雨の向こう

naomikoryo

文字の大きさ
上 下
6 / 17

6.疑惑

しおりを挟む
悠太は突然の興奮に駆られ、自転車の鍵を握りしめながらアパートを飛び出した。
何かが鳥居の近くにいることを確信し、その謎めいた存在を見てみたいという強い好奇心が彼を駆り立てていた。
少し湿った風を感じながら、自転車で鳥居に向かう悠太。
目的地に到着すると、再びその存在を見つけるために鳥居の前に立った。
そして鳥居の周りを注意深く探し始めた。
しかし、何も見当たらない。
「あれ?何かの見間違いだろうか?」
何かしらの存在が再び姿を現すのを期待して、彼はしばらくゆっくりと動きながら待ち続けた。
空は薄く曇っていた。
(花火は大丈夫かな?)
悠太は少し心配になった。
すると、あの祠に向かう道の林の奥の方でガサガサと何かが動く音が聞こえた。
(祠の方だ!)
鳥居とその道の途中ぐらいにいた悠太は、木々の隙間から目を凝らして奥を見つめた。
(あっ)
微かに女性の後ろ姿が見えた。
しかも、何となく見たことのあるワンピースに麦わら帽子をかぶっている。
一瞬に近いものではあったが、悠太の心はざわついた。
(まさか・・・)
悠太は静かに倒しておいた自転車を起こし、静かに坂道を下りて行った。

悠太は祭り会場に着くと、役場長さんを探した。
主催者テントを見つけそこに行く途中に顔見知りに話しかけられたが、全く耳に入って来なかった。
それで、みんなも諦めてまた他の人に絡んでいた。
少し鼻息も荒く役場長さんの近くに立った悠太は、大きく深呼吸した。
役場長さんは船場の船長さんたちと呑んでいたようで、既にかなり出来上がっていた。

「こんにちわ、役場長さん。」
悠太は静かに言った。
「ん。・・・こりゃ、悠太さん。まぁ、一杯やるか?」
役場の受付の山下京子さんが、さっとプラカップに入った生ビールを渡してくれた。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
悠太は自分を落ち着かせようと、生ビールを一口飲んだ。
「どうだ、盛大だろ?」
船長さんが自慢げに言った。
「そうですね。島中で三日間も続くお祭りなんて、聞いたことないですね。」
「だろ?」
(更に自慢げだ)

「ところで、図書館の小雪さんを探してるんですけど、見かけませんでした?」
「おぅ、小雪様なら・・・」
「さま?」
そこに京子さんが体を割って入ってきた。
「悠太君、この焼き鳥もどうぞ。」
「ありがとうございます。」
悠太はそう言ってパックに乗っていた焼き鳥を一本受け取ると、
「どこかで見ました?」
と、再度船長に向かって尋ねた。
船長はちょっとばつが悪そうに京子さんをチラ見して、
「ん、いやー、今日は見てねえな。」
と言った。
「今日は?という事は昨日は見たという事ですか?」

「あれ?小雪ちゃんは祭りの初日から本土の親戚へ用事で出掛けたんじゃなかったかなぁ。」
と徐に京子さんが言った。
「ね?ねぇ?」
そして役場長と船長にそう言った。
すると二人とも、
「あ、あぁ、そう、そんなこと言っちょったなぁ。」
と口を合わせた。
「祭りの初日は船動いてませんでしたよね?」
悠太が真顔でそう尋ねると、
「いや、・・・そ、そう、朝一番は出しとるよ。本土のもんも迎えにいっちょるし。」
と船長が言った。
役場長は、
「そろそろ花火の準備は出来とるんかな・・・」
と言いながら席を立った。
「小雪ちゃんおらんで残念だったけど、花火は豪華だから見とくと良いよ。」
と京子さんは悠太の片手の焼き鳥を取り上げてパックに戻すと、パックごと悠太に持たせた。
「ビール無くなったら又おいで。」
と優しく言った。

悠太はお辞儀をしてテントをあとにした。
(余程の鈍感じゃなきゃこれはわかるわ・・・)



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...