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『梶原直人と和田菜々子〜静けさの中の君へ 〜』第3話:「文化祭と抹茶の時間」
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文化祭の準備期間が本格的に始まると、教室はいつもよりずっとにぎやかになった。
模造紙を広げる音、笑い声、あちこちで響くガムテープのビリッという音。
普段は静かな2年A組にも、活気が満ちてきていた。
そんな中で、クラス企画の「和カフェ」は、地味ながらも着実に準備が進んでいた。
中心に立っていたのは、もちろん和田菜々子。
彼女の落ち着いた所作と、さりげないリードのおかげで、飾りつけも道具の配置もすっきりまとまり、スタッフも自然に動ける雰囲気になっていた。
そして——その脇で黙々と動いていたのが、梶原直人だった。
「梶原くん、その屏風、向こうの隅にお願いしてもいい?」
「了解。ってか、これ結構重いな……」
「ごめんね、気をつけて。」
「大丈夫。鍛えてるから。」
和やかな空気が流れる中で、二人のやりとりは自然に交わされていた。
文化祭前日の夕方。
生徒たちが帰り支度をする中で、まだ教室に残っていたのは数人だけだった。
その中で、菜々子は茶道具の最終確認をしていた。
「うまくいくかな……」
「緊張してる?」
「……うん、少しだけ。」
梶原は、茶器を包む布を手伝いながら言った。
「でもさ、和田さんがいつもやってることを、そのままやればいいと思うよ。
だって、俺はそれ、何回も見てきたから。」
その言葉に、菜々子はふと顔を上げた。
「……ありがとう。そう言ってくれると、ちょっと心強い。」
「それに、たぶん、和田さんが一番落ち着いて見えると思う。
他のみんな、絶対ドタバタしてるからさ。」
「ふふ……そうかも。」
穏やかな笑いが、教室の端にふわりと流れる。
文化祭当日。
「和カフェ」は、想像以上の盛況ぶりだった。
午前中から来客が絶えず、教室の外には行列ができていた。
着物姿の菜々子は、まるで本物の茶室のような所作で来客にお茶を点てていた。
その姿に、多くの人が感嘆の声を漏らしていた。
「すごい……本格的……」
「なんか空気が違う……」
「ちょっと緊張するけど、でも癒されるね」
その中心にいるのが、普段は目立たないはずの和田菜々子だと知って、来場者の多くが驚きの表情を浮かべていた。
昼の休憩時間。
「和田さん、ちょっと休憩しない? 俺、代わりに皿洗いやるから。」
「……いいの?」
「もちろん。さすがにちょっと疲れた顔してた。」
「……ありがとう。」
静かな空き教室に移動して、二人でベンチに座った。
お茶と、試作品として用意してあった和菓子が、一つずつテーブルの上に置かれていた。
「これ……今日のために朝、早起きして作ったんだ。」
「え? 和田さんが?」
「うん。“あんこ玉”。見た目は地味だけど、少しだけ塩を利かせてるの。」
「へえ……食べてみていい?」
「どうぞ。」
梶原が一口食べると、驚いたように目を見開いた。
「……めっちゃうまい。なにこれ、プロじゃん。」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると、報われるな。」
それから、二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
でも、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。
言葉がなくても、通じ合うような空気がそこにあった。
「ねえ、梶原くん。」
「ん?」
「この教室……少し静かすぎるかな?」
「いや、ちょうどいい。騒がしいのも嫌いじゃないけど……
今のこの時間、すごく落ち着く。」
「……そうだね。」
彼女は、湯のみを手に持ったまま、少しだけ頬を赤らめた。
「なんか、こうしてると……もっと、話したいって思うんだ。」
「俺も。」
二人は目を合わせて、ほんの一瞬、笑い合った。
その時間は、クラスの騒がしさや祭りの喧騒とは全く違う、
ごくごく個人的な“安らぎの時間”だった。
午後のラストセッション。
再び着物に身を包んだ菜々子が、最後のお点前を披露する。
その背後で、湯の温度を確認する梶原の姿があった。
息の合った二人の所作は、いつの間にか周囲に“調和”を与えるようになっていた。
終了の鐘が鳴り、片付けが始まる頃——
クラスメイトのひとりが、ぽつりと呟いた。
「梶原って、なんか最近……和田さんとすごく自然に話してるよな」
「うん。あの二人、雰囲気似てきた気がする」
聞こえたわけじゃないけれど、どこかでその言葉が心に響いた気がした。
夜。家に帰って、髪をほどきながら鏡の前に立つ。
文化祭の一日を思い返すと、思い出す場面のほとんどに——
彼の姿があった。
「……やっぱり、好きかもしれない。」
呟いた言葉は、誰にも届かないはずだったのに、
胸の奥で何度もこだまのように反響していた。
模造紙を広げる音、笑い声、あちこちで響くガムテープのビリッという音。
普段は静かな2年A組にも、活気が満ちてきていた。
そんな中で、クラス企画の「和カフェ」は、地味ながらも着実に準備が進んでいた。
中心に立っていたのは、もちろん和田菜々子。
彼女の落ち着いた所作と、さりげないリードのおかげで、飾りつけも道具の配置もすっきりまとまり、スタッフも自然に動ける雰囲気になっていた。
そして——その脇で黙々と動いていたのが、梶原直人だった。
「梶原くん、その屏風、向こうの隅にお願いしてもいい?」
「了解。ってか、これ結構重いな……」
「ごめんね、気をつけて。」
「大丈夫。鍛えてるから。」
和やかな空気が流れる中で、二人のやりとりは自然に交わされていた。
文化祭前日の夕方。
生徒たちが帰り支度をする中で、まだ教室に残っていたのは数人だけだった。
その中で、菜々子は茶道具の最終確認をしていた。
「うまくいくかな……」
「緊張してる?」
「……うん、少しだけ。」
梶原は、茶器を包む布を手伝いながら言った。
「でもさ、和田さんがいつもやってることを、そのままやればいいと思うよ。
だって、俺はそれ、何回も見てきたから。」
その言葉に、菜々子はふと顔を上げた。
「……ありがとう。そう言ってくれると、ちょっと心強い。」
「それに、たぶん、和田さんが一番落ち着いて見えると思う。
他のみんな、絶対ドタバタしてるからさ。」
「ふふ……そうかも。」
穏やかな笑いが、教室の端にふわりと流れる。
文化祭当日。
「和カフェ」は、想像以上の盛況ぶりだった。
午前中から来客が絶えず、教室の外には行列ができていた。
着物姿の菜々子は、まるで本物の茶室のような所作で来客にお茶を点てていた。
その姿に、多くの人が感嘆の声を漏らしていた。
「すごい……本格的……」
「なんか空気が違う……」
「ちょっと緊張するけど、でも癒されるね」
その中心にいるのが、普段は目立たないはずの和田菜々子だと知って、来場者の多くが驚きの表情を浮かべていた。
昼の休憩時間。
「和田さん、ちょっと休憩しない? 俺、代わりに皿洗いやるから。」
「……いいの?」
「もちろん。さすがにちょっと疲れた顔してた。」
「……ありがとう。」
静かな空き教室に移動して、二人でベンチに座った。
お茶と、試作品として用意してあった和菓子が、一つずつテーブルの上に置かれていた。
「これ……今日のために朝、早起きして作ったんだ。」
「え? 和田さんが?」
「うん。“あんこ玉”。見た目は地味だけど、少しだけ塩を利かせてるの。」
「へえ……食べてみていい?」
「どうぞ。」
梶原が一口食べると、驚いたように目を見開いた。
「……めっちゃうまい。なにこれ、プロじゃん。」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると、報われるな。」
それから、二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
でも、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。
言葉がなくても、通じ合うような空気がそこにあった。
「ねえ、梶原くん。」
「ん?」
「この教室……少し静かすぎるかな?」
「いや、ちょうどいい。騒がしいのも嫌いじゃないけど……
今のこの時間、すごく落ち着く。」
「……そうだね。」
彼女は、湯のみを手に持ったまま、少しだけ頬を赤らめた。
「なんか、こうしてると……もっと、話したいって思うんだ。」
「俺も。」
二人は目を合わせて、ほんの一瞬、笑い合った。
その時間は、クラスの騒がしさや祭りの喧騒とは全く違う、
ごくごく個人的な“安らぎの時間”だった。
午後のラストセッション。
再び着物に身を包んだ菜々子が、最後のお点前を披露する。
その背後で、湯の温度を確認する梶原の姿があった。
息の合った二人の所作は、いつの間にか周囲に“調和”を与えるようになっていた。
終了の鐘が鳴り、片付けが始まる頃——
クラスメイトのひとりが、ぽつりと呟いた。
「梶原って、なんか最近……和田さんとすごく自然に話してるよな」
「うん。あの二人、雰囲気似てきた気がする」
聞こえたわけじゃないけれど、どこかでその言葉が心に響いた気がした。
夜。家に帰って、髪をほどきながら鏡の前に立つ。
文化祭の一日を思い返すと、思い出す場面のほとんどに——
彼の姿があった。
「……やっぱり、好きかもしれない。」
呟いた言葉は、誰にも届かないはずだったのに、
胸の奥で何度もこだまのように反響していた。
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