車の通りも無い。
小雪は家に入ると居間の窓辺に立ち、窓ガラスに雨粒が流れていく様子を見つめていた。
悠太との別れの瞬間が小雪の心を押し潰していた。
悠太の部屋で、二人は向き合って座っていた。
部屋の中には静まり返った空気が漂っていて、時折、雨の音が窓を叩く音が聞こえてきた。
荷物らしいものは既に無くなっており、大きめのスポーツバッグ一つだけが玄関脇に置かれていた。
今夜の最終の船で本土に渡り、そこから電車に乗る予定だった。
悠太は小雪の手を取り、優しく微笑んで言った。
「君が笑顔で幸せでいることが、俺の願いだから。
でも今は、この雨の向こうに行かなくちゃいけないんだ。」
彼の声は切なさと決意が入り混じっていた。
小雪は言葉に詰まり、涙が頬を伝って流れた。
悠太との思い出が、心を切なく締め付ける。
二人はいつしかそっと抱き合い、しばらくの間言葉なく雨の音だけが彼らの別れを告げていた。
悠太が小雪から離れる瞬間、小雪は手を伸ばして彼を引き止めようとしたが、手はすり抜けるようにして悠太の手を掴むことはできなかった。
悠太は微笑みかけ、
「また、逢う日まで。」
と呟いた。
小雪は、アパートの階段で雨の向こうに消えゆく彼を見送った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる