白いピアノ

秘密の旋律

翌日、晶と美咲は音楽室での体験について話し合い、ユメちゃんを本当に救う方法を見つけようと誓った。
彼女が伝えようとしていることが何なのかを知るために、もっと手がかりを探さなければならないと感じていた。
晶は父親の図書館を訪れ、ユメちゃんが生前に弾いていた曲や、彼女が好きだった音楽についての記録が残っていないかを探ることにした。

すると、古いレコードと一緒に、ユメちゃんが小学生時代に書いたという日記のコピーを発見した。
日記には
「ピアノでいつも弾きたい」
と繰り返し書かれており、彼女がどれほどピアノを愛していたかが感じられる。
晶はその日記を読みながら、ユメちゃんがピアノを通して何かを伝えたがっているという気持ちをより強く感じた。

その晩、晶と美咲は再び廃校へと足を運んだ。
夜の校舎に忍び込み、音楽室の扉を開けると、白いピアノがそこに静かに佇んでいる。
彼らはいつものように鍵盤に触れることなく、ただピアノの前に座り、ユメちゃんに語りかけた。

「ユメちゃん、僕たちは君を助けたいんだ。
君が伝えたいことを、もっと教えてほしい。」

晶がそう呼びかけると、ピアノの音がまた響き始めた。
いつもと違って、今夜の音色にはどこか切なさと懐かしさが混じっているようだった。
そして、その旋律は晶がどこかで聞いたことがあるような気がした。

「この曲…
聞き覚えがある気がする。」

美咲も頷きながら、小さな声で口ずさんだ。
「これ、確か…
ユメちゃんの日記に書いてあった『いつか弾きたい曲』じゃない？」

晶は驚きながらも、その曲のメロディーを頭の中でなぞった。
ユメちゃんが生前、いつか弾きたいと願っていた曲。
それは「月の光」というドビュッシーの名曲で、彼女が最も憧れていた楽曲の一つだった。

「ユメちゃん、この曲を最後に弾こうとしていたのかな…」

その考えに心が揺さぶられた。
ユメちゃんが夢見ていた「月の光」を、きっと彼女はピアノで完成させることを望んでいたに違いない。
しかし、その夢は突然途絶え、彼女は未完成のままこの世を去ることになってしまったのだ。

「美咲、もしかして俺たちがこの曲を完成させてあげることで、ユメちゃんの願いを叶えられるかもしれない。」

晶の言葉に美咲も深く頷き、二人で「月の光」を完成させることを決意した。
彼らはその夜、ピアノの前に座り、互いに譜面を読みながら少しずつ旋律を奏でていった。
夜の校舎に響くピアノの音は、どこか神秘的で、ユメちゃんが二人に寄り添っているように感じられた。

そして、ついに「月の光」の最後の音を弾き終えた瞬間、音楽室全体に柔らかな光が差し込んだような気がした。
その光はまるで、ユメちゃんの魂がその場に降り立ったかのように優しく、二人を包み込んでいた。

「…ありがとう。」

ふいに耳元で囁かれた声は、確かにユメちゃんのものだった。
晶と美咲は涙を浮かべながら微笑み、その声に応えるように静かに頷いた。

「ユメちゃん、もう大丈夫だよ。
君の夢は叶ったんだ。」

二人はその場でしばらく静かに過ごした。
音楽室にはもう不気味な気配はなく、どこか穏やかで温かい空気が漂っている。
ユメちゃんの魂は、ようやく解放され、安らかに成仏できたのだろう。

その夜、二人はピアノの前で手を握り合い、ユメちゃんの夢を共に叶えたことを噛みしめながら校舎を後にした。

次の日から、夜中のピアノの音が聞こえるという噂は消え、静かな日常が戻ってきた。
廃校の音楽室には、白いピアノが静かに佇んでいるだけだったが、二人の心にはユメちゃんとの約束が深く刻まれていた。