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最終章
神宮寺麻友
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「聞いた~麻友?今日からあの教生が男子の特別コーチで来るんですって?」
「あら、そうですの。」
「・・・・・しかも、うちらんとこも貴子コーチがいつもより1ヶ月も早く来るみたいよ。」
「ふ~ん・・・・・それで?」
「・・・どうやらこの二人と美智子先生で三角関係だって・・・・・噂なのよ~!」
「・・・まぁ、それは大変ね。」
「・・・・・・・・それだけ?」
「コーチ業をおろそかにさえしなければ構わないわ、そんなこと。」
「・・・まぁ・・・・・そうだけど・・・・・」
わたくし神宮寺麻友は、わたくしの人生に関わりそうもない、そんなミジンコのような小さな事には興味が沸かないの。
そう、誰が誰に告白したとか、誰と誰が付き合い始めたとか、誰と誰が接吻を・・・・・とか。
みんなどうして人のことばかり気にしてるのかしら?
それがどうお金になって自分に帰ってくるのかしら?
いいえ。
そんなことは、それこそ、一銭の徳にもならないわ。
いまはまだ子供だからお金の損得で動かなくても良い、とお父様は言う。
でも、早いうちから自分に合いそうな殿方を見つけて陰ながら育てることも必要だとお母様は言う。
勿論、私は知っている。
金持ち令嬢に近付いてくる頭の良いイケメンな男は財産が目当てに決まっている。
そこに全く愛が無いかまでは分からないが、結局の所、陰で若い女に溺れて金を貢いでしまうか、悪い奴らに目をつけられてギャンブルで身を滅ぼすか・・・
最悪、散財した挙句に金を工面する為に保険金狙いでわたくしの殺害を企てるかもしれない。
ふふふふ・・・大丈夫。
わたくしは幼少の頃からエリート教育を受けているから、基本的には男に頼る必要はないの。
お父様の会社の事はすべてわたくしが引き継いで更に大きくしていけるから問題ないわ。
家事全般は家政婦でも雇えばいいし。
とはいえ、一人娘である以上跡継ぎを産む事は必要。
だから、考えたの、わたくしにふさわしい殿方の理想像を。
まず第一に、忍耐力。
これは持って生まれた家庭環境から来るものでも良いし、スポーツで鍛えられたものでも良いわ。
神宮寺家に婿入りするんだから、余程の覚悟は必要ね。
それに、わたくしに触れたからには他の女は触れさせない。
あっ、家政婦はシルバー人材辺りからベテランの方に頼むわ。
次に、優しさ。
お父様だって、わたくしにもお母様にもとても優しいわ。
家庭で穏やかだからこそ、普段非情になれるというものよ。
メリハリは大切ね。
そう、神宮寺家に上手に溶け込めて、優しくさえしてくれたら働く必要なんかないわ。
お父様譲りのわたくしが経営を継げば安泰だもの。
勿論、助言すら必要ないから、好きなことをしていてくれればいいわ。
でも、アウトドアは色んな意味で危険がいっぱいだから、インドアね。
あ~、あのつまらないゲームとやらを一日中やっていればいいわ!
わたくしの帰りを待ち侘びつつ、ひたすら惰眠をむさぼっていてもいいわ。
でも、太ってはいけないわ・・・
心臓に負担がかかるっていうもの。
健康である事は必要最低限よ。
そう!
地下にあるトレーニングルームで隠居したお父様と楽しく運動すればいいわ。
ひょっとするとお母様も一緒に・・・なんていうかも。
「行こうか、麻友。」
「え・・・・・えぇ、そうですわね。」
ロッカールームから体育館に入ると、すでに下級生達が準備を終え、軽くフリースローをしている。
男子の方も同じような感じだ。
はぁ・・・・・それでは、今日の練習を始めるとしましょうか。
別に、そんなにむきになってバスケットをするつもりじゃなかったの。
健康のため、美貌のためと思って・・・・・・
でも、偶然気になる人がいたものだから・・・・・
そう、あの隅で・・・もうみんな準備をして集まっているというのに、まだ靴ひもなんか結んで・・・・・ふふふ。
そう言えば小笠原先生があそこに立っているけど、その特別コーチとやらを待っているのかしら。
それとも、貴子コーチを。
まぁ、いいわ。
「じゃあ、みんな集まって~。」
陽子の声で女子部員全員が麻友の元へ集まって来た。
「はい。今日から貴子お姉さまが来てくれる事になっていますが、すぐに指導してくれるわけではありません。」
女子部員達は歓喜の声をあげた。
貴子は、容姿も人柄も良く、それにセレブっぷりからも女子達の憧れの的であった。
麻友は父親に仕事の関係で貴子とは小さい頃から面識があり、”貴子姉さま”とは幼児の頃から呼んでいた。
「なので、とりあえずはいつものメニューで始めましょう。」
「はい。」
そこからは陽子の号令で女子部は練習を始めた。
練習が始まってしまえば、号令や指示は基本的に副キャプテンの陽子の仕事だ。
麻友は得点ボードにストップウォッチを吊るしながらいつものように彼に目を向けた。
男子達もキャプテンの山下智を中心にして集まっている。
(相変わらず素敵な笑顔・・・)
智の、
「よし、練習開始!」
という号令の元、みんなが、
「おぅ!」
と腹から声を張り上げ、素早く移動を始めた。
(ふふ・・又、3秒ほど動作が遅いわよ・・・・・かわいい・・・)
ランニングシュートの練習が始まった。
シュートを打った者がフリースローラインからワンバウンドで走ってきた者にパスをしてシュートさせる、というものだ。
「ナイッシュ~!」
シュートが入るたびに全員で大きく声を出す。
ドタドタドタ
(ボールを受けるタイミングが取れないのね・・・脚がバラバラじゃない・・・・・・うふふ)
ダ~ン・・・・・ボ~ン
あっ。
「優也、大丈夫か?」
「はい・・・・・あっ・・・・・鼻血が・・・・・」
「おい、誰か変わってパス出してやれ。」
智がそう言いながら救急箱を取りに行こうとこちらを見た。
「わたくしが持っていってあげますわ~。」
「いつもすまない、サンキュー。」
智が笑顔で手を振っている。
こんなこともあろうかと男女共通で使っている救急箱は最初からわたくしの足元に置いてあるのよ。
「全く、世話が焼けるんだから。」
と言いながらわたくしは彼に駆け寄った。
「いづも、ずびばせん・・・・・」
「・・・いいのよ。」
麻友は優しく、鼻をつまみながら上を向いている優也に、
「少しうつむきなさい。」
と言った。
「え?」
という優也に、
「鼻血が出たら上を向いたりティッシュを詰めてはいけないのよ。鼻をつまんで少し下を向いてるのが正解なの。」
「そうだんだ・・・」
「もし口に鼻血を感じたら、このティッシュに吐き出すのよ。」
「はい。」
優也はティッシュを受け取ると、
「あびがとう。」
と笑顔で言った。
かわいい。
やはり、この男はかわいい。
身長だけは中学3年生なのにすでに180cmを超えている。
太っているわけでもないのに動きが極端にのろい。
極端に成長したため、他の機能が追いつかないのだろう。
基本的に彼は常にゴール下にいて、他の選手たちが届かない高さでプレーをしている。
麻友から見れば、巨象にハイエナが群がっているようなのだ。
普段、高いところから人を見降ろしているのに、驕りもなく何があっても笑顔でいるこの男は良い。
ちょっと本気を出してしまえば凡人など、そう、あのちょこまかと動き回っているキャプテンさえ、一ひねりだろう。
けれど、この男は決してそんなことはしない。
教室でもそうだが、力は常に60%程度しか使わず、当り障りなく、騒ぎ立てることもなく、ただ御神木のように存在しているのだ。
学級委員に推薦され様が、掃除当番を押し付けられようが、運動会で長距離選手にされようが、ニコニコと受け入れるのだ。
わたくしなんかでは計り知れないほど心が広いのだろう。
忘れもしない入学式の時。
みんなで体育館に向かう際、わたくしは階段でバランスを崩して残り3段もある高さから落ちそうになったわ。
隣にいた、小学校からの親友の陽子が手を伸ばそうとしたけど間に合わず、万事休す。
私は覚悟を決めて目を瞑ってしまったわ。
ところが、私の体は45度近くも倒れかかっているのにそこから動かない。
恐る恐る目を開けると真っ黒な世界。
あれ?もう死んでしまったの?
そう思った時、
「大丈夫?」
ゆっくりと体勢が戻って行く。
そして、黒い世界に元の光が射しこんでいく。
・・・彼の背中だった。
「気を付けてね。」
「・・・・・ありがとう。」
あれから、わたくしは常にこの男を見守れるようにしたわ。
一銭の徳にもならない副学級委員になったり、席替えもあらゆる手を使っていつも彼の隣の席。
あぁ、勿論、誰もわたくしの計画に気付く者はいないわ。
わたくしは、世間でいう所のツンデレだけど、人前ではツンしか見せることは無いからよ。
誰にも自分の心は悟られてはいけない、とよくお父様に言われたもの。
「優也!大丈夫か?」
智が走ってきた。
「うん。・・・・・ごめん、智。」
「いいって。・・・・・あっ、神宮寺ありがとな。」
「大丈夫ですわ。」
わたくしは立ち上がって戻ろうとした。
「あ・・・・・なぁ、例の話・・・・・聞いた?」
「例の話?」
あぁ、陽子が言っていたダブルデートやらの事かしら?
陽子と陽子の彼はいいとして、何でわたくしとあなたなのかしら?
「ごめんなさい。休日は習い事だけでスケジュールが埋まってしまっているの・・・」
「・・・・・そっか・・・」
ふん。
あなたのようにプライドが服を着て歩いているような安っぽい男は興味ないのよ。
2年生の頃から何かにつけ陽子を通して誘いをかけてきてるけど・・・無駄よ。
あなたに使う時間はミジンコほどもないわ!
「正樹と俺と優也、陽子と春美までは決まってるんだけどな・・・・・」
何ですって!?
「あ、あなたも行くの?」
「あ・・・うん・・・・・智に誘われたから。」
満面の笑みで言う。
キュ~~~~ン
「あ~・・・・よく考えたら、その日はたまたま空いてるかも・・・・」
「えっ、ホントに!じゃあ、行こうぜ?」
「・・・・・まぁ、たまには陽子の彼に尋問しておくのも必要かもしれないわね。」
「・・・・・あ、理由は兎も角、そう、楽しみだな・・・・・なぁ優也。」
「あっ・・・うん。」
ふふふふ・・・・・・・
休日に優也とデート!
きっと面と向かって誘ってもOKに決まっているが、こういう事は周りが動いてくれなくてはいけないわ。
外堀を埋めて、身動き出来なくしてから一気にね。
とはいえ、中学生程度の恋愛ではまるでおままごとのようなものだから、本格的に活動するのは高校生になってからよ。
だから、その一歩ってとこね。
それに比べて・・・・・はぁ、何この男、ニヤニヤと。
確か、春美たち他の部員はこの智が気になってるって騒いでいたから、春美を上手く操作してわたくしに近づかないようにしなくてわ。
かといって、誰にもわたくしの気持ちが悟られぬよう・・・・・そう、保護者として優也の傍にいればいいんだわ。
名案ね。
「じゃあ、そういうことで。」
わたくしはクールにその場を離れた。
得点ボードまで戻ったわたくしに陽子が走り寄った。
「ねぇ、智、何か言ってた?」
「あぁ、あの話・・・・・言ってたわ。」
「そう・・・・・OKでしょ?」
「!どうして?・・・そんなわけ・・・」
「だって、優也君も誘っておいたもの。」
陽子はニヤ~とした顔で言った。
「はぁ?何を言って・・・」
「断ったの?」
「・・・・・い、い、いえ・・・たま、たま、予定ないし・・・・・いつも、断ってばかりじゃ・・・・あ、正樹君の浮気防止にも一役・・・」
「上手くいくといいわね、優也君と。」
「な!」
「智には春美にガンガン行かせるつもりだから安心して。」
「え?・・・・・えぇ・・・・・・・」
ナンテコトカシラ。
さすがに親友の陽子の目は欺けないって事かしら。
「ねぇ?」
「うん?」
「いつから・・・・・その・・・・・わたくしが優也君を・・・・・」
「え~、みんな知ってるよ~!」
「はぁ?」
「あんだけあからさまな行動しといて、逆に、何で知らないと思ってるの?って感じ。」
「えぇ~、いつぐらいから?」
「入学式の次の日から!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ま、まぁ、そ、それも計算のうちよ。
それで、優也に悪い虫がつかなかったんなら結果オーライってことかしら。
「まさに、美女と野獣って感じね。」
陽子がくすくす笑いながら言った。
「おい!」
少しどすの利いた麻友の声が体育館にこだました。
「あら、そうですの。」
「・・・・・しかも、うちらんとこも貴子コーチがいつもより1ヶ月も早く来るみたいよ。」
「ふ~ん・・・・・それで?」
「・・・どうやらこの二人と美智子先生で三角関係だって・・・・・噂なのよ~!」
「・・・まぁ、それは大変ね。」
「・・・・・・・・それだけ?」
「コーチ業をおろそかにさえしなければ構わないわ、そんなこと。」
「・・・まぁ・・・・・そうだけど・・・・・」
わたくし神宮寺麻友は、わたくしの人生に関わりそうもない、そんなミジンコのような小さな事には興味が沸かないの。
そう、誰が誰に告白したとか、誰と誰が付き合い始めたとか、誰と誰が接吻を・・・・・とか。
みんなどうして人のことばかり気にしてるのかしら?
それがどうお金になって自分に帰ってくるのかしら?
いいえ。
そんなことは、それこそ、一銭の徳にもならないわ。
いまはまだ子供だからお金の損得で動かなくても良い、とお父様は言う。
でも、早いうちから自分に合いそうな殿方を見つけて陰ながら育てることも必要だとお母様は言う。
勿論、私は知っている。
金持ち令嬢に近付いてくる頭の良いイケメンな男は財産が目当てに決まっている。
そこに全く愛が無いかまでは分からないが、結局の所、陰で若い女に溺れて金を貢いでしまうか、悪い奴らに目をつけられてギャンブルで身を滅ぼすか・・・
最悪、散財した挙句に金を工面する為に保険金狙いでわたくしの殺害を企てるかもしれない。
ふふふふ・・・大丈夫。
わたくしは幼少の頃からエリート教育を受けているから、基本的には男に頼る必要はないの。
お父様の会社の事はすべてわたくしが引き継いで更に大きくしていけるから問題ないわ。
家事全般は家政婦でも雇えばいいし。
とはいえ、一人娘である以上跡継ぎを産む事は必要。
だから、考えたの、わたくしにふさわしい殿方の理想像を。
まず第一に、忍耐力。
これは持って生まれた家庭環境から来るものでも良いし、スポーツで鍛えられたものでも良いわ。
神宮寺家に婿入りするんだから、余程の覚悟は必要ね。
それに、わたくしに触れたからには他の女は触れさせない。
あっ、家政婦はシルバー人材辺りからベテランの方に頼むわ。
次に、優しさ。
お父様だって、わたくしにもお母様にもとても優しいわ。
家庭で穏やかだからこそ、普段非情になれるというものよ。
メリハリは大切ね。
そう、神宮寺家に上手に溶け込めて、優しくさえしてくれたら働く必要なんかないわ。
お父様譲りのわたくしが経営を継げば安泰だもの。
勿論、助言すら必要ないから、好きなことをしていてくれればいいわ。
でも、アウトドアは色んな意味で危険がいっぱいだから、インドアね。
あ~、あのつまらないゲームとやらを一日中やっていればいいわ!
わたくしの帰りを待ち侘びつつ、ひたすら惰眠をむさぼっていてもいいわ。
でも、太ってはいけないわ・・・
心臓に負担がかかるっていうもの。
健康である事は必要最低限よ。
そう!
地下にあるトレーニングルームで隠居したお父様と楽しく運動すればいいわ。
ひょっとするとお母様も一緒に・・・なんていうかも。
「行こうか、麻友。」
「え・・・・・えぇ、そうですわね。」
ロッカールームから体育館に入ると、すでに下級生達が準備を終え、軽くフリースローをしている。
男子の方も同じような感じだ。
はぁ・・・・・それでは、今日の練習を始めるとしましょうか。
別に、そんなにむきになってバスケットをするつもりじゃなかったの。
健康のため、美貌のためと思って・・・・・・
でも、偶然気になる人がいたものだから・・・・・
そう、あの隅で・・・もうみんな準備をして集まっているというのに、まだ靴ひもなんか結んで・・・・・ふふふ。
そう言えば小笠原先生があそこに立っているけど、その特別コーチとやらを待っているのかしら。
それとも、貴子コーチを。
まぁ、いいわ。
「じゃあ、みんな集まって~。」
陽子の声で女子部員全員が麻友の元へ集まって来た。
「はい。今日から貴子お姉さまが来てくれる事になっていますが、すぐに指導してくれるわけではありません。」
女子部員達は歓喜の声をあげた。
貴子は、容姿も人柄も良く、それにセレブっぷりからも女子達の憧れの的であった。
麻友は父親に仕事の関係で貴子とは小さい頃から面識があり、”貴子姉さま”とは幼児の頃から呼んでいた。
「なので、とりあえずはいつものメニューで始めましょう。」
「はい。」
そこからは陽子の号令で女子部は練習を始めた。
練習が始まってしまえば、号令や指示は基本的に副キャプテンの陽子の仕事だ。
麻友は得点ボードにストップウォッチを吊るしながらいつものように彼に目を向けた。
男子達もキャプテンの山下智を中心にして集まっている。
(相変わらず素敵な笑顔・・・)
智の、
「よし、練習開始!」
という号令の元、みんなが、
「おぅ!」
と腹から声を張り上げ、素早く移動を始めた。
(ふふ・・又、3秒ほど動作が遅いわよ・・・・・かわいい・・・)
ランニングシュートの練習が始まった。
シュートを打った者がフリースローラインからワンバウンドで走ってきた者にパスをしてシュートさせる、というものだ。
「ナイッシュ~!」
シュートが入るたびに全員で大きく声を出す。
ドタドタドタ
(ボールを受けるタイミングが取れないのね・・・脚がバラバラじゃない・・・・・・うふふ)
ダ~ン・・・・・ボ~ン
あっ。
「優也、大丈夫か?」
「はい・・・・・あっ・・・・・鼻血が・・・・・」
「おい、誰か変わってパス出してやれ。」
智がそう言いながら救急箱を取りに行こうとこちらを見た。
「わたくしが持っていってあげますわ~。」
「いつもすまない、サンキュー。」
智が笑顔で手を振っている。
こんなこともあろうかと男女共通で使っている救急箱は最初からわたくしの足元に置いてあるのよ。
「全く、世話が焼けるんだから。」
と言いながらわたくしは彼に駆け寄った。
「いづも、ずびばせん・・・・・」
「・・・いいのよ。」
麻友は優しく、鼻をつまみながら上を向いている優也に、
「少しうつむきなさい。」
と言った。
「え?」
という優也に、
「鼻血が出たら上を向いたりティッシュを詰めてはいけないのよ。鼻をつまんで少し下を向いてるのが正解なの。」
「そうだんだ・・・」
「もし口に鼻血を感じたら、このティッシュに吐き出すのよ。」
「はい。」
優也はティッシュを受け取ると、
「あびがとう。」
と笑顔で言った。
かわいい。
やはり、この男はかわいい。
身長だけは中学3年生なのにすでに180cmを超えている。
太っているわけでもないのに動きが極端にのろい。
極端に成長したため、他の機能が追いつかないのだろう。
基本的に彼は常にゴール下にいて、他の選手たちが届かない高さでプレーをしている。
麻友から見れば、巨象にハイエナが群がっているようなのだ。
普段、高いところから人を見降ろしているのに、驕りもなく何があっても笑顔でいるこの男は良い。
ちょっと本気を出してしまえば凡人など、そう、あのちょこまかと動き回っているキャプテンさえ、一ひねりだろう。
けれど、この男は決してそんなことはしない。
教室でもそうだが、力は常に60%程度しか使わず、当り障りなく、騒ぎ立てることもなく、ただ御神木のように存在しているのだ。
学級委員に推薦され様が、掃除当番を押し付けられようが、運動会で長距離選手にされようが、ニコニコと受け入れるのだ。
わたくしなんかでは計り知れないほど心が広いのだろう。
忘れもしない入学式の時。
みんなで体育館に向かう際、わたくしは階段でバランスを崩して残り3段もある高さから落ちそうになったわ。
隣にいた、小学校からの親友の陽子が手を伸ばそうとしたけど間に合わず、万事休す。
私は覚悟を決めて目を瞑ってしまったわ。
ところが、私の体は45度近くも倒れかかっているのにそこから動かない。
恐る恐る目を開けると真っ黒な世界。
あれ?もう死んでしまったの?
そう思った時、
「大丈夫?」
ゆっくりと体勢が戻って行く。
そして、黒い世界に元の光が射しこんでいく。
・・・彼の背中だった。
「気を付けてね。」
「・・・・・ありがとう。」
あれから、わたくしは常にこの男を見守れるようにしたわ。
一銭の徳にもならない副学級委員になったり、席替えもあらゆる手を使っていつも彼の隣の席。
あぁ、勿論、誰もわたくしの計画に気付く者はいないわ。
わたくしは、世間でいう所のツンデレだけど、人前ではツンしか見せることは無いからよ。
誰にも自分の心は悟られてはいけない、とよくお父様に言われたもの。
「優也!大丈夫か?」
智が走ってきた。
「うん。・・・・・ごめん、智。」
「いいって。・・・・・あっ、神宮寺ありがとな。」
「大丈夫ですわ。」
わたくしは立ち上がって戻ろうとした。
「あ・・・・・なぁ、例の話・・・・・聞いた?」
「例の話?」
あぁ、陽子が言っていたダブルデートやらの事かしら?
陽子と陽子の彼はいいとして、何でわたくしとあなたなのかしら?
「ごめんなさい。休日は習い事だけでスケジュールが埋まってしまっているの・・・」
「・・・・・そっか・・・」
ふん。
あなたのようにプライドが服を着て歩いているような安っぽい男は興味ないのよ。
2年生の頃から何かにつけ陽子を通して誘いをかけてきてるけど・・・無駄よ。
あなたに使う時間はミジンコほどもないわ!
「正樹と俺と優也、陽子と春美までは決まってるんだけどな・・・・・」
何ですって!?
「あ、あなたも行くの?」
「あ・・・うん・・・・・智に誘われたから。」
満面の笑みで言う。
キュ~~~~ン
「あ~・・・・よく考えたら、その日はたまたま空いてるかも・・・・」
「えっ、ホントに!じゃあ、行こうぜ?」
「・・・・・まぁ、たまには陽子の彼に尋問しておくのも必要かもしれないわね。」
「・・・・・あ、理由は兎も角、そう、楽しみだな・・・・・なぁ優也。」
「あっ・・・うん。」
ふふふふ・・・・・・・
休日に優也とデート!
きっと面と向かって誘ってもOKに決まっているが、こういう事は周りが動いてくれなくてはいけないわ。
外堀を埋めて、身動き出来なくしてから一気にね。
とはいえ、中学生程度の恋愛ではまるでおままごとのようなものだから、本格的に活動するのは高校生になってからよ。
だから、その一歩ってとこね。
それに比べて・・・・・はぁ、何この男、ニヤニヤと。
確か、春美たち他の部員はこの智が気になってるって騒いでいたから、春美を上手く操作してわたくしに近づかないようにしなくてわ。
かといって、誰にもわたくしの気持ちが悟られぬよう・・・・・そう、保護者として優也の傍にいればいいんだわ。
名案ね。
「じゃあ、そういうことで。」
わたくしはクールにその場を離れた。
得点ボードまで戻ったわたくしに陽子が走り寄った。
「ねぇ、智、何か言ってた?」
「あぁ、あの話・・・・・言ってたわ。」
「そう・・・・・OKでしょ?」
「!どうして?・・・そんなわけ・・・」
「だって、優也君も誘っておいたもの。」
陽子はニヤ~とした顔で言った。
「はぁ?何を言って・・・」
「断ったの?」
「・・・・・い、い、いえ・・・たま、たま、予定ないし・・・・・いつも、断ってばかりじゃ・・・・あ、正樹君の浮気防止にも一役・・・」
「上手くいくといいわね、優也君と。」
「な!」
「智には春美にガンガン行かせるつもりだから安心して。」
「え?・・・・・えぇ・・・・・・・」
ナンテコトカシラ。
さすがに親友の陽子の目は欺けないって事かしら。
「ねぇ?」
「うん?」
「いつから・・・・・その・・・・・わたくしが優也君を・・・・・」
「え~、みんな知ってるよ~!」
「はぁ?」
「あんだけあからさまな行動しといて、逆に、何で知らないと思ってるの?って感じ。」
「えぇ~、いつぐらいから?」
「入学式の次の日から!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ま、まぁ、そ、それも計算のうちよ。
それで、優也に悪い虫がつかなかったんなら結果オーライってことかしら。
「まさに、美女と野獣って感じね。」
陽子がくすくす笑いながら言った。
「おい!」
少しどすの利いた麻友の声が体育館にこだました。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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